第47話 キノコの森 夜営(2)ナーガ&ラズ (ナーガ視点)
〈ナーガ視点〉
クレインと交代して、テントから出る。
正面には、焚火の前に陣取っているのはレオニスという男。俺と見張りをするはずのラズはいなかった。
「……」
「ほら、まずは座れ。夜営について説明する」
「……ああ。頼む……」
外での夜営の場合、火を起こすかどうか。虫型の魔物が出るような場所では、寄ってくる可能性がある、洞窟などはガスが発生して危険など、火の起こし方から一つ一つ丁寧に説明を受けた。
実際、薪の組み方とか、火が付くまでも大変だとわかった。火魔法を使えるから大丈夫だと考えていたが、実際は難しい。火種が出せるだけでは駄目だと知った。
「どうだ、わかったか?」
「……ああ」
説明が一通り終わると、隣に来るように言われ、対面していた席から隣に椅子をずらす。
「よし…………ナーガ。ここから先は、お前自身のことだ。お前がどんなアビリティをもっているのか、聞くつもりはない。だが、お前は危険だ。その自覚をもて」
「……」
「今日、いくつレベルが上がったか、俺にはわからない。だがな、力の上がり方が普通じゃない。いや、防御もか……とにかく、冒険者として必要な能力が高いだけに、お前を利用しようとする奴が後を絶たなくなる」
「……そうか」
冒険者として。
この世界で生きるためには、それしかないのだと考えていた。
だが、それは俺だけでいい。
クレインとグラノスは他の生き方が出来る。二人がとにかく手先が器用で、物作りに向いているのはわかっていた。とくにクレインは、師がいる。このまま薬師になるのがいい。
危険な冒険なんかをする必要はない。こんなダンジョンになんか、来る必要はなかったはずだ。今日、戦っている時に気が気ではなかった。格上との戦いだとはわかっているが、防御をきちんとしていても、受けるダメージが全然違う。
クレインには危険が常に付きまとう。何かミスがあれば、あいつは死んでしまうのではないだろうか。
「お前は今後、どうしたい?」
「…………」
「俺の考えだが……今はな、異邦人同士が固まって行動することは注目させるだけだ。国が異邦人の徴兵を決めた。今回は逃れても、今後、お前たちのことを怪しんだ者が通報する可能性がある。クレインは前衛向きのステータスではないし、お前への人質にされる可能性もある」
「……っ…………」
「このままレベルが上がれば、明日か明後日にはお前は俺を超すだろう。……30年以上、冒険者として稼いできたA級冒険者を……3日程度で超える。普通のことじゃない。国の上層部はお前の力をなんとか組み込もうとする」
レベルが上がればステータスが上がる。…………だが、それだけだ。
今日、一日……状況判断が甘いことが身に染みた。
俺では魔物を止められないことも……持っている技能、アビリティを生かせていない。俺では守り切る力がない。
その結果が、恩人を危険に晒すことになるのでは意味がない。守りたいと思っているのだから。俺のせいで、人質……最悪は死ぬことになるなど、考えたくもない。
「……離れれば、あいつは無事か……?」
「……今はな。あいつはあいつでその才能の伸ばし方によっては、危険となる可能性はある。だがな……あいつはお前らに比べれば特化した能力ではない。魔法、回復……一時的な前衛、なんでもできる便利屋であっても、能力はそこまで特化していない。戦闘よりも有用な能力を磨けば、利用されるだけの人生にはならない。薬師としては一流になった奴を戦争に駆り出すようなことにはならない。はっきりと明確に、お前とあいつは役割がちがう」
その通りだ。
クレインは戦う必要がない。
そばにいるだけが守る術ではない……それでも、共にいたいと望む。
俺のエゴだろう。3人で一緒にいることが楽しかったが……それは許されない。
「心配な気持ちはわかるが……何も知らないお前らがつるんでいても……足を引っ張り合うだけだ」
「……るのか?」
「ん? なんだ?」
「……いや……考える」
「ああ。ステータスだけじゃない。……本当の実力をつけて、クレインを迎えにきてやれ。それまでは代わりに俺が守っておこう」
グラノスなら守れるのか? そう聞こうと思って止めた。
あいつら二人だけなら……兄妹で通る。グラノスに任せて、俺だけが離れれば……。レオニスは、少なくとも味方となる。
守れるだろう……俺などよりもよっぽど。考えがまとまらない俺に、「このダンジョンを出るまでに考えると良い」といって、交代するためにテントに入っていくレオニスを見送った。
「全く、レオニスも甘いね~」
「……」
「そばで守りたいなら、守らせておけばいいのに。その方が僕としても楽なんだけどな」
交代したラズという男は良く分からない。
クレインから聞いている内容とこの男の言動は一致しない。
だが、信頼できると思うのは……俺がガキだからなのか。
「………………あいつを守れるなら、あんたに利用されてもいいが……」
「うん。守れないよ。……君達の世界がどういう世界かは知らないけどね。無理だよ。この世界……この国では王が決めたことは絶対だ。隠れてやっていることがバレた時、待っているのは死だ」
「……そうか」
つまり、こいつ自身もどうしようもないことか。
やはり……クレインを守る気がある。切り捨てるという考えは無さそうに見える。
クレインとグラノスが警戒する理由がわからない。
「レオニスのアドバイス通り、今は尻尾を巻いて逃げるのが正解。クレインには利用価値があるけど、君達が戦闘しかできないなら、今は価値はないよ」
「……」
グラノスの価値……。
高い戦闘能力のせいで気づいていないか。あいつは俺とは違う。
不器用な俺では無理でも……ある意味、クレインよりもあいつの方が器用だろう。手先だけではなく、生き方も。
「ねぇ、勇者や英雄になりたいと思う?」
「……柄じゃない。俺は…………やりたいことをする。このダンジョンにいる間だけでも、あいつを守りたい」
勇者というのは、俺のような暗い性格はしていない。
明るく、皆を引っ張っていく存在だろう。
それっぽく振舞うだけならグラノスは出来るだろうが……何のメリットもない状態では嫌がるだろう。そもそも、あいつは腹に一物ある奴だからな。勇者からかけ離れてる。
「あはは~うん。まあ、そうだね。好きにするといいよ。でも、よく周囲を観察してみてごらん。本当に守る必要があるかな? クレインは、本人のやる気というか、資質が消極的に見えるだけで、戦闘において危ないところはないよ? 君がやるべきこと、ちゃんと考えなよ?」
「あんたとレオニスはなぜクレインに拘る?」
「う~ん。僕はね、まあ、それなりに地位があるんだよ。これでも」
「…………わかっている」
クレインから聞いている。
異邦人を全て殺す判断をできる人物だと……。
こいつより上の人間がいるとしても……こいつの判断だけでも十分だったと、クレインが言っていた。
だが、聞いただけだ。実際には俺らを助けるために動いている……貴族の人間がわざわざダンジョンに着いてきて、俺らを救おうとしている。
やはり、こいつがわからない。
「異物である異邦人は排除したい。でもね~力があるからこそ、切り札として持っておいた方がいい時もある。クレインはとても異質だった。だから、取り込んだというのもあるけど……今は別の意味でも重要になった。パメラ婆様はね、40年以上、弟子を取らなかった。ここでクレインを弟子にしたこと、それは国にとっても無視できないんだよね~」
「……なぜ、弟子になった?」
「レオニスの紹介。そこらへんは詳しくは知らないよ。ただ、レオニスとパメラ様は30年来の仲でね。あと……まあ、死んだ仲間に似ていて、ほっとけなかったんじゃないかな」
クレインとグラノスの仮の親とする人物。
話は聞いている。話を合わせる必要がある。幼馴染として……あいつらの親を知らないと言う事にはならない。
「レオニスが12歳で冒険者になった頃から、一緒に組んでいた斥候を担当した相棒。見た目はグラノスに似ていたよ。性格は君のが似てるかな。無口で、僕が一方的に話すのを聞いてくれて、間違いそうになると言葉ではなく、行動で止めるような人だった」
「…………そうか」
「僕も駆け出しの頃、世話になってね~。亡くなったと聞いた時ショックだった」
「あんたは一緒のパーティーじゃなかったのか?」
「僕は貴族の家が嫌で家出して……冒険者になって、一人で無茶やって……レオニス達が心配して組んでくれた。2年とちょっとの間一緒に組んでたけど……家に連れ戻されたよ」
「……」
「結局、冒険者なんてなれなかった。名前だけで、何も功績なんてない。ただ、それなりに付き合いは続いたから、こういう時には便利だけどね~ギルド長もなんだかんだ、協力してくれるしね」
「……貴族も大変なんだな」
腹が読めない奴だったが……多分。
冒険者になりたかったのが本気というのは、なんとなくわかった。
「素直過ぎるね~腹芸は出来そうもないかな」
「……グラノスの担当だ」
「クレインじゃないんだ?」
「向いてない」
クレインは顔に出る。
それこそ、警戒していることも、信頼していることも……すぐに顔に、動きに出る。なにか思考しているときも、わかる。たまに声も出している。……人も良いから向いていない。
グラノスの方が適任だ。
「そうかな~クレインは年の割には強かだよ?」
「…………異邦人は見た目通りの歳じゃない」
「へぇ……いいの? そんな情報流して」
「別に……クレインが言い忘れただけだろう? 色々考えてる割にはたまに情報が抜ける……ドジではないんだが」
見た目の年齢じゃないくらい……わかりそうなものだが。
お互いに先入観があって、情報として扱わなかっただけだろう。
「じゃあ、クレインの年齢は?」
「……女性に年齢を聞くのはタブーだ」
「ああ…………どこの世界でも、その認識は共通なのかな。じゃあ、君は?」
「俺は……14だった。ちなみにグラノスは30代前半だそうだ。グラノスの見立てでは、クレインはグラノスより少し上だと言っていた」
「ふ~ん。そっかそっか……それじゃ、二人とも年上なの承知で妹分として扱ってるんだ?」
妹分……そう言われると違和感がないわけではない。
しかし、見た目は一番幼い……。童顔にした理由は知らない。女だから、若く見られたいとかだろう。……そのせいで、冒険者として舐められてるようだが。
「……見た目は一番幼い。それに危なっかしい」
「君にはそう見える?」
「ああ。手先は器用だが、生きるのはそこまで器用じゃない。出来ないわけじゃないが無理をさせ続けると自分の重みで潰れる……とグラノスが言っていた」
「あはは、なるほどね。まあ、そういうことならグラノスに任せるのもアリかな。その方が…………危険から遠ざかる」
「…………好きにしてくれ。俺らはあんたの駒だ。あいつらに手を出さない限りな」
よくわからない相手だろうと……守れるなら構わない。
離れろというなら……時期が来るまで、待つくらいは構わない。力を付けて、迎えに行くだけだ。
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