第11話 大家さんとお隣さん



「すんませんなぁ。うちはこの家の持ち主やねん……あんたが家を借りると聞いたんで、話にきたんよ」

「え……すみません。出かけてしまっていて……お待たせしました……その、掃除も出来ておらず……上の部屋でいいでしょうか?」

「あらまあ、冒険者と聞いてたんでどんな荒くれかと思いんしたが、随分と行儀がええんやね」

「まだ、登録したばかりの新人なので」


 女性の方は、大家さんだったらしい。それで鍵を持っているのも納得した。

 でも、勝手に入るのもまずいので、家の前で待っていたらしい。

 とりあえず、綺麗にした2階に案内をして、3人分のお茶を用意する。


 う~ん。大家さんは明るいところで見ても、美人さんだ。……でも、ちょっと目元とか疲れが出ているか。なんだか、お疲れの様子だ。


「すげぇな……何年も放置されてたのに、見違えるほど綺麗になってやがる」

「随分と綺麗にしたんやね……この部屋だけみたいやけど」

「あ、はい。……まずは寝るところと食事作るところからと……下の部屋も少しずつですが、きちんと掃除します」


 寝る場所と、トイレとキッチン以外もちょっとずつ綺麗にしている。二階は掃除が終わり、綺麗な状態になっている。あとはお風呂も使えるようにしたい。まだ、1階と地下は掃除が出来ていないけど、レベル上がってMPも増えたから、大部屋でもいける気がする。

 寝る前にやってみようかな。MPはもう回復しているから、何とかなりそう。


「真面目やねぇ。まあ、あんさんに話したいことなんやけど……この家は、薬師か錬金術師に貸すよう伝えていたんよ。でも、手違いで、冒険者のあんさんに貸すことになったと聞いたんよ」

「あ、冒険者ですけど……調合できる家を希望しました。冒険者として、素材採取しながら、自分で調合をしたものを納品して生計を立てる予定です。宿で調合をするのは、匂いがついてしまう可能性があるから良くないと教えてもらい、部屋を探し、この部屋を紹介されました」


 貸し出す条件……冒険者はダメ。つまり、契約取り消しのために来たのか。

 違約金とか、この世界ってどうなるのか。すでに、今月分は払ってるから、その間だけでも居させてくれるといいんだけど。


 とりあえず、こちらの希望を伝えるだけ伝えて……駄目なら、レオニスさんに相談しよう。


「冒険者兼薬師か……聞いたことないが出来んのか?」

「…………調合ってのは、生命に関わる仕事なんよ。冒険者しながら納品するなんてずいぶんと簡単にいいはるけど、何も知らないお人が適当に物を作って納品してええと思う? 不良品だったら、最悪、人が死ぬことだってあるんよ」


 まあ……薬っていうのは、そういう物だとわかっている。

 必要以上に摂取すれば、毒になる。半端な覚悟で手を出すな……ってことは、わかるけど。

 こちらも生きていくためには、必要なことだと思っている。手に職を持っておくというのは大きい。



「知識はこれから覚えることになりますが、他の人に迷惑をかけないようにします。幸いにもパメラ様を師匠として紹介していただき、弟子になることが出来ました。この家で作った薬で人が死んだとならないこと、お約束します」

「パメラって、あのパメラさんかい! 今まで弟子を取ったこと無いのに、どんな心変わりしたんよ!?」

「おいおい、まじかよ。あのパメラ様が!?」


 うん?

 パメラ様は有名人なのかな。弟子とったことないの?

 特に理由もなく、素材採取するなら、弟子にしてくれるって言ってたけど?


 身を乗り出して、嘘なら許さないと睨んでいるあたり、この人達は師匠のこと尊敬してるっぽい。それなら、レオニスさんのことも知っているのか?

 そもそも……レオニスさんのことも師匠のことも、名前と職業くらいしか知らなかった。もう少し基本情報を教えてもらっておくべきだった。


「えっと……今まで素材を取りに行っていたレオニスさんの紹介です。素材の一部を直接卸すのであれば、弟子にして調合を教えてくれると約束しました。卸した素材もきちんと適正に買い取ってくれることになっています」

「……ほんまかいな」

「まあ、あいつの紹介ならありえ……だが、なあ……」

「はい。今日、採取の仕方を教わりました。これ、えっと……メモですけど」


 教わったことを書いてあるメモを渡す。

 基本的に植物の名前、見た目、採取の仕方、保存の仕方くらいだ。いや、これ見ても、パメラ様に教えてもらった証拠にはならないのはわかっている。勉強していることを示すだけだ。

 ただ、メモを見ながらも頷いたりするのは構わないけど、メモにさらに追加で処理の仕方書き加え始めたので、さすがに止めた。


「あの……師匠に言われた処理の仕方なので、他の処理で納品を希望する場合、新しい紙に書いてもらえますか?」

「ん~そうやね~……ついでに、今日取ってきた素材はあるん? 見せてもらえへん?」

「あ、はい……その、メモに書いてある物の一部は冒険者ギルドに納品してしまったので、全部あるわけじゃないですけど」


 一通り、素材を並べていく。

 調合用の素材はあるけど、錬金用についてはほとんど換金したんだよね。お金が目減りしているので……また取りに行けば大丈夫と聞いていた素材はほぼお金にした。

 まあ、初心者でも危なくない場所で取れる素材なので大したお金にはならないんだけど。


「そのようやね。調合に使わない素材については、売ったんは残念やわ~明細見る限り、買い叩かれてるやないの」

「そう、なんですか?」

「知らないで納品したん?」


 呆れた顔で聞かれ、答えに窮してしまう。

 いや、だって「ギルドでの買い取り額は~Gです」って言われたら、そのまま売るでしょ。

 念のため、納品の明細も一緒に渡してしまったので、確認されたがダメダメっぽい。


 これは、錬金ギルドならいくらで売れる。私に直ならいくらでなど…教えてもらった額をメモしていく。まあ……中間マージン取るためにも冒険者ギルドで安いのは仕方ないと思うけど。結構、最低額での買い取りだったようだ。

 処理の仕方がいいから、もう少し高くなるというので、次からは……いや、交渉は難しい。言われた額で納品する方が、心情的に楽だと思う。


「……まずは生活資金を少し用意する必要がありまして……お金にしておきたくて」


 この家借りたのも、自分で出せてません……なんて、言えない。

 やっぱり、貸せないとか言われたら借金だけ増えてしまう。


「まあ。新人なんて金がねぇもんだしな。気にすんな。なあ、そんなことより、こいつはどうなってんだ?」

「ええ、このすでに乾燥している茎や実、どういうことだか教えてもらいましょか?」

「えっと、乾燥させて使うものは、先に魔法で乾燥させました。水分が無くなれば少しだけど軽くなるので、持ち運びが楽になります」

「簡単にいいはるわ~」


 冒険者なら魔法を使うことにも納得したらしく、今後はいくつかの素材はギルドに納品しないで、大家さんが買取する要望が出た。

 毎週、一度は顔を出すとのこと。素材については、悪くならない物については、納品を控える……と、お金が手に入らないしな。どうしよう?



「なあ、俺の方で用意した木材とかをこんな風に乾燥させることはできるか?」

「え? あ、はい…まあ、素材加工の作業代金をいただけるならやりますけど?」

「お、いいねぇ」


 乾燥させるのは構わない。加工代金とか、相場わからないけれど。

 稼げるなら稼ぎたい。


 でも、そんなことより……。

 気になっているのが……この人誰?


「あの……ちなみに、大家さんの旦那さんとかですか?」


 この人がなんでいるのか、分からなかったので聞いてみた。


「あぁ?」

「はぁ!?」

「すみません! えっと、関係がわからなかったので」


 違った。二人に睨まれて、頭を下げて謝罪する。

 

 でも、大家さんと怒鳴り合ってたし、一緒に家に入ってきたし、会話に入ってきてるから、大家さんの関係者だと認識していた。

 男女で怒鳴り合うわりには仲がいいって、夫婦かなって思ったのは短絡的だった。


「俺は、隣の工房のもんだ。クラナッハという。多分、音がうるさいとか迷惑かけることになるんで、挨拶に来ただけだ」

「あ、そうだったんですね。えっと……大家さんとは知り合いで?」

「おう。俺らは同年に生まれて、この町で生まれ育ったんだが、お互いに生産職になったからな。ついでに、昔はこいつがここに住んでたんでな。前の隣人で顔見知りってだけだ」

「ただの腐れ縁やわ。二度と間違わんといて。うちは、アストリッドいいます。よろしゅう」


 同い年……。

 まじで、美魔女だ。アストリッドさん、レオニスさんよりちょっと上かなって思ったんだけどな。このお爺ちゃん……クラナッハさんと一緒の年齢なのか、すごい。

 アンチエイジングってやつだよね……錬金術師って、そんな感じなのか。


「えっと……すみませんでした。その、家の方は……」

「……まあ、あの人が教えるなら、調合も出来るようになるんやろうし、ええでしょ、この家は貸しましょ」


 師匠のことを知っているからというのが大きいのか、部屋を貸してもらえることになった。ついでに、師匠によろしく伝えて欲しいとのこと。

 うん? なるほど、生産職にとって、師匠って尊敬される人物なのか。お隣さんは流行り病で助けてもらったと。大家さんは……憧れてると。へぇ……世間は狭い。



 なんだか、こっちにきてからすごく人の出会いに恵まれている。

 前のときは……ふと、人間関係を思い出そうとした途端に頭痛が起き、頭に手を添える。


「っ…………」

「あんさん、どうしたん!!」

「あっ……ちょっと、頭痛もちで…………もう大丈夫です…………」


 前の世界でのことを考えるのを止めると頭痛が引いていく。何が引き金なのか……今は考えるのをやめておこう。

 心配そうにこちらを見ている大家さんに大丈夫だと笑いかけ、飲み終えたコップをもって、立ち上がる。


「無理せんでええよ。少し休んどき」

「いえ、大丈夫です。ちょっと、お茶淹れなおしてきますね」


 キッチンで竈門に火をつけて、お茶を淹れなおす。

 電子ケトルみたいな物があればいいけど、魔道具は庶民にはあまり普及していないので、お高いらしい。火魔法覚えたいな……付け火がすごく楽になる。

 火打石は持ってる。レオニスさんにきちんと持つように教わったが、結構使いやすい。


「大丈夫なん?」

「はい、ありがとうございます。ところで……あの、地下の部屋にある器具って使っていいんですか?」

「あれは錬金に使うもんやけど。まあ、一部は調合でも使える器具もありますし、好きにしてかまへんよ」

「ありがとうございます。では、使わせていただきます」


 これで、作業部屋も問題がない。ただ……錬金のレシピを入手する場合、どうするかは今後考えよう。

 大家さんにお願いして買ってもらうというにも……ちょっと、気が引ける。そこまで甘える訳にはいかないし、元手になるお金もない。お金が貯まったら考えよう。


「あ、あと……すぐではないんですけど、家を改築してもいいですか?」

「う~ん。改築はして欲しくないんやけど。なんでなん? それに、あんさんが出て行ったあと、また家を貸すかもしれないとき、戻してくれはりますん?」

「えっと、戻すようにします。最初は店を開くつもりはなかったので、入口の部屋をお店仕様から変えたかったんですけど……今日、具体的な素材の話を聞いて……そのまま保管するよりも、部屋を分けて保管したほうがいいかなと……その、常温の保存と、温度を低めにした保存と、湿度を下げた状態での保存とか……あと、本が傷むので、本は単独で、一つの部屋に保管したほうがいいと思ってます」


 現状では、大部屋に棚も本棚も関係なく、置かれている。

 大部屋より、いくつかの部屋に分けてしまった方が、保存もしやすいと思うんだよね。埃かぶってるので、綺麗にするついでに分けていきたい。


「ん~そういうことならしゃあないわ~。確かに薬師であれば、保存に気を遣う必要もあるのはわかりますわ。具体的に改築する案ができたら聞きますわ~」

「はい。そのときにまたご相談します」


 改装の許可はあっさり出た。

 なんだかんだで、素材の置き場を工夫する分には構わないらしい。


 錬金素材も置くとなるとそれなりに量が必要になりそうだ。



「んじゃ、俺も帰るか。加工の件だが、そのうち入荷したら寄らせてもらうからな」

「あ、はい。お待ちしています」

「あと、これもよろしくな」


 冒険者として採取に行くのなら、ついでで構わないから、いくつかの魔物素材と木の伐採や鉱石なども頼むとお隣さんからメモを預かった。品質が良ければ、色を付けてくれるとのこと。 

 急いで欲しい物ではないので、手に入ったら持ってきて欲しいと……まあ、構わないけど。

 

 お隣さんがギルドに依頼かけないと納品クエストが出ないなら、私が直で売ってもいいはず。多分…………一応、レオニスさんに確認取っておこう。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る