第64話 薬師


 結局、例のクランとの話し合いはあっさりと決着がついた。良かった良かった。


 上級の薬も作ることができ、素材を自ら採取することを目的として冒険者をしていることを冒険者ギルドが説明し、待遇、金銭面において現状維持できるのかを審査。支払うという根拠がないため、交渉決裂。町の外とはいえ暴行及び脅迫、さらに勝手な申請を出したことによる罰金と私の治療費をギルドが請求したらしい。


 ついでに問題を起こしたことで、他の支部へも連絡が行くらしく、しばらくはSランクにはなれないことも確定したらしい、ざまぁ。

 また、今回の件により、この町の冒険者からの批判が高まったので、早々に町を出ていったとか。私がズタボロにされたのを見た人は少ないはずなのに、何故か、冒険者達がほぼ知っている状態……。

 

 「大変だったね」と頭を撫でられ、お菓子をくれるのが数人……そこまで子どもではないんだけど。むしろ、それを見て笑っているジュードさん、他数名の冒険者達にイラっとする。ちなみに「おチビ」呼び方は伝染し、どんどん増えている。いや、可愛がってくれるのは嬉しいけどね? 限度はあると思う……。


 この顛末は兄さん達にも手紙で報告。迷ったけど、一応知らせておいた。


 そして……逆に兄さん達から送られてきた手紙の内容。

 ナーガ君から送られてきた手紙には、兄さんが倒れたことが記載されていた。領都と言われるここより大きな街にて、療養しているらしい。

 兄さんからは、「心配ない」という言葉が綴られていた。「1日経てば元通り」と書いてある。そして……一緒に入っていた茶葉。


 鑑定結果

 薬草茶:薬草をブレンドしたお茶。魔力硬化を予防する。

     毒が含まれており、健常者が飲むと丸1日寝込むことになる。


 兄さんも〈鑑定〉を使えるので、分かっていて、このお茶飲んだのだろう。

 どうして飲んだのかはわからないが、「今後も飲む可能性がある」とか、「効能を和らげたい」とか手紙に書いている。

 健常者は飲むなって書いてあるよね? なんで今後も飲むの? とか、気になることはあるけど……兄さんも何か考えがあるのだろう。


 とりあえず、わかる事から調べてみることにした。

 〈解析〉して、このお茶の成分を確認。


 見た目はブレンドティー、中身は〈セージの葉〉〈毒菊〉〈斑点麦〉〈甘葛〉〈鹿角〉……主な成分は5つらしい。他にも入ってるっぽいが、確認が出来ない。〈解析〉のレベルが低いせいか、わからないのだろうけど。

 確認できた成分だけでも、さらに〈鑑定〉をするために、お茶にする前の素材を用意したい……けど、〈セージの葉〉以外は持っていないので、師匠に相談してみよう。場合によっては、採取に行かないと駄目かな。


 魔力硬化というのは、魔力が固く体の一部に溜まってしまうらしい。魔力硬化が酷くなると、魔力が石のようになるらしい……尿結石みたいなものだろうか?

 とにかく、こちらの世界の病気であり、魔結石になってしまったら、身体から取り除くのが基本? うん? 取り除くって、手術みたいなことするのか? しかし、定期的に出来るみたいな記載もあるけど……良く分からない。


 正直、家にある医術の本を調べても、ほとんどわからなかった。

 そのため、師匠の授業に持っていて、教えてもらうことにした。

 


「なるほど……まあ、事情はだいたい察したよ。それで、あんたはどうしたいんだい?」

「え? どうしたい、ですか?」

「ああ。このお茶は、目的があって調合されたお茶さね。魔力硬化を予防するための物だが、代償として毒でもある。長く取り続ければ身体は弱っていく」

「はい」


 師匠は、兄さんから送られてきた小瓶のお茶を見て、それが何かはすぐにわかったらしい。〈鑑定〉をする様子もなく、苦り切った顔で、どこで手に入れたのかを聞いてきた。兄さんから手紙と一緒に送られてきたことを話すと何か事情を察したらしい。



「薬は万能な物ではない。ある効果を得るためには、代償が必要となる場合も往々にしてあるものさ。毒にも薬にもなる……こいつは、グラ坊にとっては毒になった、だが、とある方にとっては薬だ。これを定期的に飲まなければ、発作を起こし、死んでしまう」

「……」

「あんたが調べたくても、詳しい素材は調合した本人しかわからないだろう。それだけ、複雑な薬だよ」

「師匠は……誰のための薬か知っているんですか?」

「ああ。…………昔、投げ出した患者さ」



 師匠は、その病を治すための薬の作成を依頼された。しかし、症状を改善するための薬をつくることは出来なかったとのこと。

 そもそも、薬というのは幅広い。師匠は安価に、普通の人が飲める薬や、冒険者達など魔物の毒や麻痺を治すための薬を作ることを得意としている。一方で、生来重病を負っている人への薬については不得手だという。


「何故ですか? 師匠なら、作れますよね……」

「レシピがあれば同じ物は作れるさ。だがね、レシピが無い状態で、その病に効く薬を一から開発するというのは途方もない時間が必要になる。そして、貴族のお抱え薬師達は、その莫大な研究を受け継いで、完成されたレシピからさらに改良して薬を作る。私は患者一人のために薬を作るのではなく、大衆に向けた薬を作っていた。知識の土台が違うんだよ」

「……はい」

「もちろん、貴族の連中には、『自分の家に伝わるレシピを作って欲しい』という依頼があって、作ることはあるさね。だがね、これは違う。一人のために作られた薬さ。特殊な病のためにね」

「……レシピは秘匿されていて、この薬は普及されていない?」

「そういうことさ。私は、流行り病の特効薬を作り、秘匿せずに公開した。結果、効果はあるが、重病の状態では効果が薄く、全ての人が助かったわけでは無い。この薬のレシピは、一人が生き続けるために作られた薬で、他の者には毒になる。…………薬師として、どちらが偉いかということではない。それぞれ、自分の考え、信念によって、薬を調合している薬師がいる。それだけさ」


 病気は、完全に治すことは難しい。万病に効くという薬があるらしい……。しかし、それを飲んで治ったら、二度と病にならないわけではないのだという。

 持病として、定期的に薬を飲んで症状を緩和する者達は、万病に効く薬を飲んでも、しばらくすると同じ症状が出てくることがある。そして、万病に効く薬の素材などを考えれば、例え王であっても定期的に飲むと破産するような金額になってしまう。

 

 

 師匠が「どうしたい?」と聞いた。

 どんな薬師になるのか? 何を目指すのか? どんな考えをもつ? 信念はあるのか?


 そう問われている気がした。

 まだ……自分が薬師として一人前になったとき、何を成すのか、想像はついていない。


 

「グラ坊が何を考えて、この薬を送ってきたのか、私にはわからないさね。だが、これはあんたへの宿題だろう。ひよっこ。自分で考えて答えを出すといい。私が教えてやれることではないよ」

「……はい。師匠……資料をお借りすることは出来ますか?」

「ああ……好きにするといいさね。この薬の素材の一部も分けてやれる。ただ、〈毒菊〉だけは、今は無いから取りに行ってもらおうと思ってたんだよ。〈緑の沼〉になら、年中咲いている。ギルドに確認して採取してきな。それと、病についてなら、もっと膨大な資料を持っているところがあるよ」

「え?」


 そして、教えてもらったのは3か所。 

 一つ目は、領主の館。無理なので、諦めた。

 二つ目は、町にある図書館。貴族などからの推薦があれば、貴重な蔵書を見せて貰えるらしい。ちなみに、薬師ギルドの管轄なので、師匠は推薦できないそうだ。ラズ様なら何とかなる案件かな。機会があれば頼んでみよう。

 三つ目は、教会。あそこは、病や怪我については独自の資料があるらしい。魔法での治療は、薬師とは視点が違うが、だからこそ豊富な記録があるそうだ。


 教会か……。

 そういえば、治療を受けたときにもちょっと疑問が出来ていた。確認がてら、話を聞いて来よう。何かわかるかもしれない。



「まあ、嬢ちゃんに見せるのは構わない……そっちから言い出してくれるのは助かるからな」


 教会に行って、医術系の資料を見せて欲しいと頼むとあっさりと許可が出た。

 教会の奥の部屋から地下室へ。さらに施錠されている扉を2回潜り、4畳くらいの小部屋には、机と椅子、他は本棚。

 一冊抜いてみると、すごく古い……200年前?

 中をぺらぺらと捲ると、字を読むことには問題は無い。これは、打撲や骨折などの症状に関する回復の時に必要となる知識っぽい。

 回復魔法をかける時に、体の中がどうなっているかを想像しながら、治療をする方がMPを節約し、回復効果があがるらしい。



「古そうな本が沢山並んでますけど、部外者に見せていいんですか?」

「逆だな。嬢ちゃんはこの部屋の本の中身を知っておいた方がいい。そこまで優秀な聖魔法使いがこれらの本の内容を知らないのは、自ら異邦人だと言ってるようなもんだ」

「教会に関わらず生きてきた、では、通用しない?」

「しないな。教会から離脱したハグレ宣教師から教えを受けたことにしとけ。それなら、聖教国へと行きたがらない理由になる」


 う~ん。

 何だかんだと、この人も私のことわかってて、匿ってくれているんだよね。


 異邦人ということは言ってない。でも、初期からわかってフォローしてくれている気がする。まあ、ナーガ君が言っている可能性はあるけども……。

 

「好きに読んで構わない……ただし、忠告だ。この入口付近の新しい本は読むな」

「理由は?」

「最新の内容だからだ。嬢ちゃんは古い知識のみを教わったことにしとけ。どうせ、新しい技術はいらないからな」

「いらない?」

「…………嬢ちゃんが過剰回復って言うから調べたが……嬢ちゃんの言う通り、過剰だった。多少は前の魔法を上掛ける必要があるようだが、魔力量を増やす程度でよくて、より強力な魔法でないと治らないという知識は、ここ50年くらいからの知識だった」

「わぉ……」


 部屋には色々な資料が散乱しているので、おそらく独自で調べていたのだろう。

 改悪した理由は寄付金貰うためにかな……より高等な技術で回復すれば、お金もたくさんとれる。そのために教義として追加したのかな。

 神父様が調べてみると、ここ50年から30年で、よりお金を得るための教義に変わっているのを見つけたらしい……。先々代の教皇様の布告が根本にあるとか? 

 色々大変そうだけど……いいのかな。自分の組織の粗探ししかしてないような?

 

 

「私は聖教国に関わる気はないですよ。この知識、悪用すると思わないんですか?」

「おう。悪用しようとする奴は、必死な顔はしないだろ。病の知識が欲しいんだろ? で、何を調べたいんだ?」

「……魔力硬化、魔結石について」

「また、手強いもんを選んだな」


 神父の説明では、生まれながらに魔力硬化の持病をもつ貴族はいるらしい。平民はいないわけではないが、そもそもの魔力量が貴族のが多く、量が多いからこそ病になるそうだ。

 ちなみに、その件については、資料はほぼ無いと言われた。

 魔力硬化は、魔力の循環が上手く出来ずにいることはわかっているが、他者からの回復魔法は、身体の中で魔力が澱み、症状が悪化するそうだ。魔法で治療できない病気の代表格らしい。



「教会の治療では、何も出来ない事がわかっているから、資料は少ないな。それこそ、薬師のが詳しそうなもんだが……事情があるのか?」

「少し……自分がどうしたいのか、薬師として考えないといけないと…………」


 軽くであるが、宿題として出されたことを説明する。

 どのような薬師を目指すのか……それは、指針として必要なことだろうと思ったのだけど……。


「嬢ちゃん。言っておくけどな、それは20年早い」

「え?」

「あのな、パメラ様が60年の歳月をかけて薬師という真理に行きついたのかは知らんが、まだぺーぺーの嬢ちゃんがどうなるか決めるのは早すぎる。自分の可能性を狭めるような事してる場合か。今は、可能性を広げるために色々と手を出してみろ」


 20年早い……のか?

 でも、薬師という職業だから、どんな人相手に薬を作って、売るのかが大事だよね?

 現在、冒険者ギルドに納品しているのは、期間限定。その後はどんな薬を作って、売るのかを今のうちに考えておかないと、いきなり収入が途絶えてしまう。


 可能性を広げている間の収入保障がない。いや、まあ……だいぶね、預貯金は増えてるんだけど、この後がぐっと減る予定……場合によっては、パーティーのお金も使うことになるので、兄さん達にも手紙は書いておいたけど……借金地獄は無くしたいけど、安定していない……。



「…………突き詰めていかないと、分野が広いから中途半端になるんで……」

「専門分野に突き抜けるのは、他の可能性を伸ばしてからでもいいだろ。だいたい、薬師とヒーラーの二つの能力があれば、より高度な治療も可能になる可能性がある。それを初っ端から放棄するなんて、勿体ない。それにな、嬢ちゃんが得た知識を冒険者達に教えれば、もう少し真っ当な治療も出来るようになるだろ」


 神父の話を聞くと、どうも冒険者のヒーラーの回復は効率が悪いらしい。まあ、何も考えずに回復魔法使うからだろう。私も、同じだけど。


 さっき手に取った本を見る限り、知識を生かせばもっと効率よく回復できるということ。

 でも……それこそ、教会で教えなよ。なんで、私が教えるのが前提なんだか。


「とりあえず、嬢ちゃんはこの3冊を読んどくといい。病気治療、切り傷などの血を止めるための治療、骨折などの治療についての本だ。後は、鍵を渡しておくから好きに使って構わない。ただし、許可なく持出しはするな」


 基礎となるらしい3冊を手渡された。必要な知識だと思うから、助かるけど……しかし、結局なにも解決してないんだよね……。


 やりたいこと……兄さんが毒を飲むことが無いように……無理なら、解毒薬を用意したい。それが一番な時点で……患者のこと考えてないんだよね。

 兄さんが大事……だから、解毒薬を渡しておくでは何も解決はしてない。


 師匠が言う通り、考えないといけない事。だが、道を狭める選択はしないように……難しいな。明確な答えなんて無いのだろうけど……進まないといけないのか。



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