第9話 西の丘
「ふぅ、ようやくついたのう」
「ここに何かあるんですか?」
「この丘はばあさんが必要とする素材が比較的採取しやすいんだ。と言っても、ばあさんが必要なだけで、ギルドでは必要としてないのも多いがな」
「詳しいですね」
2時間くらい歩いて、ようやく、目的地に着いた。
<西の丘>は、魔物は複数で出ることは少なく、初心者でも安心。調合で使う素材も手に入りやすい場所だが、冒険者には不評。
不評な理由は稼げないから。魔物は単体で倒しやすいのはいいが、希少でもないから価値はなく、調合素材は扱いが難しく、採取が下手だと納品できない。
専門家が採取するための護衛任務を出すなら、それなりに金が入るが、そうでない限り冒険者はここに来ることは少ないらしい。
まあ、そもそも迷宮ダンジョンが同じくらいの距離にあるため、そちらで稼ぐ方が経験値も良く、稼ぎが美味しいので、同じ時間かけるならそっちに行くそうだ。
「あいかわらず、人はいねぇな」
「ひょひょっ、決まったレシピばかり作っておるなら、ここの素材は必要ないからのう。最近の薬師ギルドは向上心が足りんもんばかりさね」
楽しそうに話しながら、慣れた様子で奥へと向かっていく。そういえば、この二人、どういう関係なんだろう。仲がいいのはわかるけど……祖母と孫ではなさそうだ。
「あの、お二人はどういう関係なんですか?」
「こやつは若い時に無茶をしてのう。作ってやった薬で九死に一生を得たんじゃ。それからたまに素材採取を頼んでいるんじゃ」
「そうなんですね……」
レオニスさん、引退したとはいえA級冒険者だったと聞いた。
A級をパシリにするって、すごいのでは……命の恩人だから、かな。レオニスさんは結構義理堅い人だ。しかし、ここらへんの敵は強くないから私でも大丈夫そうだけど……。
A級の人が来る場所じゃないよね。もっとヤバそうなとこに出向いて、ヤバい魔物を倒しているイメージだ。
「ひよっこ。さっそくじゃが、採取をするがええ。この苦葛は、茎も実も乾燥させて使う。乾燥させるのが難しいのが難点さね。無理やり引っこ抜かずに、丁寧に剥がしていかないと傷がついて乾燥に失敗するので気をつけんといかん」
なるほど。茎ばかりで実が見つからないと思ったら、高い方に成っていた。木に巻き付いているのを引きちぎらないように、茎を剥がしていき、適当な長さで切り、魔法を発動する。
「乾燥させる…………乾燥〈ドライ〉。こんな感じですか?」
「……何をしたんじゃ? …………乾燥しておる。……品質もよい」
「えっと、複合魔法で、水を抜きながら光を当てるというか……干した感じです……多分」
乾燥させた茎を渡すと、パメラ様がじっくりと手に取って確認をしている。その顔は驚きつつも、真剣な表情で、異常を見逃さないように全体を見ている。
乾燥させると聞いたから、そのまま乾燥させる複合魔法を使ったけど、もしかして、複合魔法もばれちゃいけない系だったりするか。
いや、でも……普通に乾燥をさせるのは、大変だ。魔法で品質が安定するなら、まあ、悪いことじゃない。魔法系の人ならきっとできるだろう。戦士のレオニスさんが出来なかっただけだ。
「なんと! そんなことができるのか! ひよっこ、ここらの苦葛をすべて、乾燥できるか?」
「え? 全部はMP切れ起こすと思います」
今、適当に一枝だけで魔法を使ったので余裕があるけど……周りの木も含めて、結構な量がある……よく見たら、レオニスさんも同じように採取している。流石に、量が多すぎるので全部は厳しい。
「うむ。ならばできるだけでええ。すぐに取り掛かるんじゃ」
「は、はい」
パメラ様のテンションがすごく上がった。
乾燥させるのはきっとすごく苦労していたのか。魚干してるところとか見たことあるけど……急な雨とかどうするのかって考えると……簡単に乾燥した物が手に入る方法があるなら、欲しいのはわかる。乾燥が難しいって言ってたし、出来る限り手に入れたいのだろう。
「ばあさん……無茶いうな。それ以外にも教える必要があるだろ。MPポーションなんぞ持ってきてないからMP切れになったら帰るしかないぞ」
「うむむ……では、出来る限り乾燥させるのじゃ。これは熟練の者でも乾燥させるのに苦労するさね。特にこの季節は乾燥させても半分はダメになってしまうから、品が不足しておる」
「はぁ……クレイン。MPの残りをきちんと把握して気をつける必要もあるからな。今のMPはいくつだ?」
「えっと…今、MP49です。ここに来るまででレベルが2つ上がったので、最大値は60です。道中にもMPは回復してたみたいで、今の魔法は、4MPでした」
「お前、ここまで魔法は使ってなかったよな」
「はい。基本的には剣だけで倒せたので…SPも残ってます」
「まあ、ここまで魔物に苦戦はしていなかったからな。だいたい半分、6回使う分には問題ないだろ。ただし、一人の時はMPは出来る限り残せ。半分も使ったら撤退もしくは休憩し、回復を考えろ」
「わかりました。じゃあ、6回に分けて……これくらいかな……乾燥〈ドライ〉」
今日は、引率者がいるから、許可するってことかな。長いこと冒険者やってるからこそ、引き際を決めているってことだよね。MP管理は大事。
無茶は禁物……ただし、恩人の願いには弱いあたり、良い人だ。私も恩知らずと言われない様にきちんと返そう。
許可を得たので苦葛を乾燥させてしまおう。レオニスさんが集めた苦葛と合わせて、魔法を唱える。
「あの量が6回分なら当分困らんのう。まさかの拾い物じゃな」
「ばあさん……金はきっちり払ってやれよ? ばあさんの額を基準に、今後ギルドに卸す可能性があるからな」
「わかっとるわ…………きちんと教えてやらねばなるまい。あの魔法も軽々しく使っていいもんではないからのう……しかし、レベルが低く魔導士でもないのに随分とMPがあるのう。何者じゃ?」
「さてな。ばあさんはそっちは関わるなよ」
「坊。あまり無理するでないぞ。今は妻もおるのじゃからな」
「わかってる。だが……あれは……気になるんだよ……危ういところもあるしな」
うん?
なんだか、深刻そうな顔をして二人が話しているけど……何かあったのだろうか。
6回に分けて乾燥させた物を確認してもらうが、よくできていると言われた。
他にも乾燥させておくといい植物を教えてもらったので、メモしながら、周辺を探索して採取を行っていく。帰りまでにMP回復をしたら、乾燥させよう。……魔法鞄って、重さもだいぶ軽減してくれるけど、軽い方がいい。水分の分だけでも軽くしよう。
西の丘は、岩が多くて、歩きにくい場所が多い。岩肌に乾燥に強い植物が生えているので、珍しい素材が取りやすい。ただし、取り扱い注意の素材が多いとのこと。
敵は全く苦労せずに倒せた。ここは、群れで暮らすような魔物はいないらしく、街道よりも楽に倒せるので、しばらくはここに通うのもいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、ヤバい奴に遭遇した。
「くっ……重っ……」
「油断するな。そいつは素早くない。よく見て、対処しろ」
敵は1体、大丈夫だと油断していた。
突進してきた大きな赤いトカゲのような魔物。
突進してくる直線上にパメラ様がいるため、盾を構えて防御すると、重い衝撃を受ける。HPが5分の1ほど削れていた。これは……多分、推奨レベルが高い魔物なのか?
「光回復<ヒール>……レオニスさん、パメラ様と少し離れていてください」
「おう。大丈夫だな?」
「やってみます」
攻撃力が高いけど、素早さが低いなら避けながら、隙をついて攻撃をしていけばいい。
攻撃してくるタイミングを見計らい、<カウンター>を仕掛けて剣で斬りつける。
「固い…………それなら……」
鱗にわずかに傷が付くが、あまり効いていない。
鱗で覆われていない部分を攻撃したほうがいいか……足と首の下部分かな。
避けながら、鱗がない柔らかい部分を攻撃していく。それでも固いのでなかなか倒せないが、攻撃を受けなければ負けることはない。
何度も突進を躱しながら、鱗を避けて攻撃を繰り返し、数十分かかってしまったが、なんとか倒せた。
「お疲れさん」
「お待たせ、しました……鱗が固くて、なかなか攻撃がはいらず……」
「見ていたからわかる。剣での戦い方は悪くないが……お前の場合、魔法で攻撃したほうがいいぞ? さっきのトカゲみたいに防御力が高いヤツは、逆に魔法系が弱点なことは多いからな」
「…………なるほど?」
「初見で戦う相手はきちんと見極める。あと、長期戦を避けることも生き残る秘訣だ。まあ、どちらにしろ、お前のレベルで倒すには厳しい相手だが」
確かに……。戦いながら、固いところを避けて攻撃するのに一生懸命で、魔法を使うなんて発想はなかった。……魔法か。
レオニスさんがにやにやと笑っているということは、分かっていてアドバイスはしなかったということだ。まあ、苦労しても倒せると思ったんだろう。
今後のために、もう少し戦闘には工夫が必要。戦闘において、自分が出来ることを最大限にいかして戦わないと駄目だ。水魔法を実践に使えるように練習しよう。
「そろそろ帰るか、日が暮れちまう」
「うぬぬ……美香草と丹苔がみつかっておらん」
「ばあさん、諦めろ。野営の用意してねぇんだ。帰るぞ」
「仕方ないのう……ひよっこ。明日、うちで現物を見せるからきちんとメモを持ってくるんじゃ。次に見つけたら取ってこれるようにな」
「わかりました。伺います」
パメラ様は手に入れたい素材がどうしても見つからなかったらしい。レオニスさんが探していないところを見ると、多分、見つかったら運がいいような素材なのだろう。
とりあえず、素材採取については、今後任せてもらえるようで顧客ゲット。冒険者は、ギルドを通さずに依頼を受けることも可能。ただし、お互いに信頼関係がないと、不払いなども生じる。そして、ギルドは無関係のため、助けてもらえない。ケガしても補償もない。
ギルド発行の依頼も並行して受けておくと、もし数日たっても帰らないなどがあると、行方不明としてギルドが探してくれ、多少の補償が入る。
ギルドで魔物退治を受けたついでに採取をして、採取したものをギルドやパメラ様に個別に売るという体裁を取っておくことを勧められた…………それでいいのか、ギルドの現役職員。
「定期的に取りに来ることになるだろうからな。ちゃんと覚えたか?」
今日だけで30種類以上の素材を教えてもらっている。メモは取ってあるが、後でもう少しわかりやすくまとめておこう。
安定な生活への第一歩が順調。あとは、調合と錬金をできるようになれば、予定通り生きていける。
「レオ坊、帰るかの。今日は十分素材が手に入ったさね、しばらくは材料に困らん」
「ばあさん……こいつに調合教えるのも頼んでるの覚えてるよな?」
「わかっておるわ! 明日からきっちり教えてやるさね」
「ありがとうございます、パメラ様」
「様ではなく師匠と呼ぶがええ。ひよっこじゃが、意外と根性もあるようじゃしな。素材を採取してきてくれるなら、弟子にしてやってもええ」
「えっと……じゃあ、師匠。未熟者ですがご指導、ご鞭撻をよろしくお願いいたします」
顧客ではなく、師匠になった。
うん。これで、薬師にもなれるだろうから、年取って冒険者として働けなくなっても安心。
素材採取と引き換えなんて、すごくこちらにメリットがある。
「かたっ苦しいのう。まあええ。きっちりしごいてやろう。そうさねぇ……しばらくは、奇数の日は、昼の鐘がなる時間から教えることにしようかのう。他の時間はお前さんの好きにすればええ。まあ、勉強につかう素材採取も頼むことになるでな。毎回調合することにはならないから安心せい。まずは明日の午後からじゃな」
「はい。よろしくお願いします」
……こうして、薬師としての道が始まった。
金銭面を考えると冒険者としては素材採取専門で、薬師で稼ぐ方が良さそうだ。
レオニスさんもそのつもりでの紹介っぽい。師匠の方は、うん……。レオニスさんに頼まれたのかな、きっと。乾燥機にするために弟子にしたわけじゃないと信じたい。
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