第39話 生産の底上げ
午前中は錬金の作業だけで時間が過ぎた。
錬金の場合は、調合よりも素材が限定されないので、あまり困らない……というか、実際は魔丸薬とかの調合の失敗した素材を加工して、ポーションができたから、必要なのは魔石くらいだった。
そして、午後になり、師匠がやってきたので、昨夜のあれこれを報告したところ、やれやれといった表情で師匠はため息をついた
「やれやれ……面倒なことになってるさね」
「師匠……薬師ギルドは何を考えてるんでしょう?」
「焦っているんだろうね。冒険者ギルドから、卸先を変えられたこと自体、一時的なつもりであっても、致命傷なんだがね。その後が問題さ、馬鹿な事をしたもんだ」
馬鹿な事……だよね。
素材の独占……それをしても、納品依頼がない場合、どうするんだろう。
素材は悪くなってしまうと品質が下がる。作った後だって半永久的に保てるわけじゃない。とはいえ、それなりの期間持つけど。冒険者ギルドとの仲が最悪になるという……自滅でしかない。
「……どうなるんでしょう」
「あんたが出来ることはないさ……いや、まあ、ちょうどいいから、レオ坊達にレベルを上げてもらいな。そうしないと危ないからね」
「危ない?」
「ああ。私が弟子を取ったことがバレるのも時間の問題だからね。あんたの存在が邪魔になる……今の薬師ギルドならあんたを消そうとする可能性すらありそうだよ」
「……なんでそんな短絡的なんですか」
弟子を取ったら、その弟子を消すって……普通、あり得ないよね?
師匠の弟子になるとき、そんな説明受けてないけど?
たしか、師匠のオリジナルレシピを渡したくないとか、そんな理由だった。
今の薬師ギルドは……そこまでしてくる程、師匠への恨みがあるってことかな。師匠も嫌っているが……よっぽどのことがあったのか。
「……そんなことにはならないと信じたいがね。素材の独占なんて、普通に考えればデメリットしかない。そこまでする相手だ、最悪を考えた方がいいさね」
「私より……師匠の護衛が必要なんじゃ」
「老い先短いばばぁなんぞ、わざわざ消すまでもないよ。そんなことをしないでもすぐに死ぬ。しかも、殺したとなれば徹底的に調査されるからね。あんたは違う。冒険者として出かけた先で殺すくらいは簡単さ」
「……はい」
確かに……町中でなにかすれば、すぐに捕まるだろうけど……外では、目撃者がいない限りわからない。弱い冒険者ならそれで終わりか。
そこまでするほど、目障りなのか……。かなり根が深い問題ってことか。
「師匠……昔、なにがあったんです?」
「ここまで巻き込まれたんだ、知らないままってわけにもいかないね……」
師匠は、ゆっくりと話をしてくれた。
薬師になり、師から独立したのが30歳の頃。それから10年間は冒険者紛いの素材採取もしていた。40歳頃になると、流石に採取は依頼するようになった。そして、一人の弟子を取った。それが、今から40年ほど前のことだった。
その当時、師匠は自身の研究で、オリジナルレシピをいくつか作り出し、上り調子で新進気鋭の薬師だったらしい。そこで、当時の薬師ギルドから一人の若い薬師を預かることになったが、育成は上手くいかなかった。
「どうしてですか?」
「そうだねぇ……貴族の子女だったことだろうね。素材の採取から下準備まで……その全ては従者がやり、最後の調合だけは自分でやるというやり方だった。貴族なら金もあるし、それでよかったんだろうが……私のとこでは合わなかった」
まあ、それはそうだよね。
師匠が自分で素材取ってくるという私のことを結構気に入ってるのは、そういうとこもあるのかな。
この世界のことはよくわからないけど、貴族ならそういうものなのかなとも納得する。
「もともと、私のオリジナルレシピを手に入れるために弟子になったようなもんさ。それに気づくのが遅かったせいで、面倒な事になってね」
その頃に、師匠は百々草に置き換えるレシピを生み出したらしい。セージの葉が主な作成方法だったのが、さらに入手が簡易となるため、いままでよりも安く薬が作れるようになった。
だが、このレシピが日の目を見ることはなかった。弟子が偽薬を作っていると告発し、師匠は薬師ギルドから除名された。
「安い薬は庶民には助かるものだが、貴族からは煙たがられる。それにセージの葉を取り扱う卸問屋がある。その家からすれば、商売が成り立たなくなるさね。あれの家は商家から貴族への成り上がり、家の根本が揺らぐ可能性のあるレシピだった」
「だからって……」
「その後、あれは薬師ギルド長の息子……今のギルド長に嫁いだ。そして、この町の薬屋としては一番になった。商売敵を潰したんだ、当たり前だがね」
「そんな……」
師匠は薬師でなくなったが、師匠の薬を求める者には作って売っていた。元々、お客が一定数いたので食うに困ることはなかった。さらに、その後レオニスさんとの出会いにより、冒険者からの依頼も増えていく。冒険者たちとの繋がりも強まっていけば、作れる薬にも差が出てきた。
さらに、師匠の名を広める出来事が起きた。流行り病の特効薬を生み出すことに成功し、王家から表彰されることになった。
王族の特殊な病に対する薬を受け持つことになり、天才という名は知れ渡ることになる。除名されていようと薬師パメラの名は大きくなっていた。
「そうさね……父親が、妻が、消したはずの薬師パメラが大きい顔しているのが気に入らない。もう一つ……今のギルド長は、薬師としての実力が低いだけに、目障りでしかたないんだよ。私には薬を作れないという状況を作り出して、宣伝したいんだろう」
「……」
「まあ、利権が絡むから、わからないことじゃないがね。……ついでに、私が死ねばレシピはあいつらのものになるはずだった。そこにあんたが現れたとなると……」
「ええ……つまり…………私のことバレてるんです?」
「おそらくね……薬師ギルドからの納品を切り捨てるなら、他の薬師を確保しているとみる。……領主のとこに、弟子に取ったという書類も届いてるだろうから、伝手をつかえばわかる。せっかく、レシピを奪うつもりだったのに、その目論見も外れた…………最終決着としては、よその町から新しい薬師がギルド長として派遣されてくるという読みはあっていると思うよ……ただ、逆恨みで狙われる可能性くらいは考えとくんだよ」
普通は新しいレシピを開発した場合、ギルドが内容を精査して、認定する。師匠のレシピについては、師匠が除名されたときに、薬師ギルドで認定したレシピは破棄されたらしい。そこから、しばらくは師匠はモグリの薬師で、認定外のレシピで販売していたことになるとか……。そこらへんはすでに25年前には、王家から執り成しがあったので解決しているらしいけど。
現状、師匠のレシピについては、王家が認定している状態でその作成方法については、師匠と王家の管轄となっている。
ただし、師匠が亡くなれば、弟子に渡される。弟子がいない場合は、破門された弟子、関係があった同業者などでも構わない……。
う~ん。
なかなか面倒だけど……師匠と冒険者ギルドの関係性ってあんまりないような?
「なんだい? なにか気になることでもあるのかい?」
「冒険者ギルドが師匠側につく理由がわからないので」
「ああ……冒険者ってのは、一般人よりも色々と危険も多いからね。特殊な毒をもつ魔物に対する解毒剤は、魔物が強くなればなるほど難しい……まあ、上級の……レシピをさらに調整した薬になるんだよ。当然、今の薬師ギルド長やその妻には魔物の素材の処理も出来ないから、個々の魔物によって変わる微妙な調整は出来ないさね」
「それで、師匠に助けられた冒険者は多いと……」
「そうなるね。レオ坊が最たる例だよ。あれは律儀にずっと素材を持ってきてたね」
なるほど……たしかに、解毒薬って、微妙な調整とか必要そうだから、レシピそのまま作ればいいということにならないのか。
あれ……? 師匠が引退したら、そこらへんはどう処理するつもりだったんだろう?
「心配ないよ。あんたはあんただ。私のレシピを譲るからと、同じことをしろとは言わせないさ」
「でも、それを期待されてますよね?」
「言っただろ。どうせ、この町に新しい薬師が派遣されてくる。そいつが優秀であればいいんだから問題はないさ」
なるほど?
まあ、確かにその通りなのかもしれない。
師匠がいる町に下手な薬師は派遣できない。上級の薬くらい作れる人が来るだろう。さらに言えば、冒険者ギルドと関係を修復できる人、かな?
とりあえず、それまでは気を付けておいた方がいいか。
結局、薬師ギルドの動きがどこまでかは分からないので、出発までの3日間は、ほぼ生産作業で過ごし、外には出なかった。
レベルは12になり、クラフトとか生産系が上がったので、確認は出来ないが、DEX値は底上げできた。
兄さん達は、午前は外で手合わせをしつつ、午後は一緒に生産作業をして過ごしていた。積極的にレベルを上げるよりも、防具を付けた状態でも動けるように確認するくらいに留めて、私の手伝いをしてくれていたので、頭が下がる。
二人とも文句言わずにフォローしてくれるので助かっている。
兄さんは、レベル6になり、クラフトと木工、レベル7で、SP不足1に石工1。戦闘技能とかもレベルが上がっているらしい。ナーガ君は、レベル6になり、クラフトのみ。
ついでに……師匠の話を聞いた二人により、一人での外出は禁止されてしまったけど。…………薬師ギルドとの関係ねぇ。何もないで済むと良いんだけど。
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