第2章

第57話 教会の1日


 兄さんとナーガ君が旅だった翌日。朝からのんびりと読書をしていた。

 一階の大部屋を片付けて、素材置き場を2つと図書室に分けた。これはナーガ君がいる間に手伝ってもらったが、整理されており、見易くてすごく助かっている。

 読んでる本は、師匠からのオススメの課題図書に、兄さんから最低限読んておくようにと言われたこの国の歴史書など……。読物は面白いからいいんだけどね。


「嬢ちゃん! いるか〜」

「ん?」


 下の階から声が聞こえたので、玄関に向かう。

 店側のドアには鍵がない。一応、外出中の場合には店から声は通る……まあ、防音をしてるから入ってきてくれないと聞こえない。仕方ないのだ。


「今日は時間あるか?」


 玄関に居たのは、以前、教会に行った時に出会った生臭神父、様……。今日はお酒を呑んでないらしい。顔も赤くないし、酒臭くもない。


「何かありました?」

「前に、毎月1日には子供に聖水を振る舞うって話は覚えているか?」

「ああ……言ってましたね」

「それが明日だからな。ちょいと人手が足りないから手伝ってくれ」


 誕生月の子供に聖水を飲ませて、光魔法を覚えさせる。1年に1回だけだが、それで目覚める子どもがいるらしい……。もっと効率のいい方法も有りそうだけど……宗教団体って色々と影がありそうだし、口に出さない方が良さそうだなと思う。


「明日、1日でしたっけ?」

「ん? もうボケてるのか、嬢ちゃん。今日は一の月の28日。明日は、二の月の1日だ」

「えっと、ちょっとダンジョン行ってたから日付感覚ズレてました……」

「そうか。現れて、もうひと月になるからなぁ……知らんわけでは無いよな?」

「…………」


 はい。ちゃんと把握していなかったのですが、それはそれ。暦なんて気にしてなかった。

 

 こちらの世界にきて、カレンダーとかなかったので、適当に1日目とか2日目とメモを取っていたけど……次からは日付にしよう。

 なお、月は13月まであり、1か月は28日まで。そして、13月と1月の間に〈降臨の日〉という新年の祭りがある。

 そして……私がこの世界に来たのは、一の月の3日。異邦人の中で、一番早く出現した人が一の月の1日……降臨の日の翌日ということで、色々と放置できなかったと…………初めて聞いた。

 時期としては、かつて神が降臨したと言われる日の翌日……。聖教国が、異邦人を神の子として扱うという話も出始めているらしい。

 今のところ、各国でも扱いが良くないことを受けて、聖教国が保護する、と言っているが、渡すことはない……。

 それは、わかる。特大戦力(仮)をまとめて渡したら、勢力がひっくり返ってしまう。

 というか、なんで私にそういう情報を流すのかな?


「嬢ちゃんも複雑な立場だろ? 情報は知っておいた方がいいぞ」

「複雑……」

「パメラ様の弟子ってのは、だいぶ広まってるぞ。あのお人は有名だしな」


 そもそも、この神父様はどういう立場なのかと思ったら、身分としては、聖教国から出向されている立場。王国の民ではない。一応、教会の敷地は治外法権になったりもするそうだ。

 異邦人の件については、本国から情報を求められたが、適当に報告したらしい。私のことは伏せてある……。代わりに求められたのが……労働です。

 まあ、ね。ギブ&テイクは基本だよね。別に構わない。



「明日の準備、手伝ってくれ」

「いいですけど……今日だけです?」

「可能なら明日もだ。すまんが人手が足りん」


 仕方ない。最初から異邦人だろうと予測されていた割には、かなり気を使ってもらっている自覚はある。

 しかし、何故家を知っているんだと思ったら、ナーガ君から聞いた……なるほど。知らないうちに何回か、顔を出していたらしい。

 

 急ぎの仕事もないので、教会に向かい、掃除をして、浄化をかけて綺麗にする。

 一応、箒で掃いてからだけど、ちゃんと雑巾掛けしたようにつるつるピカピカ、見違える程綺麗になった。


「こいつは……」

「それで、次は何をすればいいんですか?」

「嬢ちゃん、随分と強くなったな。聖堂を丸ごと綺麗にできるようになったか」

「……まあ、パワーレベリングしたので。それに、子供やお年寄りが来るなら、綺麗な方がいいでしょう」

「まあな……だが、な……もし、光魔法に目覚めたら…………嬢ちゃん、その子は幸せになれると思うか?」


 幸せ……か。

 難しいことを聞く……というか、そもそもこの世界の人間でないこと、知ってるよね? この世界の常識に疎いんだけど……そもそも、安全、安心して日々を暮らすことが幸せとして……。


 この世界、私達のいた世界より、環境が厳しい。


 スタンピードという魔物による襲撃がある。

 特に多いのが、繁殖期前でいら立っている魔物が多い時期と、冬眠前で餌を探している時期……モンスターからの襲撃があるらしい。そうでない時にも異常繁殖や特級モンスターの出現などでも起きる。

 町に居ても、安全とは限らない。町の外に行けば……さらに危険。

 一般人の大人でもある程度戦えて当然ではあるそうだ……生産職とかでもレベル上がるので、戦闘能力は低くてもレベルは高い人もそれなりにいるとか。


 私の場合は、生産職兼冒険者。しっかりとアビリティとか沢山取得してあるので、一般人よりは全然強い! 魔法系であっても、一般人よりはSTRもDEFも高いはず。レオニスさんのお墨付き。

 ただし、兄さん達は別、さらに上を行っている。レベルが同じくらいだから強さも同じとはならないのがこの世界だ。


 まあ、ステータスは置いておき……実際に、襲撃の心配がないのは王都とか、防壁に囲まれているような大きな街で……ここは絶対に安全とは言えない場所だったりする。

 

 そんな中で、一般人の幸せとは何だろう?

 


「嬢ちゃん。光魔法を求める者は数多。練習と称して寄附金を出す者達に延々と回復魔法をかけるか、効率的に治すための人体の勉強という作業になる。聖教国内部が嫌で外に出れるといいが……だが…………外に出た後も、貴族達から求められ……酷使される」

「まあ、貴重だとそうなりますよね……」

「ああ。結果として、MPが常に不足して……成長にも支障をきたす。……目覚めた子どもを地獄に送るようなもんだろう」


 お金がある場合は、魔法や薬で助かる命。だが、誰でもお金があるわけじゃない。


 だからこそ……回復魔法を覚える可能性がある子供は……誘拐や売買が横行しているらしい。家族内でも、色々と揉めたりとか、複雑な状況になる。


 さらに、聖教国に集められた子供も、才能によって使い潰される。光魔法を覚えると、今までの日常と変わってしまうこと、両親と引き離され、聖教国に仕えることが喜びとされるのを、この神父様は不幸だと考えているらしい。

 両親はお金が手に入るといって、子供を売るのも見たくない……まあ、それは同意する。


 だが、光魔法を覚えても回復魔法を覚えない者は、さらに悲惨。期待した分だけ……反動も大きいらしい。この神父様はそれが嫌で、人が、教会に来ないようにしている。


 …………それはなんか違う。生臭神父を装って、教会を汚くしていても、意味がないと思う。もっといい方法を考えるべきではないのか?



「神父様が教育したらどうです?」

「いや、中央に集められちまうんだ。で、詰め込み教育の果てに、使える奴以外はポイだ」

「神父様が報告するからでしょ? 目覚めた後、親御さんに素質を見極めてからじゃないとポイ捨てされるって説明して、神父様が教育……才能が厳しいと判断したら、それを告げる。それでも聖教国に行きたいなら……それ以上は何もできないと思う」


 実態知ってる人から、子供の才能見極めてからにするべきと言えば、無視しないだろう。

 それすら聞かないなら、諦めるしかない。何処にだって毒親というのはいるんだろう。子供が可哀そうと思っても、代わりに何かできる訳じゃない。


 夫婦関係や子育てのことを他人が口出ししても、いい事はない。暴力を振るわれてるとか、ネグレクトなら別として……逃げた子どもを保護する孤児院も一緒なら別だけど。この教会にはそんな機能はないらしい。

 しかし……回復魔法が使えるかが大事な判断基準なら、才能の有無がわかるまでは、報告しなくていいと思う。しかし……自分の組織に疑問を持って、行動する割には……ものすごく駄目だね。


「なるほど……だが、誘拐はどう対処する?」

「それこそ、親以外から買わないように国が徹底するべきでしょ。子供に確認して、親じゃないって言ったら、謝礼払わないとか、神への冒涜だっていうことにして、捕まえれば?」

「ふむ……教会が才能ないで納得するかが問題だな」

「報告の基準を『光魔法を覚えました』ではなく、『回復魔法を〇回使えます』にすればいいのでは? 使える子でないと存在価値ないんでしょ? 神父様が、『使える人材だけ送ることで、聖教国の覚えを良くする』という建前使って、丸く収めたら?」



 教会を汚くして寄り付かなくさせるより、良いと思う。

 怪我人や病人は清潔な環境で治療するべきだと考えているから、現状は悪手。人を救いたいというのが、教会の理念なら、そこはちゃんとするべき。


 まあ、大きい組織だから、神父様一人でどうにかなるかは、知らない。だけど少しくらいは、不幸になる子を減らせるだろう。


「……嬢ちゃん」

「はい、なんです?」

「坊主は〈クラフト〉を持ってたが、嬢ちゃんは持ってるか?」

「持ってますよ」

「なら、明日振る舞う聖水を用意しててくれ。俺は急いで文書を用意するから指示を出せん」

「……作り方…………なるほど。入れ物ですか。幾つ必要なんです?」

「とりあえず、100。出来たら水入れておいてくれ」


 渡されたレシピは木のグラスとその蓋になるような板。う~ん。

 難しくはないからいいけど……こういうのって、前日じゃなくてもっと前から作っておくべきでは? さらに言うなら、こういう器とかは、どこかに外注して作ってもらいなよ……。

 教会が用意するのは、聖水だけでいいと思う。器から作るってどうよ?


 神父様……悪いけど、経営とかは向いてないんじゃない? なんだか、すごく非効率的。


 そして、夕方になっても戻ってこない神父様に見切りをつけて、グラスと蓋、さらに水を入れた状態のセットを200用意してから、自宅に帰った。



 そして、朝……。二の月1日。

神父の呼ぶ声で目が覚め……教会にて、手伝いをしている。

 昨日の今日で、神父の目元に隈が出来ているあたり、文書を頑張って作ったのかもしれない。しかし、今日はだいぶ早い時間に迎えに来たよね。もっとゆっくりしたかったのに!


 グラスの中身を鑑定すると〈水〉から〈聖水〉になっているので、そちらも頑張ったらしい。まあ……30個しか用意されてないけどね。残りの170個はどこに行ったんだか。



「それで……私は、今日はなにを?」

「子ども達に説法を聞かせ、その後に〈聖水〉を配る。その後、一人ずつこの水晶に魔力を込めてもらう」

「なるほど……魔力を込める時に使用する部屋は?」

「いや、その場で……」


 可笑しいな。この神父、ポンコツでは?

 生臭神父→実は良い神父→ポンコツ神父 new! 


 私やナーガ君が、宗教に対する感覚が違うの承知で、この世界での一神教っぽい宗教は肌に合わないのを気にしてない上に、庇っている様子もある。自分達の宗教の駄目なとこもわかっている。ちょっと微妙とはいえ、対策して不幸を減らそうとする神父様だと思っていたんだけどな……。

 なんか、ポンコツ? いや、昨日、対策をしようって話だったよね?


「……アホですか? 一人ずつなんでしょ? 他の子や親に見えないようにしておかないと噂が広まるから誘拐とかに繋がるでしょ!」

「いや、だが……部屋はない。それに、親に説明する必要もある」

「部屋を別にして、反応あった子だけ、また別の日に来てもらえばいいだけだから。……部屋ないなら、カーテンで見えないように仕切りましょう。ちょっと布を買ってきます」



 仕方ないので、急いで黒い布を購入して、教会の奥スペースにカーテンのように吊るして小部屋を用意……来月までに、もう少し見栄えが良くしたい……。

 ぎりぎり子ども達が来る前に取り付けを完了させ、時間になったら子どもが教会に入ってくる。

 入口の前で「いやー行きたくない!」「おばけでるー」と騒いでいたが、中にはいると「キレーだ!」「おばけでないね」など言われている。


 あれ? ……意外と子ども達から不評。光魔法を目覚めさせないって効果あり?

 子供たちが教会を嫌っているので、光魔法も嫌がりそう。


 でも……けが人や病人が来た時に、あれは困るよね。



 無事に説法も終わった。結局、今月の子どもの中に、光魔法に目覚める者はいなかった。親御さんがカーテンの奥でのことを聞いてくるので、その場で答えようとする神父を睨んで、カーテンの奥にて、家族ごとに話をするようにさせた。

 他の家族にも、「順番で案内します」と説明して、待ってる間は適当に座ってもらう。

 

 突然、やり方を変えたけど……神父の目的とは合致するのでいいだろう…………。


 子供たちは、最初は教会を嫌がっていたけど、綺麗になってることではしゃいでいた。また、モモと遊びたがる子もいて、ちょっと大変だった。

 大人しいといっても、魔物だからね……まあ、人気あったけど。泣き出す子どもとかをあやすのに、動物は一定の効果あるんだなと思った。



 そう考えていたけど……夜には、ラズ様がいらっしゃいました。

 はい……。フォルさんもいて、苦笑しています。


「で、何をしたの~?」

「……ご報告します」


 昨日と今日のことを、報告しました。元々、光魔法を使えることを誤魔化すためにも、教会でのお手伝いとかをすることにしていたので……嘘はついてないよ。

 ついでに、神父の文書では上に報告できないと言われ、何故か私に神父様が書いた書類を返され、私が稟議書を書くことになった。


 まあ、報酬として、いい紙をゲット!

 これは普段使い出来ないけど……ラズ様に手紙出す時とかに使わせてもらおう。

 

 とりあえず、言うだけ言って、何もしないっていうのも心苦しいから……私の意見はまとめておこう。あとは、ラズ様達がなんとかするでしょ。


 

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