第25話 似て非なる者 (グラノス視点)

 


グラノス視点


「……困った子だな。俺は君の本当の兄ではないんだ。少しは警戒してくれ」


 目元を赤くして、泣きはらした瞼になっている少女。

 泣いたことで、溜まっていた感情を吐き出させることに成功した。


安心したのか、ベッドに入るとすぐに寝てしまった。


「やれやれ…………君と組んだことが、吉とでるのか、凶とでるのか」





 一週間前、俺はこの世界に転生した。前の世界では、幼い頃から難病にかかり、ほとんどを病院のベッドで過ごしていたため、身体を自由に動かせることに喜びを感じていた。

 だが、最初はわくわくしていたが、すぐにその気持ちは消えてしまった。


「どこの世界でも同じか」


 優劣をつけて、使えないと切り捨てた相手には大した情報も渡さない。活かさず殺さずの飼い殺しをする。戸惑っていたところに声を掛けられ、集団に入ってしまったのが失敗だった。その場にいることだけを求められ、何かをすることを許されない。


「なあ、君の武器とそのレベルはいくつだ? それと魔法は使えるか?」

「うん? 武器レベルなら、1だな。刀使いだ。魔法は使えない」

「なんだ、外れか~」

 

 唐突に聞かれた内容に対し、答えを聞いた後、俺への対応はおざなりだった。

 集団の中でも、すでに強さの順位付けがされていて俺は最下位になったらしい。


 時折、魔物の肉を焼いたものと水を渡されるが、他は放置されるか、よくわからない自画自賛の主張を聞かされている。

だが、集団を出ていこうとすると止められ、団体行動を乱すなと叱責される。その場に座り込んで何もすることもなく、ただ時間を消費していく。


「ふざけた話だ」


 戦力外と判断をされたらしい。訳が分からん。

 確かに、技能レベルは1だ。

 

 だが、ユニークスキルで〈刀の極み〉を取っている。これがどんな効果を持つか、体の方が理解していた。前の世界とは違う、俺には力がある。こいつらがどんなに俺をあざ笑っていても、刀を持つ限り、この中で一番強いのは俺だと確信していた。


 だから、我慢をしていた。


「あんたは戻ってこないあいつらをどう思う?」

「さてな。へまをして捕まっていないことを祈るがな」


 集団の方では勝手に色々と議論をして、リーダー格の奴らが、全員の余った金を集めて町に入っていったらしい。おそらく、俺がこちらに来る前だろう。


 俺には一切の説明がなかったので、来た後の可能性もあるけど、たいして気にならなかった。そいつらが戻らないまま、すでに2日経過していた。最初は高を括っていた奴らも焦りだしたらしい。

 俺が気にしていないから、俺に縋ろうとしているようにも感じて、虫唾が走る。


 最初からこの集団には何の期待もしていないが、雰囲気が徐々にギスギスしてきたのを感じる。戻ってこないことに焦り、金を出した者は不満を持ち文句を言っている。統率を取れる奴がいなくなったことで、雰囲気は悪化。このままなら、この集団はそのうち瓦解するだろう。

 いっそのこと集団から出て行ってしまうこともできるが……すでに出て行った奴がいるので二番煎じになるのは面白くない。どうするか。



「異世界から来た者たちに告げる。ステータスを開示することを条件に町に入り、冒険者となることを認めよう」


 白髪に白髭の爺さんが、強そうな男たちを数人連れてやって来て、告げられた言葉はステータスの開示を要求するものだった。もちろん、開示する内容の中には技能や魔法なども入っている。


 集団の連中が我先にとステータスを開示しているのを見ながら、辺りを確認する。

 ステータスの開示には、なにやら道具を使う必要があるようで、列が出来始めている。周囲を確認すると爺さん達以外にもこちらの様子を覗っている奴らが何人もいた。


 ステータスを表示する。金が無いので、この条件を飲むしかないことはわかっているが、面白くないというのが俺の考えだった。せっかく生まれ変わったなら自分がやりたいようにやるのが望ましい。誰かの考えに動かされるなんてごめんだ。


 それに、何故かわからんが、こっちの世界の連中は俺のことを警戒している。

 不自然ではないように俺の近くに陣取った男然り……通常であれば視界外の場所から俺を観察している奴らもいる。


「どうするかね~」


 列に並ばずにその場に座り込み、近くにいた男に聞かせるように呟く。

 

「並ばないのか?」

「そうだな。あまり魅力を感じない提案なんでな」

「ほぅ……なるほどな」

 

 男は楽しそうに嗤う。やはり、企みがあるんだろうな。

 俺を観察していた奴に合図を送ると、俺への視線が消えた。この男はそれなりに権限があるらしいな。


「登録をしないのであれば、このまま座ってろ。並んでる連中が終われば、ギルド長の方からこちらに来るだろうからな」

「いいのかい?」

「冒険者にとって、情報は武器だからな。ほいほい手を晒す様な考えなしと組むと、命一つじゃ足りないってのが、冒険者やって学んだ俺の考えだ。やりたくないならやらなくていい。その結果は自己責任だがな」


 なるほど。

 その通りだ。


 こいつは話が分かる奴で、こいつの反応を見る限り、ギルド長とやらも話の分かる奴みたいだ。結果、死ぬことになるのも含め、全て自己責任であるなら俺としてもやりやすい。


「ふ~ん……。…………なあ、なんで俺は警戒されてるんだ?」

「別にお前だけじゃない。お前やあっちの小僧、あそこにいる白い服の女も警戒対象だ」

「理由は?」

「お前や小僧は単純に強さだな。暴れられると厄介、抑え込むには骨が折れそうだ」

「へぇ……一緒にいた集団には役立たずだと思われていたんだがな」

「お前らにはお前らの基準があるんだろうが、こっちにはこっちの基準がある。お前はこの集団で一番厄介な奴と認定されてるぞ。まあ、俺はもう行くから、せいぜい頑張れよ」


 俺はステータスの開示を拒否した。ギルド長とやらは、町の連中が不安になるので町から見える位置で野宿しないこと、盗賊と間違われないように身なりは気を付けるように言われただけで、その場から解放され、拍子抜けした。


 そして、同じように開示を拒否した少年、ナーガと町から少し離れた場所で野宿することにした。


「なかなか刺激的な世界だな」

「……あんた、なんで拒否したんだ?」

「君も拒否したんだろう? 何故なんだ?」

「俺は……あの連中とつるむのが嫌だった。人を下に見て、偉そうな口だけの奴らだったからな」

「俺もそんなところだ。これであいつらと縁が切れた」

「……ああ」


 意気投合という訳ではないが、そのまま二人で行動を共にすることにした。

 相方は不愛想だが、素直ないい子だった。見た目よりも幼い言動に見え、年長者風を吹かせると嫌そうな顔をするあたり、実際の年齢も思春期くらいかもしれない。


 二人で適当に過ごしていたが、結局、火と水が無いため食料に困ることになり、早々に音を上げることになった。


 魔物を倒して換金でもするしかないかと考えたとき、一人の少女がいた。そこらへんにある草を熱心に採取している。

 外見が似ていたので覚えている。集団が声をかける間もなく、町へと入っていった同胞だと一目でわかった。


「声をかけてみるか」

「何の話だ?」

「俺に似た子がいるだろ? 声かけてみないか?」

「……どこにいる?」

「ん? ああ……ちょっと遠いか?」


 この世界のアビリティとやらは優秀で、〈鳥の目〉というアビリティのせいか、この目は遠くまで良く見渡せる。距離がありすぎてナーガには見えなかったらしい。

 便利なものではあるが、他の奴にはばれない方が良さそうだ。


「何故、声を掛ける必要がある?」

「このままでいるわけにもいかないだろ? 俺らだけでは、水も無い。食糧もな」

「……」

「あの集団の奴らに頼むのは嫌だろう? かといって、頼れる奴もいない。なら、集団に加わらずに町にさっさと入っていった奴を頼るのは面白そうじゃないか?」

「……いたか? そんな奴」

「おう。集団は気づいてなかったが俺は目がいいんでな」

「…………少し考える時間をくれ」

「わかった」


 結局、ナーガが色々と考えているうちに少女は町に戻ってしまったため、声をかけることは出来なかった。翌日にもう一度探して、声を掛けた。この子も、大丈夫かと心配になるくらいのお人良しだった。

 

 ある程度こちらの事情も知っている上、見捨てることが出来ないらしい。食事を用意してもらい、金の立て替えだけでなく、服装やら武器やらも整えてもらい、だいぶ世話になってしまった。

 

 助言通りに技能を取得し、町に入り、武器を変えて、異邦人とやらではない装いで冒険者ギルドへ向かった。

 


「おっ、おチビ。こんな時間まで頑張ってたのか?」

「あぁ? 誰がチビだ?」


 冒険者ギルドの入ると突然、いきなり後ろから肩を叩かれ、チビ呼ばわりされたので叩かれた手を掴んで睨む。

 顔が赤く、口から酒の匂いがするところから、酔っ払いで間違いない。


「お? あれ、わりぃわりぃ。てっきり、クレインっておチビだと思って。悪かったな」

「クレインの知り合いか?」

「いや~おチビのおかげで仕事が楽に片付いたんだ。知り合いなのか?」

「……妹だ」


 どうやらこの酔っ払いはクレインの知り合いらしい。

 確かに、見た目が似ていることは認めるが、背格好はだいぶちがう。25センチ以上の身長差はある。俺が小さいと言われる筋合いはない。


「そうか、そうか。なら、お前も何かあれば俺に声かけろよ。お礼に便宜図ってやるからよ」

「おい。新人に無理させるのはダメだといってるだろ。そこらへんにしておけ。よう。遅かったな」

「おっさん」

「レオさ~ん。まあ、そんだけ助かったってことでさ。あ、おチビに礼を言っといてくれ」

「ほら、お前らはこっちだ」


 酔っ払いは手を振って去っていったが、目の前にいたのはステータス表示の時に俺の近くにいた男だった。

 そのまま奥の部屋にナーガと二人で連れていかれた。予定では、クレインに聞いたとおりに受付で登録するつもりだったが……まずいことになったか。


「金は用意できたか?」

「妹に借りたな」

「ははっ、そうか。ほら、これが冒険者カードだ。そこに血を垂らせば登録できる。そっちは?」

「…………」


 本当の妹ではないのはわかっているが、あえて関係を聞いているように見える。このおっさん自体は信用できそうではあるが……カードに血を垂らすとは聞いていない。技能を確認されるという話だったはずだ。


「警戒しないでも取って食ったりしない。ほら、さっさと登録だけしちまえ」

「登録するには技能の確認をすると聞いてるが?」

「お前らが戦えることは確認しなくてもわかるからな。確認するまでもない」

「俺らはこれがどういうもんか分からないからな。言われた通りにした結果、ステータスが勝手に抜かれるんじゃ意味が無い」

「なるほどな。まず、これが俺の冒険者登録証だ。見てみろ。素材は違うが、同じだろ?血を垂らせばここにランクと名前が表示される。あとは、このカードをギルド職員に渡せば、クエストの受付や完了が記録されていく。ついでに、魔物の討伐数とか、どんなクエストをしたかも記録される。ただ、個人のステータスは登録しない。ついでに、ステータスの表示は、アーティファクトでないと出来ん。まあ、貴重なもんだから見せることは出来ないが、この場で情報を抜き取ることはできないと断言してやる」

「じゃあ、本当に登録するだけってことか」

「おう。金を払って、戦闘できる技能を持ってれば誰だって登録できるもんだからな。ただ、お前らには色々説明も必要だろう。この部屋に呼んだのはそれだけだ」


 色々な説明か。

 まあ、情報は必要というのは事実だ。せっかくの場を拒否するのも勿体ないか。


「…………何故だ」

「ん? まず、説明ってのはお前らの現状についてだな。クレインの兄と……」

「こっちは幼馴染だな」

「そうか。まあ、あいつの兄と幼馴染を名乗るなら、こちらも少々勝手が変わるのと、その説明を他の奴らに聞かせるわけにはいかないんでな」

「…………」

「クレインは、とある契約をギルド長とまあ、とある魔導士と結んでいる。で、その契約によってあいつは保護することになってる。お前らはその関係者というなら、同じく保護の対象にしてもいい……が、そこらへんをちゃんと話しておく必要があるだろ」

「おっ、意外だな。俺らもいいのかい?」


 クレインは、契約を重く考えていた。もっと歪んだ契約のようだったが、意外ときちんと保護する気のようだ。とはいえ、この男は契約をしていない第三者だから、知らない可能性もあるんだろうが。まあ、俺も乗っけてもらえるっていうのは、悪くはない。


「まあ、そこらへんは上の考えもあるが……あいつは異邦人ではない。そして、異邦人同士には兄弟はいないはずだ……なら、兄妹を名乗り、そっくりな奴がいるのはこちらとしても有難い。幼馴染もな」

「ふ~ん。話で聞くよりも待遇は良さそうだな。さっきも冒険者は好意的だった」

「ああ。それは、あいつの仕事がよかったせいだな。丁寧でいい仕事だったからギルドの評価が高い。さらに、ギルドからの受注クエストで役に立ってくれたんでな。で、続けるぞ。お前らも当然、異邦人ではないということになる。そうだな……これが周辺の地図だが、ここらへんに小さな村があるんで、そこの出身……村の近くにある森で隠れて暮らしていたことにでもしておけ」

「なんだ? 具体的だが、なんかそこにあるのか?」

「おれの知り合いがそこに通ってたんでな。通っていた女はすでに亡くなってるから、その子供ということにしておけば、村の連中が知らなくてもなんとでもなる」

「ふ~ん。まあ、よく分からんがそういう設定にしておこう」


 わざわざ身の上まで考えてあるとは……クレインはそこまでの価値か。

 俺らではわからない、こちらの世界での基準。数十人の異世界人よりもクレイン一人に価値を見出している。しかも、あの子の身内であれば保護をしてもいいと考えるほど。


 本人が考えてる以上に、価値が高いな。


「ああ、お前らの武器をだせ。そのままだとばれるんでな。こっちで用意したのを使え」

「ああ、これかい?」

「…………属性付きの武器なんて、どうやって手に入れた? 強盗とか犯罪者だというなら……」

「……クレインが付与をした」

「おう。妹が俺らのために頑張ってたぞ」

「……はぁ…………あいつにもよくよく言い聞かせる必要がありそうだな。まあいい……それなら問題はない。お前らは冒険者になるためにこの町に来た。いいな?」

「ああ、それなんだが……クレインが薬師になりたいと村を飛び出して、俺らは追いかけてきて、説得のためにこの町で冒険者になって、暮らしてるってことにしてくれ」


 一緒に町に来ていないから、別々だった理由付けをしておく。一週間くらいなら追いかけてきたという説得力もある。それに、言う通りにするのは面白くない。

 別にクレインと兄妹として守ることは、俺の意思と合致しているが、誰かの手のひらで動かされるのはごめんだ。

 


「ふむ……わかった。お前らは後から来たことにした方が説得力がある」

「それと、俺らのことを知っている奴らはどうするんだ?」

「今後検討だな。上は異邦人達を野放しにする気は無さそうなんでな。今は対応を考えても、無駄になる可能性がある。問題があれば言ってくれ、対処を考える」

「クレインはどうなる?」

「あいつは好きにさせておく。まあ、器用で頭もいい、どうとでもなる」

「俺らは?」

「クレインと仲良くしてる分には放置だな。兄妹で仲良くな」

「へいへい。じゃあ、そういうことにしておくか」


 話を終えて、部屋を出る瞬間に、「明日、お前ひとりで来い」と言われたので、了承の意味を込めて手を振っておく。





 すやすやと寝息をたてているクレインの顔を見る。


 クレインには言わなかったが、俺とナーガも契約で保護するつもりが向こうにはある。

 その重荷を取っ払ってやれば良かったのかもしれないが……出来れば、お互いに連帯感を持っておきたい……。

 少々、ずるいかもしれない、精神的に不安定なら、俺らに依存してもらった方が、あちらも手を出し辛くなるだろう。



 妹の面倒を見るのも兄の役目だ。

 少々心配なところもある。できる限り兄として矢面に立つというスタンスであれば、疑われることもないだろう。


 まあ、俺も男だからな。

次からは一緒に寝るのは勘弁してもらわないとおちおち寝ることもできん。

 

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