第65話 緑の沼
調べること、勉強することは沢山あるが、まずは師匠のまとめた資料に目を通すことにした。
魔力硬化という病気、師匠は投げ出したなんて言っていたけど、実際は独自で調べている。貴族からの依頼とは別に、以前から調べていたが、効果的な薬の作成には至っていないみたいだ。
魔力硬化は主に、魔力の量が多い貴族がもつ持病とされている。しかし、実は引退した冒険者の一部に魔力硬化の症状が出ることがあるらしい。
冒険者は、魔物と戦うことを生業とし、ステータスも上昇していく。そのため、体内魔力が増えることが原因ではないかと言われているが、魔法を使わない戦士などでも魔力硬化の症状があるため、難航しており、解明はされていない。
「原因不明か……」
資料を読み進めても、手立ては全く見つからない。教会の本の内容は、具体的な病気というよりは、持病がある人向けの基礎知識の回復方法だったので、参考にはならない。
「詰んだ……いや、そもそも私が解決できるとは思えないんだけど」
資料を読みこみ、渡された素材を確認する。
鑑定した茶葉とは別に、師匠が研究する際に考えた素材も一緒に入っている。
「う~ん。魔力の流れを良くする効果があるのか。あと、〈毒菊〉は明日にでも取りに行って見ようかな」
そして、翌日。〈緑の沼〉にやってきた。
ここに来るのは、初めて。町から1時間半で到着。急げばもっと早く着くけど、急ぐ理由もなかったので、のんびりとモモと散歩しながらここまで来た。
ここから先は何があるか分からないので、モモをフードの中に入れておく。一応、魔物の気配とか、遠くでも気付いて教えてくれる。
ついでに、弱い敵となら一緒に戦う……ヤコッコとか、そのまま噛みついて倒す……が、この猫。生で食べることもあるけれど、鳥に関しては焼いた肉のが好きらしい。
倒した後持ってきて、みゃ~みゃ~と鳴いて、焼き鳥にすることを強請ってくる。
戦力と数えるには弱いけど、自分の餌は自分で取ってくる……スライムとか見向きもしないで、ヤコッコ・ホーンラビットには向かっていく。
あと、虫系は嫌いなようで見つけるとさっさとフードに隠れる……大蜘蛛でトラウマになってるのかもしれない。
緑の沼を歩いていくが、前よりレベルが上がってるので苦も無く、魔物を倒しながら採取をする。ただ、推奨されてるレベルよりも高い魔物も出てくる可能性はあるので、油断はできない。
さらに言うと…………ここは、〈緑の沼〉というよりも、〈毒の沼〉だと思う。
ここに出てくる魔物は毒持ちも多く、素材も毒成分が多いような……見るからに毒というよりは、鑑定すると毒……間違って、採取しては危険。まあ、研究のために採取するんだけど。
緑色の沼の水は、【魔力が融けた水。たちどころに傷を癒す。濾過すれば飲める】【魔力水に浮かぶ藻。微毒】となっている。
……いや、これ…………傷を癒すって、天然のポーションってことなのか?
でも、これ……飲む? 出来ない。ちょっと、お腹が心配になる。
それでも、検証のために、水筒に入れて持ち帰るけどね……。水筒に水を汲むために近づき、屈んで水筒を沼に入れる。
「Nyaaa!!」
モモが肩に乗って、耳の横で大きな声で鳴く。
ハッとして、周囲を警戒し、沼を見ると、沼の中心に大きな影が映り、こちらに猛スピードで近づいてくる!
一瞬ぴりっと身体に電流が流れたような気がするので、直感かもしれない。多分、ヤバい。モモを抱き上げて、ダッシュでその場から離れた。
全速力で沼から離れること3分くらい、経ったかな? ここまでくれば大丈夫だろうと息を吐く。
少し落ち着いてから、またゆっくりと周囲を確認する。特に追ってきている魔物もいない、安全そうだ。水の中、姿は確認できてないけど……なんか、ヤバい奴がいるっぽい。
モモがぺろぺろと耳を舐めてきたので、もう大丈夫ということだろう。
ゆっくり、慎重に沼の近くまで戻って、観察をする。
沼を遠くから眺めていると魔物の中には、沼の水を飲んだり、浸かったりしているが……ちょっと真似できない。沼には水生の魔物もいるようで、魔物がそれを取ったりもしているが……さっきの大きな影はもういないようだ。
それでも怖いので、沼には近づかない。
ついでに、沼周辺はぬかるみにも注意が必要……何もないと思いきや、いきなり膝まで沈むとか……底なし沼ではないにしても、危険だよね。
ぬかるみにはまったのは、氷魔法で凍らせてから脱出したけど。ここは気を抜くと危険なのでは? 初心者が来るところではない気もする……いや、まあ……ダンジョンに行くより危なくないと聞いたんだけど……。
沼を眺めながら、大回りに一周。素材は豊富で沢山取れる……ただし、物によっては減ってるので取りすぎ注意。
「ここの素材は、毒成分も多いけど……魔力を帯びてるのか。この魔力草とか、魔丸薬に混ぜると効果アップって書いてあった。沢山持ち帰ろう」
〈東の森〉、〈西の丘〉、〈緑の沼〉……この3か所で取れる素材は被らない。ここら辺を周っていれば、大体の薬の材料は揃う。
違うかな。多分……師匠が、近場で手に入る素材で作れるように研究をしたのかもしれない。
強い魔物も出ないので、冒険者なら安全に採取できる……さっきの沼の影だけは、ちょっと気になるけど。
〈毒菊〉はなかなか見つからなくて、探しまわった。師匠に詳しい場所を聞けばよかったのだけど、やっぱり冒険者としては自分で探すくらいはしないとと考えていたけど……苦労した。
入口から沼の反対側にある5mくらいある滝の上まで昇る。……ちなみに、この滝は普通の水だったので、滝の横を登るときに飛沫がかかっても平気だったけど、普通の水を求めてなのか、魔物も多かった。沼の方に毒と回復と魔力の成分を出す何かがあるのだろう。
滝の上の方に群生していたよ、紫色の菊が。毒だからね……色が紫でも驚かないよ。自分用と師匠用に多めに採取して、帰路につく……予定だったんだけどね。
「何の御用でしょうか? …………フォルさん」
「ご無事でしょうか?」
「……あの、特に問題ないですけど……キノコの森ダンジョンより敵は弱いですし」
「いえ、そちらではなく……」
フォルさんはラズ様の命令で、私の様子を見に来たらしい。町にいないので、ギルドにて〈緑の沼〉に行ったと聞いて、ここまで来たらしい……いやいや、よく見つけられるね?
なんのアビリティ持ってるか知らないけど……この広いエリアで人を一人探すの大変だろう。入口で待っていれば……時間かかるから、ダメなのか?
「冒険者にリンチにあったと伺いまして……」
「……そっちですか、解決したって聞いてません?」
「聞いております。ただ、何があったのかが分からず……ラズ様も心配しておりまして」
うん? ズタボロになった報告だけで、その後の報告はされてないのか。レオニスさんが昨日報告に行ったから、解決策も聞いてるはずだよね?
ちゃんと解決したと思うのだけど、何か気になるところでもあった?
「……何故、ボロボロになったのでしょうか?」
「格上だったので? 人数も多く、逃げると相手を責めることもできずに煙に巻かれそうだったのと…………はっきりと証拠が残る形にしておいた方がいい気がしたので? 一応、命の危険が無さそうだったので、痛いのは我慢したというか…………」
「……もう少し、具体的にお願いできますか?」
報告するのに主観が入りすぎてるってことかな。
ラズ様……だけじゃなくて、その上にも報告するつもりか。派閥内で狙う人がいるみたいだから、先に絞めておくとか? 悪い感じしないから、いいかな。
「まず、前提なんですけど……フォルさんも知ってると思いますけど、私は死ぬ危険がある場合って、分かるみたいなんですよ。で、呼び出された時点で死ぬことはないので、ついて行ったんです。そこで、十数人……人数が多いので、勝ち目無しと判断して、無抵抗でやられました。ついでに……どうも、私の情報を集めてるような気もして、こちらの実力は見せないようにしました。ただ……何となく、あの出来事は避けて、通れなかったかなとは思ってます」
「ボコボコにされることがですか?」
「う~ん。私を品定めすること、ですかね? 相手にとって、取るに足らない人物でいた方がいいと考えたので、無抵抗で殴られたんです。……でも、本業薬師ということにして、解決をしました。もし、ある程度接近戦が可能で、魔法も使えて、ヒーラーできる薬師ってわかったら……そのまま、誘拐もありえた、のかな? 逆にこの町なら私を庇ってくれる人がいるけど、あの人達のホームに連れていかれたら搾取される未来もありそうで……情報足りないし、やられるままのがいいなって感じですかね……」
「ふむ……誘拐される可能性があったとお考えですか?」
「まあ、無くはないのかなと……あと、なんとなく彼らだけでもない気がするので、用心が必要と思ってます」
「大変よくわかりました」
あの時、めちゃくちゃ痛かったけど、回復したらダメって考えていたんだよね。別に直感が発動していたわけではないけど、ギルドであの姿を見せつける必要があったという認識。
結果として、あのクランが居辛い状態に追い込み、町から追い出せているので、悪くない判断だと思う。
「他に気付いたことはございますか?」
「あのクランに一度所属させることを前提にしつつ、仲間にする気はない。どこかの貴族に売り払うとか? 仲間になるはずがない言動してるので、可能性ありそうとは思ってます」
「今の内容を報告の上、調べてもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ。でも、兄さん達にはボコボコにされたの言わないでください。心配されるので」
「はい。お任せください。……もし本当に貴族からの横入りがあり、攫われた場合ですが」
「怖いこと言いますね……あり得るんです?」
「お任せください」の後……続く言葉に声のトーンが変わった。何か、想定していることがあるんだろう。攫われるという事が、本当にあり得るのかもしれない。そう思わせるだけの、何かがあった。
「もしもの場合です……状況によってですが、ラズ様の妾であると申告してください」
Why?
うん? なんで?
突然の話過ぎて、意味わからん。
「貴族は貴族同士でのもめ事を嫌がります。ラズ様には婚姻している方も、婚約している方もいませんので、信憑性はあります。パメラ様の腕を欲する貴族は多いので……もしものためです」
う~ん。
妾ねぇ…………まあ、妥当なんだろうな。身分違いってことを考えると……結婚はさせられない。でも、ある程度関係があることを匂わせることで、横やり阻止? いや、微妙だな。
そこまで私を手放さない姿勢を見せるとは思わなかったが……身の安全のためには、使わせてもらおうか。ギルド長から、上の方針転換があったと聞いたのも含め、なんか動きがあるのかもしれない。
「……それくらいしないと攫われたときに危ないと理解しておきます。……何かあった時にということで、頭の片隅にはいれておきます」
「はい、よろしくお願い致します。それで……他に何かお困りごとありますか?」
困りごと、ね?
でも、貴族との貸し借りは冒険者ギルド長に注意されたんだけど……欲しい物はある。対価もなく、こちらの望みを言うことへのリスクはあれど……向こうもこちらと貸し借りを作っておきたいという意図があるよね?
ギルド長が借金返済の交渉受け持ってくれた後に、これだから……今は首輪にリードを付けておきたいってことだよね。
「……可能なら、病気関係の医術書を読みたいです。薬師になるのであれば、病気の情報は出来る限り知っておく必要があると思っています。貴族独自で持っている医術の情報を教えてもらえるなら、ですけど……」
「なるほど……畏まりました。伝えてみましょう。それと…………薬師の勉強の片手間で構いませんので、もう少し一般常識も身に着けてください」
え? そんなに一般常識ない感じ? 普通だと思っていたんだけど?
兄さんに言われた通りに、こちらの世界の情報もちゃんと勉強したつもりだったんだけどな。貴族とかも多少は頭に入れたし、この国の歴史も読んだのだけど。
「貴族の妾になるということは、玉の輿と喜ぶくらいしてください。貴方の場合、恐れ多くて首を吊ろうとするかとも思ってましたが……。もう少し、何らかのリアクションをしていただけますか? ラズ様を異性として見ていないのでしょうが……頭の片隅に置くことではありません」
「………………以後、気を付けます」
にっこりと笑うフォルさんに、背筋がぞわっとした。
勉強が足りなかったのか、ラズ様への扱いが雑だったのか……。仕えてる身からすると許せるものではなかったらしい。身分が厳しい世界でもある。……もうちょっと、気を付けないといけないか。
最近、ラズ様も普通だったから、ついつい扱いが……。態度がだいぶ気易かったようだ。貴族に対してしてよい行動ではなかったっぽい。
ついでに、考えを纏めるために、紙が大量に欲しいとお願いしたら、微妙な顔をされた。
夜、紙を作るクラフトのレシピと、白紙のノートを数冊、メモ書き用の紙が大量に届いた。……そして、医術書10冊くらいが運ばれてきた。本は無くさない様にとだけ言われ、好きに使っていいらしい。
ありがとうございます。色々と…………大切に使います。
しばらくは、ラズ様の手を放すことは難しいかもしれない。……兄さん達も大事だけどね。
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