第240話 浮世音楽堂(4)

 実はこれ、キノコダンジョンでアオくんたちの様子がおかしくなったのと同時ぐらいで頭に浮かんではいた。いたのだけれど、気のせいだったりすると嫌だなあ、と思って言葉には出さなかった。

 正直これ兄妹間の呼び方であって絶対本名じゃないだろうなあ、とは思っていた。でも、兄さんはなんか自分の名前わかってるようだったし、これも、きっと記憶違いじゃなければ知っていそう。そう思って、勇気をだして声をかけてみた。かけてみたんだ。その結果。


 今、目の前で嗚咽をあげつつ泣き崩れている兄の姿を見て、あ、正解だったんだな、って思った。ちょっと家から離れて奔放やってる割にこの兄、結構私の事が好きすぎる、と思う。


「兄さん、正解だった?」

 

「………あってる………」


 そう、小さな声で返事をした後、泣き止むまで小一時間、みんなで兄を放っておいた。優しいので。


 ◇

 

「あーーすっきりした!スマン!待たせた!」

 そう言ってすっきりした顔の兄は改めてこっちに向き直ってくる。

「ずっと『兄さん』って呼ばれるのが寂しくてさー。しかも俺も慣れた呼び方出来なくてめんどくさいし。しかも魔女の魔法のせいで声に出したところで当人に伝わらない始末だろ?残念すぎる」

「本当にそうだと思うけど。じゃあこれから兄さんって呼ばない方がいいの?」

「いや、いい。このメンバーの前だといつもの呼び方にしてくれていいけど、他人を前にしたとき、この世界で兄妹であるってことを認知させた方がいいと思うから、「兄さん」でいいよ、我慢するから」


 それ、我慢することなんだ。


「ちょっとあにさんにドンびきました」

「私もちょっと引いた」

「引くってなに」


 蚊帳の外になっていた3人がそう、口々に呟く。面白すぎて表情筋が緩くなる。


「しかし『チーズ』と自分の名前を認識していたのに『ベティ』という呼び名を思い出したことを考えると、ちょっとはナットを復元するリソースは溜まってきているのかな」

 

「そこは僕がお答えしますね。当初外貨の獲得とか運用をメインで復興ミッションをこなしていく予定だったのですが、突然2つのレアダンジョン【神代】【自然発生】攻略のリソースが大きく入ったため、街1つぐらいであれば現状復元可能らしいのですが、王が呪われた姿のままだと、ナットの人たちを復活させても王の姿を見るとモンスター扱いしてしまうことを考えると二の足を踏んでいる状況です」

「まあ、改めて言うと、王の呪いを解くこと、アオたちの姉を助けることがサブミッションで加わったって事だな!しかもそのミッションを達成していないとゲームオーバー。そして無自覚に難易度を挙げたのはそこにいる救国の魔法使い!ヒュー!」

 

 1人テンションの高い兄、1人で拍手をしたり口笛を吹いたり、まるでシュプレヒコールのようだ。

 

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