クインテットの始まりは、 -3-

 母は、父を奪った相手について多くを語らなかった。話したくもなかったのだろう。



 その中でも、得られた情報が2つだけある。




 ひとつは、その女性にも子どもがいること。ただ、それが男なのか女なのかはわからない。僕のことを長男、長子とこだわっていたから僕より歳下なのは確かだと思う。


 もうひとつは、彼女が森の人ウッドエルフと呼ばれる種族であること。

 エルフ種は基本的に見目が良いと言われている。父が単に見た目で相手を選んだのかは分からないけれど、美しいと言われていた母を差し置いてまでのめり込む相手がエルフと言われれば納得する面もあった。


 友人たちにも、その情報は共有をしていた。

 だからアステルが自らの血筋を語ったとき、僕と同じく察したのだ。



 僕は失念していた。

 森の人ウッドエルフが新緑のような深い色の髪を持つことを。アステルの目深に被ったキャスケットから覗く毛先は、確かに深く豊かな緑色だった。

 まさか義理の弟がこんなに大きいとは思わなかったから、無意識に脳内から可能性を除外してしまっていたのかもしれない。



「なぁ、わざわざウチを探してたって事はさ、なんか面白い事でもあった?もしかして、オレのことサポーターとしてスカウトしに来たとか!?」

「い、いや。そういうわけじゃ」

「だよなぁ……エーテルリンクの改良案もジジイに取られたからさ。金も投げ渡されたし、今更オレの作ったやつ!っても信じてもらえないだろうしさぁ」


 結構な自信作だったのにと嘆くアステルに、僕は絶句する。


 エーテルリンクといえば、一方向の通信端末だ。

 と、いってもその利用可能距離は短く、利便性はそう高くもなかった。それを革新的に変化させたのが、僕の祖父が最近開発したという改良品だった。

 改良品により、エーテルリンクの通信は距離の制限がなくなったどころか世界を隔てていても可能になった。


 凄い技術を確立させたものだと祖父を尊敬していたのだが……まさか、彼の作ったものを奪ったということなのだろうか。

 わざわざ彼が今ここでそんな嘘を吐く必要なんて一切ない。




 他人が作り上げた技術を奪った祖父。

 年齢からして……母の妊娠中に義弟アステルまで作った父。

 様々な情報が一気にのしかかり、眩暈がしそうだ。



「じゃあやっぱ、何の用事だったんだ?」

「そ、れは」


 無邪気に聞いてくるアステルに言葉を詰まらせる。


 素直に言うべきだろうか?父親を奪った女と、その子どもの顔を見にきたのだと。

 素直に言うべきだろうか?僕は君の腹違いの兄弟なのだと。


 助けを求めて友人に目を向ける。

 自分の問題だとわかっているのに、誰かに助力を求めずにはいられなかった。この時ようやく、彼らが一緒に来てくれて良かったと心から思ったのだ。


 僕の視線を受けて、戸惑いながらもシリスが前に歩みでる。


「あの、さ。アステル───」







「帰って!!アンタとは話すことなんてないって言っただろ!」



 突然、よく通る声が響き渡った。

 肩をビクつかせて辺りを見回すと、目指していた家の扉が開いていた。戸に阻まれて見えないが、どうやら何か言い合いをしているようだ。


「っ、母ちゃん!」


 初めに動いたのはアステルだ。

 今まで見せていた笑みは完全に消え、険しく荒々しいものへと変わる。眉を吊り上げ、彼は自宅へと走り出した。


「あ、ちょっと……!」


 シリスがその手を掴もうとするが、アステルの速度には追いつけない。彼はそのまま僕たちを振り返ることもなく走り去ってしまう。


「……行くぞ。なんか悪い奴かもしれない」


 それなら逆に、子どもの僕たちではなく大人が対処した方がいい問題じゃないか。

 ヴェルの言葉にそう返そうとして僕は口を噤んだ。


 今この知らない場所で、助けを求められる相手なんて誰もいない。


 腹を括って、僕たちはアステルを追いかけた。



 目的の家はすぐそこだったので苦もなく追いつくことが出来たが、戸に阻まれて見えなかった後ろ姿が見えた途端、僕は再び息を飲んだ。


「ここには来んなっつっただろ、クソ野郎!」

「アス……そんなこと言わないでくれ。私はただ、君たちと話がしたくて───」

「話すことなんか何もない!とっとと自分家へ帰れって言ってんだよ!」

「だけど、前回も受け取ってくれなかっただろう?せめて生活費くらい……」

「うっせぇ!そんなもん無くたって、母ちゃんとオレだけでやってけんだよ。オマエからの施しなんて少しも要るわけないだろーが!」


 とりつく島もないアステルの怒鳴り声。家の内側に回り込んだ彼の顔は目の前の背中に阻まれて見えないが、警戒心に満ち満ちた声でどんな表情をしているのかが大体わかってしまう。


 そして、その警戒を向けられる先の背中は僕がよく知っているものだ。


「おとう、さま」


 僕ですら聞こえるか怪しいほどの小さな呟きだったのに、そのヒトはハッとこちらを振り返る。


「ディクシア……!?」


 金に近い茶色の髪に、夏空を閉じ込めた色の瞳。母ほどではないにしろ僕に面影を残すその顔は、僕の姿を認めた瞬間苦々しげなものに変わった。

 今この場にいる僕の心境なんて、慮ることすらない顔。

 視線が合ったのも久々だった。けれど、微塵も嬉しさを感じることができない。


「……何故、お前がここに?アナスタシアには何と言って来た?」

「あ、の……」

「───黙って出て来たのだな?」


 確信をつかれて押し黙る。咎めるような父の視線に、俯き始める顔を止められない。



 忙しない足音。

 僕の前に出るようにして 、ちいさな靴が3足。

 父からの刺すような視線が途切れた。同時にヴェルが後ろ手で僕の手を握る。


「大丈夫。俺たちもいるって」


 気圧されて弱々しく悲鳴をあげそうになった心が、その言葉だけで微かに落ち着きを取り戻す。

 他人である彼らに縋れることを有難いと思ってしまったのだ。これは僕の家族の話とわかっているのに。


「養成所で友人でも出来たのか」

「……」

「どうやってここまで来たのか知らないが、ここはお前の来る場所じゃない。それくらい分かっていただろう?」

「……」

「この事をアナスタシアが知れば、共謀したお前の友人にどう出ると思う?」

「っ、そ、それは……!」


 母がここに来た事を知れば、何をしでかすかわからない。それこそ、一緒に来た友人がいたと知れば、僕を彼らから引き剥がしにかかるかもしれない。

 彼らに危害を加えなくても、僕を別の都市の養成所へ入れ直すこともあるかもしれない。そうなって仕舞えば、友人たちにはきっともう会えなくなってしまう。


「横暴でしょ!ディクはただおじさんが大事にしてる家族を知りたかっただけじゃん!」

「それが余計なことだと言っているんだ。子どもが口を出すことではないよ、お嬢さん」


 シリスの吠え声も簡単に切り捨て、父は"僕に"語りかける。


「帰るんだ、ディクシア。二度とここへ来るな」

「……」

「帰れ。私の家族に、近付くんじゃない」





 頭を鈍器で殴られた気分だった。





 僕は、母は、父にとっての"家族"ではないのだろうか。




 こんなつもりじゃなかった。

 ただ、父のもうひとつの家庭を見たかったのだ。僕の家と同じように、機能不全で、バラバラで、歪な家なんじゃないかって期待もした。


 そんな醜い心に、罰が下ったのだ。


 ヴェルの手に力が籠る。もう一度縋りたくて握り返そうとしたのに、指に力は入らず、身体はいうことを聞いてくれなかった。






「帰るのはアンタだ」


 乾いた音が響く。


 音は建物の間で木霊して、余韻を残しながら昼間の空気に溶けていく。鋭く、それでいてあまりにも清々しい音に、思わず僕は顔を上げた。


「この子らはウチに用があって来たんだろう?アンタが帰れって言う筋合いは無いよ」

「メッサ……しかし、あの子は」

「こんな時だけ偉っそうに父親面してんじゃない!」


 ふたたび乾いた音。

 それが、父の頬から鳴った音なのだとようやく理解した。いつの間にかアステルの前に出ていた女性が、顔を怒りで染め上げていた。


 父も曲がりなりに守護者である。丈夫さは十分あるから大したダメージにはならないと思うが、痛そうだ。


「子どもに言うこと聞かせたいなら、それなりの態度を取ってからにしなよ」

「私はちゃんと父親としての役割を果たしているよ。だからその分、君たちにも同じように……」

「へぇ、嫁を放っておいて金だけ出してりゃ父親って言えるって?随分と傲慢な考えだね───ふっざけんじゃないよ!」



 3発目を喰らった父は微かな呻き声をあげて後退る。


 アステルと同じ、豊かな緑色の髪を簡素に纏めた女性は振り抜いた手をそのまま腰に当てて父を睨め上げた。髪と同じく新緑の涼やかな目元は、そこに灯る感情すら冷え冷えと冷たい。


「ヒトを騙して子どもを産ませたアンタに、父親としての資格なんてやるもんか」

「メッサ……頼む、私の話を聞いてくれないか」

「帰りなよ、んだから」


 彼女がそういうと、父はこれ以上ないほど項垂れた。


 初めて見る姿だった。

 家では、僕の前では、しっかりと背筋を伸ばし無表情で淡々とした姿しか見たことがなかった。ここ最近なんて、殆ど家を出る後ろ姿くらいしか見ていない。

 そんな父が途方に暮れた姿は、どこか複雑な気分だった。


「あと、自分の子どもを脅すなんて最低だよ。今度は絶対やるんじゃないよ」

「……」

「嫁さんの気持ちも考えたら?ここに来たって事を知った彼女がどう思うか、分かってるからあんな脅し文句言ったんだろう?アンタ、あのヒトの心を完全に壊す気?」


 アステルのお母様の言葉に、父は何も返さない。返せないのかもしれない。


「その子たちはアスの友だちなんだから、下手な事をしてみな。次はもうアンタに会ってやることもないから」


 父は、最後まで何も答えなかった。

 黙ってゆっくりと踵を返すと、僕たちの方へ歩いてくる。しかし、その視線は頑なに僕の方には向けられず、言葉もなく、まるで見えていないかのように横を通り過ぎていく。


 父の顔は、困惑と悲しみに歪んでいた。




 ───哀愁に塗れた後ろ姿が路地の角を曲がって見えなくなった頃、僕の体に軽い衝撃が走った。


「ディクシア!」


 アステルだった。


「ごめんな、オマエの名前にやっぱり聞き覚えあったんだよ!前にあのクソ野郎が喋ってたんだけど、オレ、あいつの喋ってたこと覚えときたくなくて……!」


 彼はオロオロと慌てふためきながら僕の肩を力任せに揺する。本当に、力任せに。何も返答できないくらいに首が前後に揺れた。


「あんま馴れ馴れしくされて嫌だったか?オレ、よく母ちゃんにも無神経って言われてるからさ、もしなんか嫌なこと言ってたら本当にごめんな!?」

「……アステル、ディクが倒れる」

「ああああああごめんな!こういうところが駄目だって分かってんだよ!!」


 クロスタが止めてくれたおかげで、ようやく視界の急激な揺れはおさまった。余韻で若干の吐き気はあるが、さっきまでの気分を切り替えるには丁度いい。


 眉尻を下げて僕を窺うアステルの瞳はキャスケットのつばで影が濃く落ちていたが、近くで見れば確かに僕と同じ夏空色。

 父と同じ、夏空色。けれど、父と違うのは彼の瞳には真っ直ぐ僕が映っているということだ。


「……手を、離してくれないかい?」

「そ……そうだよな。オレに触られちゃ良い気しないもんな。悪い」


 僕がそう言えば、彼はしゅんとして肩から手を離した。頭と背後に、犬の耳と尻尾を幻視する。

 あざといな、と心の中で撫でてやりたい気持ちが沸き起こるのを抑えつつ、僕は口を開く。


 これだけは、はっきり言っておかねばなるまい。


「僕はねアステル。君たち親子の顔を見に来たんだ。お父様が、僕たち親子を捨て置いてまで大事にしているっていう親子の顔を」

「……ん」


 きゅ、と口を引き結びアステルが微かに頷く。


「僕たち親子は、いつもどこか不満そうなお父様しか見たことがなかった。お母様は気が触れて僕に執着するし、お父様はそんなお母様を見て見ぬふりだ。家族で出掛けたことも、みんなで記念日を祝ったりもしたことがない。───今日も、本当は2人の結婚記念日だったんだ」


 朝、顔も見せず出掛けた父に対して母が悲嘆に暮れていたのを思い出す。


「だから僕はお父様が愛してるというヒト義弟おとうとの顔を見てやりたかった。幸せそうにしているなら恨んでもいいんじゃないかって思ってね。それか、僕たちみたいにバラバラの機能不全であれ、なんて願ったんだよ」


 喧嘩を売りに行くのでも、恨み言を言いに行くのでもなく、単に顔を見て、不幸を願うために。

 そのためだけにここへ来たのだと告げる。


「だけど」


 アステルの瞳が束の間だけ揺れた。

 僕と同じ色の瞳が、それでも逸らされることなく僕を映している。


「だけど……さっきの様子を見て分かってしまったんだよ。君たちもこの状況に苦痛を感じていたんだね」


 離されたアステルの手に、次は僕から触れた。


「気づいてなかったといえ、黙って案内をさせるような事をして───ごめんなさい」


 彼らの背景など知らずに、あわよくば不幸さえ願って。


 心からの謝罪を告げれば、アステルは固まって目を見開く───かと思えば、その瞳からボロボロと大粒の涙が溢れて一気に彼の頬を濡らした。


 予想だにしていなかった反応に、面食らった僕はハンカチを取り出そうと慌ててポケットを探る。しかし、アステルが急に抱きついてきた事で僕の動きは阻止されてしまう。


「何でディクシアが謝るんだよおおおお"お"!!」

「アステル!?待ってくれ、鼻水が……」

「あ、大丈夫。拭いといてやるよ」


 ヴェルが自分のハンカチでアステルの顔を拭いてくれたようだ。汚れなくて助かった……ではなく、重要なのはそこではない。


「アステル、どうして急に泣いたりなんて……」

「だってオマエが悪いんじゃないだろおぉぉ!!悪いのはあのクソ野郎じゃんかよおおお!!」


 アステルは大声で叫び、僕に抱きつきながら地団駄を踏むなんて器用な事をしている。ひたすら悪態をつきながら泣き喚く彼に、僕はただじっとしているしかなかった。

 僕の様子を見ているヴェルたちも、なんだかニヤけたような微笑むような顔でこちらを見ていた。いや、クロスタだけは全く表情を動かさないけれど。


 動けずに困っている僕の側に、ふわりと落ち着いたウッディノートが漂った。


「ほら、アス。もう泣くのはやめな。困ってるだろう?」


 先ほどお父様に向けたのとはまるで違う、優しく慈しみに満ちた声だった。

 首だけ回してそちらを向けば、アステルのお母様が困った顔をして立っていた。いつの間にか近くまできていたのだろう。


 彼女は一体距離以上には僕に近付いたりしなかった。腰に手を当て、眉尻は下げたまま口の端だけ上げて微笑む顔は、近所の気のいい女性といった風体だ。

 決して母よりも美しいと断言するわけではないけれど……母よりも、安心できる柔らかさを纏っていた。


「ディクシアくん、で合ってるね?キミのお父さんから何回か話は聞いたことあるよ」

「は、はい」


 突然、様子を確認するだけを目標としていた相手に話しかけられて、。思わず緊張して上擦った返事をしてしまう。


「そんなびっくりしないでよ。取って食おうなんて思っちゃいないからさ」


 けれど彼女はそれを揶揄うわけでもなく、微笑みから一変、歯を見せて笑った。


「アタシの方が謝らないといけないんだ。キミのお母さんのことは本当に悪かった。だけど悪いのはアタシだけだから、アスの事は許してやってくれないかい?」

「ゆ、許す?」

「そう簡単にいかないのは分かってる。でもほんの少しだけチャンスをあげて欲しいんだ。さっきも、友だちだから助けて欲しいってアタシに耳打ちしたのはこの子なんだよ」


 彼女はそう言ってまだしゃくり上げているアステルの背を叩く。とても優しく、慈愛に満ちた触れ方だった。


 少し、羨ましかった。


「アスが友だちだなんてわざわざ言ったのなんて初めてでね。何があったかは知らないけど、この子と遊んでくれたんだろう?」

「遊ぶ、というか。話したというか……」

「それがきっと嬉しかったんだよ。家の中で道具いじりばっかりしてる子だから、友だちの話なんかも聞かなくてさ」


 ヴェルとの会話を見ている限り、コミュニケーション能力はかなり高いと思っていたのだが、実際はそうでもないのかもしれない。


 再び背中を叩かれて、アステルはそこでようやく僕の体を離した。肩が少し濡れている感触がする。



「……オレさぁ、守護者の兄ちゃんがいるのは知ってたんだよ。クソ野郎のクソエピソードのときに母ちゃんから聞いたことあってさ」


 鼻をすんすんと鳴らしながら、次に彼はぽつりぽつりと小さな声で語り出す。


「このあたりにはあんまり話が合う奴も居ないし、本当にさっき喋ってたのが楽しかったんだ。だから、アンタみたいなのが兄ちゃんだったら良いのにって思ってさ。そしたら、本当に兄ちゃんだったわけだろ?」


 少し赤くなった目を細めて、アステルは続けた。


「しかもさっき、オレのこと義弟おとうとって言ってた。嬉しかったんだぞ?なのに、自分が悪いみたいなこと言って謝るから、すっごく悔しくてさぁ」

「……だから、泣いたって?」

「だって、本当にオマエが悪いわけじゃないじゃん」


 父のことを思い出したのか、アステルの声に不機嫌が混じる。その矛先がどう足掻いても僕に向かないことに少々の安堵感を覚えた。

 結局、僕たちはお互いを恨む必要なんてなかったのだ。


「なあディクシア。まだオレたちに思う事はあるかもしれないけど……」


 アステルの右手が再び僕に伸ばされた。今度は手ではなく、僕の服の袖を恐る恐る握る。


「弟と思って欲しいなんて言わないからさ。だけど───だけど、オレ、せめてオマエと友だちになりたい」


 出来るなら、みんなと。

 僕たち1人1人に視線を移しながら、アステルがそう言った。


 ヴェルも、シリスも、クロスタも、何も言わない。

 多分、僕がどう答えるとしても彼らの中での答えは決まっているんだろう。だけれど、きっと彼らは僕の答えを待ってくれているのだ。


 僕が少しでも自分の意思で答えやすいように、と。

 だって、彼らはそういう温かいヒトだから。


 

 母のものとは違うウッディノートを感じながら、僕はゆっくりと息を吸った。

 今朝感じたような胃の重さはない。答えはもう決まっていた。



「嫌だ」

「っ……」

「───なんて、言うわけないだろう?僕だってさっき言ったじゃないか。君と話すのは本当に楽しかったんだ。




これから、少しずつ仲良くなろう?


 最後に残った鬱屈を昇華させようと、ほんのり意地悪い言い方をしてしまう。


「───よろしくな、ディク!」


 それでも、満面の笑みを浮かべたアステルはそのまま僕の手を引いて僕のことをもう一度抱きしめた。







「キミたち、昼ご飯はまだだろう?ウチで食べていきな」

「そうしろよ!母ちゃんのご飯、めちゃくちゃ旨いからさぁ!」

「そういえばご飯のこと忘れてたよね」

「んじゃ、お言葉甘えておじゃましまーす」

「君たち……遠慮が無さすぎるだろう……」

「行かないのか?」

「1人だけ行かないわけがないじゃないか!」


 夕方まではまだ少し時間がある。

 まだまだ、話したい事は山ほどあった。




 僕たち幼馴染クインテットはこの日、ここから始まったのだ。

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