第49話 キノコの森 二日目 



 気づくと、あの時と同じ白い空間にいた。


 いや……ちがう。


 前回は、床も真っ白だった。だから、遠くを見ると、床と空の境界線がなかった。ここは、床は黒く……ずっと平行に続いている。



 そして……。


 目の前に映画のように流れる過去の…………前世の出来事。

 思い出した…………なんで、死んだのか……………………涙が止まらない。

 


『あなたのせいでっ! 私達はあの子を失ってしまった!!』


『すまないね……君のせいではないと頭ではわかっている……わかっていても……すまない』


『いえ……すみません……私が…………』



 あれは義母と義父。

 義母に泣いて、責められ……殴りかかられたこともあった。

 


『最近、働きすぎだろう。無理はしないでくれよ?』


『……すみません……家にいるのが辛くて……』


『ああ……そうだったね。仕事をすることで気がまぎれるなら……目を瞑ろう』


 あれはお世話になった上司。

 遅すぎる時間にならないよう、差し入れと言って……飲み物やお菓子をもってきてくれていた。



 頭痛で思い出せなかった過去。

 家族とともに車で事故に遭い、一人生き残り…………仕事で気を紛らわせ、職場で倒れた。

 生きている事が辛くて……自分が情けなくて……誰も彼も、何もかもが嫌だった…………。



〔……大丈夫。こんどは……あなたには支えてくれる人がいるわ……〕


「……声が違う?」


〔ええ……同じ概念、異なる存在…………あなたは少しだけ波長があった……〕


「……異なる神ってこと? 波長ってどういうこと?」


〔異なる存在は依り代を見つけてしまったわ……気を付けてね…………あなたは……ここに来てはダメよ……〕




 目を開けると……ナーガ君が心配そうにこちらを見ていた。

 夢を見ていたらしい。……妙にリアルな夢を。


 記憶を思い出し……また、頭に直接響く声を聴いた。違う声だったけど。


「ナーガ君、おはよう」

「ああ……大丈夫か?」


 目元についている涙をナーガ君の指で拭われる。

 寝ながら泣いていたせいで、とても心配そうにこちらを見ている。


「もう大丈夫。ありがとう」


 にこっと笑いかける。こくり頷いて、テントを出て行った。言葉は少なめだけど、いつも気を使ってくれている。

 起き上がって、身支度を整え……荷物を整理してから、テントから出る。



「よう、おはようさん」

「おはよう…………怪我は?」

「俺は平気だ。君は?」

「…………グラノス、思い出したよ。でも、大丈夫」


 兄さんではなく、グラノスと呼んだことに少し眉を上げたが、続いた言葉に少し驚いた後、嬉しそうな笑顔で「そうか、良かった」と返ってきた。

 思い出そうとすると頭痛がすると伝えてから、頭を押さえる動きをするたびに心配されていた。ナーガ君に伝えてないから、気付かれないようにだけど……それでも、気にしてくれていた。


「少し目が腫れぼったいな」

「あはは。うん。どうも、思い出しながら泣いてたみたい……でも、まあ、とりあえず色々すっきりした、かな」

「……そうか。ほら、君の朝飯だ」


 嬉しそうに笑いながら、パンを差し出してくる。

 兄さんからパンを受け取り、干し肉をかじる。その横でナーガ君も一緒に食べている。兄さんはすでに食べ終わっているらしい。


 兄さんから少し離れた場所には、レオニスさんとラズ様、フォルさんもいる。お互いの会話が聞こえない距離を取っているようだ。


 食べ終わり、出発の準備をしようと立ち上がると、兄さんが真剣な表情で座れと言う。

 こくりと頷いて、兄さんの正面に座り直す。


「それで……君は、人を傷つけることができるかい?」

「兄さん?」

「出来ないなら冒険者を辞めろ。あの光景で気を失うなら、向いてない」

「おい!」


 声を低くして、真剣な表情をして聞いてくる。ナーガ君はやめろと止めている。

 気絶して倒れてしまったので、心配させてしまった。本当は兄さんだって、あの光景を見せたくないと思っていたのに……。まあ、わかっていて、見て、気絶したのだから、当然怒られても仕方ないことだけど。


「ここは俺らのいた世界じゃない。人が人を傷つけることも普通にある世界だ。無理なら町に引き籠ってる方が嫌な物見なくて済むぞ?」


 人が人を殺すこと……当たり前ではなくても、こちらの世界の方が、垣根が低い。

 特に、町の外で起きたことを証明する手段もないから、狙われることもある。


 兄さんが心配してくれる気持ちはとても嬉しいけど、それでは意味がない。私だって、この世界で生きていく。守られてばかりで、視野を狭く、縮こまって生きるのは嫌だ。


 今度は……人と上手くやりたい。

 家族を失い、自暴自棄になって……優しい人達の声を全て振り払ってしまった。後悔しているから、繰り返したくない。



「兄さんのいじわる。……二度としないよ、危険な場所で意識を失うなんて」

「…………俺やナーガが、危ないから止めろと言ったら?」

「……ごめんね。でも……せっかく、二度目の人生、今度は楽しく過ごしたい。…………他の人の意見に押しつぶされて、何も考えずに、言われたことだけこなすような……死ぬために、仕事だけを続ける生き方はしたくない」



 事故で家族を失い、何も考えたくなくて、仕事だけをやり続けて……死んだのだろう。

 

 後悔は……してない。

 前世、あの世界では、多分……そういう風にしか生き続けることが出来なかったと思う。

 でも、もう、繰り返したりしない。


 失った家族のことは今でも大好きだけど……ここでは、自分のために生きたい。周囲の顔色を窺い、謝罪ばかりの自分ではなく……楽しく、人生を謳歌したい。


 

「やっぱり、君は過労自殺だったか」

「え? やっぱり?」

「ああ。君、社畜精神が染みついてるからな。そんなとこだろうと予想していた」

「そ、そう? ナーガ君もそう思う?」

「…………いや。俺は社畜とか見たことない…………ブラック企業ってやつか……?」


 グサッと刺さった。

 若い子には通じないって、こういうことか。


 別に会社はブラックではないし、上司もブラックではない。

 ただ、私が勝手に仕事をしていただけで……事情が事情で、黙認してくれたいい上司だった。私が死んだことで、すごく迷惑をかけてしまったかもしれない……。


 

「ナーガ。あんまりトドメを刺してやるな。まあ、君の考えはわかった……ただし、危険なのは君だからな? 理解しとけよ?」

「……兄さんには迷惑かけて申し訳ないと思ってるよ。大丈夫……自分の身を守るためには躊躇しない」

「まあ、理解してるならいい。俺らがずっとそばにいられるわけじゃない。対応を間違うなよ?」

「は~い。で、私、何時間くらい寝てた?」

「2時間くらいだな。フォルの奴もさっき戻ってきた。もういいなら、出発することになるが……」


 もういいというのは、休憩時間のことだろう。ナーガ君のが休んでないと思うけど……こくりと頷いているので、いいのだろう。

 お互いに頷いて、テントを片付け、焚火を水魔法で消火する。ついでに後でまた使えるように、水分を乾燥〈ドライ〉で除いてから、魔法鞄に仕舞った。

 そういえば、さっきは血が飛び散っていたが、今はその痕跡はない。気絶している間に片づけたらしい。



 その後、6人で先へと進む。気まずくなるかと考えていたが、フォルさんの方から事情説明と謝罪があり、表面的にはみんな受けいれた。

 まあ、異邦人に警戒していた事も、万一の時には、処分する許可も得ているらしいけど……。ダンジョン内にて、仲間割れをすることは危険で、ラズ様を危険に晒すことはないと宣言していた。……というか、どんどん兄さん達が強くなるから、考えを改めたのかもしれない。



 そのまま順調に進んで、20階まで到達。

 行程は余裕があり、昼の休憩も取ったけれど、日が沈む前に20階のボスに到着して、苦戦することなく撃破。今日はここで1泊することになった。

 

 ちなみに今日だけで、私はレベルが4つ。兄さん達は5つ上がっている。昨日に比べると上り幅は減ったが、それでもだいぶ強くなった。

 

 あと、経験値は、ラストアタックをしていると少し多めに貰えるらしい。

 兄さんのが先にレベルが上がったので、聞いてみたらレオニスさんから教えてもらった。私より二人の方がレベル上がるのが早いのは、それか。

 明日には。おそらくだが抜かされてしまう……。


 ダンジョン内でも、階層が上がると難易度も上がっていく……本来なら苦戦をするはずだけど。そもそものレベルが低い状態でも戦えていたので、レベルが上がってくると余裕が生まれてくる。ダンジョンの難易度が上がるより、私達のステータスが上がる方が上回っているようだ。


 前衛は駄目だと弓を渡されていたけど、今日は兄さんの槍を借りて中衛から前衛にて戦ってみた。アビリティが多い方がいいのは間違いないから押し切った。

 ただ、逆転の発想じゃないけど、途中から兄さんが弓に持ち替えて、遠距離から攻撃してこっちに来る前に攻撃し始め……私が攻撃する前に倒されることも出てきた。兄さんはにやにやしているので、わざとだと思う。


 兄さんの視力の良さと腕力で、かなり遠くの敵にも当たる……。そのせいで、今日は昨日よりも多くの魔物を狩ることにもなったけど……ナーガ君も微妙な顔してる。兄さんがMVPであることは間違いない。

 私達が安定して戦えるので、レオニスさん達も任せてる感じになっている。


 明日の21階から先は、さらに魔物が強くなるらしいが……レオニスさんの見立てでは、苦戦することはないらしい。


 ヒーラーはいないと困るぞ、というのはフォローになっていない。前衛では役立たずの汚名を返上するための策を考えたので、明日はそれを実践してやる!



「よし。ずいぶんと早く着いたが……今日の夜営はどうするかな」

「明日の夜明けまで10時間くらいあるので、5時間・5時間で二人・二組でどうですか? 昨日、レオニスさんは休めてないので今日は免除で。ナーガ君も2回目の休憩は入れてないので、休んだ方がいいと思います」

「いいんじゃない~。休めるときに休んだ方がいいけど……そっちはフォルと組むのは平気?」

「私が組みます。大丈夫です」


 今朝の事があるので、兄さんとフォルさんの組み合わせはNG。今日はね。

 昼間の様子を見ると、わだかまりは無さそうだけど。


 レオニスさんもナーガ君も微妙そうな顔しない。大丈夫。


 警戒していたけど、今朝の話を聞いて、フォルさんが今ここで、私を傷つけようとしないのはわかっている。私が邪魔になって排除するにしても、まだ先だろう。

 さらに、私の計画には、口を出してこないだろうフォルさんが丁度いい。これで、明日までに……頑張って仕上げておこう。



 夕食を終えて、私とフォルさんを残してテントに入っていったのを確認して、取り出したのは鉄の槍。

 ナーガ君の武器であり、さっき、改造許可をもらった。これを改良し、攻撃力をアップさせる。

 追加で取り出したのは、〈魔石・大〉。これはロックゴーレムを倒した時に手に入れた魔石の一つ。レオニスさん達は、私に採取させるのが目的だからと、貴重素材以外はこちらにほぼ渡してくれているので、ありがたく使わせてもらう。


 この魔石を使って、強化しよう。ついでにMP余るようなら兄さん達の武器も魔石を入れ替えようかな。


「クレイン様? 何をするおつもりですか?」

「明日のためにパワーアップです。強化します。これで足手纏いとは言わせません」

「……ご無理はなさらないでくださいね」


 まずは、魔石・大を魔法・浄化〈プリフィケーション〉で使えるようにする。だいたい拳大の大きさで、透明な状態にして、魔力を注入することで、属性を宿せるわけだが……属性は、雷にしておく。

 

 ラズ様が得意とする雷魔法は風の上位魔法。本日のレベルアップ時に、風魔法がレベル5となり、新しく〈雷魔法〉を覚えたので、これを活用していく。麻痺効果も期待できるので、相手を一方的にボコることが出来たりする……はず。

 

 魔力を注入していくが、魔石・中に比べ、かなりMPを使う。MPが無くなる前にMPポーションを使った。……昼間はMP切れになることも無かったので、1本くらいは問題なし。あと、休憩で回復するはずだから、明日に響くこともない。


 15分くらい魔力を込めていると、魔石・大が変化し、紫色の輝きを増す。


「よし……魔法注入成功」

「……っ…………」


 驚いた顔をしているフォルさんの事をスルーして、槍を穂と柄の部分に分け、柄に5ミリくらいの溝を2本彫り、そこにも魔石の粒を置いて魔力を通しておく。

 穂と柄を繋げる部分に魔石を置いて、落ちない様に加工して、再び、穂と柄の部分を繋げる。


「う~ん。ちょっと重心が前にズレてるかな……」


 軽く振ってみたが、大きい魔石を付けた分だけ、穂の方が重くなってバランスが悪くなってしまった。しかし、バランスを戻すことが出来る技術はないので、諦める。すぐに壊れたりはしないだろう。

 迷宮ダンジョンから戻って、隣の鍛冶屋さんにでも相談してみよう。何かいい方法があるかもしれない。


 穂先から、柄に伝わるようにゆっくりと雷魔法を流し込んでいく。これで、魔力を注ぐと、雷魔法が槍の穂の部分に流れるようになった。


 題して、「STRでの攻撃が弱いなら、INTで攻撃してしまえばいい!」作戦。

 植物が多いので、火弱点が多いのもあるが、以前、付与した二人の武器は、多少であるが火の効果が乗っている。そして、兄さん情報で、MPを込める攻撃をするとさらに攻撃が上がると言っていた。


 なら、私がMPを込めて、攻撃すれば魔法並みに攻撃力が上がる可能性がある。あと、魔石大にはかなり魔力が入っているからそちらも期待できる。



「よし……出来た!」


 柄に作った溝に詰められた魔石も、紫色に変化して、全体的に統一感のあるデザインになった。


「……素晴らしい出来です」

「ありがとうございます。とりあえず、これで戦えば、もう少し攻撃力が上がると思うので」

「そう、ですね……体調はいかがですか?」

「体調?」


 なんだろう?

 体調って、別に何もないと思うのだけど。首を傾げると少し困ったように眉を寄せて笑っている。


「MPをかなり消費されたと思いますので、気分は悪くないですか?」

「ああ! 大丈夫です。魔丸薬も飲んでますし、MPポーションを1本飲んだので、そこまでじゃないです。この後、休憩するので明日の戦闘にMPが足りないということにはならないです」


 MP切れを起こすと気持ち悪くなるから、それの心配だったのか。

 その前にポーション飲んだので、全然平気だった。


 魔石が大きい方が効果もあるはず……今日は、これ以上のMP消費は出来ないけど、明日とか、兄さんとナーガ君の炎の太刀と大剣も魔石を取り換えようかな。


 前回のままだと、魔石が入りきらない……今日は残りの時間で、鈨の部分に埋め込むための土台をクラフトするか。

 槍の場合は、柄の先に置く土台で簡単だったけど、太刀は拳大の大きさを取り付けると不格好になるかも……魔石を魔力を通しながら加工して……なんとか出来ないかな……。


 魔力成形って難しいけれど……よくあるファンタジー武器みたいに剣そのものが魔力を帯びているような、炎を象った様な感じに…………う~ん。明日、ナーガ君の大剣で試してみよう。


 兄さんの刀が一番大変そうだから、後回しで、大剣やってる間にいい案がでるかもしれない。

 


「本当に……末恐ろしいですね」


 ぼそりとフォルさんが何かつぶやいたけど、私には聞き取ることは出来なかった。




 その後、兄さんとラズ様の夜営のはずが……ナーガ君も一緒に夜営に参加していた。


「こいつは見張っておく。ゆっくり休め」


 ナーガ君にとって、兄さんは目を離すと駄目と認定されたらしい。ちなみに、ナーガ君がいるならとレオニスさんはテントに戻っていた。

 別に、ラズ様と兄さんなら大丈夫だと思うけど……なんでだ?


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