クインテットの始まりは、 -2-
守護者との混血や他種族が住む準居住エリアは、ハーフ以上の血の濃さを持つ守護者のみが住まう一般居住エリアとはどこか違う雰囲気があった。
何が違うといわれると言語化はしにくいが……とりあえず、ひとつは景色だろうか。街並みなどに差異はないけれど、そこを歩くのは殆どが守護者以外のヒトだ。
耳の長い種族、子供の僕たちよりも小さい小人種、獣の耳や尾が生えている獣人。そこに混血種なのか人間に近い種なのか、僕たちと変わらない見た目のヒトがちらほらと。
「わぁ……」
「何してんだよディク。こっちだぞ」
小さな声で感嘆の声を漏らす僕をヴェルが急かす。慌てて僕は周りのヒトたちから視線を剥がして彼の後を追った。
こんなに物珍しそうにしていては、住んでいるヒトたちもいい気はしないだろう。それに、僕が今からやりに行くことを考えるとちょっとした後ろめたさがある。
僕たちは今から、僕の家庭を壊した要因の───父の妾の女のところへ行くのだ。
決して喧嘩を売りに行くだとか、僕の恨み言を言うためではない。単に、父が母を捨て置いてまで大事にしているという相手を見てやろうという、そんな俗な理由だった。
あとは、彼女の子どもを見てやりたかった。
僕の異母きょうだい。弟か妹かも分からない。けれど、母が言っていたから存在は知っている。
僕には無関心な父が、大層気に掛けている子どもだということも。
「クロはこのエリアに来たことがあるのかい?」
「おふくろだけだ。配達でな」
クロスタのお母様は元々、準居住エリアで洋菓子店を営んでいたらしい。だから引っ越す前は家も準居住エリアの近くにあったし、そこに住んでいるヒトとそれなりに親しかったとのことだった。
「手伝いでもしてるのかと思った」
「俺が行ってもな。おふくろのが良い」
「まぁ、君のお母様は誰とだってうまく打ち解けられるだろうけど」
彼と違い、彼のお母様は朗らかで人好きのする女性だから種族問わず仲良くできるのも納得だ。だからこそ、僕の持つわずかな情報でも目的の人物に辿り着く事ができたのだろう。
「……ふふ」
「何笑ってる?」
「相変わらず、あのご両親の元で君が育ったのって不思議だなと思ってさ。あんなに良く話すヒトたちなのにね?」
「……ほっとけ」
進むたびにすれ違うヒトが少なくなってはいたが、次に角を曲がって入り込んだ路地ではとうとう誰の姿も見えなくなった。
「ん〜……」
「どうしたの、ヴェル?」
「やべ、迷ったかも」
文字がしっかり記載されて十分読めると思った地図だったが、僕は早々に解読を諦めてしまっていた。
だから描いた本人のヴェルに先導してもらっているのだが───前を歩く双子の会話に、途端に不安が湧き起こった。
「ち、ちょっと待ってくれ!それは君が描いた地図だろう!?」
「そうなんだけどさぁ。なんか路地の本数が解りづれぇから、勘で曲がったのが失敗だったかも」
「き……君って奴はぁぁぁああ!!」
「ヴェルの絵、下手だもんね」
「お前が言える立場か?」
人通りのない路地が僕たちの声で一気に騒々しくなる。
「引き返したら良いんじゃない?あたし、ヴェルを信用してついて来てたから道覚えてないけど」
「俺も」
「……僕も」
「何だよお前らも
嗚呼、前途多難だ。
せめてクロスタに描いて貰えばよかったのかもしれない。他力本願なのに文句を言うのはお門違いかもしれないけれど、こればかりは嘆いたって良いだろう。
間違った場所をこれ以上進むよりは引き返したほうがいいのかもしれない。
ああでもない、こうでもないと僕らが議論し始めようとした時だ。
「なに、アンタら迷ってんの?」
急に声をかけられて、仲良く揃って声の方に顔を向ける。
向かうはずだった路地を少し進んだ先に子どもが立っていた。
「あれ、守護者?子どもだけでここに来てんの珍しくない?」
「……」
「どこ向かってんの?案内するけど」
僕らと同じくらいの少年だろうか。キャスケットを目深に被り顔に暗く影は落ちているものの、空色の大きな瞳は好奇の色を宿して僕らを見ている。僅かに除く緑色の髪は毛先が跳ね、快活さを表すと同時に彼が守護者でないことを示していた。純血守護者の髪色は茶色や金髪が殆どだからだ。
突然のことに僕らが答えられないままでいると、少年は無遠慮に近付いてきてヴェルの手元の紙を奪った。
「あ」と、ヴェルが声を漏らしたのも束の間。
「なんだ、ここに行こうとしてんの?」
「わかんの?」
「わかるぞ。ついて来いよ、こっちだから!」
まさか、本人でも分かっていない地図を会ったばかりの他人が理解できるとは。
ここに住んでいるからだろうか、それとも理解力が高すぎるのだろうか。
返事も聞かず歩き出した少年に、僕たちは顔を見合わせる。即ち、ついて行って良いものかどうかを迷っているのだ。
しかし。
「おーい、こっちだって!置いてくぞー?」
絵地図を奪ったままの彼がそう言うのだから、僕たちは慌てて彼の後を追った。
「───で、その指導員がすっげー嫌味な奴でさぁ。トラップ仕掛けたワケ」
「へぇ、どんなどんな?」
「ドア開けたらスライム落ちてくるってやつ」
「ファーーーーー!!」
ゲラゲラと笑いながら互いの肩を叩き合うヴェルと少年。2人とも恐ろしいくらいのコミュニケーション能力だ。
案内をしてくれている少年はヴェルに似た人懐こさを持っていて、道中ずっと喋ってばかりいた。かれこれ10分は喋り続けているのではないだろうか。
時々、話の矛先がヴェル以外に向くこともあったが、うまく答えていたのはシリスだけだった。僕もクロスタも、初対面でこうもグイグイくる相手に半ば気圧されていたというのが正しい。
「そういえば、オマエらのことなんて呼べばいい?オレはアステル!」
「俺はヴェルってんだ。で、そっちの俺と同じ顔してんのが───」
「シリスだよ、よろしくね」
「おう」と、歯を見せて笑う彼はアステルというらしい。ヴェルとシリスの自己紹介を済ませると、アステルの興味は2、3歩離れた僕たちに向けられる。
「で、そっちのオマエは?」
「……クロスタ」
「クロスタな。じゃあクロだ。そっちは?」
「ディクシア、です」
立ち止まったアステルが踵を返して僕たちを振り返る。前に倣え、で簡単に名前だけを告げた。
「ディクシア……?」
頷きながらみんなの名前を覚えようとしていたアステルが、不意に僕の名前に違う反応を示す。
「僕の名前が、何か?」
噛み締めるように繰り返された自分の名前に、何だかむず痒くなって聞き返す。
僕の声が聞こえているのかいないのか、アステルは首を捻りながら何度もディクシア、と呟いて考え込む仕草をしていた。
「なーんか聞いたことある気がしたんだけど、思い出せないからいいや!」
が、やがて眉尻を下げて困ったような笑みを浮かべた。大して珍しくもない響きの名前なので、似たような知り合いがいたのかもしれない。
気を取りなおすように彼は自らの両頬を叩き、案内を再開した。
更に歩いて数分。
ヴェルはかなり前から道を間違えていたらしい。
他愛のない話で盛り上がっていたから、ひたすら歩くだけでも苦痛はなかった。
アステルは本当によく喋った。
最初こそその勢いに押される形だったが、話していると彼の人柄の良さがよく分かった。よくいえば豪快、悪くいえば無神経。
だけど嫌味な感じは全くなく、竹を割ったような性格は心地良ささえあった。
「んじゃあさ、そこの術構成を短縮してみるってのはどうだ?だってあんまり重要な役割果たしてないだろ?」
「だけどそこを取り払うと、術自体の安定感がなくなってしまうんだ。ネジみたいなものさ」
「それならそのネジを小さくすりゃいいんだって。つまり、前にかかる術式の構成をスリム化して───」
性格だけでなく彼自身の思考回路が面白くて、僕ら知らぬ間にヴェルよりもアステルとの会話にのめり込んでいた。
一見、かなりズレた発言が出ることもあるが彼の着眼点は僕にはないもので、この数分だけで新しい発見が山のように出てきた。悔やまれるのは、メモを持ってきていない事だ。
「ディク、なんかめちゃくちゃ楽しそうだな」
「そりゃあ勿論!応用の応用なんて、知識があっても発想力がないと出てこないんだよ、彼は天才だ!」
置いてけぼりのヴェルが呆れたように肩を竦める。
けれど僕は新たにできた話し相手に興奮を隠しきれずに捲し立てる。
「言い過ぎだって。そもそもオレ、あんまり詳しくないから思ったこと言うだけだし。それよか、次から次にアレコレ理論組み立て直すディクのが賢いだろ?」
「いや、君の方が凄い。これは知識を持ってるから
「……俺にはわからん」
「2人とも凄いってことでいいじゃんね?」
クロスタとシリスはヴェルと同様にやや呆れた様子だった。この感動が分かち合えないのは少し寂しいが仕方ない。
いつもの友人たちとの会話が楽しくないわけではないけれど、彼らと普段しないような話はそれはそれで楽しいものがあった。
しかしそれも、終わりが来る。
「あの角曲がった先が目的の場所のはずだぞ」
アステルが示したのはもう目と鼻の先だった。相変わらずすれ違うヒトは居なかったが、すぐそばの建物からは生活音も漏れ聞こえて長閑な雰囲気が漂っている。
建物の連なる反対側は小さな運河で、水のせせらぎが心地よく耳を打つ。
気付けば正午に近い時間。高く昇った陽が水面に反射してキラキラと眩しい。
「そうか……」
欲を言えばもっと話がしたかったのだけれど、本来の目的だって忘れてはいない。
名残惜しいけれど、最後まで何か話したくて。
「アステル、君は魔術を学んだりしないのかい?」
僕の口を突いて出たのは、本当に他愛のない話題だった。
「んー……オレ、あんまり魔力量は多くないんだよな。それに魔術をどうこうするよりは、実際に触れる機械とかなんかを弄りたいし」
鼻頭を掻きながら、アステルが笑う。
「オレ、手先の器用さだけは自信あんだ。なんてっても
「───え?」
一瞬、時間が止まる。
僕だけじゃない。アステルの言葉に振り返ったヴェルたちもまた、目を開いて彼を見ていた。
そんな僕らの様子などつゆ知らず、アステルは角を曲がった先の家を無邪気に指差した。
「んで、オマエらが探してたのがオレんち!なぁなぁ、うちに何の用事だった?」
そういう重要なことを、
絶句する僕たちの前で、アステルがひとりウキウキした表情で答えを待っていた。
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