第58話 厄介事の発生
「マリィさん。納品です。確認をお願いします」
魔法袋を渡し、納品の手続きをする。
一昨日・昨日は教会にてボランティアをしていたので、今日は朝から調合をしていた。そして、出来た薬を入れて、冒険者ギルドに届けに来たのは、夕方。
「ありがとうございます。確認後、お支払いします。先日の分とも合わせ、だいぶ余裕がでてきます」
「いえ。また、3日後に持ってきます。明日、素材を採取する予定で、〈緑の沼〉に行こうと思ってますけど……どうでしょう?」
薬師ギルドによる素材独占後の件、どうなったのかを知らないままにキノコの森に行ってしまったので、素材採取をしていいのか、確認をとっておく。
必須な素材については持っているけど、いくつか補給しておきたい素材もある。上級の薬の一部を作る前段階に必要な素材。急いで作ることはないけど、練習のためにも素材を確保しておきたい。
「ああ……。例の件ですね。そうですね……素材によっては、減っているため取らないでいただきたい物もありますね。特に入口付近はさけてください」
「わかりました」
「明日、出発前に寄っていただければ、まとめておきます」
「ありがとうございます、マリィさん」
目的を果たしたのでマリィさんに挨拶をして、ギルドを出る。なんだか、こちらを見ている冒険者が複数いたのが気になる……知り合いではない。知り合いの冒険者のが少ないけど、見かけたことがない冒険者が増えている気がする。
おチビと呼んでくる冒険者達とは会うたびに挨拶している。しかも、兄さんが冒険者には挨拶していたらしく、「兄ちゃんいないんだから無茶すんなよ」とか、前からギルドに出入りしてた冒険者はこっちのことを気遣ってくれている。
それらに混じって視線が好意的ではなく、探るような感じが気になる。ただ、こちらから何かすることも出来ない。関わらないようにしておこう。
そして……。
翌日、町に出たところで二人の冒険者に声をかけられた。
「よお。少し、あんたと話がしたいんだが……俺の事、覚えてるか?」
確か……ライさん、だったかな。前に〈西の丘〉であった冒険者の人。
薬師ギルドに雇われていたパーティーの斥候担当。あれ以来、一度も会ってなかったけど、ここで会うことになるとは……なんとなく、良い感じがしない。
「……なんでしょう? ライ、さんでしたっけ?」
「ああ。覚えててくれたんだな。あの時はありがとうな」
「いえ。それで、そちらは?」
「俺は〈アーク〉のリーダー、ムワンダだ。俺らの知り合いのクランリーダーから、あんたを連れてくるように言われている」
連れてくるように……ね。
嫌な感じはするけど、はっきりと〈直感〉が動いているわけではない。この二人だけなら、逃げることも可能だろうけど。とはいえ、断ることは良くないっぽい。抵抗せず……やり過ごすのがいいかな?
モモをポンポンと叩いて、町に戻るように小声で言う。人質? 猫質? になられても困るのと、連れてない方がいい気がする。首輪しているので、殺されることもないだろう。
家は覚えている……はず。言うことはわかっているようだから、多分……。
そのまま、二人に連れていかれたのは、町から少し離れた場所で、人通りがない町の外。十数人の冒険者がいる。見たところ、全員実力はレオニスさん以下だけど……私よりは上の人たちばかり。この人数相手に逃げることは出来ないか。
「さて、クレイン君だね?」
「はい」
おそらく一番強いだろう男から、名前を確認されたので頷く。
無傷にはならないけど……殺されもしない? 呼び出した理由も目的もわからないけど、慎重に行動する必要はありそう。でも、直感が伝えてこないから、死にはしないかな。
「うん。素直でいいね。じゃあ、これにサインをもらえるかな」
渡されたのは、パーティー加入申請書およびクラン加入申請書。
パーティー名とクラン名に見覚えは無い。
ちなみにだが、クランというのは、いくつかのパーティーの集まり。大規模なクランなら100人規模とか……大規模なクエストなどは、こういうクランに依頼するということもあるとは聞いている。
このクランに入ってるパーティーがいくつかは知らないけど……現状で、私を囲っているパーティーは3つかな? ムワンダとライさんは別にして。
タンクっぽい人の装備とか見て、予想だけど……そんなに外れてはいないだろう。
そもそも、こんなところに呼び出されて、クラン加入なんて怪しすぎて、絶対に断る。
「お断りします」
「うん。伝わっていないようだけど、君の意見を聞きたいわけじゃないんだ。これにサインをしてくれればいい。簡単なことだろう?」
「私は兄と幼馴染とパーティーを組んでいて、そこから脱退する気はなっ……」
横から思い切り、頬を殴られ、バランスを崩した瞬間に腕を取られ、膝をついた状態で後ろ手に拘束された。素早さからいって、斥候系かな。「大人しくしろ」というが、暴れることが出来る体勢じゃないんだけどな……めっちゃ痛い。
「手荒な真似はしたくないんだ。サインをしてくれないか?」
「断っ……」
腕をぎりぎりと引かれ、痛みが走る。周りの連中は、くすくすと笑っている。特に、リーダー格の近くにいる女二人……笑い方、性格悪! 痛めつけられた人を前にして、楽しそうにリーダーを褒めてる。これが正しい行動だと本気で思ってる?
「状況がわかってないのかな。これは君のためでもあるんだ。君に選択肢はないよ」
「…………はっ…………………んぐっ……」
侮蔑の声を出すと、左側から脇腹に向かって蹴られる。やはり、後ろにいるのは斥候とかかな? そんなに力はないので致命傷とかではないけど……痛い。
後ろの方で「話が違う」という声が聞こえた……ライさんの声だと思う。それを止めているムワンダの声も聞こえたから、ムワンダは知ってたっぽいな。
「断る」
「仕方ない。話をしようか」
「……」
「君は薬師ギルドから命を狙われている。だけど、僕らの仲間になるのなら助けよう。悪い取引ではないだろう?」
「薬師ギルドから依頼を受注したくせに? 二枚舌で上手くいくとでも? そんな奴らに命を預けて一緒に戦えるわけがない」
「あははは……痛い目に合わないと分からないらしいな。少し痛めつけてくれ」
その言葉に従った数人が私を囲み、ぼこぼこに殴られ、蹴られ…………目の前が真っ暗になった。
バシャっと水をかけられて、目を覚ます。
「目が覚めたかな?」
「……っ…………」
「ああ、ごめんね? 痛いだろう? 君が従ってくれるなら、ヒーラーに回復させるよ」
「ことわる…………」
言葉とともに、後ろにいた奴から攻撃を受け、「ボキッ」という音とともに激痛が走った。左腕に違和感……骨が折れたと思われる。
「君は思ったよりも愚かなようだね。選択肢ではないと言っただろう? 君の言う通り、薬師ギルドが君を殺すことを依頼したんだ。僕らでなくても、君を殺そうとする奴は増えていく。そして、僕らは君を殺すのは惜しいと考えている。我がクランの薬師となって、この町を離れれば命が助かるんだよ? ああ、薬師として必要になる素材はクランで用意してあげるよ。弱いのに採取に行く必要もなくなる。いい事しかないだろう? 意地を張らずに、サインをしてくれないか?」
クランリーダーが己に酔ったようにぺらぺらとクランの自慢を始めた。
どうでもいいことだが、こいつらはA級のクランらしい。これからS級になっていくとのことだが……それに陶酔しているメンバーが多い。たまに、可哀そうな目で私を見ているメンバーもいるので、全員が同意してボコってきているわけでは無いようだ。
ちなみに、S級になれると考えている理由は、〈暁の獅子〉というS級パーティーが昨年解散したから。確か、レオニスさんのパーティー名だね。後釜になれると考えているようだけど……こんなことをしていて、なれるわけがない。そもそも、個々の実力だってS級になれるほどではないことくらい、私でもわかる。
薬師ギルドから推薦してもらえるとか言ってるけど、冒険者ギルドと争ってるところからの推薦で、どうやって冒険者ギルドのSになるの? この町でなければという割には、この町でないとS級の空きがないとか……いや、どうでもいい。
長話が続く。べらべらと話しているが、だんだん痛みで頭がぼぉっとして入ってこない。
光回復〈ヒール〉をかけたいところだけど、こいつらに能力を見せても碌なことにならなそうだから、我慢……。今は……ね。
「わかったかな?」
「……お断りします」
「うん? 君は自殺願望でもあるのかな?」
「ない。……でも、兄さん達みたいにお互いに命を預けられる人でないとパーティーを組むつもりはない」
「……残念だよ」
「殺しますか? ナルシスさん」
「いや……このまま放置でいいよ。すでにHPも尽きかけ、何も出来ないからね。自分の愚かさを呪って、魔物に殺されるといい。生き延びたとしても、新人の冒険者の言う事なんか、だれも信じないさ」
そう言って、集団は去っていった。
目論見甘すぎるだろう……こんなことしておいて、何もないとか本気で考えているんだろうか? そのおかげで助かったわけだけど……。
いや……一人だけ、去る振りをして戻ってくるようだ。警戒しつつ、戻ってきた男を見る。
「……大丈夫か?」
「…………そう見えるなら、目が可笑しいですよ。…………あの人達、戻ってきます……?」
「いや……それはない…………手当をしよう」
「自分でするので……ライさん。あのクランと関わるのやめた方がいいですよ」
魔法袋からポーションを取り出して、飲む。HPは回復したけど、身体の痛みは薄まったが消えていない。まあ、これで魔物の攻撃で死ぬことも無くなったので、とりあえずは安心。
この後、どうするかを考えるが……自分で回復するよりも、冒険者ギルドに報告したあとに教会で治療を受けよう。痛めつけられたことを記録しておいた方が、対処してもらえるだろう。
「ポーション……高いだろうに新人が良く持ってたな。だが、薬とかも併用して患部に塗った方が治りは早いぞ」
「わかってます。ケガ残しておいたんです……私は新人でも、国有数の薬師であるパメラ様の弟子ですよ? それなりに調合できますし、お金も稼げます」
「まて、弟子、なのか? パメラ様の?」
情報収集も甘い……。
少なくとも、薬師ギルドは師匠の弟子であるから、命を狙ってきている。だが、それを知らない。そのくせ、薬師としてスカウト……。
薬師ギルドのやってることに何の疑問もなく、従っている。今更、ラズ様やフォルさんが私を消すことに同意するとも思えないから、貴族介入も薄いと思うけど……。
「だから、薬師ギルドから狙われてるんです。師匠の遺産狙いか、薬の独占をしたいのか知らないですけどね。ライさん……冒険者として新人だろうと、私のこと放置すると思います? 王国が誇る薬師の弟子が。……怪我が治った状態でなら、信じなくても……この姿で」
「いや……だが……」
「早く他のパーティーメンバーに伝えて、動いた方がいいですよ。私はこの怪我なんで、ギルドまで時間かかると思います。その時間を有効に……」
「……すまん。今度、必ず礼をする」
走り出すライさんを見送り、ゆっくりと歩きだす。
ライさんがどう動くかは知らない。ただ、一応は助けようとはしてくれたので、巻き込まれるのも可哀そう……まあ、前回も薬師ギルドの依頼受けたパーティーだから、アウトかもしれないけど。クランにはまだ加入していないようだからね。
町から、そんなに離れた距離ではないけど……正直、めちゃくちゃ痛い。
骨折はそのままだし、全身は打撲状態。HPが多少回復したって、関係ないくらいに痛い。
くそっ……言われていたのに、油断した。
薬師ギルド……それに、一部の貴族から狙われる立場だとわかっていたのに、この結果だ。レベルも上がり、上手くいっていただけに、調子に乗っていたのかもしれない。
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