第70話 町へ帰還



「にゃあ~」


 モモが頬をぺろぺろと舐めてきたので、ぱちりと目を覚ます。

 洞穴の中は薄暗いが、おそらく日が昇り始める時間だろう。まだ、怠さは残るが、それでも多少は回復した。


「ぐるぅ~」


 モモの横では、大虎が手足を揃えて座っている。どうやら、こっちはほぼ回復したらしい。「鑑定するよ?」と声をかけてから、症状の確認のために〈鑑定〉をかけると、〈虎王〉という称号が付いてる。どうやら、虎の魔物の王らしい。麻痺などの症状は残っていない。

 モモは、王の呼び声に応じて助けたということなのか、〈王の眷顧(けんこ)〉という称号がついてる。おかしいな、私が苦労して魔物を倒し、回復をしたのに、手柄はモモの物になってない? だいたい、モモは虎ではなく豹だよね? 種族違うと思う……猫だけど。魔物だけど。

 まあ、魔物の中でもなにやら、階級みたいなのがあるのかもしれないけど……ナーガ君に勝手に称号付けてごめんと報告しておかないとだ。


 虎王という大虎は、大人しくついてくるが……私、テイム出来ないからさよならするしかないんだよね。ナーガ君がいれば…………いや、それでも今の家では飼えないか。



「……おはよ」


 奥の方に行くと、金髪の青年が起きていた。茶髪の方はぴくりともしないが……少し、体温が上がっており、脈もある。状態は……悪くはなってないが、良くもなってない。

 藍色の方は、寝ているが顔色も戻り、だいぶ良くなっているように見える。


「様子はどう?」

「……俺は鑑定とかできないから、分からないんだよね……多分、あんたが寝た時と変わらないんじゃないかな」

「そっか。とりあえず、私の住んでる町に向かうけど、いい?」

「任せるよ。色々考えたけどさ、俺では二人を助けられないんだよね……助かる可能性があるなら頼みたい」

「……俺も、賛成だ」


 寝ていたはずの藍色の髪の男性がゆっくりと起き上がる。


 鑑定をすると、軽度麻痺とある。痺れが完全には消えていないらしい。ただ、話し方が少しゆっくりと聞こえるくらいで、そこまで酷くはない。


「クロウ! えっ、大丈夫!?」

「……ああ、心配をかけたなぁ……かなり良くなった…………あんたのおかげだ」

「万全な状態ではないと思うけど、歩けそう? 山を下りて、町に向かうとなると……半日、若しくは1日以上かかると思う」

「……あんたの判断に任せるさ……無理そうなら……おいていってくれ……」

「わかった」

 

 クロウはまだ軽い痺れが残っているものの、歩けないわけではないという。ちなみに、朝日を浴びる中で確認したが、クロウは藍色の髪に赤茶……いや、オレンジ? 角度によって、見える色が違う瞳だった。髪は真っすぐと伸びた綺麗なストレート。癖なんて全くないさらさらな髪をしている。邪魔にならない様に、首の後ろで一つに縛っているが、さらさらの髪に反射して不思議な光具合をしている。


 朝食と一緒にHPポーションと麻痺治し薬を飲ませておく。ついでに、昨日はかけなかった状態異常再生〈ディスペル〉をかけてみたが、効果は薄い……というか、ほぼ無いようだ。

 MPの消費が激しいので、これ以上の治療は断念。


 もう一人については、意識が無い状態で連れていくことになるので、金髪の青年、レウスが背負う予定だったが……。


「がうがう!」


 治療してあげたお礼なのか、元気になった虎王がついてくるようなので、山を下りるまでは背に乗せて運ぶことにした。


 魔物が出てきた場合には、ほぼ、私が倒した。

 何故なら、レウス達のレベルは12で、ここら辺の魔物を倒すには少々能力不足。


 二人のステータスだと山脈の魔物は厳しいということで、私が頑張りました。虎王が威嚇すると逃げ出す魔物も結構多く、戦闘をする場面が少ないのは助かった。



 山を下りたところで、虎王とは別れた。

 町の近くまで連れて行ってしまうと駆除対象になってしまうので、連れていけないと伝えると大人しく山に帰っていった。

 ナーガ君がいれば、テイムが可能だが……そもそも、飼うのはだいぶ厳しいと思われる。何せ、4m近い虎なんて、普通に考えて怖い。

 モモは、見送るように遠吠えをしているが、ここからが大変だった……。



「…………肩、貸しましょうか?」

「……すまないなぁ」


 意識のない青年は、茶髪の青年だと思っていたが、明るいところで見ると、茶色の髪に金色メッシュ、さらに毛先も金という独特な髪色をしていた。ついでに言うなら彼は獣人系。耳が猫の耳をしている。他にも特徴はあるのかもしれないけど、パッと見たところで分かるのは耳だった。いや、尻尾もあるらしいけどね……。

 レウスも彼もハーフとのこと。レウスは竜人族というらしい。あまり数はいないとのこと……だろうね。初めて見た……異邦人でも選ぶ人は少なそう。


 気を失っている青年の体格は3人の中で一番あるため……彼の足は割と引きずられたりと、まあ……だいぶ可哀そうなことになっている。


 レウスが背負うため、クロウは自分で歩かないといけないが、それも結構辛そうなので、肩を貸すことにした。まあ、背が低いので、あまり歩きやすくなるわけではない可能性もあるけれど……。

 泣き言は言わずに、汗を掻きながら必死に歩いているので、手を貸したくなってしまった。



 その後、キノコの森ダンジョンの入口を確認したところ、ダンジョン入口で商人が行商していたため、商人に依頼し、一緒に馬車に乗せてもらい、町へ戻ることにした。

 おかげで、なんとかその日の夜には町についた。

 

 お金は……完全に赤字。馬車の送迎代も支払ったからね……。後程、かかった費用を取り立てないと、とてもじゃないがやってられない。



「さてと、町につく前に武器と防具、没収ね?」

「え? なんで?」

「武器と防具持ってたら色々バレるからだよ」

「……王国でも、出自がばれるとまずいのか」


 クロウは落ち着いた声で、こちらに武器と防具を渡し、目線をレウスに向ける。うん。大人の対応……いや、そもそも外見大人だけどね。

 異邦人の中身を確認できないけど……問題起こした異邦人達も外見は大人だったしな。


「レウス。少なくとも、これから行く町では、その装備を着けている人は歓迎されないよ。密入国者の異邦人さん? まあ、これらは私の方で治療費として差押えってことで」

「あ~え~まじか~」


 レウスもしぶしぶだけど武器と防具を渡したので、魔法袋にしまう。


 ……久しぶりに手にした、異邦人の初期装備。まあ、私は銅だったし、こっちは鉄だけど。

 この世界にきてから、1か月半……。

 町にいた異邦人が回収されて3週間経過したが、町は平穏を取り戻したとは言い難い。薬師ギルドの暴走もね……何だかんだと、あの町も不穏な状態が続いている。



「……あんたに迷惑をかけるつもりはない…………口裏を合わせる必要は?」

「いや。私があの山脈に行くことはギルドは把握しているから、そのまま伝えればいい。冒険者ギルドで事情を聞かれるから素直に答えた方がいいよ。まあ、ギルドの人だけの場所でね? 町の人たちを敵にまわすことに成りかねないから、異邦人であることは隠した方がいいかな」

「あ~あのさ……俺らは帝国から来たんだけど、国が違うのに、こっちでも駄目なの?」

「今から行く町で、庶民が使うような薬が高騰中。薬師ギルドも悪いんだけど、そもそもの理由は、異邦人が素材を駄目にしたせい」

「反感を買ってる?」

「町人からは、結構……ね」


 実際、彼らも下手したら王都に連れていかれる可能性がある……それでも、もう一人を助けたいなら町に行くしかないだろう。


 町には、馬車用の入口で降ろしてもらった。商人は運ぶの大変だろうと言ってくれたが、町の中を馬車ではとても目立つ。だが、冒険者達が使う入口を使えば……無駄に目立つ。

 それなら、ここから教会へと運んだ方がまだ近いし、目立たない。

 実は、私の家、目の前だけどね……。流石に、家に寝かせておくわけにもいかない。明かりがついてるから、師匠がまだいるようだし。


 とりあえず、依頼料とは別に、運んでくれた礼として品質の良い傷薬や魔丸薬とかをプレゼントしておく。ダンジョンの入口で商売する行商人だから、無駄にはならないだろう。

 


 そして、そのまま教会へと運ぶ。


「病人か……ベッドを貸すのは良いが、俺は治療をしないで、嬢ちゃんが治療するでいいな?」

「……ベッドだけでもお願いします。流石に、家に寝かせておくわけにもいかないので」

「わかった。嬢ちゃん……俺は治療しないし、何も見ていない。いいな?」

「はい」


 この神父様、〈診療〉で見ているのか、他の何かあるのかはわからないけど、ティガさんを見た途端に治療を諦めた。まあ、酷い状態ということだろう。 

 見殺しにするわけではないが、私に任せているあたり、なんかあるんだろうか?


「まって、ティガをっ」

「レウス、黙っておけ」

「神父様……後で、またきます。二人とも、いこう」


教会の奥にある部屋のベッドを使わせてもらい、意識がない茶髪の青年を寝かせておく。説明をしたくても、神父様から一切説明がないので、私も事情がわかってない。

まあ、二人のいないところなら、もう少し説明をしてくれる気がする……。


「不満そうだけど、とりあえず、冒険者ギルド行くよ」

「……本当に、大丈夫? ティガも……俺らも」

「レウス。彼女に聞いても分からないことを聞くんじゃない。あんたもすまないなぁ」

「いや、いいよ……」


そのまま冒険者ギルドへと向かった。3人は冒険者ではないにしても、私が冒険者として活動中に保護した以上、報告をしておいた方がいい。まあ、一人はどうしようもないから、二人だけだが。


「マリィさん。遭難者を保護したんですけど……どうすればいいです?」

「クレインさん。遭難者ですか? どこにいたんですか?」

「国境の山岳地帯の中腹です。山麓で素材採取していて、モモが見つけた? というか、モモに案内されて行った場所にいました」

「なるほど~。……遭難者の方……軽度の麻痺が残ってます? 急いで医療室へ」

「あ、はい。ただ、私の方でも治療してこの状態です……」

「……わかりました。こちらです」



 医療室に運ばれて、2人とも治療を受けながら、色々と聴取を受けているらしい。私の方もギルド長の部屋に呼ばれた……。呼ばれた割に放置されているけど。

 先にあちらの事情確認してから、私の確認なのかな? 


 あっちはどうなってるんだろう。武器・防具がないから、冒険者に見えない……かな。

 あの二人がどういう説明をするかはわからないけれど……こっちにきたギルド長の顔は眉間に皺が寄っていて、空気が重い。



「彼らから話を聞かせてもらった。ギガントスネイクに襲われた遭難者を助けたようじゃが……よくギガントスネイクの巣から助け出せたのう」

「あ~あの大蛇、いきなり襲われて大変でした」

「うん? いないときにお嬢ちゃんが現れて、救い出してくれたと聞いたんじゃが……」

「ペットのせいで、戦闘になって、倒した後に、巣に行ったので。そういえば、彼らには伝えてなかったかも?」


 速攻で治療したり、洞窟の入り口塞いだりと必要最低限のことしか話してなかったから、あの大蛇について会話してなかったかな。まあ、そんな状態ではなかったから仕方ない。



「ふむ……一人で討伐するのは大変なんじゃが」

「大変でしたよ。素早いし、剣じゃ鱗を傷つけられないどころか、折れてしまって……。なんとか、工夫して魔法で倒したんですけど」

「討伐部位はあるかの?」

「とりあえず、頭と胴体、どっちも持ち帰ってきましたけど……討伐部位ってどこになります? 予定外の魔物だったので、調べてないんですけど……」

「全身があるのであればそれで構わんよ。討伐部位については、冒険者じゃろ? 自分で調べるんじゃな」


 レアな魔物まで調べてなかっただけで、一応……ギルドの図書室みたいところで、魔物については調べている。他の冒険者にも話を聞いたりも……顔見知りの人には、だけど。だけどね、魔物について本では文字だけで説明されているので、分かりにくい。魔物の種別ごとに並んでるわけでもない。話でも、なかなか見たことない状態ではわからない。


 結果……。

 とりあえず、レアな魔物はそのまま持ち帰って、解体依頼した方がお金になるという考えだったけど、完全に見透かされているようだ。



「彼らの一人、意識戻らないんで、可能なら、師匠に相談して血清作るつもりなんですけど」

「うむ。……彼らは今後どうするつもりか、聞いておるかの?」


 今後?

 話は聞いてない。そもそも、3人とも異邦人。そして、言動から察するに、帝国からの密入国者。私では、取り扱いが分からないので、遭難者の保護ってことで、後は冒険者ギルドに任せたい……。

 できれば、お金は回収したいな~。あの防具とか武器なんて、売れないし、絶対にお金にならないからね。


「えっと、治療費は請求するから稼げと言ってありますけど」

「うむ。お前さんに借金を返すために、ここで冒険者になるつもりのようじゃ」

「えっと、問題が?」

「ギガントスネイクの毒はなかなか特殊じゃ。治すというなら、緘口令を敷いて、こちらで対処するためにも、この町にいてもらう方がいいが……お嬢ちゃんも討伐したことは絶対に口に出すでないぞ。あと、死体は見られぬようにな」

「持ってるとやばいんです?」


 あの蛇、色々とヤバい個体だった?

 確認してみると、山脈を根城にすることはあるが、あまり見つからない、希少な魔物とのこと。見つかれば、絶対にギルドが狩るようにしている。また、見つける前に貴族が先に討伐することもあり得るくらい、人気な魔物らしい。

 

「それなりに希少な毒じゃ。解毒が難しいことから、貴族がこぞって欲しがるくらいにはのう。それと、噛まれたという割に軽傷で済んでいる方が、色々と厄介じゃ」

「えっと……もう一人、麻痺が結構強めで……私の回復では無理だったから連れてきたんですけど」

「ギガントスネイクの毒と麻痺を解毒できるのは、聖教国の本部にいる司教か、各国に派遣されている大司教クラスじゃな。この国では一人か二人いるくらいじゃな。貴重な毒であり、皆が求めるんじゃ。治療が間に合わなければ回復はほぼ不可能で再起不能。邪魔な奴に盛る以外にも、敵対勢力への牽制のためにも持っておくんじゃ」


 なるほど? とにかく、取り扱い注意の危険な毒ということだね。回復できる人が少ないから……いや、それを持ってることがステータスな貴族ってどうなの? 毒殺用の毒持ってますよって宣伝するの?

 怖いな、貴族……。



「血清とか……」

「パメラなら作れるじゃろうが、厄介事になるのがわかっているからのう。可能ならお嬢ちゃんが責任もって、一人でやるべきじゃな」

「え~っと、まあ、師匠に迷惑かけられないのは同意するんで、彼らの治療、私がやるとして……あの大蛇討伐については情報規制お願いしても?」

「まあ、それがいいじゃろう。重傷者は?」

「教会に置いてきました。神父様は関わらない宣言してます」

「では、他にばらさぬようにな。他の二人は宿を取らせておくかのう」

「……すみません」


 はい。なんか、色々すみません。

 責任もって、内密に治療します。他には漏らしませんと宣言しておく。



「では、Dランクへの昇級認可手続きをしておくのでな」

「え? いいんですか? 私、E級に上がったばっかりですけど?」

「Bランクの魔物を一人討伐してるんじゃ、実力に問題はなかろう。期間が短いが……お嬢ちゃんについては推薦も多いしのう。なんとかしておく。Cでもよいが……ヒーラーではないという扱いでいいんじゃな?」

「は~い、お願いします」


 ヒーラーとしてならC級、ヒーラーでないならD級。そこら辺はギルドのさじ加減らしい。まあ、ヒーラーには戦闘能力求めてないという話だからね。それでも、結構なスピード出世な気がすると思った……まあ、この土地では、D級前の冒険者ってほぼいないけどね。


 クロウとレウスについては、冒険者ギルドの方で対応するので、時間がかかると……すでに22時超えてますけど? いいんですかね? 

 とりあえず、彼らに伝言で、様子を見に来るにしても明日にするように伝えてもらう。

 

 さて……ティガという青年の治療を私がやるしかないというなら……教会に行ってみようか。

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