第30話 教会へ



 翌日、3人で町の奥にある教会に向かう。


 ちょっと寂れた建物だが、十字架ではないけどシンボルマークもあるので、ここが教会で間違いないようだ。

 ステンドグラスとかは無いが、この町の中では領主の館以外では、特に異彩を放っている……。しかし、ちょっとボロ……いや、だいぶ古い建物でもある。少し調べたが、町が出来た時からある建物で、一番古いらしい。

 この町は、結構広めの町で、広くした時に領主の館とかは移動、改築されている。各種ギルドとかも、比較的新しい建物になっている。

 結果として、昔からある建物で、改築もされてない教会は古い。……宗教法人はこちらの世界では、厳しいのだろうか? 改築するお金もないのか、聖教国から離れてるから放置してるとか?


 3人で、入口に立って顔を見合わせた後、大きな扉を押す。ぎぎっと音を立てて開いた。


「失礼します」

「邪魔するぜ」

「……」


 古いけど立派な大きなドアを開けると、中には古い椅子と机が並べてあり、中央には女神像が飾られている。床の板はちょっと傷んでいて、一部はぎしぎしと音がする。

 この教会、すぐにでも修繕が必要そうだと思われる。掃除も行き届いてない……教会なんだから、聖魔法の<浄化>かければ一発だと思うけど……寂れ過ぎでは?


「なんだ、こんなとこになんか用かい?」


 奥から現れたのは、中年の神父。ただ、片手に酒瓶をもっていて、顔が赤らんでる。朝からお酒って生臭坊主ってどこの世界にもいるんだな。


「いや~生臭神父って感じだな」

「ちょっと、兄さん! すみません、兄が……」


 自分でも考えてはいたが、流石に口に出すのはまずい。腕を後ろに組んで、辺りを見回しながら兄さんが言った言葉に、急いで口を手でふさぐ。

 ナーガ君も兄さんを後ろに隠して、ぺこりと頭を下げる。


「すみません」

「すまない」

「いいって、いいって。お嬢ちゃんに坊主も。そいつの言う通りだからな」


 ナーガ君と二人で謝るが……神父は気にしていないと手を振り、近づいてくる。

 よく見ると、服とかは依れてない、清潔な服だった。酔っぱらってる割にはまともというか……この人の思考がわからない。


「いやぁ、すまんすまん。つい、口に出ちまってな」

「なに、気にすんな。事実だからな。で、お前さんたちはこんな場所に何の用だ?」

「これを預かってきました」


 近くまでくると椅子にどかりと座ったので、机を挟んで対面に座り、手紙を渡す。

 用件というのは、手紙を渡すことだけで、まあ、3人で来る必要もなかったんだけど。


 なぜか、この手紙を渡して、顔を見せておくよう指示された。理由は知らない。


「なるほどな。お前さん、この中身は聞いてるかい?」

「いいえ」

「やれやれ……面倒だが、依頼だ。仕方ない……お前さん達に説法をしろとさ」

「説法、ですか? なんででしょう?」

「お前さんたちの村には教会が無くて、聞いたことがないんだろ? 一般常識として聞いておくことは損ではない。まあ、大方の目的は違うだろうがな。お前らも長くなるから座れ」


 酒瓶を置いて、本を取り出すと耳に通る声で説法が始まる。



――


 かつて、世界は一つの大陸だった。

 一つの大陸で各々が平和に暮らしていたが、そこに悪魔が降り立つ。

 悪魔は魔物を生み出して、人の生存を脅かす。

 それは、やがて世界をかけた壮絶な戦いとなる。人は悪魔と戦った。

 だが、人でない者は違う。悪魔に従う者もいた。


 争いは激化し、やがては、人と人でない者の争いへと変化する。そんな中で神が地上に降り立った。

 神は言う。争うことを止めろと。


 悪魔がいる限り、争いは止められない、その答えを聞いた神は、悪魔を討つ。


 だが、争いが終わることはなかった。

 再び、神が言う。争う理由は無くなった。争いを止めろと。


 魔物は消えていない。人でない者は悪魔の手先だ。争いは止められない。神は迷う。


 神は決断した。争いを止めるために大陸を分割した。

 一つの大陸に一つの種族。

 物理的に距離を取らせることで、人でない者を救い、争いを止めさせた。


 人々は神の御業に心を打たれ、大陸の中心に神を祭る神殿を立てた。

 いつでも神が再び降りてこれるようにと。やがて、神殿は形を変え、唯一の神の名残として、国を興した。

 

――



 この世界の神のこと、聖教国の成り立ちについて、神話という形での話を1時間程聞いた。


「さて、聞いた感想はどうだ、少しは身に染みたか?」

「いや、争いを止めろって話じゃないのか? 種族同士の禍根が残ってるって聞いたんだが? これのどこに教えがあるんだ?」

「ははっ、まったくだな。聖教国自体が、亜人を認めていない。だが、まあ……この教えが人の国に伝わる教えだ」


 人の国に伝わる教え……つまり、そうでない国に伝わる教えもあるってことか。

 この王国は、交じり者が多いってことは、純血種を受け入れているわけではないとか? いや、でも、これって人と亜人の対立を煽っている。

 亜人側からしたら、勝手に悪魔の手先と言われてるのを許すことは出来ないだろう。


「俺には向かなそうだな。おっさんは、神を信じて、聖教国で修業したのか?」

「はっ、そんな真面目な神父に見えるか?」

「いや、全然」

「俺は神の存在は信じる。神話の事実が歪められているが、確かに、あったことだろう。気になるなら、調べてみるといい。愉快だぞ。それと、俺は聖教国の連中のために働く気はない。やり口が汚いからな。こういう教会が各地にあるのも素質のある子どもを聖教国に連れ去って教育し、信徒を増やすためのもんだからな」


 この神父さん。何を考えて、こんな説法を聞かせてるんだか……本当にわからない。さらに、聖教国をディスっている。冒険者ギルド長も、いったい何を伝えたいんだか、全然わからない。


「……回復魔法を使えるようになる子は少ないってことです?」

「そうだ。属性魔法にも回復魔法はあるが、使える者は少ない。光魔法を覚える中で、5人に一人が回復を覚えるといったところだな」

「光魔法を使えても、回復出来ない方が多いのか?」

「ああ。さらに、回復魔法を使えても、魔力が多くないと布教活動することも難しいしな」

「……何故だ?」

「光、聖魔法の回復魔法と他の属性の回復魔法の違いは、傷跡だ。光や聖魔法は、傷跡が消えるが他の属性では消えない。だが、傷跡を消すほどの回復魔法は、それなりに魔力を消費するからな。傷跡の有無は寄付金が変わるし、聖教国の死活問題ということだ。だからこそ、布教して目ぼしい子どもを集める。そのための教会が各国に建てられている」

「冒険者にそれなりに使える奴いるよな? 傷跡が残っている奴は多くなかったと思うが……覚えるだけなら、そんなに難しくないのか?」

「冒険者達はそれなりに金を持ってるのと、ヒーラーとして重宝されるからな。もちろん、光魔法ではないヒーラーもいるが。ただ、光魔法を使える奴も、それなりにいるのは間違いないな。毎年、誕生日の月の1日に教会では説法を説く。その後に、聖水を配る。この聖水を飲んでいれば素質のある子どもは何度か飲むと光魔法を覚えるって段取りだな。ちなみに誕生月以外で聖水を飲みたい場合は有料だ」


 聖水を飲めば素質は目覚める……あ、魔法の元素に触れると覚えるのと一緒か。

 それで、光魔法を覚えさせて、才能の有無を確認している。布教に必要……傷跡を消せるというのも、奇跡として売り出すのはわかる。お金を積んでも消して欲しいと願う人はいる。


「聖水ね……それで覚えるなら、まあ、くだらない話でも聞きに来るかもな。で、今の話を信じ込ませるのか。悪辣だな」

「……そうだな。お前さん達にも1回だけは振舞ってやろう」


 神父が奥の扉から水差しとグラスを持ってくる。

 水差しから汲まれた液体は水に見えるが、話の通りであれば聖水ということになる。


「ほれ。飲んでみろ」

「……ただの水っぽいな」

「確かに……コップ一杯飲むだけで覚えるとか、怪しい水だよね」

「いいから、一気に飲んでみろ。素質のありなしはそれでわかる」


 渡されたコップの中身を嗅いでみる。匂いはしない……まあ、飲むしかないわけで、お互いに視線を合わせた後頷いて、一気に飲み干す……ことが出来なかった。



「……ごほっ、なんだこれ……」

「けほ……」

「どうした?」


 私と兄さんは半分も飲めずに、グラスを置く。

 ナーガ君はきょとんとした顔でこっちを見ている。手元のコップは空になっているので飲み干したらしい。


「ふむ……お前さんは、この水を飲んでみてどう思う?」

「水だろう…………何かあるのか?」

「そうかそうか。お前さんは水だと思うなら、あまり素質はない。まあ、小さい子であれば可能性はあるが、十分に育っているからな。光魔法を覚えたとしても、回復魔法を覚えるのは難しいだろうな」


 飲み干せたナーガ君はただの水だという。ただ、素質はないらしいけど。

 え~っとした顔で兄さんと二人で怪訝な顔をする。


「ナーガ……お前、まじか? これ、透明な水に見せかけたタバスコだろう? やばい味がする。飲めるわけがない」

「え? カルピスの原液でしょ? 甘すぎて、このままは飲めないけど」

「でかい方の白いのはダメだな。タバスコとやらが何だかわからんが、辛いとか苦い味がするのであれば素質はない。絶対に覚えることはない。あと、今後は聖水は出されても飲むな。そこまでヤバい味がするなら、闇魔法の素質は高いだろう。だが、バレると面倒だぞ。獣人の血を引いてるのもわかるだろう?」

「……なるほど。素質だけでなく、種族も確認してるってことか」

「な、好きになれんだろ?」

「あんたが言うな。聖職者なんだろ」

「まったくだ。で、小さい方は……甘すぎて飲めないのか?」


 兄さんと話している時とは違い、こちらの出方を観察するような瞳。

 今更、嘘をつくわけにもいかないので正直に答える。


「そう、ですね……えっと、はちみつそのままよりも甘い感じで、ちょっと胸やけします」

「聖魔法を覚えていないとそこまで甘く感じることはない」

「……聖魔法は上位魔法ですよね?」

「ああ。光魔法の中でも素質がある者だけが覚える上位魔法だな。……望むなら推薦状を書いて聖教国に行けるようにできるが」

「望まないです」

「そうか。……聖魔法は貴重だ。俺だから見逃すが、他の聖職者にはバレたときには面倒ごとになる。それが嫌なら気が向いたらまた来るといい。手伝いでもしてくれるなら、こちらでも多少の対処を考えよう」

「わかりました。たまに顔を出すようにします。……とりあえず、少し掃除の手伝いをしますか?」

「ああ。俺は浄化〈プリフィケーション〉はかけられないから、頼む。可能なら週一だな」


 面倒なことになったかもしれない。


 ……この事をわからせるためにギルド長が動いたと考えるべきか。人手不足だから使いたいだけなのか……イマイチ、この神父さんが読めない。


 この神父の言葉を信じるなら…………町規模の教会には、聖魔法を使える者はいないってこと? いや、素質によって覚える魔法が違うみたいだから、この神父が聖魔法を使えないわけじゃない可能性もある?


 とにかく、週1回くらいは教会に通うくらいはしておこう。兄さん達は……あ、一応付き合ってくれるらしい。とりあえず、お昼までは時間があるから手分けして掃除しよう。

   

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