黒服の二人組②
私は空の上に佇み、天上から地上の世界を眺めていた。
圧巻の景色だった。眼下には街並みが一望できる。あそこには私が日々、蟻の如く働き、汗を流し、必死に暮らしていた生活があったはずだった。
––––そうか、やはり私は死んだのか。
ようやくあの労苦から解放されたのだ。未練などないと言いたかったのだが、地上での日常を思うと、どうしても家族のことを思い出してしまう。
そして家族の事を思うと、胸に穴が空いたような虚しい気持ちになってしまう。
––––〈ジジイ、うんこ!〉
死別の際、餞別に刻まれた言葉が魂に木霊する。
深い悲しみが胸を締め付ける。
末代まで祟ってやるとまで言ったが、実際は少しも憎んでなどない。ただ心が虚しく悲しいだけだ。
––––フッ、うんこ人生か。
再び自嘲して笑う。一人の男として必死に家庭を守り抜いたのだ。人生が清算される時、必ず評価されるのだと自負する思いはあったが‥‥。所詮、私の人生などつまらないものだったのだ。
献身したはずの家族にそう評されてしまったのだから。
心が虚しい。その虚しい心と同じく、私の体は空洞のように吹きすさぶ風を通していた。
と言うか、風を通しすぎだろう。気づけば実体がなくなっていた。確かにこの場には存在として自我があるのだが、生きているという感覚は何もない。伏せっていた時と打って変わり、体には力が戻っている。だが、よく見れば足下だけ朧げになって消えている状態だった。これが噂の霊魂の姿だと言うことはすぐに悟れた。
では、ここが天国という場所なのだろうか?
辺りを見渡す。
澄み切った大海原を想像させる青の世界だった。
やはりここは不思議で、とても神秘的な場所に思えた。
––––美しいな。語彙は足らんが、美しいよ。
私は大空の上で、詩的な思いに身を委ね佇んでいた。死がこういうものであるのならば悪くないのかもしれない、などと思っていたところ、
⚪︎
「ほお、こういう事情があったのですか」
「あー、面白い⭐️」
黒服の二人が何やら楽しそうにタブレットを覗き込んでいた。このタブレットは先ほど男が胸元から取り出したものだ。それから二人でキャッキャとやっている。何がそんなに面白いのかと興味が出てき、二人の背後からタブレットの画面を覗いてみたら、そこに映し出されていたのは、私の死ぬ間際の一部始終を映した記録映像だった。
「ははは。こういうことならば大丈夫そうですね。最後までお孫さんに囲まれて幸せじゃないですか。はははは」
「ダメだよ。スズメちゃん。ちゃんと素直に言わなきゃ。アハハハハハ⭐️」
二人は本人のいる前でケラケラと笑っていた。
それを覗き込む私の眉間にピキピキと青筋が浮かび始めたところで、女の方の黒服が、背後に私がいることに気づく。女はすぐに振り返って、両手に握りこぶしを作りながら、悪びれもなく満面の笑みで言う。
「ウミちゃん、ファイトだよ。ホラ、人生っていろいろあるじゃない。だから、恨みっこなしなんだよ。笑い飛ばそうよ。うんうん⭐️」
今さっきまで私の人生の末期を笑っていた奴が何を言っている。
私はお前に怒り心頭だ。
「‥コホン、うみねこ様。こういう事情であるならば問題ありません。では略式ではありますが、すぐに参りましょう。まあ規則ですので、宣言をお願いします」
男の方はバツの悪いのを誤魔化すように一つ咳をしてから、そのような事を言う。
続けて女の方が、
「ウミちゃん。スズメちゃん、可愛いね。じゃ、行こっか。さあ、どうぞ⭐️」
‥‥‥‥‥‥?
何がどうぞなんだ?
意味わからん事を急に言ってくる二人組に怪訝な表情を向けていると、
‥‥‥‥‥‥?
‥‥‥‥‥‥?
二人組もよく分からないという表情を浮かべている。
そうして、しばらく間があったのだが、男の方が何か思い当たる節でもあったのか平手を打つ。
「あー、ちょっと、長く暗いところにいたから忘れちゃった感じかな?」
「大丈夫だよ。ウミちゃん、すぐに思い出させてあげるから!⭐️」
なんのこっちゃ。
⚪︎
『Q:キーワードを一文字だけ隠して示すので、⚪︎で隠されたところを推測して答えを言いなさい。尚、質問者からヒントが一つずつ示されます」
「まずは私からヒント①です」
「か⚪︎様を‥‥。ハイ、どうぞ!」
と男が言う。
「私からもヒント②だよ⭐️」
「⚪︎み様を‥‥。ハイ、もう分かったね⭐️ 」
と女も似たような事を言ってから、
「じゃ、ウミちゃん。私たちの言葉に続いてね⭐️」
そして二人は声を合わせて同時に言う。
「「⚪︎⚪︎様を信じます!」」
「「私は許されたゆえに許します!」」
⚪︎
‥‥‥‥‥‥?
‥‥‥‥‥‥?
‥‥‥‥‥‥?
三人の間に微妙な沈黙ができる。
その沈黙を破ったのは女だった。
「アレーーー?⭐️」
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