第33話 調合の依頼



 翌日。

 午前中に昨日の特訓にて入手した魔物素材の納品に行く。特訓は3人でお互いに武器を持って稽古したり、魔法を撃ったりするので、魔物狩りはしてない。レベルアップのために、最後の30分くらい狩っただけだから、量は大したことはない。

 ナーガ君と兄さんと別行動ということで、冒険者ギルドにきた。話し合った結果、しばらくは冒険者ギルドへの報告などは私が行うことにして、二人は極力近寄らない方針で決定。 

 パーティーを組んだことにすれば二人の手柄にできるのだけど、二人とも今はいいとのことで、私が討伐したことにする。


 ほぼ、二人が倒したのだけど、クエスト受注はしていないため、討伐部位を出して報酬を受け取るのは、誰でも構わない。提出した人の討伐記録となる。


 なんで、討伐の手柄は譲るのに、一人で魔物狩りは認めずに、パーティーで行動すると言うのか……。そのうち、私では倒せない魔物を狩るようになったら、別行動にしよう。私がいなくても、二人は大丈夫だ。



「マリィさん、こんにちは」

「はい。こんにちは。クレインさん、ちょっと個室までいいですか?」

「あ、はい」


 冒険者ギルドは今日も人はまばら。朝一の方が空いているとか考えながら、マリィさんについていく。

 しかし、最近は別室での対応ばかりな気がする。新人なのに目を付けられないか、ちょっと心配になってしまう。

 いまのところ、マリィさんより他二人にアピールしている冒険者のが多いのと、私に対してはにこやかに見守ってくれる冒険者が多いので、気にされてないかもしれないけど。


「マリィさん…………その、なんでしょうか?」


 別室にて、テーブル越しに向かい合って座る。

 テーブルに色んな資料が置いてあるけど、見せていいのだろうか。情報管理とかどうなってるんだろう。


「まずはご報告ですね。東の森について、異邦人の方が荒らしたことを含め、すべての確認が取れました。他の異邦人の方にも注意・指導を行い……今後、異邦人の方は納品クエストをギルドが許可するまで行えません。また、現役の冒険者が必ず1人以上いるパーティーでないとクエストも受注できません。これは、クレインさんは新人さんとして、伝えているだけですからね。クレインさんは受注・納品は大丈夫です」

「あ……はい。気を使っていただき、すみません」


 つまり、新人の収入は討伐報酬のみ。

 納品が出来ないってことは、稼ぎが減る。さらに、現役の冒険者が引率。引率してもらう人にも報酬分配となると、結構厳しそう。

 私は異邦人ではないってことになってるけど、新人が納品してると言っても、誤解が生じないように気を付けないといけない。


「それで、ですね……クレインさんには指名クエストを受けていただきたいんですよ。お願いしたいのはいくつかの種類の薬の納品です」


 薬の納品!

 こちらとしては、すごく助かる。安定して稼げるし、他の人は出来ないから文句も付けられない。

 ただ……今までと卸先を変えるってことは、前に師匠の言った通り薬師ギルドとトラブルありか。師匠情報で、上手くいかなくなると聞いてたので驚かないけど…………でも、納品を確実にするなら、私ではなく師匠のが良いと思うけど……。



「…………その、薬師ギルドとの関係……やばいって本当なんですか?」

「そうですね。誰かから聞きました?」

「師匠から、ちょっとだけ」


 調合をやっていてわかったのは、〈傷薬〉のレシピは、本当に初歩の初歩。これを失敗するのは、初心者……というか、調合スキルを持たない人くらいだろう。

 だから、薬師ギルドの〈傷薬〉納品にあたり、〈セージの葉〉を使う分の2倍納品するって結構悪辣なんじゃないかと、私は思ってしまう。

 他にも納品しているし、お互いにお得意様ではあるからこそ、成り立っているのだとは思うけども。私の場合は師匠のおかげで他の薬草を使っているので、納品の仕方が理解できないと思ってしまうのかもしれない。



「クレインさんも知っているようですが、薬師ギルドとしては、利幅が大きい薬で儲けているので、利幅の少ない傷薬とか、狩りに必要な毒や麻痺の薬は納品を嫌がるんですよ。だから、こちらとしても多めに素材を渡してでも薬を卸してもらっていたのですが……今回、異邦人の方が森を荒らしてしまったことで、素材不足が懸念されるようになりました」

「……どの程度不足するんですか?」

「セージの葉は、少なくとも3か月間、最低でも4割……実際には、輸送コストを考えると5~6割減る見通しです。3か月というのは新しい葉ができて、自然に落ちるまではそのくらいかかるそうです」

「……そんなにですか?」

「期間もですが、東の森だけならで、7割減となります。クレインさんの報告後から翌日、異邦人の方が荒らしているのを現行犯で捕まえましたから……クレインさんの報告よりも被害は増えてます」

「……えっ!?」


 〈セージの葉〉は、1年中取れるって聞いてたけど、新しい葉が出来るまでは結構時間かかるのか……。やらかしが大きすぎる。


 東の森で7割……。

 〈セージの葉〉でないと作れないなら、大打撃か……師匠に報告しないと。

 師匠の話だと、〈百々草〉を使って薬を作れる人は、この町には師匠しか作れる人いないって話だったから、ヤバそう。


 まあ、この町周辺での入手が出来なくなったので、他から輸入可能な品ではあるけど……高くつく。この世界、輸送コストはかなり高い。冒険者が商人の依頼に付くのも多いらしい。掲示板のクエストには、護衛依頼が結構張られている。商人だけでの輸送はほぼなく、冒険者を雇うか、自前で護衛を雇っている。


「薬師ギルドは、今回の被害を冒険者ギルドに賠償するように言っており、傷薬1個に対し、5倍の素材を請求してきました。金額も割増です」

「えっ!? 5倍!?」

「はい。5倍です。今まで、せいぜい2倍だったんですが……流石にギルド長も5倍には応じないと……それで、薬師ギルドから薬を卸してもらえないことになりました」

「…………」


 流石に5倍はそうなるだろう。

 傷薬の調合を失敗することはない。それは冒険者ギルドでもわかってる。他の薬に使うために確保しているのはお互いわかってるだろうけど……流石にやりすぎだ。


「幸い、錬金ギルドは渡す素材が減るので、卸す数こそ少なくなっても、今まで通りでポーションを卸して貰えることになったんです。それなら、錬金ギルドの方に素材を渡して数を確保したいというギルドの考えもあり……薬師ギルドに頼んでいた傷薬、魔丸薬、能丸薬、麻痺薬、毒薬、睡眠薬、調合薬あたりが今後不足するため……クレインさんに作っていただきたいんです。材料については、こちらで提供も可能です」


 渡されたリストを見ると、知らない薬もある。

 薬の種類は30種類くらいあるけど、納品数が多いのが、マリィさんが言った薬だった。師匠に相談しないと、レシピがないからどうしようもない。


 それにしても、錬金ギルドは堅実だ。

 素材が不足するのを分かっていて、今まで通りってなかなか決断難しいのではないかと思うけど。困ったときはお互い様というか、薬師ギルドは足並みをそろえておいた方がよかったのでは?


「…………まだ、作れないものが多いですけど……」

「そう、ですよね。失敗する可能性もあることはわかってますので、こちらで材料を提供したものは記録をつけていただきたいんです。レシピについては、今、確認していますがなんとしても用意しますので……」

「わかりました。えっと、レシピは師匠に相談してみますね。師匠が用意できる可能性があります。それと、とりあえず傷薬は300個、在庫が少ないと聞いていたので多めに用意しました。その、魔丸薬30個と能丸薬30個でいいならありますけど……すぐに納品します?」


 レシピ購入先が薬師ギルドの時点で、用意できると思えないとか、言ってはいけない。

 多分、師匠は薬師ギルドが嫌いだから、協力してくれると思うけど……どうなるか、まだわかってないので、余計なことは言わない。


「ありがとうございます!! 傷薬は30Gで9,000G、魔丸薬と能丸薬は、本来1つ150Gですが、今回は180でいかがでしょうか? 10,800になりますので、すべて合わせて19,800Gですね。セージの葉を使うのでちょっとですが高くしてますよ」

「あ、はい。それでお願いします」


 マリィさんが満面の笑顔で、傷薬を受け取った。

 値段について、計算をしたくても、電卓とかないので計算ができない。マリィさんがぱぱっと値段を出すことにもびっくりです。


 暗算が早い……私は二桁の掛け算とかは電卓が欲しい。

 


「クレインさん。値引き交渉とか苦手ですか?」

「あまり……したことないので。ただ、師匠からは『新人ならギルドで恩を売っておきな、ただし、魔丸薬が150を切るなら売るな』と言われてたので……180なら全然いいのかなって」

「なるほど。いいお師匠さんのようですね~。ちなみに、調合の成功率とかどれくらいですか?」

「えっと、傷薬は失敗しないです。魔丸薬は……3回に1回くらいだったんですけど、レベルがあがったらちょっと安定して、2回に1回くらいになったとこです」

「え? そんなに成功率高いんですか! すごいですね、薬師の勉強してたんですね~。もちろん、5割より失敗が多いのは仕方ないです。これからも定期的に納品をお願いできますか?」

「えっと、自分で素材取りに行ったりするので……2日に1回くらいしか、納品できないと思いますけど」


 大量に作るにしても、魔丸薬と能丸薬は傷薬と同じで、百々草で代替がきくから、そんなに苦労しない。……セージの葉に拘ると厳しいけど、それは言わない。

 それにしても……成功率、高いの? 師匠は失敗してもいいから作るように言われただけで……。傷薬は簡単すぎるから熟練度を稼げないとか、失敗すると熟練度は上がらなくても魔丸薬のが練習になると言われたんだけど……師匠にもう少し詳しく聞いてみよう。

 マリィさんの様子だと、成功率高いと考えてる。私がよく分かってないのは、今後を考えるならまずい。


「わかりました。全然構いません。冒険者ギルドは全力でサポートします! ちなみに、こちらの材料をご自身で用意したんですか?」

「はい。その……一部は師匠が持っている素材を使ってもいいと言われたので。それで、師匠に相談して、必要な素材だけ提供してもらうこともできますか?」

「もちろんです。提供していない分は、記録は不要です。必要な素材だけおっしゃってください」


 必要な素材か……そもそも、納品依頼のリストの中では、傷薬と魔丸薬・能丸薬しか知らない。他のレシピを用意してもらうだけじゃなくて、素材の問題も考えないととなると……兄さん達との強化訓練が……。


 あ、兄さん達で思い出した!

 マリィさんにお願いをしてみよう。



「あと……その、お願いがあるんですけど……」

「はい、なんでしょうか?」

「えっと……魔法収納バッグが欲しいんです。今、レオニスさんの講習中に紹介してもらって、魔法収納バッグ(極小)を1つ持ってまして……その、金銭的に余裕が出来たらもう少し容量が増やしたいんですけど……紹介がないと購入は難しいと聞いてまして……」

「わかりました。紹介状はギルドで用意しますね。お値段についてはご存じですか?」

「えっと、0が一つ増えていくとだけ……その、極小は100だったんですけど……」

「はい。小は1,000G、中は10,000Gですね。大については、取り寄せないといけないですし130,000Gになります。特大や極大はだいたいがオークションなので、いくらになるかわかりません。容量については、極小で1辺1mで1㎥、小が1辺2mで8㎥、中が4mで64㎥、大が1辺16mの4096㎥になります」


 容量が8倍になるので、小でも十分。

 1,000Gくらいなら3つ買っても、家計に響くことはないので、買っておこう。


「とりあえず、小を……」

「いえ、クレインさんは中にしましょうね。今後は素材をたくさん採取する必要が出てくると思います」

「あ、えっとできれば2つか3つ欲しいので……、中サイズだとお金が足りないかな」

「2つなら今納品したGで足りるじゃないですか。ギルドでお金をお貸しすることもできます。それにこの調子で傷薬とかの納品をしていれば、「大」の金額を稼ぐのもすぐだと思いますよ?」

「えっと……納品するにしても、素材を依頼すると、半分以上は素材にお金がかかるようになると聞いてるんですけど」

「先ほど言った通り、ギルドの指名依頼については、素材はこちらで提供します。代わりに記録が義務付けられます。材料費はギルドが負担するため、納品した物は、技術料のみ支払いとなり、普段の買い取り価格の2割くらいの価格になります」


 技術料2割……つまり、30Gの傷薬は、6Gにしかならない。いや、元々の値段は25Gだっけ? ……安っ!

 薬師ギルドが利幅の大きい薬で儲けるという意味がわかった。……傷薬なんて100単位で納品するにしても……安すぎるね。

 自分で作った方が絶対にお得! 割に合わない仕事ってそういうことか……。


「あ~自分で素材用意したほうがお得ですね」

「それはしかたありませんね。ただ、新人冒険者としては破格の金額ですよ。Fランクだと強い魔物を倒せないですし、迷宮ダンジョンの許可もでないですから」

「ですよね……。とりあえず、これから師匠のとこに行って、今後について相談したあと、また来ますね……時間的には師匠の授業を受けた後の時間になってしまうので、夜になると思います」

「はい。わかりました」



 う~ん。薬の技術料……2割。

 素材を自分で入手してくれば10割。しかも……買取価格にギルドの利益を割増して販売するわけだから…………薬師ギルドとしても素材を沢山要求するのも、わからなくはないような気もする。


 なかなか、根が深い問題な気もする……。私は冒険者ギルドの人間なんで? まあ、薬師ギルドの事なんか知らない。

 気にせずに、まずは依頼をこなすために、師匠にお願いしよう。



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