第50話 キノコの森 三日目(1)
3日目。
迷宮ダンジョンで過ごすのは5日間の予定なので、今日が折り返しとなる。
目指すは30 階…………と思っていたが、予定よりも早い、3時過ぎには30階ボスを撃破した。早かった理由は、アタッカーが増えたから。
そう、前衛に参加したよ! ステータスが初日に比べて、だいぶ高くなっているのと、作成した雷の槍のおかげで、攻撃力も上がった。結果、殲滅スピードアップ。
流石に早すぎるのと、寝泊まりが毎回安全な場所でできるとは限らないので、経験しておくのも良いということで先の階へと進んだ。
そして、32階にて、またもや、迷路の階に当たってしまった。
今回は、ゆっくりと通常の迷路を試すことになった。5階の時よりも罠も豊富。経験を積むには持ってこいということで、ナーガ君が先導して、迷路に挑むことになった。兄さんと私は口出し禁止。
結果…………なんと、5時間もかかってしまった。同じ道に戻ってくるというのは、精神的に疲れるということを嫌でも理解した。同じような場所をぐるぐると歩き廻るのは、精神的に良くない。こんなに疲れるとは思わなかった。
これはこれで経験ということにしておくけど……いや、ソロ志望だし、兄さん達以外と組む気はないから……もし、次の機会があったら、道を決めるのは私がやりたい。途中から、口出ししたくて仕方なかった……切実に。道が間違ってるのがわかってくると口出し出来ないのは辛い。
ようやく着いた33階にて、本日は野宿となる。
「なあ、おっさん。フォルの事、あんたはどこまで把握してるんだ?」
「俺はほぼ知らんな。何度か会ったことはあるが、顔見知りの範疇だな。ラズの知り合いという印象だ。知りたいなら自分で聞いて来い」
準備をしながら、兄さんが確認をしたが、お互いの立場があるのか、答えてくれなかった。
レオニスさんもラズ様については知っていても、フォルさんについては知らない。彼に対しては指示をすることは無い。
現時点での、強さランキングは……。
レオニスさん=フォルさん→ナーガ君→兄さん→ラズ様→私
兄さんの順位は刀を持ってるかどうかで、変動するが……ナーガ君のHPとDEFの高さでは、刀があっても削り切れないと思うので、強さはナーガ君が上。
レオニスさんはタンクで、フォルさんは斥候だけど……お互いに、高レベルの実力者だろう。近づいたとは思うけど、まだまだ上の存在。
ラズ様は、近距離が弱いので、工夫すれば私でも倒せる……かもしれない。役割としては、魔法アタッカーなので、強力だけどね……MDFは結構高いので、なんとかなりそうな感じもする。
「グラノス様。先日のお詫びに何でもお答えしますよ?」
「いや、寝込みを襲われないなら別にいい」
「グラノス、流石にこれ以上のいざこざは止めるから心配ない」
レオニスさんは元冒険者、現ギルド職員だが、今回については個人的に付き合ってくれているのだろう。私達への好意から色々と指導し、フォローをいれて、助けてくれているのだと思う。本当に感謝しかない。最初に講習をレオニスさんが担当してくれなかったら、今頃どうなっていたのか…………。
ありがたやと拝んでいると「どうした?」と声をかけられたので、返しにちょっと困ってしまった。
そこで「新婚なのに、5日間も迷宮ダンジョンにいていいのか」と聞いてしまった。
……空気が固まったよ。きょとんとしているのはナーガ君だけ。他は眼を逸らした。
その後、困ったように頬を搔いて、「俺がいると困るかもしれない」とのこと。
ラズ様に、「レオとディアナは色々あって、偽装結婚みたいなものだから、深く立ち入らない方がいいよ~」とアドバイスをもらってしまった。
何でも、元カレが来ているかもしれない、らしい。
それってどんな昼ドラ? と思ったが、口に出すのは止めておいた。
「大人の世界は難しいな」という兄さんに頷いて、わからない風に装って置こう。男女の機微は難しいからね。
キノコの森での3日目は、レベルも3つ上がり、十分に育ってきた。
適正レベルには届いていないが……DEFも300を超え、一撃でやられることは無くなり、安定した戦いをしている。……相変わらず、ヒーラーとしての役目はほぼない。
しかし、まだまだソロでここに入るのは厳しい。できれば、ここに一人で素材を取りに来れるようになりたい。素材の宝庫。師匠から頼まれた素材がわんさかある。しかも、ダンジョンの物は基本的には時間が経過すると元通り。素材を取りすぎても1日経てばOK。美味し過ぎる。
この3日間で沢山の調合用の素材を手に入れた。さらにあと2日あれば、かなりストックができる。私が調合に失敗したとしても、これだけあれば大丈夫のはず。
ダンジョン内では、ずっと明るい階もあれば、ずっと暗い階、外と同じように時間が流れている階もある。33階は外と同じ時間の流れ。草木がだいぶ巨大化している以外は普通の森。キノコが多かった下層に比べると外にいるような感覚を持つ。
野宿ということで、夜営の間に魔物に狙われたりしないように、しっかり準備する。
森の中で、開けた土地に、土魔法を使って、4メートルほどの高さの高台を作り、ロープを垂らして仲間は上ってこられるようにしておく。これで、地を這う獣系の魔物は、こちらに手出しが出来ない。周囲に群がる場合は、弓や魔法で倒す。
この迷宮ダンジョンでは、鳥系の魔物はほぼ出ないということで、これで大丈夫なはず。
「どうでしょう?」
「悪くはない。この高さなら上ってこれる魔物は限られる。皆無ではないけどな」
レオニスさんのアドバイスにより、直立した高台にはせず、ネズミ返しのように張り出した形にして、登れない様にしてみよう。土魔法で土を固めるのは、イメージし易いので、形を変えるのも簡単。魔力を通して、形を変えていく。
「そこまでしなくても大丈夫だけどな」とレオニスさんはボヤいていた。
虫系の魔物は木がない場所にはあまり出てこないため、夜営する広場では出現は稀。火を焚いてると寄ってくる場合はあるが、この階では出てこないとのこと。
この階で、拠点となる高台にネズミ返しを付けたとしても対応してくるのは、蜘蛛系の魔物。
夜行性であり、木が無くても徘徊、この程度の高さは普通に上ってくるとのこと。見張り役は見逃さない様に注意…………あと、徘徊型ボスというのがいて、31階~40階までは蜘蛛型…………話を聞いているとなんか、嫌な感じがする。
念の為、特徴を聞いておく。
マーダースパイダー。全長4メートル。毒針に刺さると猛毒のため危険。吐き出してくる糸にも麻痺効果がついており、さらに放置すると皮膚が爛れて火傷のような状態になるなど、結構大変なことになってしまうので、ヒーラーの出番があるかも?
糸が固くて、剣とかでは切れないため、戦い方には注意が必要。
夜営は、3人ずつの二交代制。そのまま、パーティーごとに休憩を取ることになった。
なお、今回はこの組み合わせでいいが、他では絶対に駄目だとレオニスさんに口を酸っぱくするくらい言われた。信頼できない相手と夜営をするときには、相手が組みたいと言い出しても、それに乗ってはいけない。また、戦力は同じように分散。もしくは、自分達が有利になるように組まないと、何かあっては遅いとのこと。
ソロの場合は、絶対に他の奴と一緒に夜営するなと言われた…………。寝ている間に何されるか分からないので、自分で安全を確保しろと…………結構無茶言うけど、「嫌ならソロ諦めたらどうだ」、と言ってくる。そんなに駄目なのか?
油断しちゃいけないのはわかるけど…………。
夜営のために、焚火を用意。
とりあえず、周囲を明るくして、見逃すリスクを軽減。〈生命探知〉を出来る限り広げておこうとしたら、兄さんが担当してくれると申し出があった。〈気配察知〉よりも広範囲に探知できるので近づいてくる物がわかる。
そして、夜営を開始。
レオニスさん達が全員テントに入ったので、準備を始める。
取り出したのは、魔石・大。昨日のうちに浄化済みなので、魔力を込めるところから。
すでに大剣に火を付与しているので、魔石には火魔法を注入。
MPが最大値の1001から1まで減ってしまった。ぎりぎり枯渇しない。昨日は注入している途中で足りなくなったので、レベルアップのステータス上昇はやはり大きい。
そして、魔石・大には、1000MP分の魔法が注入できることがわかった。
ナーガ君はあまりMPがないので、この魔石に溜めてあるのを使うこともできると伝えた。魔石を持った状態で、魔法を使うと火が出る。魔石があるだけで、自分が使えない魔法も使えるようになるって便利だよね。
そのうち時間とMPがあれば、持っている魔石・中にも魔力を込めておこうかな。
「君、自分の武器には〈付与〉を試さないのか?」
「う~ん。まずは、兄さん達の武器かな。鋼で素材がいいから、そっちのが長く使えるよ。二人の武器を実験台にして、自分の時にはもっと使いやすく出来るようになるかなって」
「そうかい……それで、おっさんは何を怒っているんだ?」
「んえっ?」
振り返ると、怒った表情のレオニスさんが立っていた。
何だか知らないけど、めちゃくちゃ怒っている。
「この馬鹿がっ!」
がつんと一発、げんこつを貰った。
滅茶苦茶痛い……HP減ってるよ。かなりの力で殴ったよね?
痛い……けど。
さらに怒らせそうなので、光回復〈ヒール〉をかけるのはやめとく。
「今後、絶対に、人がいる前で、付与や魔石に魔力を注入するな! いいな!」
「は、はい」
怒られました。
お説教は、1時間近く続いた。
レオニスさんは、今日、魔力が込められた槍を見て、後で確認しようと考えていたらしい。そして、まさに付与を試している状況だった……ばっちり見ていたらしい。
要約すると……。
魔物が落とした魔石はそのままでは使えない。使えるようにするためには結構な日数をかけて、洗い流す。
洗い流すって何? と聞いたら、水に浸しておくと、黒ずんだ魔石が、透明な魔石に変化していく。完全に透明になったら、使える魔石として売り出される。
魔石・極小なら1日程度だが、小なら1週間、中は2か月、大は1年から2年近くかかるらしい。
知らなかったけど、浄化〈プリフィケーション〉をかけるとすぐに使える魔石になったので、使っていると伝えたところ……普通じゃないとのこと。
教会の方でも、その方法に気付いていない可能性がある。これが広まると教会が肥えるため、絶対にバレない様にしろとのこと。魔石を利用できるようにするのは、大きければ大きい程、時間が沢山かかるということ。そんな簡単にホイホイ使ってると危険らしい。
次に、魔石に魔力を込めることが出来る者は少ない。
魔力を魔石に入れるためには、魔力制御が必要となり、魔法をぶっ放すよりもはるかに難しいため、それができる技術者は限られる。特に、魔石が大きくなればなるほど、制御が難しいとのこと。
私の場合、錬金で魔力を込めながら物を作成していたため、その要領で魔力を込めているわけだが……。
「魔導士にはそんな器用なものはいない。ラズを見ろ」
「ラズ様、寝てるのでは?」
アイアンクローをされた。ギブギブ……痛い。
レオニスさんのお怒りはわかったけど……。ラズ様はそもそもそんなことして稼ぐ必要がないと思う。貴族……だよね?
さらに、付与の技術は秘匿されており、魔法剣などを生み出せるのは一部のドワーフの鍛冶師やエルフの独占状態。属性が付いた武器はダンジョンでのドロップで入手する方が多い。よほどの伝手がないと魔法剣とかは持てないとのこと。
「つまり、この火の魔力が込められた魔石・大は高いってことでいいのか?」
「ああ。そっちを売るだけでも、1年は遊んで暮らせるお宝になるな。いいか? 金儲けのために拉致監禁されたくないなら、人前で作るのはやめておけ。それと、身内のために作るだけに留めるんだ」
「……はい。すみませんでした」
身内の分については見逃してもらえることになったので、ナーガ君の大剣を完成させてしまおう。前回取り付けた、魔石・小を取り外して、魔石・大を取りつける。
昨日のうちに、クラフトで魔石の台を用意していたので、刃の部分とグリップの部分を分解し、グリップの先に魔石の台を取り付けて、組み合わせていく。
あと、魔石・小は飾りとしてガード(鍔)の両脇に付けておこう。
「おおっ……いい感じじゃないか」
「ああ……」
「ここから、ちょっと魔石を加工するよ」
「うん? これで完成じゃないのか?」
「まあ、完成でもいいんだけど……魔石の形を少し変形させる練習しようかなと」
「練習?」
そう、練習。
魔石・極小とかは、溝に埋めて魔力を流して平らになるように成形ができている。だから、魔石・大でもそれができるはず。魔力を通しながら成形して、簡単には取り外せないようにする。
レオニスさんの話だと、貴重な物らしいからね。大剣ごと持っていかれると駄目だけど、魔石だけ取り外して持っていけない様に形を変えて、台から取り外せないようにしたい。
思ったよりも、魔力を流しても形が変わらないので……MPポーションを飲んで、強めに押し出すように魔力を流す。
少しずつ形が変わり始め、球体から平にして、台を覆うように魔石が被さる形になった。
「はい、完成!」
「ああ……ありがとう」
「いえいえ。守ってもらってるし、お互い様だからね。MP消費がきつい時はこっちの魔石の魔力を使えるからね」
「なあ、君。俺のも頼む」
「明日ね~。流石にMPがきついからね。何かあった時のためにも、MPは残しておかないと……」
なんだかんだ、魔丸薬とポーションで回復させたMPもほぼ空になっている。もう一つ魔丸薬を飲んで、MPの回復を早めておこう。兄さんも能丸薬を飲んで、〈生命探知〉を使い続けている。交代するか聞いたが、大丈夫だと押し切られた。
残りの時間は大人しく矢でも作ろう。なんだかんだ、弓矢を使っているので消費が激しい。魔物を倒した後、回収しているけどすべてが再利用できるわけじゃないので、作っておこう。
ナーガ君に大剣を返して、木の加工を始める。
どうせ暇ということで、兄さん達も一緒にクラフト作業。作業台が無くても何とかなるからいいよね。
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