第56話 出立



 出立までの3日間はすぐに過ぎていった。

 

 まず、初日には、朝から師匠が訪れ、調合薬などのレシピを渡されて、師匠の指示の下で調合をした。冒険者ギルドへの納品用であり、一通り作ってみたところ、問題なく作れた。一番ネックだと考えていた〈調合薬〉がだいたい4割強の確率で作れる。魔丸薬とかは、もう100%成功するくらい上達している。

 素材はたっぷりあるので、夕方まで出来るだけ沢山作ってみたが、師匠からも「手際が良くなっている」と褒められた。

 レベルアップによるステータスの恩恵だ。上級薬でも問題無く作れるようになるのは嬉しい。



「ひよっこ。今日の分はとりあえず、納品してきな。それと、明日からは私の作業を手伝っておくれ。朝から私の家に来るんだよ」

「はい、わかりました。何をするんです?」

「超級……調合レベル10の薬をいくつか制作するよ。私でも失敗する可能性のあるものだが……あんたの兄達が旅に出るなら餞別さね。いくつか貴重な薬を渡しておけば、少しは安心だろう?」

「はい! でも、いいんですか?」

「ああ。あんたも作ってるところを見るだけでも勉強になる。それに、今日の手際を見る限り、素材にする薬物については手伝わせても問題は無さそうだからね」

「いえ、そっちではなく……その、師匠の薬って貴重なのでは?」

「素材はあんた達が取ってきたんだろう? 素材を買取するのもそれなりに高くなるからね。物々交換のが楽さね。レオ坊達ともそうだったよ」


 いや。レオニスさん達が取ってくる素材に比べると素材の価値が低いから……そもそも超級のレシピは超貴重な物ばかりという話だったはず……。元高ランクのレオニスさん達ならともかく、B級ダンジョンで取れるもので代わりになるのか?

 でも、万が一に備えて、兄さん達には薬を持たせておきたい。それなりに耐性も覚えたけど……毒消しとか、状態異常を治す薬は持ってた方がいい。さらに、二人とも回復魔法は覚えてないから、薬やポーションは必須だろう。



「じゃあ、明日。待ってるよ」

「はい。ありがとうございました」


 師匠が帰った後、冒険者ギルドに行き、納品をする。

 マリィさんに渡そうと思ったが、「ご案内します」と言われて、ギルド長室に行き、ギルド長に報告することになった。

 一通り作れたのを確認したこと。取ってきた素材の数から判断し、依頼された数の納品については不足が起きないことを伝え、ダンジョンの許可を出してくれたことに礼を言う。


「うむ……嬢ちゃんにはすまんが、薬の納品数を増やす。今月と来月については、嬢ちゃんの納品のみを扱うことになるからのう。あと、再来月からは新しい薬師ギルド長が用意されることが決まったそうじゃ」

「はい。まあ、元々一時的なものだと考えてますけど……何か、ありました?」


 私の納品のみってことは、薬師ギルド長以外の町にいる薬師からの納品も受け付けないということだよね? むしろ、稼げるはずなのに、ギルド長以外にも依頼しないで私に作らせるのか?


「薬師ギルドが、往生際が悪くてな……この町の商人たちに圧力をかけ、すべての薬の値段を引き上げたようじゃ。嬢ちゃん達がいない間に、元の2~3倍の値段じゃ」

「それは……また……」


 薬師ギルド長って、価格操作まで出来るのか。こっちの世界では犯罪じゃないのか?

 しかし…………薬の価値自体がね……どうしても、高級品。病気の時には購入するけど……日常的には、冒険者達のように常に必要な人達以外は、買っておくこともしない。困らないから、取り締まりにくいとか?


「領主様も動いて、現薬師ギルド長については、泳がせておるが……破滅は確定じゃな。じゃが、新しい薬師ギルド長を指名するのは領主様でも出来ん。……伝手を使って、新しい薬師ギルド長を派遣するにしても、再来月になるそうじゃ。その間、冒険者達も薬が高いからと、町を離れられても困るからのう。嬢ちゃんが納品してくれた分については、このまま通常価格で売るので、嬢ちゃんを稼がせてやることは出来んのう」

「構わないですよ。通常納品価格でも、充分高額ですから。品不足は続きますか?」

「うむ……町で購入しようとして高くなってることに気付いた冒険者達がギルドで持ってる分を買い占めようとするから……購入に制限をかけてはおるが……足りてないのう。早めに納品を頼めるか?」

「わかりました。明日は厳しいですけど……」


 一瞬、ギルド長の顔が歪んだ。う~ん。薬師ギルド長が嫌いなんだろう……領主様の話の時には好々爺のような顔に戻った……。しかし、今更、この人が優しげに振舞っても、全然良い人には感じられないけど。


 納品の数が増えたとしても……ダンジョン用に作っておいた薬やポーションはまだ余っている。……兄さん達に渡す分を考えても……多分、間に合う。ささっと町を出て、百々草を採取しておく。



 家に戻って、調合をしていたら、レベルが30まで上がった。結局、ダンジョン内で上がらなかったので、漸く……ナーガ君に追いついた。ちなみに、〈属性剣〉を覚えた。

 ダンジョン内で練習したが、なかなかうまく剣に魔法を載せられなかったんだけど、とりあえず技能として覚えたようだ。これについては、落ち着いたら練習してみよう。

 もう少し調合を続けたいところだけど……ナーガ君と兄さんが何か言いたそうにしているので、ここらへんで切り上げよう。



 翌日は師匠のお手伝いをした。

 師匠は失敗する可能性があるなんて言っていたけど、全て成功していた。流石だ。


 万能薬、ドラゴンの妙薬、聖者の秘薬、魔女の秘薬、天使の祝福……色々と作ったけど、師匠が持ってる素材が半分以上であり……その価値がすごいことくらいはわかった。

 それ以外にも、各状態異常の回復薬であったり、病気にも効果がある薬だったりと……兄さん達に渡しておきたいものばかりだった。


 超級の多くは、事前に中級・上級の薬を作っておいて、それをさらに上澄みしてから貴重な素材を追加する。効果は絶大だけど……お値段はやばい。

 

「師匠……これ、値段が……」

「気にするんじゃないよ。素材だって使わないと劣化していくんだよ。ちょうどいい機会だから、使っただけさ。それに、王国で作れるのが少ないから、流通が少ないせいで高くなってるだけさね。もしものときには、教会にいくつか売ることで、きちんとした治療を受け、助かることもある。持たせておいた方がいいさ。何もないならそれでもいい」

「え? 教会って自分達で治せるから、薬いらないんじゃ?」

「逆だよ。病気はかなり高レベルの術士でないと治せない。寄付金を貰って、治らないときに困るからね。魔法で治したフリして、念のためと称して薬を渡すことがあるんだよ。貴重な薬を高値で買い取るのは、一番は教会さね。商人や貴族よりも金を出すよ」


 確かに、高い寄付金を募って、治りませんとか、ふざけるなって思うか。

 やっぱり、宗教ってお金になるんだろう。この世界だとわかりやすく、傷が消えるという効果があるからだろうけど……。でも、古い傷は消せないんだったか?


「私が渡してやる薬は使わなくていいんだよ。金策になるとでも考えておくくらいさ。普段使いはあんたが作ってやんな。もう、十分作れるはずだよ」

「そうですね……一応、ポーションも含めて、沢山持たせます。ダンジョンでほぼ使わなかった分を合わせれば、それなりにあるので間に合うかと……」

「使わなかったのかい?」

「私がMP回復に使ったくらいで、二人は苦戦もせず、回復魔法をかけることも……まあ、数時間に一度とか? ヒーラー必要かなって感じでした」

「そうかい、そうかい……まあ、ヒーラーが活躍するような場所に行くのはまだ早いんだろう。レオ坊もそういう気遣いが出来るようになったと聞くと驚きさね」


 師匠から見て、レオニスさんすら子ども扱い……。


 まあ、私達は孫のようなものだろう。嬉しそうに話を聞いているので、ダンジョンでの話をしつつ、調合を続けた。


 夕方には兄さんが来て、夕食を作っていた。川魚のソテーとジャガイモのポタージュにサラダに柔らかいパン。ワインまである。とても美味しい……胡椒とかバターとか、調味料なども購入したのか。


 ちなみに……食事当番は兄さんが多い。料理が上手なので任せているけど……お金、大丈夫なのか?

 


「グラ坊。随分と気前がいいね」

「いやぁ。毎日こんな料理は出来ないが、お師匠さんとゆっくり食事を出来る機会は今日と明日だけだからな。世話になった礼として、受け取ってくれ」

「まったく……まあ、滅多にない機会さね。…………秘蔵の酒があるから、持ってこようかね。運ぶのを手伝っておくれ」


 師匠が奥に向かうのに、付いていったのはナーガ君。行こうとしたが、「俺が行く」とささっと行ってしまった。

 そして、持ってきたのは、古そうな樽。そういえば、調合部屋の奥にある素材保管庫に樽があったけど……あれ、お酒だったのか。



 樽を開けると、アルコールの良い香りが漂ってくる。


「おおっ! なんか凄そうな酒だな!」

「昔、作った酒さ。一番良かったのを寝かせていたやつだよ」

「お師匠さん、酒も造るのか!」

「酒は調合のために必要になることもあるさね。普段は、味なんて二の次で、調合用に作ってるよ。昔、たまに飲みたくなる時のために、味がそれなりの物も作っていたんだよ」

「なるほどな! ぜひ、クレインにも作り方を教えておいてくれ!」

「わかった、わかった……まあ、今回はこの子が作るのは間に合わないからね。この酒でいいなら、詰め替えておくから持ってきな」


 兄さん。お酒好きらしい。

 まあ、作るのは構わない。私もたまに飲みたいとかあるかもしれない。それに、アルコール消毒とか必要になるかもしれないから、必須。

 たしかに、小さい樽とはいえ……それなりの量入ってるだろう。


「あれ? ナーガ君って飲んでいいの?」

「…………」


 ふと、思ったのだけど……ナーガ君は未成年? いや、でもこちらの世界では関係がないか。一瞬、肩を揺らしたので、ナーガ君としても、少し罪悪感があるようだ。


「取り過ぎは良くないさね。ナーガ坊だけでなく、ひよっこ達兄妹もだよ」

「えっと……」

「酒は飲みすぎると依存するからね。人によってはすぐに倒れることもある……くれぐれも、慣れるまで一人で飲むんじゃないよ」

「はい……」

「わかった……」

「ああ。承知した」


 別に、未成年だから飲むなということではないらしい。兄さんが調べたところ、子どもでもOKだが、酒は高いと事前に調べていたようだ。

 兄さんは、ダンジョンで得た魔物素材を大家さんとお隣さん、余った物をギルドに売ったお金で購入したらしい。ちなみに……ダンジョン内での魔物討伐の場合は、ギルドからの討伐報酬はない。素材の買取のみ。そうすると高値で素材を買ってくれる人に売るのは有りだと思う。


 ダンジョン内か外かがどうやってわかるのか……と思ったけど、冒険者カードにちゃんと討伐記録が記録されているそうだ。高性能! その分、他に売ったこともギルドにはバレるっぽい。

仕組みはわからないけど、ギルドカードは、ダンジョン入出時に、入口で記録を取り、扱いが切り替わってるらしい。ダンジョンの外だと魔物を狩ることは推奨されている。商人などが安全に輸送するためにも、定期的に討伐が必要ということだった。



「兄さん。みんなで食べるんだから、ちゃんと食費請求してね」

「いや。そんなに高額じゃない。そもそも、君が俺らの分の家賃も払ってるだろ。それに、調合した薬の報酬についても、パーティーで受けたせいで、俺らにもお金が入ってる」

「逆に一部の魔物素材。私は倒してないのにお金入ってるからね。あと、パーティーのお金だけど、必要なら降ろしたりすることはある……気がする」

「それは構わないが、逆に遠慮して使わないとかため込むなよ?」

「二人とも落ち着きな。まあ、パーティーのお金の分配なんぞ、自分達で決めるものだがね。いいじゃないか。祝いの席は多少豪華にしたいってのもわかるよ。だが、一人で負担するんじゃ、他も気になるだろ? 次からは予算決めるなりして、兄妹仲良くやんな。ナーガ坊もね」


 ナーガ君も慌てている。そういえば、ナーガ君もお金出してるのか? 昔は胡椒って、金と同じ価値とか言うし、この世界でも希少なはず……。


「まあ、あんた達の気持ちは嬉しいからね。今回はごちそうになるが……旅に出るなら、資金はちゃんと持っておきな。妹にお金の心配されるようじゃまだまださ。次までにもうちょっと成長しときな」

「お師匠さんには敵わないな……ちゃんと考えよう」


 師匠に酒を注いで、二人でグラスを合わせ……飲み直している。

 確かに……今話すことではなかった。今は食事を楽しもう。


 楽しい食事会だった……しかし、沢山飲んでいれば、お酒に酔う人もいる。師匠と兄さん……飲み過ぎはダメと私とナーガ君に言っていたのに、その二人がダウンしてしまった。

 うん……弱いわけではないと思うけど。結局、ナーガ君が兄さんを担いで、家に帰った。



 翌日は、普通に調合。兄さんとナーガ君に持たせるためのポーションを大量生産。

 兄さんとナーガ君もある程度準備が出来たのか、ゆっくりと武器の手入れをしている。

 出発前に用意してもらった防具については、私たちの物でいいという事になっている。お金を払ってないが……フォルさんに支払いの打診をしないといけないかな? 金額は一切聞いてないけど……ラズ様の私物らしいが……なんで、レオニスさんと父(仮)の防具を私物で持ってるのかも分からないけど。



 兄さん達は、魔物の素材を納品して得たお金で予備の武器をクラナッハさんの店で購入したらしい。ただ、刀は取り扱っていないらしく、兄さんは不満気だった。

 

 ちなみに、クラナッハさん……お隣の鍛冶屋に、ダンジョン後に武器の修理を依頼し、色々と興味を持たれてしまった。魔法武器の修理は珍しいようだ。出所は言わなかったが、魔力オフの状態での修理に問題はなく、今後もぜひ持ってきてくれと言われた。



 今日の夕食はレオニスさんとラズ様、フォルさんを呼んでささやかな食事会。師匠も誘ったけど、「昨日ので十分」と断られてしまった。ちょっと顔色が悪いのは二日酔いかもしれない。

 ラズ様はわりと楽しんでいたが……なんだか、レオニスさんの様子がちょっと怪しかった。よければディアナさんもと誘ったのに来ていないことと関係があるのか……あるんだろうな。



 なんだかんだと兄さんとナーガ君もラズ様とフォルさんを嫌がりはしていなかったので、少しは仲良くなれたらしい。和やかな時間が過ごせた。




 そして……。







「じゃあ、行ってくる」

「……無茶はするな」



 翌日、二人は旅立った。


 師匠から渡された貴重な薬と私から渡されたポーション・薬を受け取る時には少し眉を寄せていたけど、何も言わずに受け取ってくれた。


 ナーガ君は、言葉は少なかったけど、「定期的に〈ライチ〉を飛ばして、連絡をする」と師匠と私に伝え、〈モモ〉に「頼んだぞ」と顎の下を撫でてから少し寂しそうな顔で笑っていた。 

 兄さんはにっこりと笑って手を上げて「じゃあ」と何でもないように振舞い、二人は出発していった。



 師匠と二人で見えなくなるまで見送ってから、家に戻った。

 二人が使っていた部屋に行くと、「餞別返しだ、使ってくれ」と置手紙と一緒にミスリル製の短剣があった。

 


「……いつの間に」


 ミスリル製ってことは、かなりお高いはず。短剣だから、剣とかに比べると少ない材料で済むとはいえ、そこまでのお金があったんだろうか。

 宵越しの銭は持たないとかだったらどうしようかと、師匠に相談したが、ミスリルの短剣を見せると「大丈夫さ」と何故か太鼓判を押された。

 師匠としては、兄さん達がお金を使いきってるとは考えていないらしい。



「あの子達の心配ばかりしてないで、ひよっこ。あんたも頑張んな。まあ、薬は作れるようになったが、薬師としてはまだ半人前さね……だが、ここからは2日に1回の授業でなくても十分さね」

「え?」

「週に1度、顔を出しな。あとは自由に腕を磨くといい」



 師匠は、「頑張んな」と言って、帰っていった。


 突然の師匠の宣言に驚くが……師匠にも何か考えがあるようなので、追及はしなかった。やれることをやるため、調合をするために地下室に向かう。

 まずは、自分が出来ることをやっておこう。二人が帰ってきたときに恥ずかしくないように。成長した自分を見せられるように…………さあ、今日も頑張ろう。

 

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