第48話 キノコの森 夜営(3)グラノス&フォル (グラノス視点)



「交代だ」


 俺を揺らして起こすナーガに頷いて身支度をする。

 ナーガが指先に火を灯して、何かあればテント内に、というメモ書きを俺に確認させた。「読めるか?」と聞いてくるので、「なんとかな」と答えておく。

 暗い場所では見え辛いというのは、厄介である。まだ、外は暗い。警戒は最大限に……テントを出る。


 テントの先にいるのは冒険者というよりも執事とか、従者とかの恰好をしている方が似合う男。斥候役が出来ることも考えると、密偵などの任務も熟すのだろう。


「よろしくお願いしますね、グラノス様」

「それ、ナイフを隠し持って言うセリフかい?」


 左袖の中に隠し持っている暗器と考えられる金属が光った。たまたま見えたというよりも、わざと俺が気づくように見せたのだろう。

 この男をクレインはずっと気にしていた。言葉にはしなかったが、戦闘中の目線が明らかに敵よりも警戒をしていた。つまり、こいつは仲間ではないという認識なんだろう。


 詳しく話を聞きたかったが、ダンジョン攻略中に睡眠不足にして、集中力を奪うのが危険なので、やめておいた。まあ、クレインが本気で怯えるようなら動くつもりだが、おそらくお互いに様子見の状態でもあるからな。


 ラズは王弟派と聞いている。

 新聞で確認したところ、現王と王弟が、大きく王位を争ったわけではないようだが……詳しいことが分からなかったからな。帰ったらもう少し詳しく調べる必要がありそうだ。

 少なくとも、ラズが独断で動いた場合に、上に報告をする目付け役がこのフォルという男だろう。派閥の中でも俺らの扱い方が揉めているといったところか。



「護身用ですよ」

「そうかい。こっちにそれが向かないことを願うよ」

「……ええ。私もですよ」


 座って火の番をしながら、辺りを警戒する。うっすらと空が明るくなってきている。日の出まであと1時間といったところか。


 この時間帯が一番厄介だ。


 そして、誰だか知らないが、ボスの部屋の扉が開いた。こんな時間にボスを倒した奴がこちらに向かってくる。さらに、あちらの冒険者達もすでに起きているようだ。


「あっちの冒険者達が動き出したな……こっちに何の用があるんだろうな」

「……暗い場所では見え辛いのでは?」

「ああ。あっちの様子は見えてないさ。明るければこれくらいの距離は見えるんだけどな。……だが、〈気配察知〉を使えば、見えなくても気配……あちらが寝ていないことはわかる」

「なるほど……困りましたね」


 そのまま、次の階に進むならいいが……こちらに来るなら返り討ちにする必要がある。

 相手は5人+4人。ついでに、目の前の男か。


 俺一人でどこまでやれるか……少々面倒なことになる。

 危険ならテントに入るようにと、伝言があったということは、おそらくクレインが何か対策はしたんだろうが……。



 逃げるのは、柄じゃないな。



「……よく言う。君は困っていない。あいつらが俺を殺すことに失敗し、俺に殺されたところで、問題は無いんだろう?」

「…………人を殺すのを躊躇わないのは予想外ですよ」


 俺がにやりと笑うと、フォルの気配が変わった。

 わざわざわかるようにしているのは、油断を誘うためか……他に目的があるのか。あの冒険者達の援護をされると厳しいだろう。


「そうかい……すまんな。多分、ナーガとクレインは無理だと思うぜ?」

「では、何故、あなたは平気なんですか?」

「ん? 優先順位の問題だな。自分の生命が脅かされるのに、他人の命なんぞ気にしていられる程、聖人君子ではなくてな」


 立ち上がり、間合いを取って、いつでも刀を抜けるように構える。


 フォルがこちらに攻撃する様子はないため、目を瞑り、気配察知を研ぎ澄ませる。

 ……こちらの後ろにまわってるのが、3人。他は姿を隠して様子見のようだが、バラバラに来るのであれば勝算はある。


「いつから私を警戒していたのか、教えていただけますか?」

「……うちの妹は腹芸があまり得意ではなくてな。頭は切れるんだが、どうもポーカーフェイスができない。そして、生きることに貪欲だ」

「どういう意味ですか?」

「目の前の魔物よりも君の動きを気にしている。つまり、君の方が危険だと全身で伝えている……本人は無自覚だがな」

「……彼女を消そうとは思っていないんですがね。困りましたね」

「君のご主人様は誰だい? ラズではないんだろう?」

「……ラズ様、ですよ」


 後ろから切りかかってきた男の腕を俺は躊躇せずに、一閃、ばっさりと切り落とす。さらに驚いた反応をしている男をフォルの方に蹴り飛ばすと、フォルも避けて立ち上がった。

 フォルの実力は……俺より上だな。隠れてる奴らは同格くらいだが……人数が多い分油断は出来ない。


「別に他意はないぜ? 助けてもらったんだ。こちらも礼は尽くす」

「……礼を、つくす? なんです、それは?」

「そうだな、相手を敬い、敬意を払うってところか」

「……忠誠を誓うと?」

「それは無理だな。そもそも、君達の言う忠誠とこちらの考えるものは違うだろう。俺らには忠誠を誓う騎士のような考えはない」

「……なぜです?」


 腕を切り落とした奴の仲間だろう男女が悲鳴を上げている。別に死にはしないだろう……いや、そのままだと出血死するか?

 とはいえ……多勢に無勢だ。遠距離から攻撃をされるときついんだが……その心配はなさそうだ。俺だけを殺したいらしい。追加で、こっちに武器を振りかぶって向かってきている。


「そうだな。まず、主という考えを持たない。目上の者を立てるという文化はあるが忠誠を誓い、その人のために生きるということはない。そういう世界だった。そういう時代だった。かつては忠誠を大事にする考えがあった。だがな、俺が生きた時代は、それを持たない様に教育されていた。みんな平等、上に立つ者もいない。みんなが選んだ人が代表して数年間統治する。駄目な政治をすれば民に引き摺り降ろされる」

「……」

「簡単に言うと、誰かの命令に忠実に従うという君らとは違う教育を受けている」

「……異邦人全員が?」

「さあな? 俺がわかっているのは、俺とクレインはおそらく同じ時代、同じ国の出身だろうということ。だから、ある程度は同じ考えと言っていい。ナーガは年齢か時代が離れてる可能性はある。……国は一緒だと思うんだが、具体的にいつ、どこで生きていたという確認は、俺らもしてない」


 ジェネレーションギャップなのか、そもそも生きた時代が違うのか。

 別に知らなくてもいいことだ、過去は過去。俺達は今、生き延びるために協力し合うと約束したんだから。そのために……泥を被るくらいは、長兄としてしてやろう。


「…………あなたの見立てで、他の異邦人は?」

「他の奴ねぇ……国が違うだろうと思った奴もいるが、同じ国だなと思った奴もいたな。だが、異様に自己顕示欲が強すぎて、話すのも億劫だったから聞き出すこともしなかった」

「…………」

「異邦人……この世界では異質、危険な思想だろう? 当然、君達の上の方でも、異邦人から直接話を聞いているんだろう? ……排除しないといけないと考えるくらい」

「ええ……なぜ、上層部が危険視するかはわかりました。国家転覆する革命を起こす思想ですね」

「俺は生きるためなら、この世界に合わせるがな。王に従い、王のために働くくらい。あいつらを見逃してくれるなら、な」


 フォルと会話を続けながら、気配を探る。後ろから二人と前から一人が斬りかかってきたので、素早く切り捨てる。戦力無効化するのではなく、殺意を持って、相手の生死を問わず。まあ、実際に死んではいない。


 反撃を受けて、「話が違う!」と騒ぎ始めた。

 ヒーラーだろう女が仲間の回復をするために近づいてきたので、ちらりとフォルを見る。俺と同じく、こいつらの生死には興味がないらしい。

 すでに、俺に斬りかかることは諦めた様子だから、回復を妨害するのは止めておく。


「手が出せなくなる前に殺す方が楽という方もいまして……」

「そこがわからないな。殺さないで引き入れるつもりだっただろう。何故、方針が変わった?」

「パメラ様です。あの方の養子にするということは、準貴族になる。自分達と同じ存在にすることを嫌がる貴族が声高に主張を始めたのでしょう。こちらの世界では身分は尊ばれます。パメラ様は平民でしたが、数多くの貴族を救い、爵位をお持ちです。その子は、準貴族……もし、亡くなった場合には子に爵位が渡されます」

「俺らの方が立場が上になる可能性が出てきて、慌てていると……派閥内部にも問題があり、下手をすると敵対派閥に俺らという隠し玉がバレるのか」

「ええ。そのような理解で差支えございません」


 やれやれ。

 組織なんて、一枚岩ではないのが普通だが……厄介なものだな。


 まあ、政治闘争なんて、俺らが出来ることなんて限られているわけだが。

 

「こいつらの処遇は誰に任せるんだ?」

「王弟派の貴族の何方かが、あなた方を殺すように指示をしたのでしょうが……私は生かせとも、始末しろとも言われておりません。この後、上にお伺いを立てますが……」

「君が直接、上からの指示で動いている訳はない、か」

「はい。誓って……上から指示は受けておりません。多少、他から情報は得ておりますので、襲撃は知っていましたが」

「そうかい。…………それにしても、俺を助ける気は無いのか?」


 漸くテントから出てきたラズとレオニスを見る。

 冒険者達は俺から距離を取って怯えながら、治療をしている。俺が斬りかかった4人は死にはしないが傷や欠損は残るらしい。俺の知ったことではないが。


 後から来たパーティーについても、おっさんの知り合いらしい。「すみませんでした」と謝罪をしているが、「馬鹿が」と呟いて、取り合う気はないらしい。各パーティーのヒーラーでは治しきれないため、こちらにも協力を求めているが答えはNo。

 ポーションなども渡す気はないと断っている。当たりまえだがな。


「すまんな、グラノス。少々試した。お前が一番、腹が読めん」

「やれやれ、ひどいな、レオニスさん? クレインには、脳筋の人情味溢れるおっさんの振りしてるくせに、じつは狡猾な頭脳派とか」

「振りじゃねぇ。俺はこういうのは苦手だが、ラズが必要なことだと言うからな。ケガはないな?」

「おう。で、夜営はどうするんだ?」

「流石にフォルとは無理だろう。俺が代わろう」

「で……この血、どうするかな。流石にナーガ達には見せたくないんだが」

「お前……それなら後先考えずに斬りまくるなよ…………」


 あの場で甘々な対応をしても、今後不利にしかならないからな。

 というか、結構な騒ぎだからナーガ達も起きているだろうが……出るのが危険と判断したか?



「ラズ様。申し訳ございません。この方達について、対処して参ります」

「……そうだね。行っといで」

「はい。遅くなる場合は、先に進んでください。罠に関しましては、クレイン様か、明るくなればグラノス様が対処可能でしょう。状態異常には注意してください」

「わかったよ」


 ある程度、治療が終わった冒険者達をつれて、一度ダンジョンを出るらしい。

 冒険者達はとりあえず、血が止まったくらいか。魔法、薬やポーションでは、欠損は治せないらしいな。一応、切り落とした腕を持っていくようだが。


「グラノス様。ご迷惑をお掛けいたしました」

「ああ」


 ボスのいる階に設置されている帰還陣を起動し、連中は去っていった。詳しい原理は知らないが、一度でもボスをクリアしていれば、また、この階に戻ってこれるらしい。

 

 冒険者達が去り、しばらくすると、クレインとナーガがテントから出てきた……。

 しかし…………。


 辺りは血の海……とは言わないが、なかなかに衝撃的な光景だったのだろう。

 クレインは、咄嗟に頭を押さえた後…………そのまま、気絶してしまった。

 

 その後、ナーガとおっさんに怒られることになった訳だが……一応、命の危険があった故の行動だろう? そこまで言われる程、デリカシーがない訳じゃないと思うんだがな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る