第66話 足りないもの



 初めて緑の沼に行ってから、1週間が経過した。

 とりあえず、<緑の沼>→<西の丘>→<東の森>のローテーションで2回ずつ、採取に行って取り過ぎない程度に素材収集をしてみた。


 持ち帰った素材は、家に帰って、鑑定・解析したり、調合を試したりと色々試した。

 あと、夜は本を読んで過ごしたりと、充実している…………だけど、なんの成果も出ていなかったりする。


 その間にレベルが一つ上がり、〈診療〉、〈植物知識〉、〈薬草知識〉、〈毒知識〉、〈医療知識〉などのアビリティを覚えた。知識系もアビリティがあったらしい。色々と詰め込みで覚えたのだけど、悪いことでは無かった。

 しかし、兄さんからの〈毒草茶〉については、全く解決していない。



 そして、1週間ぶりに師匠が家へ来て、授業の日。

 自分の力で頑張り、授業の日の成果を見せると考えていたはずなのに……成果は出せなかった。


 1週間に1回になったのは、自分で足りない部分を考え、実践してみるためなのだが、まだまだ知識が足りていない。

 実際、DEX値とINT値が高いことが上級薬を作れる理由であり、そこに知識がついていかないため、採取をしつつ、勉強の時間を増やしたのだけど……。


「さて。一週間経ったわけだが、何か成果はあったかい?」

「まだ、迷走中です……」

「そうかい。まあ、焦る必要もないんだがね。調合の腕は上がったとはいえ、知識は一朝一夕で出来るようになるわけでもないからね。焦り過ぎとも思うが、もう技術は足りているからね。自身で考えるのも大事さね」

「とりあえず……色々と考えはしたんですけど。まず、何がしたいと言われても、自分に何ができるか、自分でも認識できてないんですよね」


 そう。ものすごく中途半端である。

 師匠のレシピを見て、それを作れるだけ。自分が何の病気に効果のある薬を作っているかもわからないという結構、危険な状態。

 薬は、人を生かすが、殺すことも出来る。無責任に大量生産していいものではない。……冒険者ギルドに納品する物は置いておくとして……。



「そりゃあそうさね……あんたが調合始めてからまだ一か月だよ。レシピ通りに作れるだけで驚くべきさ。言われた通りに薬を作っているだけでも十分すぎるんだがね。ついつい、焦らせる事を言ったようだね」

「いえ………………冒険者として、必要となる回復薬を作るのは、慣れてきたとも思うんです。ただ、師匠のように作っているところをみても、必要になるかもしれない特殊な解毒薬とか病気のための薬とか……実際の想像出来ていなくて」

「まあ、そうだろうね。焦っても仕方ないさ……私も怒られたよ」

「怒られる? 誰に?」

「レオ坊だよ。あんたがボロボロにされたっていう愚痴ついでにね。あんたが毎日採取に行ってるのを見て、教えてやらないのかと怒っていたよ。あんたは、まだまだこれからだからね。薬師としても冒険者としても道半ば、放り出すなということだろうね」


 放り出されたとは考えていなかったけど……。むしろ、考える時間とか必要だったよね? まあ、レオニスさんからすると毎日何やってんだと思ったのかもしれないけど。

 というか、レオニスさんもちょくちょく師匠のとこに来てるよね。私と被ったことはないけれど。


「あんたに期待している連中は多いってことだね。どうせ、あと20年もすれば、冒険者としては体がきつくなってくる。そこからでも、薬師としては30年は働ける。焦る必要はないが……あんたは、あれを放置したくはないって顔してるね」

「……何もしないと、兄さん、毒を飲み続けると思うんで……それを許したくない」



 そう。師匠は焦らなくていいと言うけど、それでは間に合わない。そもそも、兄さんが毒飲むのがいけないのだけどね……。

 でも、私やナーガ君が止めたって聞かない。素直に聞くなら、もう飲まないって言う人だ。また飲むから、わざわざ送ってきた。可能なら、解毒できる薬作ってくれっていう意味だと思う。


「グラ坊も困ったものだね」

「そう、ですけど……言って聞くわけないんで……ここ1週間、色々調べたんです。調べるだけで、成果はないんですけど」

「自分でやってみるのは大事だよ。それで、あんたの調べた内容は?」

「〈毒菊〉と〈斑点麦〉の毒が残った状態なのが、あのお茶が毒である主な要因です。他の材料については、毒は無い、又は中和されてます。……解毒する薬を作ろうと思ったんですけど……毒を相殺する方法が……」


 この二つは、毒成分を中和するために中和剤とかも使ってみたけど、毒が消えるとその素材に価値が無くなってしまった。

 毒にも薬にもならない……この状態では、意味が無い。

 この薬自体が効果を出す方法としてお茶にしている点で言うと、すごくバランスがいいんだよね。そのまま口にすれば、完全に毒になる素材を、一日倒れるくらいまで毒の効力を下げてるとも言えるんだよね……。その上で、薬の効果は生きている……結構すごいのだと思う。

 

「……そうだね。その二つの素材をいれることで、身体に魔力が流れやすくしているのも事実さね。成分を消してしまうのは、薬として意味がない上に……相殺するためには他の毒をぶつけることになるんだろう?」

「はい……だから、毒を消すのは無理……なら、毒を吸収しないで排出を促したらどうかなと」

「ふむ……排出を促すってのは、どういう意味だい?」

「口に入れても、吸収しないまま、体内から出してしまう……考えたのは、これです。胃や腸で消化されない素材を用意して……そのまま、出す?」


 水筒に入れていた液体をカップに注ぐ。

 紫色の花びら一枚一枚にうっすらコーティングが張られている。


「これは……?」

「緑の沼でとれた、水草の成分を使って、花びらをコーティングしてます」

「水草?……しかし、よくこんな状態にできたね」

「生の海藻って、消化酵素を持っていない場合消化できないと聞いたことがあって、その成分で毒素を包み込んだら、そのまま身体から出ないかなと考え……海もないので、緑の沼で見つけた水草を片っ端から試してみたんですけど、この水草に、東の森で入手した〈シトロニエ〉を加えて一緒に煮立たせた後に花びらに付けて急速冷凍してみました」


 そもそも、薬とかの知識があるわけではない……。でも、薬ってコーティングして、胃ではなく腸で融けるようにしてるとか、聞いたことある。なら、効果を出さずにそのまま出すことも可能だと思う……。100%は無理でも、すべて体で取り込むよりは、ましだろう。

 実験として、流石に、毒をそのまま試すのはしてないけど、身体が上手く栄養素を取り出せず、消化できずに排出してしまう素材は存在する。それで、コーティングできれば、消化が難しい……ような実験をして、確認してみようとはしている……。まだ、上手く出来ていないけど。


「薬を消化させないという発想ねぇ。確かに……もっと細かい茶葉であってもコーティングすれば、毒は出ないか。しかし……茶葉はお茶としての成分が染み出さなくなると意味がない。かといって、すでに成分が染み出しているお茶を後からコーティングは難しいだろうね」

「うっ……。一応、他の考えとして、錬金でそういう物質を作り出すということも考えたんですけどね……耐性ポーションを改造したりとか、考えたけれど……そもそもの錬金レシピをほぼ持っていないので、全く進まなくて……」

「発想は面白いさね。確かに、効果を胃で発揮させないというのは、悪くないかもしれん。そのまま排出させるのはグラ坊だけだが……患者にとっても、魔力が貯まるのは下腹部……へその当たりと聞くからね。そこまで成分を出させないっていうのは、考えたことはなかったが」


 何だか、師匠が楽しそうだ。

 私がまとめていた資料を見ながら、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませている。


「ここらへんの記述内容はどこから入手した情報だい?」

「えっと……ここについては、この本です。で、こっちは教会で読んだ古書にあった記述で……」


 読んだ本の内容をまとめたノートを渡す。ついでに、ラズ様のとこの医術書も渡しておく。私の殴り書きノートよりも、専門書の方が、師匠にはいいだろう。

 私のメモもしっかりと読んでいるけど……。


「ラズ坊から借りたのか。ふむ……昔読んだだけだからね……ちょいと読ませてもらうよ。その間、あんたはレシピの複製でもしてるといい」



 師匠に渡されたレシピ…………初級から中級の物で、使うことが多いのを持ってきてくれている。

 複製の仕方を教わり、魔力が込められて紙に内容を記載して、複製していく。一枚書くのも大変……必要な事だから、頑張るけどね。


 あれ? 全然授業してない気がする? 


 そのまま、夕方になっても、師匠は本と睨めっこしていた。私はレシピの複製で……腱鞘炎になりそう。いや、師匠のレシピはすごく勉強になるけどね……。一朝一夕では身につかない知識量を少しでもなんとかできればいいのだけど。


「師匠。少し休憩しましょう。夕食用意したので」

「……やれやれ、もうそんな時間かい」

「何か、手伝うことありそうですか?」

「そうだねぇ……少し、この本を纏めたいんだが、持ち出すのもまずそうだからね。空いてる部屋を貸しとくれ」


 うん? ラズ様からの本って、持出できないの?

 紛失防止用の所在探知の付与が付いてる? ……そう、なんだ。


 他の人に見せちゃいけないとかあったのかな? でも、師匠が出入りしているの知ってるだろうし、問題ないかな?


「もうグラ坊達がいないから、部屋は空いてるんだろう? 寝泊まりさせて貰って、さっさとまとめた方が早い」

「はい。それは構わないですけど……」

「それと、いくつか採取してきて欲しい素材がある。国境の山脈で取れるんだが……行けるかい?」

「行った事はないですけど……あれですよね、一般人は山脈越えが厳しいだけで、冒険者は結構行き来してるって聞いてます」

「ああ。あっち側にあるダンジョンもいい稼ぎになるからね。山脈を超えない場合、王国内と帝国内の移動で1か月くらいかかる。密入国にならないように、トンネルの出入口に簡易の関所がある。あんたに取ってきて欲しい素材は、関所は関係なくて、王国側の山の中腹から山頂にかけてさね」



 山脈の魔物はそれなりに強いため、冒険者以外はほぼ使わない。商人の場合は護衛費が嵩むからね。しかも、帝国側には、近くに町がない……ダンジョンだけだという。

 ただ、ダンジョンで商売をする商人は一定数いる。キノコの森の時にも入口にいたし、ポーションや薬等を町より高値で売っているらしい。実際に見ただけで、買ったことないけど。


 今回は、ダンジョンではなく、山脈の魔物……。

 ダンジョンと違って、ボスが出るわけではないが……弱肉強食。強い魔物も当然いる。ただ、普通の魔物に対しては、実力的には問題はないだろう。……強そうな魔物とは、戦わなければいい。

 泊り掛けになるので、普通は事前準備は必要となる。でも、今回の場合は師匠が家に居るので、食材とかが無駄になることもないし、何かあっても師匠に対応を任せればいいかな。


 確か、山脈周辺には〈セージの葉〉も沢山取れる森があると聞いた。いまだに不足しているので、それも取ってきつつ、他にも色々採取してこよう。



 翌日、冒険者ギルドにてマリィさんに簡単に行先を告げて、クエストを受注しておく。


「ということで、国境山脈へ素材採取に行ってきますね。期限が長めの討伐クエスト、受注しておきます」

「はい。でも、気を付けて下さいね、クレインさん。国境山脈だと、どうしても泊りがけですから……」


 国境山脈あたりの討伐クエストは、Cとかが多い。私はE級なので、Dクエストまでしか受けられないので、山脈に向かう道中に出るDランクのクエストを受注しておく。山脈にたどり着くまでの距離がね……キノコのダンジョンよりさらに奥なので、到着まで1日かかってしまう。

 マリィさんは心配そうだけど……採取するだけなので、採取に1日かけたとしても、日程は二泊か、三泊くらいだと思う。


「ソロですが、ちゃんと対処を考えてありますよ。大丈夫です。あ、レオニスさんいるようなら挨拶したいんですけど」

「奥にいますよ……どうぞ?」


 奥に行くのも慣れてきている訳だが……ギルド長室に案内されるとは思わなかった。

 まあ、レオニスさんが横の机で書類書いてるので、何か作業があったのだろうけど。


「どうした?」

「今、師匠が私の家にいるので、伝えておこうかと」


 レオニスさんに挨拶ついでに、師匠のことを伝えておく。レオニスさん、何日かに1回は師匠のとこに顔出しているみたいだからね。師匠が家にいないと心配するかもしれないので、念のため。

 しかし、こんなあっさりとギルド長室に冒険者を通していいのだろうか。気にしてないみたいだけど。


「うん? なんでだ?」

「薬の研究、ですかね? 私も考えていたんですけど……師匠はそこから何か思いついたみたいです。寝る間も惜しんで、色々とまとめてます。あと、材料が足りないらしいので、私が国境山脈に素材採取に行ってきます」

「そうか……大丈夫だと思うが、様子は見ておく」


 うん。私も師匠のことは大丈夫だと思う。単純に、寝る間も惜しんで研究するのは師匠の年齢を考えると心配だけどね……。そこまでは無茶しないとは思う。


 念のため、伝えておいただけで、何か頼むわけではない。それに、レオニスさんとの会話、ギルド長も話を聞いてるしね。師匠は平気だろう。私は私の出来ることをする。


 さて、出発しますか。いざ、国境山脈へ。

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