パンを踏んだ

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『パンを踏んだ娘』という童話がある。

アンデルセンの作であり、内容は題の通りに「パンを踏んだ娘が地獄に落ちる」というものだ。

キリストが磔刑に処される前の最後の晩餐においてのやり取りから、キリスト教圏でパンは霊的な信仰を持っている。

現代日本においても食品を踏むという行為は一般に忌避される行動であり、その結果として地獄に落ちるとしても(罪に対しての罰の多寡への議論はあれど)それ程違和感はないように思う。

私は今日、パンを踏んだ。

道端に落ちていたのを偶然……という話ではない。

明確に私自身の行動の結果としてである。

最近のコンビニは廃棄に厳しい。

昔は期限切れの食品を職員が持って帰って食べたりしていたらしいが、今は基本的に例外なく廃棄する事になっている。

アルバイトが廃棄の持ち帰り目的で発注を多めにかけるのを防ぐだとかトラブル防止だとかそんなお題目である。

袋入りのパンというのは意外と嵩張る。

袋入りの菓子パンは、パンが潰れる事とカビを防止する為に窒素が充填されて膨らんでいる。

今日はパンの廃棄が多く、ゴミ袋の口が縛れないくらいにパンが詰め込まれていた。

二袋に分ければいいのだが、ゴミ袋一枚といえども会社の経費であるという言い分でなるべく節約して詰め込む決まりになっている。

「踏んで潰せば?」

と店長が言った。

パンが一杯に詰まった70ℓの業務用ゴミ袋を見る。

『パンを踏んだ娘』において、小鳥に生まれ変わった少女は、踏んだパンと同量のパン屑を飢えた仲間に分け与える事で罪を許された。

70ℓゴミ袋にいっぱいのパン屑を小鳥が集めるのに何年を要するだろうか?

一度の生においては恐らく不可能だろう。

私はパンを踏んだ。

僅かな抵抗の後、菓子パンの袋が破れて窒素が抜け、体重をかけた足が大きく沈み込む。

大量のパンに足が沈んでいく。

地獄に落ちる感覚だ。

少女はこのまま地獄に沈んでいったが、そんな事は当然起こらなかった。

私はゴミ袋から足を抜き、残ったパンを詰め込むと口を縛ってゴミに出した。

足先が沈んでいく感覚が遠く残っている。

人間はみんな地獄行きだ。

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