ハト②
「こんにちはー、わたしハトって言います。⚫︎⚫︎駅にある大通りの茶色い建物知ってますか。わたしあそこで事務員をやっているんですけど。場所分かります? ほらあそこ美味しい焼鳥屋さんがあるじゃないですか。あ、でもお好み焼きやさんも美味しいし、悩むなー。パフェ屋さんも美味しんですよね。そうそうあそこのストロベリークレープがすっごく安くて‥‥」
などと彼女は私と顔を合わせるなりにマシンガントークを始める。開始早々、面食らう展開だが、推測するに彼女は事前に私の性格を聞いていたのだろうか。もしかすれば気を遣って、無理やりテンション高く振る舞っているのかもしれない。
私は無口な男だから、このように一方的に話しかけられでもしなければ間が持たないどころではない。事実、今まで会ってきた女性たちは顔を合わせてから、ずっと沈黙し続ける間に耐えきれずに去って行った。
そういう次第だから私は女性との交際に対して諦めている部分があったが、彼女には少しだけ興味が出てきた。
「‥‥で、そこの八百屋の角を曲がると、犬がいるんです。ポチっていう子なんですけど、すごく人懐こくて。で、そうそう、さっきの同僚の山田さんなんですけど、あそこで飼ってる猫ちゃんが‥‥」
八百屋? 犬? 山田? どういうことだ? ちょっと考え事をしている間にハイスピードで話題が切り替わっている!?
私は戸惑いながらも、(恐らく)場を持たせるために気を遣ってやっていてくれているだろう、彼女の次から次へと話題の作り出すトーク技術に感心した。ますます興味が出てきてしまう。
と、ここで定食屋のおばはん(お嬢さん)が注文していた料理を運んでくる。
「ハーイ、うみさん、いつものデラックス定食とアジフライ追加ね」
この定食屋の店主は私の幼馴染で、彼女は奴の女房だ。
彼女は片手に持っていた、どデカい料理を私の前に配膳する。普通の女性が私が頼んだ料理の量を見たら、さぞや面食らうだろうと思われたが、
「そっちのあなたは、カツレツマヨマヨボンバーとたこ焼き宇治金時デラックスね。ごゆっくり〜」
と定食屋の女房のもう一方の手から(そもそもよくこんな重量の料理を持ってこれたな。あいつの女房。)、私の料理に勝る量のドデカ料理が配膳される。
そのボリューム感に圧倒されてしまう。彼女は「わー、美味しそう」と言って普通に喜んでいる。
目の前には尋常じゃないサイズの料理が置かれていた。私は唖然としながらもまたもや感心した。小柄のように見えて、食は細くないようだ。私はよく食べる女というのは嫌いじゃない。ますます好感度が上がってしまう。
「おいしー。このかき氷、すっごい美味しいね」
そっちから食うのか。しかもかき氷にたこ焼きが乗っかっているとはどういう悪食だ。
などと思ったが、幸せそうに甘いものを頬張る彼女を見て心が和んだ。
しかし私はふと思った。この店に長いこと通っているが、こんなメニューあったっけ?と壁紙に書かれているメニューを見渡したが、なかった。
「あ、これね。裏メニューらしいの」
裏メニューをすでに熟知しているとは、たぶん彼女は今日初めて来店したはずだと思うのだが、
「おいひ〜〜❤️ あのね。ここのね、裏メニュー、有名なの。だからお見合いに来たんだ」
などとぶっちゃける。いつの間にか敬語がなくなり、タメ口になっているし。私は彼女の裏表のない、かつ、気さくな人柄に好印象を持った。
⚪︎
「あ、それ美味しそう。頂戴」
と、彼女は私の皿からエビフライを引ったくっていき、そうして自分の皿から交換として、カツを差し出すかしばし悩んだ末に、お新香を二切れよこしてくる。
–––ほほう、そう来ましたか。
一見、不平等で理不尽なトレードのようだが、私はいたく感心してしまう。
考えてみよう。彼女が今やったことはこう意味のことなのだ。今日、我々は初対面であり、何かと遠慮し合う間柄だ。なのでその遠慮の垣根を取っ払う為に、あえて唐突におかずを交換し合うことで同じものを食っているという一体感を増させたのだ。その際に交換するおかずは何でもいい。彼女はやはり気遣いの女性のようだ。さらにそこで明らかに釣り合わないトレードをすると緊張で凝り固まった場を、ちょっとした笑いでほぐせるだろう。(わたし以外にやったら、多分怒られるかもしれないが)
「それでね。さっきの佐藤さんの話なんだけど、面白いの。その人、弓道をやっているから、絶対に当てるからって言い出して〜。そしたら引っかかっていた木から全部落ちてきて、ドバドバドバ〜て、自分の頭にぶつかっちゃって、それ見てみんな笑っちゃって、アハハハ」
やはり少し考え込むと、話題が変わっている。実に不思議だ。
私は佐藤さんのことはとんと存じないが、人柄を察するにきっとお茶目な人なんだろう。木から何が落ちてきたか気になるところだが、それは考えないことにした。
「だから絶対、宇宙にはね。いるのよね。宇宙人。いないいない、て怒る人がいるけど。実を言うとね。その人たちはみんな宇宙人なんですって。有名な学者さんの説。もー、こわい。で、さっき言ったそのエキゾチック物質があるとね。タイムマシーンが作れるらしいの。タイムマシーンなんて作れたら絶対、宝くじ買いに行っちゃう」
話が宇宙まで広がっている。まぶたを一回、開け閉めしている瞬く間の出来事だった。実に驚くべきことだ。これと感覚の経験は身近にある。小説などを読んでいる時によくある事だ。ひっかりのある台詞や一文の描写に思考を奪われて、考えながら無意識に4、5行、先を読み進めてしまうと、もう展開が完全に一転してしまっていて、内容が分からなくなり、読み直す必要が生じる時などだ。
タイムマシーン? できるかもしれないね。
「もー、本当に頭きちゃう。その人、嫌味ばかり言うから、私も嫌味を言っちゃった。あなたの髪先だって鼻毛みたいだよって。その人意味が分からないみたいな顔をして唖然としちゃってね。傷つけちゃったかな。悪いことしたかな。でもね、私だって怒るんだから。言わなきゃ、言わなきゃ」
今度は誰かを怒っている。嫌味を言ってやったと言っているが、その様子はどうにもチャーミングだ。
私は常々、思うのだ。女性を醜いと感じるのは他者への攻撃性を露わにした時に、意地の悪い本性を見せた時だ。優しげで見た目が整っている女性でも、それを見せてきた時に私は非常に残念に思うのだ。その人をもう美しいと思えなくなってしまうのだから。
しかしこれは不思議なのだが、愚痴を言う時に可愛らしいと思える女性は好ましく感じる時がある。恐らく根が善良だから言葉通りのことを本気では言っていないのだろう。ただ不満があって勝手にブーブー言っているだけだ。私の母親もちょうどこんな感じだった。聞いた話だと、男は自分の母親に似た性質を持つ女性を好きになると言う、もしかしたら本当に彼女は私にとって好ましい女性なのだろうか。
以上、纏めよう。
礼節があり、言動も一流、振る舞いにも心遣いがある。よく食べ、母親に似た部分があり、心根も美しい。それが彼女だ。
結論を言おう。
私は今、日本女性の美と品格を備えた大和撫子のような女性を目の前にしているのかもしれない。
⚪︎
「あ、ピーマン嫌い。あげるね」
こらこら、好き嫌いはやめなさい。
「人参もあげるね。これもあげる」
おーい。そういうことしないの。
童心を忘れないこの行儀の悪さ。彼女天真爛漫な女性のようだ。さらに魅力となるポイントが加わった。彼女の人物像は奥が深い。
では、私の方も何かお礼をしないといけないな。すでに身を食って、尻尾だけになっているアジフライのシッポを彼女の皿に乗っけてあげる。
すると、
「アハハ、なんでシッポだけのせるの〜。アハハハ」
彼女は本当に楽しそうに笑い出した。
私はその彼女の笑顔を見て固まってしまった。私にとって、この時、この瞬間が生涯忘れらないものになったからだ。
––––––––––––––。
目の錯覚ではない。向日葵が咲いたのだ。
彼女は太陽のように明るく、向日葵のように笑う女性だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。