第62話 敵対者への考察


 教会から出ると、鳩が目の前に降りてきた。ナーガ君のテイム魔獣〈ライチ〉だ。


 大きさは普通の鳩で、真っ白い羽だが、首元のあたりだけ、赤茶……ライチの皮のような色をぐるっと一周、マフラーとかネクタイのような模様をしている。

 足には、小さな魔法袋・極小が付いている。これは、ナーガ君と手紙のやり取りをするためのもの……中には手紙が2通と……お茶の葉が入った小さな小瓶。


「う~ん。返事を書きたいけど、今すぐは難しいんだけど……待っててくれる?」


 ライチに確認すると、「クルックー」と返事があり、左肩に止まった。

 ちなみに、〈モモ〉は、マントについてるフードの中に入って……また、寝てる。まだ子猫だし、だいぶ回復したとはいえ、衰弱死寸前だったので仕方ないのか? 

 ナーガ君が残していったのは、意図は一人だと寂しいから、せめてペットを置いてくということなのだろうか……この猫、役に立つことはあるんだろうか?



「こいつもペットなのだな?」

「ペットというか……幼馴染がテイムしているんで」

「テイマーが連れてないんだな?」

「ライチは、普段は幼馴染が連れてます。手紙を運んできてくれたみたいで……まだ、出発して4日目なんで、驚きましたけど」

「良かったんだな。今回の件、知らせるんだな!」


 ボコボコにされたことを知らせる? それはすごく嫌。そんな情けないことはしたくない。しかも……知らせてどうする? たった数日で戻ってきてとか、言えるはずがない。

 だが、兄さん達が戻らないとこのまま護衛を続けるということなんだろうか……?


「エルルさん。私一人でもなんとか対処……っ?」


 対処できると言おうとしたけど、上手く言葉にならなかった。なんでだ?


「嘘はダメなんだな。まだ対処できないこと、自分で分かってるんだな!」


 うん? 嘘、なのか……あ、そういえば……ギルド長と嘘つかないって誓約してた! あれの範囲、ギルド職員も入るのか! しかも、まあ……嘘だから、上手く言葉にできなかったと……あれ? 私、今まで嘘ついてこなかったっけ? そんなに厳しく判定されるのか?


「う~ん……とりあえず、エルルさんにも仕事あるでしょうから、何とか出来るように考えます」


 今度はすらすらと言葉が出た。考えるってことは嘘じゃない。う~ん……。言い方次第では、相手の受け取りを考慮しても嘘にならない様にすることも出来そうだけど……それも面倒かな。

 複雑そうな顔をしているとぽんぽんと頭を軽くたたき、撫でられる。


「気にしなくていいんだな! あちきより、自分の心配するんだな。薬が調達できないとギルドの面子に関わるから、そっちの方が大事なんだな!」 

「薬、ですか……」


 キノコの森ダンジョンから戻り、冒険者ギルドに納品をしたのは……3回。頻度は3日に1回で……都度、急ぎ必要な薬の数をマリィさんから教えてもらい、出来る限り納品している。

 おそらく、薬不足については冒険者ギルド内では対処の目途が立った。それが、昨日の納品。おそらく、足りないという情報を元に、買い走りがあっただけなので、買い占めも落ち着く。

 今更、私を殺しても、冒険者ギルドは致命傷にはならない……薬師ギルドとそれに賛同した商家が損をしただけで終わる状況。



「無理して冒険者をする必要はないんだな! 優秀な薬師になったのだから、協力してくれるだけで助かるんだな!」


 なるほど。

 薬師に専念させたい……そういう考えがあるのか。盲点……別に、いやいや冒険者をしているわけではなかったのだけど。むしろ、兄さん達とはまた一緒にダンジョン攻略とかもいいかなって考えてる。足手まといにならない様に、ちゃんと鍛えてからだけど。


 しかし……。

 じゃあ、あれか?


 あのナルシストクランも善意で、お抱え薬師にするつもりだった?

 命は取ってない。実力が無いことを分からせ……身の程をわきまえさせて、今後は一緒にやろうと本気で考えていた?


 ………………あり得る、のか?


 たしか、S級クランに加入しているだけで、この世界では優遇される。だから、パーティーではなく、クランにしてさらに人を募る。

 当然……E級パーティーとS級パーティー……ギルドが優先するのはS。


 自分達が使ってあげるという上から目線……ボコボコにしといて、パーティー加入申請書は提出されているのも……ギルドが自分達の意見を支持すると考えていた?


 私とギルド長の契約は知られてないし、レオニスさんが後見していることも一部しか知らない。そもそも、あのクラン……S級パーティーの解散を聞いて、他からこの町に移ってきた新参らしい…………。

 う~ん。でも、絶対にS級になれる実力はないと思うしな……。


「エルルさん」

「何だな?」

「ギルドに戻ったら、確認して欲しいことがあります………………」

「ん。わかったのだな」



 とりあえず、エルルさん経由で確認を取る。

 その内容次第で……あのクランともう一度、対峙する。さっさと決着付けないと兄さん達への手紙の返信も出来ない。明日には決着を付けたい。


 レオニスさんの家に行き、エルルさんはディアナさんに説明している。ディアナさんは複雑そうな顔をしている。


 だよね!

 新婚さんの家に、他の女が寝泊まりするっておかしいよね! 知ってた!


「すみません、ディアナさん」

「いいのよ……事情が事情だもの。狙われてるなら、用心したほうがいいわ。こういう時、貴族はとても厄介だから。泊っていって」


 うん? 貴族ってわかってるんだ? なんだか、事情を詳しく説明していないのに、パーティーを移されそうになっていて、身の危険というだけで事情を察しているような?


「私も名付きヒーラーだったもの。何度か、勝手にパーティー移動届が出された事あるわ」

「えっ……」


 名付きとは、確か、異名というか、通り名だよね。心兪のディアナ、だっけ? A級やS級だと名付きになったりするとか、聞いた気がする。

 しかし……冒険者では、パーティー移動って勝手に出すのも普通なのか。しかも、そういう時って大抵貴族案件だと……。



「大丈夫よ。レオの事だから、手は打ってくれると思うわ」

 

 何だか、そういいながらも複雑そうなんだけど。喧嘩中かなにかですかね?

 エルルさんも何となく、微妙な顔しているけど、私、事情知らないんで説明してもらってもいいですかね。


「そうね……まず、パメラ様の弟子という価値は大きいと思うのよ。できれば、採取とかで冒険者なんてさせずに、安全なとこにいて欲しいと考える貴族はいると思うわ。そういう点では、善意の可能性も無くはないのよ。私も、何度かあったわ。人数が多いクランの方が、守れるとか……勝手な事ばかりな理屈を並べられて、困るのよね」

「そういうものです?」

「さらに言うと、クレインちゃんの場合、養子になったでしょう?」

「そう、ですね。それも何かあったりします?」

「貴族の3男とか4男だと、冒険者になることもあるのよ。騎士にもなれない落ちこぼれとも言うんだけど……」

「えっと?」

「そういう人達って、家からの指示であれば従うの。家に置いてもらえるからね。そこで、クレインちゃんを同じパーティーにすることで、婚姻に持っていく方法があるのよ。親しいと思わせるのも良くなかったりするの」

「は?」


 なんでも、貴族子女同士が同じ室内に一定時間いるだけで婚約扱いになってしまうことがあるらしい。これは、既成事実が無くても、あったと見做されるためとか? 汚された女に縁談は望めないから、大人しく自分の物になれ、という奴らしい。そんな馬鹿な!

 それを利用し、有用な女冒険者を無理やり同じパーティーになって、婚姻まで持ち込む、又は、平民であれば妾として家に連れていき、その家に繋いでしまうのは下級貴族ではわりと常套手段、結構あるらしい。平民が貴族に見初められるというのは、良い事ばかりではないとか。


「一般的な話なんです?」

「一般的ではないけど、無くはないんだな! 土地によっても、貴族色の強い場所と此処みたいに冒険者が強い場所があるんだな」

「そうね……注意はしておいた方がいいのよ。間違いなく貴族が関わってると思うわ。この捌き方によって、次の出方も変わるわ……大事なのは敵にまわさないこと」

「すでに敵にまわってる場合は……」


 エルルさん自身は、そういうことはなかったが、ヒーラーや魔法使いで、能力が高いと目を付けられるというのを見てきたそうだ。

 でも……もう遅いよね? 間違いなく、敵にまわしている薬師ギルド。こっちとはばちばちで、修復不可。

 

「まず、一つ。クレインちゃんの敵は、薬師ギルドであって、貴族ではないでしょう? そして、今の立場は、ラズについているという宙ぶらりん状態よね」

「あ、はい。ラズ様は王弟派って聞いてますけど」

「そうね。でも、ラズの意見が通るほどの影響力はないのよね。それに、王弟派に敵対している貴族は、クレインちゃんの敵かしら?」


 えっと? てっきり、王弟派と敵対している貴族って、私を敵視するものだとばかり考えてたのだけど、そんなことないのだろうか?


「…………敵にはならない?」

「ええ。多分誤解していると思うけど、パメラ様はどちらかといえば、王弟派とは良い関係ではないのよ? でも、敵対してはいない。ラズはパメラ様を慕っているしね? 派閥が一緒だからといって、一枚岩ではないのよ、貴族って。そこに自身の利益が生じていないと動かないこともあるくらい」


 そうなの? ああ、でも……師匠と敵対している薬師ギルドを放置しているのは、王弟派となれば、確かに……決して良い関係ではないのか。師匠は王弟派ではないという新しい情報に驚きなんだけど。

 つまり……敵にしない事が大事。


「……なんとなく、わかりました」

「そう、良かった……あのね、悪く言うつもりではないけど、パメラ様って根っからの薬師なのよ。貴族らしくないというより、貴族ではないの。でも、養子となったクレインちゃんの処遇はまだ決まってないわ。平民として扱うのか、貴族子女として扱うのか。どちらにしろ、少しつついて対応をみないと分からないから様子見という可能性も高いわ。本気でパメラ様と敵対したい貴族はいないから」


 なるほど?

 どう裁くのかを見たいということか……。でも、私が師匠の弟子になったのも、養子になったのも最近なんだけどな? もう知れ渡ってるってこと?


「クレインちゃん。貴族って、人を使うものよ? パメラ様の家に出入りする人間くらい、調べている可能性は大いにあるわよ?」

「……ここ、結構田舎の町ですよね?」

「そうね。でも、薬って大事よ? パメラ様の安全面も含め、それなりに調べてると思うわ……パメラ様の薬を求める貴族は、一つじゃないもの」


 ……考えなかった。

 確かに、あり得ない話じゃないのかもしれない……むしろ、敵対派閥であればこそ、敵の情報を求めてる可能性もあるのだから。注目されてるのか。


「この町でしか生きれないわけではないのよ? レオやラズの思惑に乗せられないようにね?」


 あ~。まあ、確かに?

 契約に縛られているから、そこら辺は思惑に沿わないといけないんだけど……確かに、貴族であるラズ様の敵が私の敵ではないのか。ギルド長の意思はわからないけど。食えないおじいさんだし……レオニスさんは、多分、この町にいて欲しいとかあるだろう。


 ちょっと、冒険者ギルドとも話し合いが必要かもしれない。

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