Gemini

「月の左下くらいにある明るい星。2つあるっしょ?」


 唐突にシリスが指差す方向に、言われるまま目を向ける。


 赤い光と、青い光。瞬きを繰り返すそれは、確かに他のものよりも一統明るい。

 だが、それだけだ。明るいだけで特に変哲もない星を示した意図が掴めず、ヴェルは隣で寝転ぶ姉へ視線を移す。


「なんだよ、急に」

「まあまあ、聞いてよ。次に明るいやつとこういう風に結んでさ」


 弟の怪訝な視線もなんのその。シリスはヴェルの言葉を遮り、空をなぞった。


 指先がくるくると踊りながら見えない何かを描いていくが、彼にはそれが何を表しているのか見当も付かない。そもそもシリスに絵心を求めるのが間違いなので、何を描いていたとしても説明無しで理解できる気はしなかったが。


 屋根の上に並んで寝そべりながら、二対の翡翠が星同士を結ぶ軌跡を見つめている。


「それで、こう」


 シリスの指先が止まった。

 やはり、その”絵"が何を描いたものかヴェルにはわからなかった。


「……ミミズ?」

「違うし!星座だよ星座!」


 1番可能性のある答えを言ったはずなのだが、違ったらしい。ヴェルが悩んで捻り出した答えは、勢い良く否定されてしまった。


「星座ってあれか。なんか星繫いで絵に見立てるやつ」

「そうそう。ディク曰く、別の世界の空でも似たような配置のものがあるらしくて」

「それが今のミミズ?」

「だからミミズじゃないって」


 ヴェルの脇腹に軽いジャブが入った。

 割と痛かった。


「ガイアでは剣座と盾座っていう別の星座の星らしいんだけどさ、今みたいに結ぶとその世界では双子座っていうらしいよ」

「へえ。どう見たら双子になるんだよ?」

「知んないよ。そもそも星座ってそんなのばっかりっしょ」


 それもそうか、とシリスがなぞっていた軌跡をヴェルはもう一度目だけで追ってみる。

 しかしどうみてもミミズがのたうった形のようにしか見えなかった。


「その世界では星座ごとに物語があるらしいよ」

「すげぇ数ありそうだな」

「ふふ、確かに。それでね、双子座には名前の通り双子の兄弟の物語があるんだってさ」


 シリスの声は、下の弟妹たちに本を読むときのような穏やかなものだ。高すぎず、落ち着いた声音が夜の静かさの中ではよく聞こえる。


「とある美人の王妃を気に入った神が、王のいない間に王妃と子供作ってさ」

「お?出だしからぶっ飛ばしてくな」

「あたしも思った。それで王妃は双子を産んだんだけど、ヒトの兄と神の弟だったんだって」


くすくすと笑いながらシリスは続ける。


「2人は仲が良くて、いつも一緒にいたんだってさ。でもそうやって共に育った2人にも別れが来る」

「寿命?」

「ううん。兄が流れ矢に当たって死んだの」「突然すぎんだろ」

「わかる。まあ、物語だからね」


 告げられる別離に不満の声を上げれば、シリスからも肯定が返される。しかし話はそこで終わらないようだ。


「弟は悲しんで後を追おうとしたんだけど、神だから死ねなかった。だから自分の本当の父である神に祈ったんだって」


 曰く、"共に生まれ共に生きたならば死ぬ時も共に"と。


 ヴェルは顔を横に向けた。少し離れた位置に、同じように寝転びながらこちらへ顔を向ける姉が見える。薄明るい月光に照らされる自分似の顔が微笑んでいた。


「ヴェルはあたしが死んでもしぶとく生きてそう」

「んだよ藪から棒に。そもそもシリスのがしぶといだろうが」

「こんな繊細な姉に向かってそういうこと言う?」

「どの口が」


 けらけらと2人して笑い合う。他愛のない会話。なんの変哲もない戯れ合い。


 これもいつか終わりが来るときがあるのだろう。

 それは双子座の物語のように唐突かもしれないし、永く生きた先の緩やかな別離かもしれない。




 けれど、叶うなら。



「あたしよりも長生きしてよね」

「お前こそ」



 そんな見通しのない未来を、無責任にも願ってしまうのだ。

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