第6話 夕食を一緒に



「お~い!いないのか~!」

「うん?」


 本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまっていた。「おーい」という声がもう一度聞こえ、急いで玄関まで行くと、レオニスさんがいた。

 ドアを開けると、すでに夕方。空の色が赤く染まっている。西の方の山に太陽が沈んで辺りが暗くなり始めるころだった。



「どうしたんですか?」

「ギルドの仕事が終わったからな。お前を何もわかってないまま放りだしたから、心配でな」

「あ、ありがとうございます。とりあえず、家の中掃除してました」


 にこっと笑って奥まで案内するが、どこもかしこも埃だらけである。

 レオニスさんが棚を指で擦れば、埃が舞い、線ができる。


 わかっている。どう見ても、掃除なんてしていなかったと言いたいのだろう。

 でも、部屋はこれだけじゃない。他の部屋は綺麗にした……一部屋だけ。


「……これでか?」

「まずは寝るとこからです! 上の階はもう少しましです。ここら辺は、少しずつ掃除します」

「そうか。とりあえず、市場に案内してやろう。必要なものを買いそろえておこう。あと、飯、食ってないだろ?」

「いいんですか?」


 講習が終わったのに、アフターケアまでしてくれることに感謝する。お言葉に甘えさせてもらおう。


 いや、良い人だな。うん。

 下心? いや、ないない…………というか、この人。なんか、たまに懐かしそうに眼を細めることはあるから、まあ、なんかあるのかもしれないけど。恋愛とかでは無さそう。


「おう。野放しにして、面倒を起こされたら困るからな。もう少し、説明をしておこうと思ってな。それに、この家の契約についても、書面を預かってきている。中身も説明する必要がある。買い物も、実際にしてみないと物価もわからないだろ?」

「ありがとうございます。……必ずお礼します。恩を返せるように頑張ります。ただ……できれば、軌道に乗るまでは少し待って欲しいです」

「わかった、わかった。ほら、いくぞ」

「はい。よろしくお願いします」


 お世話になりすぎだとはわかっている。きちんとお礼を返せるようにならないといけない。


 市場では、最初に小型のナイフや水筒、魔法袋(極小)、スコップに断ち切りバサミなどの冒険者として、採取に必要となるものを色々と説明を受けた。


 面白いのは、時計の代わりとなる魔石が入る筒のような魔道具。この魔道具に魔石をつめると時間経過で割れていく。何に使うのかと思ったら、魔石・小が一つ割れるとおおよそ1時間が経過するという、時計のような役割を持っていた。魔石・極小の場合はその10分の1……おそらく、5~6分くらいのものらしい。

 実際には、時計が全くないわけではない……らしい。まず、貴重な宝箱、アーティファクトには時計があり、正確な時がわかる、持ち運べる物がある。そして、それを解明……はできていないが、研究して、かなり巨大な物で再現した大時計が……王都や大きな街にはある。「よくわからんが、でかい、観光名所になっている」との説明を受けた。

 そして、いちいち魔石を割って、各自時間を確認するのは困るのでは? と思ったが、9時・12時・15時・18時には、町全体に鍾が鳴り響き、時間を知らせるらしい。

 この鍾の時間に合わせて、魔石を入れることで、おおよその時間を計っているとのこと。魔石は10個入るものがメジャーだが、大きいものは30個入る。


 さらに、オススメの武器屋や仕立て屋の場所とかも教えてもらった。余裕が出てきたら、採取に必要となるピッケルとか斧とかも購入したほうがいいそうだ。


 ちなみに家の隣の鍛冶屋さんは、工場なので製品は置いていない。店は東地区にあるとのこと。

 大剣とか大槌とか、パワー系の装備を得意とし、防具もサイズが合わないだろうということで、私にはオススメ出来ないらしい。

 それでも、お隣に引っ越したので、ご挨拶に伺うことはしておこう。



 買い物を終えて、レオニスさんの家へと向かう。

 出迎えてくれたのは、レオニスさんの奥さんのディアナさん。


「あら、かわいい子連れてきたわね」

「おう。今日の仕事の関係でな。まあ、見込みのありそうな新人冒険者だ」

「あの、お邪魔します。クレインと言います。その……今日ギルドの講習でレオニスさんに色々教えていただいて……」

「ふふっ、そんなに緊張しないでいいのよ。私はディアナよ。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 きりっとした表情がかっこいい系のクールなお姉さん系で、レオニスさんより、一回りくらい若い。綺麗なお姉さんだけど、どことなく影がある表情をする。

 初対面なので、詳しいこととかは聞かないけれど。何か事情もちだったりするかもしれない。



 この美人な女性も元冒険者だった。

 よく見れば、体も引き締まり、鍛えてるように見える。レオニスさんもだけど、最近引退したようだ。まだまだ現役でもいけそうな二人だけど……なんとなく、夫婦よりも仲間意識のが強そうに見える。仲が悪いとかではないけど、恋愛ではないのが感じ取れる。


「……それで、今日はギルドで待機していなくていいの?」

「ああ。とりあえずな。いまのところ目立った動きもないからな。今日は他の奴に任せてきた」


 ギルドで待機って、もしかして、泊まり込みで異邦人対応してたとか?

 まあ、治安維持のためには、必要だったんだろう。というか……冒険者まで待機させて、結構な厳重体制を敷いているのはわかる。

 レオニスさんは対応に追われて、家に帰れなかったようだ。


「あの……異邦人っていつから現れ始めたんですか?」

「一昨日の日暮れ頃だな……最初は4人で現れ、1人が町に入って、そいつが冒険者ギルドで勇者を名乗って問題を起こした。で、昨日は、ばらばらで7、8人現れたか……。今日は結構多くて20人くらいか? 町中に入ったのは、お前以外に1人と1グループだな」

「……一昨日から。…………それなら、多分ですけど、今日、日付変わるまでがタイムリミットの可能性があります」


 勘だけど、あの白い空間での1時間がこっちでの1日だと考えられる。

 私が来たのは3日目だし、30分くらいは余ってたので昼前にこっちに来たので、だいたい合ってるだろう。


「どういうことだ?」

「その、この世界に来るまでの時間が与えられていたんです。その時間、タイムリミットが、こっちの世界では今日の日付が変わるまでだと思います。時間がぎりぎりになってきたから今日は人数が多くなってます。最初の人は多分スタートダッシュをしようと急いで来た人たちで……」


 自分達だけ得をしたいと先行で動いた。ただ、得するどころか、一人は牢屋行で、見事に失敗している。正直、警戒度合いを見ると異邦人への好感度は低い。一触即発、何かのきっかけがあれば危険。


「異邦人のことはお前に聞いても、細かいことはわからんだろ。気にするな。明日の講習なんだが、薬師のばあさんが一緒に同行する。薬草の種類や取り方から教えてくれることになった」

「え? いいんですか? お金、そんなに払えないですけど」


 突然、話は変わったけど、そんなことより、現役の薬師が薬草のこと教えてくれるならすごく助かる。種類だけじゃなく、採り方ってことは、やっぱり品質とかが大事ってことだ。きちんと納品してお金を稼ぐために、ぜひお願いしたい。


「おう。ばあさんとしては、変な採取して使い物にならないのは困るから、きちんと教えるそうだ。俺がいるなら護衛の心配ないんでついてくることになった」

「あの……護衛の代金……ないですよ?」

「ああ、いいんだ。俺も現役時代に世話になったばあさんの願いは無下にできねぇんでな。俺が護衛するから気にすんな」

「ありがとうございます」


 護衛……ついでに、護衛の仕方も見ておこう。出来るようになるまでは時間がかかるけど、お手本を見られるのは今後のためになる。

 基本的には、危険にさらさないようにするんだろうけど……。高齢の方なら、足元とかも気を付けておかなきゃ。それに、歩調を合わせるようにしないと。

 


「調合もばあさんが基本を教えてくれる。ただ、3時間の枠に収まらない可能性があるから、明日は覚悟しとけ」

「……後払いは可能ですか?」

「あん? 金より、ばあさんに薬草を定期的に卸すことになると思うぞ? そのために教えるんだ」

「なるほど……わかりました。きちんと覚えて、お返しします」


 なるほど。直接薬草を卸すこともできるのであれば、仕事がないってことにもならない。

 問題は……以前にレオニスさんが卸していたのなら……危険なとこに採取に行くことになるのが困るか。実力を考えると、そんな危険なところに取りに行けない。


「あの、そもそもの話なんですけど……技能講習って、どんなことを教えてもらえるんですか?」

「ふむ……まあ、講師によるな。講師となるのは、ギルドの職員が原則だ。今回の同行については、ギルドに許可をとって俺の伝手を使っている。まあ、冒険者になりたい奴が戦闘技能を得るための講習が多いな。他にも、武器を変えようとする奴が講習を受ける。剣を使ってた奴が、いきなり槍を使おうとしても使い方がわからないだろう。自己流でもそのうち覚えるが、教わった方がいいこともあるからな。魔法なんかは、講師がたまにしかこの町にこないから、滅多に講習はない。他には採取や解体、鑑定とかか。まあ、技能やアビリティを得るための講習だが、必ず覚えるわけでもない。金を払っても覚えないことが多いことから、人気があるわけではないな」


 わかったような、わからないような?

 とりあえず講習には種類があって、戦闘以外でも教えてもらえたりするが……講師もだが、本人の能力によっても、取得率が変わる。本人の素質がなければ全く覚えないということも多いということだ。

 素質の有無は大事だが、把握する術はない。何度かやってみてダメなら、諦める。どうしても覚えたいなら、あとは個人の努力次第とのこと。



「明日は採取と調合を教えてもらえるということですか?」

「時間があれば調合もするが……おそらく、採取だけになるだろう。まあ、心配せずにやってみろ。明日なら俺もついてるからな」


 たしかに……初めて外に出るときに、強い人がいるなら心配もない。まあ、護衛対象がいるわけだし、私も守ってもらうってことはないけど。保険の意味合いとしては、居てくれた方が気が楽。

 冒険者は緊急事態だと、領主命令で徴集されて戦うことになる。ある程度強くならないといけないわけで……ソロでやっていくなら、なおさら、教えてもらえるときに戦い方を覚えておかないといけない。


「よろしくお願いします」

「明日は冒険者ギルドに行って、薬草採取のクエストを受注する。これは、薬草をいくつか納品することになるが、種類は決まってないのを受注してくれ。そのあと、町の西側の入り口で待ち合わせだ。東門は異邦人の連中がいる可能性があるから、西門にしておく。待ち合わせ時間は10時な」

「はい。わかりました」


 待ち合わせを決め、この辺の地理や魔物についての説明を受けた。

 街道沿いの魔物は間引いてしまった方がいいので、積極的に倒す。私はレベルが2,3回上がれば、町の近辺に出る魔物に遅れを取るようなことはないとのこと。それまでは緊張感をもって挑むように言われた。


 他にも魔物の特徴や戦い方、逃げ方についてのレクチャーをしてもらった。

 闇雲に逃げて、他の冒険者に文句を言われれば、資格はく奪、仕事が無くなる可能性もある……というか、冒険者ギルドは問題を起こせばすぐに脱退させられるとのこと。

 

 さっきの講習受けているときに、こういう話をしてくれればよかったのでは? と思ったが、冒険者によってスタイルがあるため、教えても意味がないことも多いらしい。あくまでも参考程度にして、自分で考えないと長く続けることは出来ない仕事だと説明された。

 どんな内容のクエストを受けるかによっても動きが変わるので、臨機応変にいかないと駄目。向かないと思ったら、引退をしないと命を無くす……うん。シビアな世界だ。



 それなりに頭も使わないといけないので脳みそまで筋肉では駄目。忠告を素直に聞く奴のが少ない、癖が多い奴ばかり…………最後の方は愚痴になっている気もしたが、ギルド職員は、冒険者をまとめるのが、大変なようだった。

 


「話は終わったかしら?」

「おう。こいつがちゃんと理解しているならな」

「……大丈夫です。本当はメモとかしておきたいですけど……紙はお高いので」

「ふふっ、真面目ねぇ。紙だったら、少しあったはずよ。………………はい、どうぞ」

「え? いいんですか?」


 メモ用紙サイズの紙の束を渡された。

 え? 紙は高いよね……さっき雑貨見てた時に、結構な額で買うのを諦めたのに。

 貰っていいのだろうか……。


「使うことがないの。貴重だから取っておいてるだけなのよ。有効活用できる人がいるならそのほうがいいわ」

「ありがとうございます」

「ふふ。固くならないで大丈夫よ、冒険者なんて自分勝手な連中ばかりだし、ちゃんとやらかしたことに責任持つならうるさくないわよ。この人はあなたが心配だから口うるさいの」

「が、がんばります」

「おう、頑張れよ」


 その後は、ディアナさんの作った、美味しい食事をいただいた。でも、ちょっと味付けは単調……この世界では、調味料は少ないみたいだ。

 食べ終えた後は、ディアナさんから女性視点での注意や必要なことを教えてくれた。

 トイレ問題と体形隠しは、きちんと考えておいた方がいい。あと、ソロの場合に夜営をどうするかも。

 寝てる間に襲われましたは洒落にならない。簡単なのは、テイマーギルドで、移動と周囲警戒ができるお供を用意するのがいいが……金銭的には、かなりかかるとのこと。

 しばらくは、日帰りでの冒険で事足りるので、それまでにお金を溜めよう。



 ディアナさんの厚意で日記帳も貰ったので、これにきちんと注意事項とかを記録しておこう。ステータスとか、教わったこととか……異世界でも生きていけるように。

 


 

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