第54話 出立準備 (ナーガ視点)
〈ナーガ視点〉
「よお、坊主。無事だったみたいだな」
「ああ」
キノコの森から帰還した翌日。俺は教会に訪れていた。奥から出てきた神父に挨拶をして、像の前まで進む。
「それで、片付けでも手伝ってくれるのか?」
「……いや。先に、少し祈りを捧げたい」
クレイン達と3人で訪れた後も、自由行動の時に何度か教会を訪れていた。
そのたびに嫌な顔をせずに、この神父は受け入れてくれている。その自然な雰囲気に、最初の生臭神父はなんだったのかと思う。
「好きにするといい。ここはそういう場所だからな」
俺が一人にしてくれと言う前に、神父は楽しそうに笑って、奥へと行った。
「…………」
この世界の神という、不思議な像の前に立ち、祈りを捧げる。
神にではなく…………俺の両親に。
俺の想いが届くことは無くても、祈る。親不孝な自分が……せめて、二人が幸せであるようにと。
俺が気づいた時には、こちらの世界に来ていた。
俺は、グラノスやクレインの言う、白い世界とやらの記憶はほぼ無かった。ぼぉっと突っ立っていたところに声をかけられ、集団にいたが、上手く話せず、「睨むなよ」と言われてしまい、集団の中では浮いていた。だが、どうすればいいかがわからなかった。
前の世界でも、そうだった。
話をすることが苦手で、「顔が怖い」と、「睨んでくる」と……周囲とは上手くいかずに過ごしていた。両親が心配していたが、それも鬱陶しくて、反抗していた。俺が寝た後に、母が父に泣きついていたことも知っていたが、どうすることもできなかった。
集団の連中と居ても、自分が浮いているのがわかって嫌だった。だが、そこから離れる勇気もなかった。どうしようもない時に、ステータスの表示を求められた。
ステータスについて尋ねられ、自分が何を持っているか確認したとき、覚えていないけど、何を考えて取得したのかは理解できた。俺は俺だった。
嫌だった。
周囲と上手くいかないことが。
周囲と上手くいくために……英雄になればいいんじゃないかと考え、〈竜殺し〉というユニークスキルを取得し……結局、何も変わっていない自分を晒すのが嫌で仕方なかった。
「君も断ったのか。なら、どうだい? やりたいことが決まるまで俺と一緒に行動しないか?」
声を掛けてきた男は、ふざけた男だった。俺をからかってるのかと思う言動も多い。だが、俺の言葉もよく聞いてくれた。俺の考えがまとまるまで待ってくれる。嫌な顔をせずに、俺と会話をしてくれた。
その後、出会ったクレインも、俺に対して嫌な感情を見せることはなかった。多少、子ども扱い……年下として扱ってくることはあるが。
「ナーガ」「ナーガ君」
二人は何も出来ない俺に対し、色々と世話を焼いてくれている。
厄介な世界に来ても、生きていられるのは二人のおかげだった。
とても心地がよく、このまま一緒にいたいと思う反面、両親のことが気になった。
二人の話を聞いた限り、俺は元の世界では死んでいる。……こんな俺を大切に育ててくれたのに、何も返すことなく、死んでしまったことになる。
申し訳ないという気持ち。
神に祈ったところで、どうすることも出来ないが……それでも、教会は祈りの場…………どうか、両親が幸せにと願う。
「随分と長いこと祈ってたが、何か願いでもあるのか?」
「…………両親が幸せであるように」
「そうか……まあ、お前らも色々あるんだろうが。お前さんの願いが叶うといいな」
「……知ってるのか?」
戻ってきた神父は、優しい微笑みを浮かべている。本当に聖職者に見える。
俺達が異邦人であることは、知られていないはずだが……ゆっくりと頷き、微笑んでいる。
「そりゃあな。神父なんてもんやってれば、わかる……と言いたいがな。人の庭で騒ぐバカ女もいたんでな。色々と情報を集めておかないと嫌でも巻き込まれる」
「…………」
「離れても両親のことを思うのはいい事だ。いい子に育ったな」
「……最近は反抗してばかりだった。最後まで心配をかけた…………」
ぽつぽつと話をする俺を神父は笑いながら聞いてくれた。
どうしろ、と指示を出したりするわけでなく、「そうか」とただ相槌を打ってくれた。
クレインやグラノスには見せたくない、弱み。二人は、年上で……多分、考え方、感じ方が違う。家族への接し方も違うんだろう。俺は子どもだった。面倒を見てもらう側だった。
だが、こちらでは関係ない。見た目通りに振舞う必要がある。子供だから許される時間はすでに終わってしまった。俺自身が責任を持って、やらねばならない。
「で……お前さんは、これから、この世界で、何をするんだ?」
「……これから考える……けど…………守りたい」
「そうか……なら、自分が守ると決めたものから逃げるなよ?」
「ああ…………強くなるために、兄貴の方と旅に出てくる。また、一緒に居られるように……戻った時には…………また、来てもいいか?」
「ああ。お前さんの旅に加護があるよう祈っておく」
その後、時間までは教会の掃除を手伝いをするつもりだったが、「お前さんの客なら、もう来てるぞ」と神父から言われてしまった。
教会を出ると、すでに待ち人が来ていた。約束の時間まではまだ時間があったはずだが。目が合った瞬間に綺麗な仕草でお辞儀をされたが、答えに迷い、頷きを返す。
「では、参りましょう」
「ああ、世話をかける」
テイマーギルドと言われるギルドに向かって歩き出す。モモとは別に、もう一匹。とある魔物をテイムしたいと相談したところ、フォルはあっさりと手配をし、テイマーギルドにて確保されている魔物をテイムすることになった。
「まさか、貴方が私に声をかけるとは思いませんでした」
「別に……あんたの方が得意そうだと考えただけだ。あっちは忙しそうだしな」
「信用されていないと考えておりましたので……」
「……あんたはラズのために動く。俺はクレインのために動く。ラズとクレインが敵対していないのに疑う理由はない」
「ふっ…………ふふっ……面白い、考え……ですね……」
「ふん……」
別に、悪い奴ではないと思う。クレインが警戒し、グラノスが敵視していても……気にせずに受け止めるのだから。それに……クレインの態度は途中で変わった。とりあえずは、敵でないということだろう。
だが、笑われるのは癪だった。
笑いをかみ殺しているフォルを睨むが効果はなかった。「いくぞ」と声をかけて、そのままテイマーギルドへと向かう。
レオニスから、冒険者ギルドに登録しているので俺自身がテイマーギルドに所属することは出来ないが、従魔は登録しておく方がいいと説明を受けた。俺が〈モモ〉の登録をした上で、登録証をクレインに渡しておけば、何かあっても問題がないらしい。
それを聞いた時に、ついでにとフォルに依頼をしたところ、あっさりと受け入れられた。
テイマーギルドは、色んな魔物が売っている。ペットショップのような場所だった。
ただ、家畜化されていない、危険な魔物であるため、その場で〈テイム〉をさせるのが基本。出来ない場合には渡さないらしい。
フォルを見た店員がすぐに「案内いたします」といって、奥の部屋に通された。
「お待ちしておりました、フォル様。こちらが、ご所望の魔鳩になります」
「ふむ……少し小柄ですか? それに……普通の魔鳩ではありませんね?」
「流石、わかりますか。こいつはようやく飛べるようになったばかりの若い鳩でして……しかも、こいつの父親に当たるのは魔鳩ではなく、金魔鳩でして……」
「なるほど……よく見ると羽に金色が混じっていますね。金魔鳩とは……」
そして、用意されていたのは、白に金が混じった羽色をしている鳩。首のあたりに、赤茶のような不思議な色が入っている。
先ほど、廊下で見た鳩よりも小柄だが、目を惹く。不思議と存在感がある。
くりくりとした瞳がこちらを見たので、目を合わせる。しばらく、お互いに目が合ったままだったが、あちらがすっと目を逸らすと同時に頷いたように見えた。
その間、フォルと店主の間では会話が進んでいた。
「はい。通常よりも強い個体のため、商人等に卸しても従わない可能性がありまして……いかがでしょう?」
「ナーガ様。こちらの魔鳩は、通常よりも賢く、強い反面、扱い辛い個体となります。鳩より強いことが条件となりますが、貴方なら問題はありません……長距離、かつ、一つの場所に留まらず、常に移動しての手紙のやり取りであっても、問題はないかと」
「そうか……では、こいつで……いや、こいつがいい」
俺の言葉に鳩の方も頷いた。こいつはこいつで品定めをしていたらしい。
篭から出すと、俺の左肩に飛び乗り、そこを定位置にするかを確認するように足を動かしている。
「かしこまりました。手続きを……ああ、モモ殿も一緒に登録しておきましょう。彼の所属は冒険者ギルドですが、保証人は私がしますので」
「フォル様が保証人であれば、問題はございません。では、こちらが書類となります」
書類にサインをして、血を垂らして魔獣登録をする。名前は、少し悩んで、<ライチ>にした。
首元がライチの皮の色と全体がライチの果肉の色に似ている。果物の名前で統一しておくのも悪くないだろう。
「ナーガ様。それでは、後ほどで構いませんので、クレイン様の血もライチに少し与えてください。それによりクレイン様を識別し、その魔力を追って手紙を届けるようになりますので」
「……わかった。なら、あんたの血もこいつに与えてくれ」
「私の、ですか?」
「ああ。どうせ、ラズに直接報告は出せないだろ。何かあれば、あんたに届ける」
「私で、よろしいのですか? レオニス様では?」
「……レオニスだと報告が遅くなるんじゃないのか? あんたのが近いだろう…………ラズが何者か知らんが……必要にならないか?」
「……ありがとうございます。では、私のことも覚えさせます。…………このように、血を舐めさせると個体魔力を覚えると言われています。いいですか、私はフォルですよ、ライチ」
ライチが血を舐めて、名前に頷いたので、おそらく覚えたのだろう。
あとは、クレインと師匠を覚えさせれば、手紙のやり取りは出来るようになる。
あとは……冒険者ギルドにも挨拶くらいしておくか。無茶な依頼を受けさせない様にも頼んでおこう。
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