第60話 思惑 (マリィ視点)
クレインさんがエルルと出ていき、見守っていた冒険者達もはけていったので、ギルド長室へと報告に行く。冒険者同士のトラブルというのは結構多いが、今回はそれだけではない。
「……ふむ。マリィ、お嬢ちゃんの様子はどうじゃ?」
「護衛を付けることに不満そうでしたが、エルルとともに教会に向かいました。冒険者の方たちはクレインさんのことは受け入れていますが……大丈夫でしょうか?」
「わからん……お嬢ちゃんが自分の力を隠しとるということは、まだ、何か起きるんじゃろうが……レオニス、どう思う?」
「今のあいつはステータスこそC相当だろうが、本気で戦えばA級とも戦えるはずだ。あそこまでボロボロになるってことは、なんかあるんだろう。そもそも、あいつは自分で回復できる。あの状態でここまで来ることが可怪しい」
「そう、ですよね……」
ボロボロの姿のまま、エルルと共に出て行ったクレインという名の少女を思い浮かべる。
あの子の担当となって1か月。
彼女が異邦人であることを知っているのは、ギルドでもこの3人だけ。他の人達には、元冒険者・フィンさんの隠し子ということにしている。父親の死後、父の友人のレオニスさんを頼り、薬師を目指してやってきた少女で通っている。
この1か月、様子見という形で見守っていたが、素直ないい子という印象が強い。頭のいい子でもあるし、こちらの意図を汲んだ上で、協力的。我が強い冒険者の中では癒し枠だった。
レオニスさんのごり押しによるダンジョンでのパワーレベリングを経て、能力は飛躍的に成長をした。薬師として一流になることは疑いようもなく、いずれは冒険者ではなくなることが分かっている。
ただ、それでも冒険者としても頑張ろうとしているあの子が微笑ましく、応援したいという思いがあり、サポートをしていた。
今日は、〈緑の沼〉に向かうというので、朝、立ち寄った際に情報を伝え、見送った。その後、しばらくするとペットのモモちゃんがやってきたのも、連れていくのは危険と判断したから置いていったのだと考えていたのに……。
〈アーク〉の方たちがやってきて、ライさんからクレインさんが怪我している報告と保護依頼があった。さらに、パーティーの解散の申請。
その報告をギルド内で聞いていたジュードさんは、こちらが依頼するよりも前にクレインさんを迎えに行った。ジュードさんに抱えられたクレインさんはボロボロで……全身の打撲と左腕骨折。顔も殴られて腫れていて……待機していたヒーラーが治療をしたが、ひどい有様だった。
何があったのか、ライさんを含め、〈アーク〉から事情聴取をすると……A級クラン〈シャングリラ〉による強引な勧誘、脅迫……薬師ギルドからの暗殺を仄めかすなど、彼女に関わる問題が発覚した。
「あの……本当に、薬師ギルドがここまでしたんですかね? すでに、領主様からのお叱りもあり……更迭が決まっているのに、クレインさんを殺害しても変わらないですよね? それに、本人の意思を無視して、申請書の提出も……」
「うむ……薬師ギルドの動きと見せかけているだけじゃろうな。殺そうとするなら、中途半端に放置もおかしい……ともかく、お嬢ちゃんのパーティー申請、この件を受理しようとする者を捕まえる。〈シャングリラ〉については、泳がせておくが……」
パーティー申請の目的は、何らかの形でクレインさんを手に入れようとしているということ。
あのクランの前身となるパーティーは、かなり西部にある町の出身であった。その出身地を治めるのはとある子爵家。その子爵家からかなりの援助を受けている……。パーティーリーダーの男は、関連する男爵家の4男。相手が貴族だと、いきなり拘束するのは少々難しい。
クレインさんには処罰対象となると話したが、注意するくらいで、活動制限をかけられない可能性もある。
新進気鋭のA級クランが、この町に拠点を移したのかと思ったが……そうではないということが分かった。狙いはS級になることと、クレインさんを手中にすることの二つ。
しかも、ライさんからの聴取では、何故か、クレインさんをクランに入れることで、S級になれるという認識らしい。あのクランがしたことは、冒険者同士のいざこざでは済まない範囲である。おそらく、他の地区の冒険者ギルド及び貴族からの命令などがあるのだろうが。
一番警戒する必要があるのは、クレインさんが攫われること。特に現在は一人で活動しているため、そこに注意が必要。
町の中であっても、決して安全ではないため、ギルドから護衛を出した。
エルルは、現役から退いたとしても十分に斥候としての能力は高い。彼女が護衛であれば、容易に手出しはしないと思いたい。
新しい冒険者が入れ代わり立ち代わりに現れるこの町では、出入りを全て把握することは難しい。
「お嬢ちゃんは何をしでかすか分らんのう……。しかし……貴族が関わっておる可能性が高い分、危険は大きい」
「あいつが自分の実力を隠すってことは、次があるってことだろうからな……たくっ、危ないなら先に言え」
「そうですね……本人も落ち着いていたので、大丈夫だと思いますが……」
「あとは、冒険者には、お嬢ちゃんがパメラの弟子であることを広めておくくらいか。それだけでも、殺害をされる心配は減るじゃろう」
パメラ様に世話になった冒険者は多い。だからこそ、その弟子というネームバリューだけでも、彼女を守る力になる……。ついでに、薬不足を緩和してくれたこともそれとなく流しておこう。
薬師ギルドに追従する冒険者がこれ以上でないように……ギルドが出来ることをするしかない。
実際に、冒険者ギルドがあのクランの行動を制限するには、一手足りていない。あの申請をクレインさんが拒否するだけの理由が……Aランククランより、Dランクパーティーを優先できるだけの理由があれば……。
「マリィ。新しくこちらに来た冒険者の身分と出身地については、必ず調べておいてくれ」
「はい、ギルド長。任せてください……リストは作ってあるのですが……」
「1か月で……意外と隣領の出身者が多いな」
「はい。他の場所から来た冒険者も、出身は隣領であったりと……」
敵となる可能性をあぶり出せていない。そもそも……クレインさんの身を狙う勢力は、一つではないことが予想される。
今回のクランを含めた勢力ともう一つ……。隣の伯爵領……この地とは犬猿の仲であったりするので、気を付けないといけない。
他からやってきた冒険者の数も多いから、絶対に安全とは言えない。
「ラズ様はなんと言っておるんじゃ?」
「いや。あいつからは特に聞いてない……というか、あいつがどこまで掴んでるのかもわからない」
「……報告はしておくかのう。マリィ、そのリストをもう一枚作成しておいてくれ」
「わかりました」
「グラノス達の出立は早まったか。だが、この町に様子見に来ている冒険者の数を見ると、居ない方がよかったようにも見えるが」
この町に異邦人がいたことは知られ始めている。そして、能力を探るためにこの町への出入りが増えている。この町は冒険者の町。冒険者としてなら通常は警戒されない。
ただ、クレインさんの身元の件も含め、このギルドでも対薬師ギルドへの工作しているからこそ探られたくないところではある。
「……お嬢ちゃん自身は、なんだかんだと危険からは全力で逃げるから大丈夫じゃと思うがのう」
「まあ、あいつのそこらへんの嗅覚は、間違いないからな」
「そう、ですね……」
クレインさんへの期待なのか、なにか確信があってのことなのか。
ギルド長とレオニスさんは、彼女の身についてはそこまでは心配していない。エルルを付けたのも、どちらかというと他への牽制の意味が強そうに感じる。
「それでも、心配なんですけどね……」
彼女もまた、いっぱしの冒険者であるとしても……まだ、新人であるということは事実で、決してA級の冒険者にやられることが許されていいわけではない。
そして……もう一度があるのだとしたら、次は怪我をして欲しくない。彼女の担当受付としても……慕ってくれる妹分のような彼女に好意があるから。だから、心配はさせて欲しい。
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