第69話 餌
洞窟の中に入るために、足元を照らす用と前方を照らすため、光〈ライト〉を唱えておく。モモは、見えているようなので放っておく。必要ならねだってくるからいいだろう。
「にゃあ~」
モモが進む先の足元を見てみると、蛇が這った痕が残っている。あの蛇の住み家であることが確定してしまった……。
だが、魔力探知を洞窟内にかけるが、特に反応はない。他の魔物を警戒するが、探知にひっかかるのに、気配察知には反応しない。そのまま歩き続け、しばらくすると広い場所についた。
ただ、ここには何もない。……さらに奥への道があるだけ。
「モモ……ここ、さっきのあれの住み家のようだけど……同じようなのいないよね?」
「にゃん!」
さらに奥へと進む入り口から、奥をのぞき込むが、真っ暗な中、奥で明かりがちらちらと揺れている。
明かりから察するに中に何かいるのは間違いないんだけど、にゃあにゃあと入るように促されているので、諦めて、入っていく。
「……えぐっ…」
洞窟の奥には、たくさんの魔物の死骸。
おそらく、蛇の餌になる予定の魔物が脇の方に積み重ねられていた。
「にゃあ……」
モモが奥の方で悲しそうに泣いているので、そちらに向かうと、猫型の魔物、大きな虎の魔物がそこに放置されている。モモの母豹よりもさらに大きい。私の倍以上のサイズがあるような……?
これも餌ってことは……あの大蛇、もしかして私のこと丸飲み出来たりした?
今更だけど、ちょっと背筋が寒くなる。
「にゃあ……」
「……生きてる?」
虎の魔物をよく見てみると、足の先が痙攣している。意識がないようだが、どうやら麻痺状態でそのまま生かされているようだ。
周りの魔物もよくよく確認すると〈生命探知〉に反応するので生きている。
まあ、死体は腐敗してしまうから、殺さない方がいいってことなのか……う~ん。巣で最低限生かしておくの? ……まあ、餌がなくて困ることはないからか。でも、えぐくない?
あの大蛇、負けてたら私もここでこんな感じになってたってこと?
〈鑑定〉を大虎にかけると、〈**の王、衰弱、麻痺、毒〉と出てきた。
状態異常もだけど、魔物の種類は分からないが強い個体のようだ。大蛇は魔物の名前わかったのに、こっちはわからない……格上であっても、やられることはあるのか。
ちなみに、周囲の魔物にも〈鑑定〉をかけたが、死体ではなく〈仮死状態〉。あの大蛇、自分の餌を貯蔵するのか……いや、倒せてよかった。
「……状態異常回復〈リフレッシュ〉」
虎の右の後ろ脚に噛み痕があったので、そこから光魔法をかけて、麻痺状態を回復していく…………が、なかなか終わらない。全身麻痺状態で、ぎりぎり生きている状態だから仕方ない。
一度、魔法を止めて、一息つく。まだ完全に回復できたわけではないが、少なくとも毒は回復できた。
まだ、麻痺が残っているので、もう一度かける…………その前に、武器を構えて、戦闘準備をする。
「止まって……それ以上近づかないで」
「……ねぇ、何してるの?」
「うちのペットの親戚を回復させてる」
魔法をかけている間は無防備でもあるので、治療は中断。ナイフを持ち換えて、念のため臨戦態勢をとる。
奥の方からたいまつをもって現れた青年。さっきからちらちらと明かりが見えていたから……何かいるのはわかっていたけど。ここで戦闘にはならない、よね?
それと、割と広い洞窟だけど、火はどうなんだろう……一酸化炭素中毒になるほどではないのか?
青年はそのまま黙ってこちらを見ている。
「親戚?」と小さい声で呟いた……。虎と豹……親戚ではないかもしれないけど、何故か、モモが助けて欲しいと言っている(予想)。
私には助ける理由は分からないけど、魔物の世界にも何かあるのだろう。
「何か用?」
「いや……見てても良い?」
「……持ってる武器を外して、一時的にこちらに渡してくれるなら」
真っ暗で良く見えていなかった姿を確認する。見たことのある鉄の鎧に鉄の剣……異邦人の初期装備だった。
青年は癖が強めの腰まである金髪をポニーテール……よりは長いのだけど、一つにまとめている。瞳は、爬虫類を思い浮かべるような独特な碧色の瞳。あとは、八重歯が見える。耳もとがっていて、鱗のようなガラスのような不思議な形をしている。
種族はわからないけど、なんとなく苦手意識があるビジュアルだ……美形ではあるのだけどね。
「……どうぞ」
腰に下げていた剣をこちらに渡し、青年は隣に腰を掛けた。
こんなところに一人でいるのは気になるのだけど、さっきから……モモが太ももの上に乗って、ふみふみしながら続きを促しているので……治療を再開する。
「……状態異常回復〈リフレッシュ〉」
もう一度魔法を唱えて、治療を継続する。しばらく掛けていると、麻痺も取れたので息を吐く。
「ふぅ……」
「ぐるぅ……」
「モモのためにしたけど、こっちを襲うなら容赦しないからね」
意識が戻ったらしい虎型の魔物がこちらに向かって声を出した。おそらく、麻痺状態は解除できたが、衰弱はそのままでこちらを襲うことは出来無い。
昼間に狩ったボアの死骸を置いてやる。モモの好物だが、おそらく食べるだろう。
「で、何か用?」
「……あのさ、魔法で麻痺治せるの?」
「時間が結構経ってるみたいだし、完璧にできるわけじゃない。あの魔物についても緩和することはできただけだね」
「…………奥に、仲間がいるんだけど。治療、してくれない?」
「…………私のメリットは?」
「治療費を払う……いまは、持ち合わせは無いけど。ちゃんと払うから……救ってほしい。お願いします」
少し悩んだが、お金も払うと言っているし、見殺しにするのも良心の呵責があるので、金髪の青年の頼みを引き受けることにする。
流石に、動物を救っておいて、人の命を無視するとかは出来ないけど……。無償では無理。
すでにMPをだいぶ使っているので、MPポーションも使うことになる。それに、やってみてもダメだったら? 可能性はある。その時に責められるのも嫌だけどね……。
「出来る限りはするけど、絶対じゃないからね…………モモ、入口から何か入ってきたら知らせて」
「にゃん!」
取り出したボアの肉に噛り付いているペットに声を掛けると、いい返事が返ってきた。虎の魔物にあげたつもりだったけど、一緒に食べるなら足りないかもしれない。もう一匹だしておくか。
「グルゥ……」
虎をみると喉を鳴らして威嚇をしたので、まあいいかと、取り出すのをやめて奥へと向かう。
こちらを襲ってこないのであれば、問題はない……。
「……なんとかなる?」
「…………この二人、いつからこの状態?」
青年がいた、さらに奥に行ってみると、意識がなく、顔色も土気色で死にかけてるのが目に見えてわかる茶色短髪の青年と、私達が来たのがわかったのか、かすかに動こうとした藍色長髪の青年。
おそらく、耳はまだ機能しているんだろう。目は開かないらしいが……。
「先に噛まれたのはティガ……茶髪の方。その後、わりとすぐにクロウ、藍色の方ね。噛まれたの昨日の昼間。でかい蛇の魔物にやられた……俺は逃げて…………こっそり戻ってきた」
〈鑑定〉と〈診療〉を二人に行い、状態を確認する。
藍の髪の方は、〈毒〉〈全身麻痺〉……噛まれたのは、足首。茶髪の方は、〈毒〉〈全身麻痺〉〈仮死状態〉……こっちは、左肩か。
これは、ヤバそう……仮死状態になったとなると、すでに症状が固定されている? すぐに治るような状態では無さそうだ。
「わかった。やるだけやってみる。……状態異常回復〈リフレッシュ〉」
二人の症状から見て、藍の髪の方のが、軽いようなので、こっちから直してみよう。
ズボンを脱がせて、左足首の噛みつき痕に向かって魔法を唱える。
「えっと、そっちから?」
「………状態が重い方は、もう症状固定してるっぽい。時間がかかるし、周囲の魔物と同じだとしたら、これ以上悪くなりようがない。先に軽い方を症状がひどくなる前に治した方がいい……集中するからあまり話しかけないで」
「ごめん……」
だいたい30分後、一度、中断する。
治療してわかったのは、あの虎よりも症状が悪かった。なんとか毒を消したが、麻痺は消し切れていない。
これよりも重い症状のもう一人は……厳しいかもしれない。
一息ついて、持っていた水筒を取り出し、水を飲んだ後、MPポーションを飲む。
今日、2本目。まだ、ポーション中毒になるほどではないけど……さっき飲んでから1時間も経ってない。……もう一度、魔丸薬を飲んで、MP回復を早めるようにしておこう。
「ふぅ……」
「えっと、どんな感じ?」
「とりあえず、麻痺については緩和させた。これをゆっくり口から含ませて飲ませてくれる? あとは傷跡にこの薬塗っておいて」
「うん? あんたが飲んだのと違うみたいだけど」
「これはHPポーション。体力の3割回復する。私が飲んだのはMPポーション。衰弱してるから、ゆっくりでいいから飲ませて、少しでいいからHPを回復させて。そっちの薬は麻痺消し。魔法で麻痺は消したけど、完全には消せてない。とりあえず、一般的な麻痺治しで様子見て……残るようなら、専用の血清作るしかないと思う」
「……助かりそう?」
とりあえず、出来ることはやった。
一晩経って、まだ辛いようなら、もう一度魔法をかけるけど……もう一人いるので、とりあえず本人の体力とか、薬で経過を見たほうがいい。
MPの残りを考えると、完璧に治るまでかけ続けると、もう一人は助けられないだろう。
「……多分。とりあえず、ちょっと入口を塞いでくる」
「は?」
「この洞穴の入口……魔物入ってこないように一時的に塞いでおく。多分、もう一人の治療はさらに時間かかるし、その間に魔物がきて襲われたら困るから」
「えっと、俺が戦うよ?」
戦って勝てる相手しか来ないなら、それでもいい……大蛇の巣穴だから、魔物が来ない可能性もあるけれど……。
すでに、大蛇に負けて、お仲間がこの状態なのに、戦うよとかそういう問題じゃない。だいたい、戦いを避けられるなら避けたほうがいいと思うんだけど……。
「これから夜が明けるまで、ずっと起きてられる? 入ってこれないようにした方が、見張りしてるよりも確実だよ?」
「あっ……そう、か」
広間の方に戻ると、モモがにゃあんと甘えた声をだして、足にすり寄ってきた。
これは……お代わりが欲しいからだろうな。先ほど渡したボアが骨になっているので、2匹で仲良く食べたのだろう。
「はいはい。ほら、これあげるから。……ちょっと入口を塞いでおくからね。朝には元に戻すから」
もう一匹の方も、のそのそと近づこうとしているので、ボアを出して入口の方を指さす。
とりあえず、空気穴として、上の方は空けておくにしても、地を這う獣系が入れないようにしておいた方がいいからね。
土魔法で入口を塞いでから、奥まで戻ると、藍髪の青年が意識を取り戻していた。
「やあ…………たすかった……よ……かん……しゃ、する…………」
「うん。あとで、お代は請求するから……朝まで休んだほうがいいよ。朝になっても体が動かないようなら、もう一度治療するから」
「……にげて、くれ…………あいつが、もどるまえに……」
「大丈夫。ちゃんと入ってこれないようにしてあるから。もう少し寝て、回復してね」
安心させるように青年も頭を撫でていると、そのうちすぅすぅと寝息を立て始めたので、とりあえず、金髪の青年に目線を送る。
「ポーション飲ませてたら、意識が……。あんたが助けてくれたと伝えて……お礼言いたいっていうから」
「そう。じゃあ、もう一人の方を治療するから……そっちの彼の容態が悪くなるとか、なんか変化あったら声かけて」
「……ありがとう。あ、あのさ、俺、レウスね。そういえば名乗ってなかったから。……ティガをおねがい」
「……クレインだよ。出来る限りは、やってみる」
もう一人、ティガという人の治療を開始する。
こっちは、肩のあたりに噛み痕があり、おそらく完全に神経毒が全身に行きわたり、仮死状態。なんとか、生きてるだけのようだ。
「状態異常回復〈リフレッシュ〉」
魔法を唱えて、毒・麻痺状態を解除していくが……正直、全然良くなっている感じがしない。
15分くらい経ったところでいったん止めて、体を確認するが、変化なし。
「光回復〈ヒール〉……うん。体力は回復したけど……状態がそのままか」
光回復〈ヒール〉や状態異常回復〈リフレッシュ〉をかけても、良くなっていない。
随分と強力な麻痺と毒か。全く効果がないのは……う~ん。
完全に毒が回ると、状態異常回復〈リフレッシュ〉では治せないのか……きついな。
「……状態異常再生〈ディスペル〉」
聖魔法の状態異常再生〈ディスペル〉をかける。
聖魔法でいまのところ、一番難易度の高い魔法で……他の魔法に比べて、MP消費量がえげつないので、ずっとかけ続けることが出来ない。
基本的にレベル低めの魔法にMPを込める使い方してるので、MPは余っていることが多いのだけど……MP大量に使う魔法ってあんまり使い勝手良くないという印象なんだよね。
この状態で選り好みしている場合じゃないけど。
「……ふぅ…………」
状態異常再生〈ディスペル〉を1分もかけ続ければ、MPが底をついてしまった。
「〈鑑定〉……仮死状態・全身麻痺……変わってない。でも、少し体温が戻ってきたのかな?」
青かった唇にほんのり赤みが戻っている。脈を測ってみると先ほどより、少し強くなっているように感じる。
MPポーションは、MPの30%回復。それをすでに二本飲んで、MPが空。
現在持っているのは…MPミドルポーション(60%回復)、MPハイポーション(90%回復)が一つずつ。
どちらのポーションも、ラズ様から「何かあったら困るから貸しとくね~」と言われて持ってるだけで、私の物じゃないけども……。
「グビグビッ……」
MPハイポーションを一気に飲み干す。また、貸し借りが大きく……稼いだお金もパーになってしまう。
なにせ、ハイポーションは上級の錬金術師でも作るの難しいらしい。ポーションが中級だから、ミドルポーションでも上級なんだよね。素材もね……なかなかに、ハイポーションは大変らしい。お手軽に買うのは、ミドルまで。ミドルでも高いけどね……。
一応、ハイポーションはダンジョンドロップすることはあるので、流通していないわけではない。高いだけ。
とりあえず、このハイポーション代で大赤字。まだ、パーティー口座の貯金があるから資金が底を尽きたりはしないけど、本当にお金の出入りが激しい。
もっと、余裕のある生活が理想なんだけど、程遠い現実。元気になったら、3人からお金を取り立ててやる。
「もう一度……状態異常再生〈ディスペル〉」
ゆっくりと血管から全身に広がるイメージで、魔法を全体にかけていく。
魔法はイメージが大事らしいが……全身に魔力を通す……う~ん、きつい。
「ふぅ……きつ…」
回復したMPが、再び切れたところで、魔法を止めて、鑑定。
状態:全身麻痺 とりあえず、仮死状態が取れた。
「……どう?」
「……仮死状態は解除できた。全身麻痺については、まだ……ただ、MP切れでこれ以上は無理。追加でポーション飲むと、私がポーション中毒起こす可能性もあるから、少し時間をおいてから。……少し休ませてもらう」
「……」
「とりあえず、ポーションを飲ませて、麻痺治し薬を塗っておくけど……彼についてはかなり厳しいと思う」
「どうにか、ならない……?」
正直な話……私だって、どうにかしてあげたいから、こうやって魔法をかけているわけで……聖魔法が貴重なこととか、出来る限りやっていると説明をすると……バレたときに面倒だからしたくない。
でも、説明しないと何やってるかわからないんだろう。
手を抜いているわけじゃないけど……。
「毒が全身に浸透していて、中位の回復魔法唱えても、通りが悪い……。治るか、わからないけど……かなり厳しい。正直、朝になったら下山して、町に戻った方がいい。教会で神父様に回復唱えてもらうなり、専用の血清を飲ませないと駄目だと思う。ここで私が治療しても意識が戻る可能性は……ないんじゃないかな……MPが回復して、同じように回復をかけても……。時間が経つと症状が固定して、ほぼ治らなくなるらしいから急いだほうがいい」
「……俺ら、冒険者じゃないんだけど、回復してもらえる?」
「あ~うん……絶対とは言わないけど、私からも頼んでみるのと…………費用については…………前払いとして一定額は必要だけど……。あとは、冒険者になって、滅私奉公して返すしかないんじゃないかな」
「……わかった」
正直、やれることはやった感じではある。
MPの消費が厳しい……錬金で使いまくったりしたことはあるけど、ここまでじゃなかった。最初に部屋を浄化した時以来の頭痛とめまい……MP切れがこんなに怠くなるのは……久しぶりの感覚だ。
「ごめん。少し休ませてもらうから。何かあったら、呼んでくれる?」
「うん……ありがとね」
モモのいる大広間の方に行き、シートを敷いて、その上に寝転がり毛布をかける。
目をつむると、疲れがどっと出てきて、そのままぱたりと眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます