第55話 出立準備 (グラノス視点)


〈グラノス視点〉


 キノコの森迷宮ダンジョンから帰還した日。3人でお師匠さんの家にいき、報告をした。夜遅い時間だったので長く話をすることは出来なかったが、ダンジョンでの内容や採取物を渡すと驚いた顔をしつつ、よく頑張ったと褒められた。


 その後、俺とナーガが旅に出ることも伝えた。

 お師匠さんは頷き、「それがいい、行っておいで」と頷いてくれた。ついでに、クレインのことは「一人前にしておく」と言うので、お任せしておく。問題はないだろう。


 出立の日には見送るから、必ず顔を出してくれと頼まれた。「もちろん、そのつもりだ」と伝えたところ、頭を撫でられた。そんなことをされたのはいつぶりだと、とても驚いたが、その隙にこっそりと手紙を渡された。クレインやナーガにはバレていないだろう。



 家に帰って、確認した内容。

 俺ら3人とも、お師匠さんの養子になる手続きが取られており、すでに終わったらしい。


 今後降りかかる面倒事に対する情報。そして、弟子のクレインを守るため、自身のもつ爵位の譲渡を俺宛てにする手続きも取ったということだった。お師匠さんも色々と面倒な政治に巻き込まれているらしい。

 今後、俺達は〈メディシーア〉という姓を持つことになる。


「やれやれ……面倒事だろうが、お師匠さんの頼みだからな」


 一読後に、必要な事だけをメモに取り、指示通りに手紙を燃やす。

 そして、さっそく調合を試そうと地下室に向かった妹を叱り、風呂に入らせ、さっさと寝かしつける。ほっておくと延々と作業をすることについては、師匠にチクっておかないと駄目だな。



 そして、翌日。

 俺は、キノコの森でラズから「領主の館で待ってる」と言われた通り、領主の館に来ていた。ラズと約束があることを告げると、応接室に案内され…………しばらく待たされた。

 迂闊だったのは、フォルもちょうどいない時間帯だったことだ。他に俺のことを保証できる者がいないため、身体検査を入念にされた上に、かなりの時間待たされている。



「確かに、僕が時間をくれとは言ったけど…………昨日の今日でなくても良くない? 忙しいんだけど?」

「こういうのは早い方がいいだろう。昨日のうちにお師匠さんには話をしたしな。3日後には町を出るから、準備に時間を割きたい。だいたい、君が忙しいのは領主代行という立場のくせに、1週間も遊んでいたからだろう」

「…………こっちにも事情があるんだよ」

「その間、薬師ギルドを野放ししているのはまずくないか? それに、他にも問題起きてるだろ」

「まずいよ……ただ、実際問題、パメラ婆様のいるこの町に、ギルド長として来たがる薬師なんていないんだよ。新しい人の手配はしているけどね」


 ふむ?

 まあ、長と名がついていながら、実際には自分より尊敬を集め、制御できない人がいるのは、やりづらいか?

 だが、同じ町にいるのはメリットにもなるだろうに。


「薬師達からすると、不人気なんだよ。薬というのは貴重だからね。安く作り、庶民にも手が出せるというのは、為政者としてはありがたいけど。同じ薬師としては……薬の価値を下げるという行為に見えてしまう」

「ああ……なるほど」


 そういえば、お師匠さんは、今までの薬を、同じ効果で素材を安くする代替品を作れる技術があるんだったな。価格破壊をされるのは困るか。たしかに……そこら辺にある雑草(百々草)で傷薬作ると元手0というのも……他から見るとマズイか。薬の単価を高くしなくても、利益が出るだろう。

 そういう点でいうと、クレインにも注意しておかないとだな……昨日も大量の百々草を採取していた。ちゃんと見つからない様にしていたと言っていたが……。


 

「薬師ギルド長については、すでに逃げられない様に監視をしているし、後任が決まった時点で捕らえるよ」

「そうかい。だが、王都からの使者が来るのに、責任者がダンジョンに行ってるとか、問題ないのか?」

「……最終決定できる立場である僕がいれば、使者が僕に言って色々と調査したがるでしょ。王派の人間に色々見られても困るからね。いなければ、許可がないと断れるし、やることやってさっさと帰ってくれる」

「なるほど。…………それで、俺はこれから君をなんて呼べばいい? 王弟殿下のご子息様? 領主代理様? それともご主人様と呼んだほうがいいかい?」

「…………はぁ。黙ってたのに……誰から聞いたの?」


 誰から聞いたかについては、にっと唇を上げるだけで、答えることはしない。こちらもそれなりに知っていると匂わせておかないと、クレインの身が保障されない。お師匠さんが守り切れない部分は、この男にかかっている。そのための交渉の場だ。


 お師匠さんの情報とともに、この世界のことを知るために用意された新聞やら伝記などを急いで確認した。この国の政情は不安定だ。異邦人相手の即断即決の対応をしていたため、クレインは絶対王政の権力が強いと考えているが、実際は混迷と言える。今回は王弟と貴族の言葉を王が素直に受け入れただけで、王派と王弟派の対立は根深い。


 王弟の息子は3人。長男は王弟の元で、補佐として働いており、評判もいい。次男は病弱。いつ死ぬかもわからない状態であり、王から派遣された医師により命を繋げている。 

 三男は、不明。13歳のころに出奔。その後戻ってきているという噂だけで、社交界には一切出てこない謎の人物。三男の名前は「ラズライト」。

 この町は、王弟である公爵様の持つ土地であり、数年前から領主代理がこの町の統治を代行している。

 調べた内容をパズルのピースのように繋ぎ合わせれば、答えを出すのは容易だった。



「参ったな~…………はぁ~……………………いままで通りでいいよ。こちらからお願いすることはあるけど、仕えて欲しいわけじゃないからね」

「安心してくれ。まだ、弟妹には教えていない。俺の方でもまだ早い気がしてな」

「…………いずれバレるだろうけど、今すぐに伝えないでくれたのは助かるよ。それと…………戸籍の件だけど、無事に申請が通り、君達3人はパメラ様の養子になった。君が長男で、爵位を継承する。パメラ様が亡くなったら、自動的に君は子爵様だよ」

「よく許可がでたな」

「君が遠慮なく、冒険者を半殺しにしてくれたおかげだね。あれで妨害も無くなって、すんなり書類が通ったよ。後が怖いんだろうね」


 あれか…………。

 やりすぎと責められると思っていたが、ナーガもクレインも俺を心配していたからな。クレインについては、記憶の混濁があるせいかと考えたが…………俺のが大事と割り切ったらしい。

 この世界で、綺麗ごとで生きていけないという意識なんだろう。


「俺は王弟派の貴族の一人ということになるのか?」

「まあ、そうだね~。まだ、君が何かをすることはないけど、いずれ、君が貴族として、家を治める立場になるわけだ…………だけど、今のところ、治める土地は無いよ。1年に一度、いくつかの薬を王家に納品する限り、毎年いくらかの貴族年金が支給される」

「ふむ…………クレインの功績を俺がもらうということか?」

「そういう扱いだね~。当然、他の貴族はクレインを嫁に貰って、利権を得ようとする。まあ、君が彼女を売るようなことは無いと思うけど、そういう話があったら、こっちに報告してくれれば対応するよ~。そもそも、君達は妹のために素材を得る冒険者活動がメインってことにしてあるから」

「承知した」



 爵位はあるが、冒険者として普段から活動していることにする。実際、冒険者の中には、功績により一代限りの爵位を渡されることもあるらしいから、問題はないのだろう。

 完全に王弟派が俺らを囲ったことは、現状は仕方ない。許容範囲内という事になる。お師匠さんの方との兼ね合いもある。


 俺としても、後ろ盾なく好き勝手にやるより、ある程度折り合いをつけた方が生きやすい。


「それと、君とナーガは僕から推薦をして、D級冒険者にしておいたから」

「クレインがEじゃなかったか?」

「そうだよ。実力は君達の方が高いからね。実績がなくてもDくらいなら、貴族推薦でどうとでもなるよ。クレインもそのうちDには上がると思うけど。…………出来れば、君を敵にしたくないしね」

「ははっ……随分と弱気な発言だな」

「君とナーガの実力だよ、過大評価じゃない」



 過大評価じゃない……か。

 まあ、ユニークスキルの恩恵だろうな。ステータスについても、上乗せがありそうだが、それ以上に大きいのは常時発動するパッシブ効果だろう。

 俺の場合は、刀を持っているときに限定されている。だが、刀を持っていれば攻撃力は同レベル帯では抜きんでる。ナーガのステータスも高いため、俺達を取り込みたいと考えているようだが……。



 俺自身は一番やばい能力はクレインだと確信している。

 頭がいい、運がいいということもあるが……あり得ない行動も度々起こす。おそらく、瞬時の判断を下すとき、最善を無意識に選択している。自身に危険が無いという状況下で、最善の行動をすることで良い状況を作り出す能力とでもいうか……。


 ボスとの戦闘において、立ち回りを見る限り、呆気なく勝てていたことに、レオニスのおっさんは首を捻っていた。

 本来のステータスの高さで苦戦をしないのは、おっさんとフォルだけのはずだった。それでも、タンクが十分な能力があり、魔法アタッカーもいるから多少の苦戦は問題ないという計算をしていたようだ……だが、クレインの動きにより、予定外の楽勝となった。誰一人、危険になることは無かった。

 だが、ボス相手にヒーラーが必要ない戦況であることがそもそも可笑しい。


 さらに、巨大蜘蛛との戦い。

 あのでかい豹を回復したとき、「こっちを攻撃してくるなんて考えなかった」とクレインが言った。魔物が襲ってこない……通常ではあり得ない危険行為。それを、考えなかった……あいつは危険なら嗅ぎ分ける、そうならないと確信して行動していたってことだ。


 無意識に判断して…………本当に生命の危険でもない限りは、〈直感〉の範囲が、結構がばがば判定のようでもあるから、少々心配ではあるが……。

 それでも、無自覚でも使える、強力な武器であることは間違いない。



「まあ、俺としては勝ち馬に乗れるのに、そこから降りるつもりも無いからな。ちゃんと借りは返すさ」

「勝ち馬? 僕と手を組んだことを言っているなら期待には応えられないよ?」

「君? 違うさ。この現状を作り出したのはクレインだろう? あいつのおかげで、俺らは今ここにいる。あんたがクレインと組んでる限り、俺もナーガもあんたの敵にはならない」

「……そうだね。…………羨ましいよ」

「で、話は終わりかい?」

「いや……本題を言うよ。君にお願いがある」


 話が聞こえないだろう距離を保って、部屋にいた女性にラズが合図を送る。頷きを返して女性が運んできたのは、地図だった。

 この世界では地図は貴重らしい。測量技術が未熟……というか、紙が貴重品なんで仕方ないんだが……やはり、王侯貴族はもってるか。



「ふむ……?」

「この国と周辺の地図……ここの山脈、川が帝国との国境。こっちの大陸が獣王国、ここの先からが共和国ね」

「……王国と帝国はこの山脈と川で隔てられているな。なかなか攻められにくい地形だ」

「まぁね……で。ここが王都、今いる町はここら辺…………それで、君達に行く先が決まってないなら、ここらへんにある村に向かって欲しい」


 地図でだいたいの場所を説明しながら、示された行く先は、川と山脈を越えて北西の土地。

 そこに行くまでに10日前後はかかりそうな距離だった。


「ここに何がある?」

「異邦人が現れた村の一つ。その村には2人ほど異邦人が現れた。……けど、王家が騎士を派遣すると決まった時に、すでにいなくなってしまったと告げてきた」

「ふむ……それで? 俺に何をさせるつもりだい?」

「様子を見てきて欲しい。別に、村に溶け込んで暮らしているならいいんだよ。本当に居なくなったのなら、それでもいい。人質が取られたり、正常な状態から逸脱しているのであれば報告して欲しいんだよ…………王派の貴族が治める土地で、王家が管理すると言っていることに従わないというのは不自然なんだ」

「君の手の者を使えない理由は?」

「異邦人の強さだよ。1か月くらいでどれくらい強くなっているかわからない。戦える者で、こういうことを頼める人材は少なくてね。特に行先が決まってないなら、君にお願いしたい」


 なるほど。

 まあ、嘘ではないだろう。断るほどでもないので、引き受けておくか。


 どうせ、王都に近づくつもりは無かったんだ。反対方向に用が出来たのなら、それもいいだろう。


「この地方で取れる貴重な調合素材を教えてくれるなら、引き受けよう」

「…………すぐには答えられないから調べておくよ。まあ、パメラ婆様やレオニスのが詳しいと思うけど」

「彼らには行く当てのない旅にしておく。目的を知られて、痛くもない腹を探られたくはないからな。異邦人の保護が目的じゃないんだろう?」

「ああ。君から見て問題がないなら、構わないよ。王派と余計な諍いを起こしたくないしね」


 俺から見て……ね。

 異邦人に対し、好感はないんだがな……まあ、報告だけなら構わないが。

 保護が目的でないと言質を取ったからいいか。



「依頼料は物で頼む」

「希望は?」

「そうだな……ミスリル製の短剣またはショートソード。若しくは、魔力通りが良い素材で作られた武器だな」

「クレインの装備かな? わかったよ……適当に見繕っておくよ…………兄も大変だね~。弟で良かったよ」

「じゃあ、邪魔したな。適当に報告するが……レオニスのおっさん経由になるか?」

「まあ、任せるよ」


 

 ラズに挨拶をして部屋を出ると、フォルがお辞儀をして「お見送り致します」と付いてきた。


「で? 何か用かい?」

「いえ。私からもお願いがございます…………こちらを」

「……ラズは知っているのか?」

「申し訳ありません。上のご命令ですので……」

「わかった……まあ、世話になったからな。俺だけなら、な」


 ラズに仕えていて、ラズが知らないだろう招待状を俺に渡す……なかなかに面倒だ。

 俺だけという言葉に、こくりと頷いたのを確認し、渡された手紙を懐にしまう。


「お気をつけて」

「ああ。またな」


 手を上げて、門を出る。

 まあ、なるようにしかならないだろう。


 ナーガを危険に晒したくはないが……まあ、俺一人でいいというなら、構わない。

 招待は受けるとしようか……最初の目的地は、領都キュアノエイデス。王弟殿下が住む離宮となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る