傍らの光
クロスタの過去話
兄についての話と、双子との出会い
***
ヒトは、相手の声から忘れていくらしい。
『だからもっとちゃんと喋ってくれないか。オレが離れてる間、お前の声を忘れたら寂しいだろう?」
あの頃の自分は、何と返したのだったか。
『
……我ながら、可愛くない悪態だ。
本来なら拳骨を食らってもおかしくないだろうに、兄はただ眉尻を下げるだけだった。
『オレは心配なんだよ。久しぶりに帰ってきたのに、可愛い弟の声を一言二言しか聞けてないんだぞ?───なぁ、クロスタ』
それにな、と兄は困ったようにわらう。
『ヒトは言外を読み取ろうとしないのが大半だ。会話しないと、お前をちゃんと理解してくれるヒトが現れないかもしれないだろう?』
『それでいい』
『ほら、またそういうことを言う……』
肩を落とす兄が、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言った。大きな掌だ。やっていることは雑なのに、その手つきは妙に優しくてくすぐったい。「因みに女の子の頭をこう撫でると怒られるから、気を付けろよ」とも言った。
鏡像に喰われて死んだ
『まあ、1番はそんなお前を理解してくれる友達ができることなんだけどな』
結局、そんな俺を怒るわけでもなく兄は笑った。
心配を掛けているのは分かってはいたものの、素直に頷けなかったのは幼さゆえの小さな反抗心だった。おそらく、半年もしないうちに養成所へと行かねばならない事を気にしてくれているのだろう。
『それはそうと、とりあえずなんか喋ってくれよ。録音用の魔道具取ってくるから』
『やめろ』
そんな高いものを無駄なところで使おうとするとは。
───こういうところが、兄に素直になれない一因を作り出している事をこの男は分かっていたのだろうか。
兄がその後、長期の任務へ出てすぐに両親は家を引っ越した。
『養成所から離れた自宅は、通うにはかなり不便だから越した方がいい』
兄がそう両親に掛け合ったと聞いたのは、新しい家に足を踏み入れてからだった。親父もおふくろも躊躇いなく元の家を手放すのだから、つくづく俺に甘い家族だった。
新しい家の周りは、今まで住んでいた場所とは雰囲気もガラリと変わっていた。
前の家の周りでは日がな一日賑やかだったのに対して、新しく越した先はとても静かだった。外務員が多く住んでいる場所らしいので、そもそも日中に出歩く者が少ないと知ったのも後の話だ。
周りにあるのは殆ど住宅で、密集しているわけでもなく閑散としている。場所は目新しいけれど面白いものがあるわけでもない。
散歩ついでに探検をしてみたは良いものの、あまりのつまらなさにほんの数分で自宅に引き返そうとした時だ。
「あれ、お前だれ?」
話しかけるにしては、かなり不躾な質問だろう。現にそのときの自分も、突然かけられた言葉にかなり怪訝な顔をして振り向いたと思う。
そこには、全く同じ顔をした子どもが2人いた。
「ちょっとヴェル、いきなりそんな言い方したら失礼っしょ」
「
声質も近い。ズボンだけは色の違うものを履いているが、服まで同じにしたらどっちがどっちか分からなくなりそうな程に瓜二つな姿だった。
「で、お前だれ?」
小突かれながら謝ってきた方が、悪びれもなく同じ質問を繰り返す。
「お前こそ」
他人に尋ねるときはまず自分からだろう、という意図を全部取り払った言葉が出た。あまりに攻撃的で、言ってから「しまった」とも思った。兄が懸念していたのは、こういうことだろう。
しかし目の前の片割れは全く気にしていないような顔で小首を傾げたのだ。
「それもそうだよな。おれ、ヴェル!ここの坂の1番上に住んでんだ」
中性的で声も高いから、どちらか分からなかったが……どうやら男だったらしい。
「あたしはシリス。ヴェルのおねえちゃん!」
続けて、隣の同じ姿が胸を張って言う。
そっちはどうやら女だったらしい。
「で、お前は?」
「ク……クロスタ」
勢いに押されて、どもりがちに答えた。
ハナから喋るのは得意じゃない。気の利いた自己紹介が出来るわけでもなく、単に自分の名前を告げるだけになってしまった。
だというのに、その2人はお互いに顔を見合わせたかと思えば、何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべたのだった。
『よろしく!』
それが、あの双子との出会いだった。
「クロ、聞いてくれよ!さっきの座学なんだけどさぁ!!」
「聞かなくていいよ。居眠りしてたヴェルが悪い」
世界は、一気に賑々しいものに変わった。
「だからって俺だけ課題が倍なのおかしくね!?」
「お前が悪い」
「ほらぁ」
「なんだよ、2対1は卑怯だろうがよ!」
俺がどれだけ言葉数が少なくても、双子はそれを補って余りあるくらいに喋った。だからといって俺の言葉足らずをなじることもなければ、言いたい事を理解しようと努力もしてくれた。
ほんの僅かでも、確実に、俺の話す言葉も増えていった。
元々、喋るのがどうも苦手というだけで、他人とのコミュニケーションが嫌いなわけではない。
「なぁ、クロ!昨日貸した漫画どうだった?」
「あんまり」
「まじ?おれ、お前ならああいうの好きかもって思ったんだけど」
「犯人の名前、全部マーカー引いてた」
ヴェルは俺に色んな話題を持ってきた。おかげで、興味がなかったことでもそれなりに同年代の話題についていけるようになった。
「今日は帰ったらおばさんのお手伝い?」
「いや、定休日」
「じゃあちょっと付き合って!昨日、林のところで仕留めた蛇を干してるんだけどさ。食べてみようかと思って」
「なんて?」
シリスにはよく分からないことに駆り出されることが多かった。ヴェルも一緒に変わったことをしでかしては、大人に説教されることも時々あった。
2人と出会ってから、俺の世界には家族以外の音が溢れた。音と共に世界は鮮やかに染まり、明るさに満ちた。
喋らない俺には今まで友だちらしい友だちなんていなかった。それを苦痛に感じたことはなかったが今は───そう、言葉にするのならば楽しかった。
だから久々に短時間だけ兄が帰ってきたとき、気恥ずかしさもありながら素直に言ってみたのだ。
「兄貴、俺、友だちができた」
俯きながら報告をした。顔が熱くて、なんだか泣きそうだったのを覚えている。
暫く下を向いたまま、何秒だったのだろう。兄は全く反応を見せてくれなくて、急に不安になってしまった。
嘘を吐いたなんて思われてないだろうか。去勢だと思われた?
喜ぶと思っていたのに、動かない兄。恐る恐る顔を上げた。
兄は、見たこともないくらい崩れた顔で笑っていた。
嬉しくて仕方がないような、泣き出しそうな───何かを覚悟したような決意に満ちた顔。
まさかそんな顔をされるとは思っていなかった俺は、兄が急に抱きしめてきても咄嗟に反応ができなかった。
「そうか……。そうかぁ……」
掠れた声は、どこか涙交じりにも聞こえた。
感極まったのかと言われると、そうでなかったように思う。ただ、兄は暫く俺を抱きしめていたし、振り解けない雰囲気だったのは確かだ。
暫くそうやって、ようやく離れた兄の顔には涙ひとつ見えなかった。目元だって赤くない。けれど、今まで見たことのないほど色んな感情が
「お前が自分からそう言える友だちが出来て良かったな。俺も安心した」
「あ……う、ん」
「そのうち、俺にも紹介してくれ。俺もお前に紹介したい子がいるんだ」
そう言って、忙しなく出発の支度を始めた姿はいつもの兄で。
釈然とした気持ちを抱えながら、玄関から出ていく姿を見送った。
兄の言う"紹介したい子"が再婚したい相手なのか、任務先で子供でも拾ったのか、それすら詳しく聞けないまま離れていく背を見送ることしか出来なかった。けれど、次に帰ってきた時にでも詳しい話をしてもらえるだろうと思ったのだ。
まさか、それが兄の姿を見る最後の機会だったなんて思ってもなかったから。
「残念だが、遺っていたものはこれだけだ」
それはあまりにも青空が眩しい日だった。
「すまないとは思っているが、容赦してもらいたい。武器すら遺っていない者もいるのだ」
その頃、まだ指導官の任についていなかったヴァーストさんが持ってきたのは、赤黒い汚れがこれでもかとこびり付く見慣れた銃だった。
外務にはリスクがつきまとう。
守護者がいくら鏡像に対して対抗できるといえ、それが絶対の安全を保証するものではないことは分かりきっていたことだ。だから、両親は肩を寄せ合って泣いても、伝えられた兄の訃報を疑うこともなく受け入れた。
だけど、俺は。
「喰われるわけないだろ!!」
食ってかかろうとした俺を親父が止めた。
「クロスタ!」
「だって!鏡像なんか、そんなわけ!!」
頭もいい兄だった。無謀なこともしなければ、やばいときの引き際だって分かっていただろう。そんな兄が、たかが鏡像なんかに喰われるはずがないのだと。
そう言いたかったのに、やはり俺の言葉は上手く形になってくれなかった。肩で息をしながら親父に抑えられる俺を見て、ヴァーストさんは鎮痛な面持ちで目を逸らしただけだった。それ以上は何を言っても無駄だと言わんばかりに。
あの人が去った後、残されたのは兄の遺した一丁の愛銃のみ。両親は直ぐには癒えない兄の死に、ただただ俺を抱えて泣くだけだった。
どうして帰ってこなかったんだ、紹介したい奴がいるって言ったくせに。どうして、どうして。
その日、鮮やかになったはずの世界は一気に色を無くした。
「クロスタ、無駄撃ちはやめろ!そんな事ではすぐに魔力切れを起こすぞ!!」
「……」
「クロスタ・アルガス!やめろと言っている!」
叱責と共に頬を衝撃が襲った。叩かれたと気付いたのは、じん……とした痛みが左頬に広がり始めた頃だった。
「枯渇直前まで撃つ奴が何処にいる!もしこのあと他の鏡像が出て来たとしたら、お前は丸腰で戦うのか!?」
「……」
「いいか。ここを出てからは勝手だが、そんなザマだと養成所内での
「……」
肩で息をしながら返事もない俺に呆れたのか、指導員もそれ以上何も言わずに別の同期の元へと言ってしまった。
俺の前では、演習用に捕まえられていた鏡像が転がっていた。色を失った身体は、その身に開いたいくつもの弾創がよく映える。砕けていく様はあまりにも呆気なくて、見ていると胸がすくどころか苛立ちが倍増した。
こんな塵みたいな生き物に、兄は。
許せない、もっと。もっと。
こんなの、仇討ちにもなりはしない。
「クロ、お前顔色酷いって」
「おばさん心配してたよ。家に帰ってもすぐ部屋に篭ってご飯も食べないって」
ヴェルとシリスの気遣いも、その頃は鬱陶しく思えた。
「……」
「あっ、おい、待てよ!」
そのままだと酷く苛立ちをぶつけてしまいそうで、俺は逃げた。
次の日も、次の日も。この言葉足らずの口がたった2人の友人を傷つける事にはまだ抵抗があったから。
そうやって2人を避けながら、演習で鏡像を撃ち殺す。魔力切れギリギリまで憎しみを込めて、撃って、撃って、粉々に砕いた。
なんと言われようと、銃から武器を変える気はなかった。兄の遺した
両親は外務員に反対だったが、そんなの知ったこっちゃなかった。
もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっとも───。
次に目が覚めたとき、世界は白一色に染まっていた。
「な、んだ……?」
自分のじゃないくらいに掠れた喉から間抜けな問いが漏れた。声を発するのも久々で、言葉を忘れかけた口は酷く重たい。
「……起きた!」
白一色の視界に見慣れた翡翠色がさす。
「クロ、わかる?頭痛くない?気持ち悪くない?あたしのことわかる?」
「……」
「や、なんかダメそう?ヴェル、ヴェルー!!」
すぐにその翡翠色は引っ込んで、慌ただしい足音が聞こえる。その後すぐに同じ顔が覗き込んできた。
「大丈夫かクロ?頭痛くない?気持ち悪さは?おれのことわかる?」
「それさっきあたしが聞いた」
一気に周りが賑やかになる。その感覚が久しぶりに思えて嬉しい反面、鳩尾のあたりが重く苦しかった。
「…….ここって」
「保健室。クロスタさ、魔力の枯渇で気絶したんだよ」
「撃ち過ぎるなって注意してたのに……って、指導員の奴怒ってたぞ」
ヴェルの言葉でようやく思い出す。
最後の記憶は演習場だった。いつも通り魔力切れ直前までくらいで止めようと思っていたのに、頭に血が上ったのかミスしたようだ。
そのまま寝てるには居た堪れなくて身を起こす。目眩もなければ頭痛もない。寝てる間に魔力は少し回復したらしい。
まさか気絶してしまうなんて。
まだ俺には仇を討つ力が足りないと言われているようで、どうしようもなく苛立った。
「起き上がって大丈夫?もう少し寝てた方がいいんじゃない?」
シリスが俯き加減の俺を覗き込んだ。
「───言ってない」
「ん?」
もう駄目だった。
「心配して欲しいなんて言ってない……っ!」
駄目だとわかっているのに、ふつり、と沸き上がった怒りはなけなしの理性を最も簡単に崩して押し流す。
「ほっとけよ!俺はまだやる、倒れたって置いとけよ!」
こんなのはただの八つ当たりだ。
ヴェルとシリスにこの苛立ちをぶつけたってしょうがないのは分かっているはずなのに。悔しくて情けなくて、消えてしまいたかった。
急速に冷えた苛立ちとは逆に、目元は熱くなって視界が滲んだが歯を食いしばってそれ以上を耐えた。
「───ふぅん」
ヴェルの呆れたような声が聞こえた。
俯いていて表情も姿も見られない。けれど、俺の隣にいた気配が2つとも離れたのだけは分かった。
こんなにも呆気なく終わってしまうとは思っていなかった。自分の蒔いた種だとは理解しながら、縋りつきたくなって呼び止めそうになる声を必死で殺す。
自分から突き放しておいて、そんな都合のいい話はないと思ったから。
「な、……は!?」
だから、急に羽交締めにされたとき、何がどうなったのか瞬時には理解できなかった。
「ヴェル、やれ」
「おうよ」
背後から聞こえたシリスの声に、目の前のヴェルが応じたのは秒だった。
「おらぁ!!黙って受けろこのやろー!」
「あ、おま……っ、やめろ!」
容赦なくくすぐられる脇腹に身をよじろうとしたはずが、ビクともしなかった。力が強すぎる。
「いてっ!蹴るなよ馬鹿!シリス、足も押さえろ!」
「無茶言わないでよ、あたしの腕何本あると思ってんの!?」
「ふ……ざけんなっ、このクソ双子───ふ、はは……」
悪態をつきながら抵抗するも、とうとう耐えきれなくなって吹き出す。2人は手を止めるどころか、さらに面白がってくすぐってきた。
そんな不毛なじゃれ合いを、何分続けていたのだろうか。
「……」
落ち着いた頃には、仲良く肩で息をして床に沈んでいた。
「ねぇ、クロ」
左隣のシリスが口を開いた。
「ちょっとは頭冷えたっしょ?」
「……」
たしかに苛立ちは引っ込んでいたし、再び煮えたぎらせるような気力はもうない。それでも怒鳴ってしまった手前、素直に頷くのは気が引けた。
「なぁ、クロ」
右隣でヴェルが同じように口を開く。
「お前の気持ちが分かるって言うつもりもないよ。お前のやりたいこと止めるつもりとかないし」
「……」
「だからさ、ああだこうだ気に掛けるのもほっといてくれよ。俺たちが勝手にやってるだけなんだから」
身じろぐ気配がして、ヴェルが上から覗き込んで来る。くしゃりと笑う顔は、どこまでも明るかった。
次いでシリスも起き上がって覗き込んで来た。
「あとはどんだけ怒鳴ってもいいし上手く言えなくてもいいからさ。たまにはああやって言いたいことぶちまけて来なよ」
「……」
「黙ってちゃ、クロの気持ちなーんも分かってあげられないし。溜め込むだけじゃ苦しいっしょ?」
伸ばされた手が、無遠慮に頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その手つきがなんとも記憶の中の兄を思い出させて、急激に視界が滲んだ。
慌てて目元を腕で隠す。止まるどころか、堰を切ったように次々に溢れる涙が袖口を徐々に濡らしていった。
親にも泣いてるところなんて見せなかったのに、たかがくすぐられただけで弱くなってしまうなんて。
「さい、あくだ」
「おー、その調子その調子」
「とりあえず全部言っちゃえ言っちゃえ」
ヴェルとシリスが笑っているだろうことは、見なくても分かった。
腹が立つ。だけどさっきとは違う苛立ちだ。
「ほっとけって言ってんだろ……。俺はあいつらをもっと苦しめて殺してやる」
「うん」
「……うん」
「ヒトの家族を奪いやがって!絶対、兄貴の銃で後悔させてやる!後悔しろ!
心の底に溜め込んだものが、次々と口を突いて出る。こんな恨み節ですら言えなかった。言えばきっと『兄はそんなことを望んでいない』なんてありきたりな言葉を投げられると思ったから。
だけど2人は頷くだけで否定も肯定もしない。
「嫌いだ、あいつら、あっさり割れやがって……」
「あぁ。そうだよな」
「兄貴も兄貴だ……っ。紹介するとか、帰ってくるって期待持たせたくせに!」
ひとしきり鏡像への恨み言を吐き出したあと、次に溢れ出したのは兄への文句だった。
「俺には喋れって勝手に録音してたくせに!自分のは何も残してないとか、クソだろうが!」
鏡像への恨み以上に誰にも言えなかった、兄への文句。
家族として、兄として、親に近い存在として、尊敬して愛していた。離れた時間は多くても、歳をとるまでずっと一緒だと思っていた。
そんな危険なところに行く素振りも全く見せなかった。だから、失った時の衝撃があまりに大きすぎて信じたくなかったのだ。
ヒトは、相手の声から忘れていくらしい。
兄が言っていた。
記憶はまだ残っている。それでも、兄の声は本当にこんな声だっただろうか。
まだ忘れることはなくとも、すでに記憶を確認する術を持ち合わせていないことは酷く焦りを感じさせた。
兄の記憶が自分から失われる前に、出来る限りの仇を討とうとしたのだ。
子どもらしい考えの浅さとは理解しつつも、止めることができなかった。
「なんで居なくなるんだよ、馬鹿野郎……」
嗚咽を漏らしながら、最後に呟く。
本人に1番、言いたかった言葉。
兄に届くことはなく、俺の口から出てすぐに空気に溶けていく。
それを聞いたのは今までもこれからも、きっと1番側で黙って聞いていた双子だけだった。
「ひっどい顔」
「……煩い」
「帰ったら冷やしたほうがいいぞ、絶対」
今日は早々に帰宅を促された俺は、瞼を腫らした顔を俯けながら双子と帰途に着いていた。
何で2人まで一緒になったのかはよく分からない。ヴェルがサボりの口実も兼ねて食い下がったんだろうという予測はつくが。
俺を真ん中に挟んで歩くヴェルとシリスは、俺が気絶してた間に進んでた座学の話をしていた。主に話しているのはシリスだったが……ヴェルはそもそも、しっかり聞いていなかったらしい。
おかげで次の座学では困ることもなさそうだ。おそらくヴェルもそれを狙って聞いているのかもしれない。
「そういえば今日は早く帰ってるからさ、おばさんのお店まだ開いてるんじゃない?」
「多分。残りは少ないと思うが」
「やった!少なくてもいいよ、どれも美味しいもん」
「おれ、久々に苺のケーキ食べたい」
おふくろがやってる洋菓子店は養成所が終わる頃には閉まっているから、確かに帰宅中にケーキを食べるなんてした事はなかった。
そもそも、俺が甘いものを食べられないということは置いといて、だ。
何を買おうか嬉しそうに話し始める2人を見ていると、さっきまでの記憶が蘇る。
よくもまあ、あんな恨み節を最後まで聞きながらも俺と一緒にいるものだ。
帰宅の直前、俺が今後も
曰く、自分たちが俺の無茶を止めるからと、あのよく回る舌で指導官に詰め寄っていた姿は忘れたくても忘れられない。
同じ顔と似たような声に同時に詰め寄られては、さも煩さも倍増したことだろう。
だけど感謝はしなくてはならない。
おかげで俺は今後も自分の望みを遂行できるのだから。
───それと同時に、もう少し自分のことを抑えられるようにならないといけないとも思った。彼らは、俺が無茶をすれば心配するとも言っていたのだから。
閑散とした自宅近くの道には、双子の声だけが響いている。その会話が途切れた短い瞬間を狙って、小さな声で感謝を伝えてみた。
「……ありがと。側にいてくれて」
聞こえなければそれでもいいと思った。素直に「ありがとう」をいうのは、とてつもなく恥ずかしかったから。
それでも耳のいい2人は俺の言葉をしっかり聞き取ったのか、左右で同時に笑い声が聞こえた。
「なに言ってんだか。当たり前だろ」
「だってあたしたち、友達じゃん」
───その時に決めたのだ。
何があってもこの2人の味方になろうと。
知らないうちに失ってしまった兄とは違う。何があっても、きっとこの友人たちを守るのだと。
躊躇いもなく投げられた言葉に再び目頭が熱くなって、俺は無言で目元を拭ったのだった。
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