第231話 密室ノ会・祈(24)

「すまん、言いすぎた。頼む、協力してくれ」

 

 師匠はどうも救国の魔法使いを相手にするといつも以上に感情がむき出しになる。が、さっきの半ギレの言葉にはさすがにまずいとおもったのか、すぐ謝っていた。ノリさんは師匠のその感情の乱高下に慣れているのか、慣らされれているのか、全く意に介してない。強すぎる。ちょっとどころか度を過ぎているけどこの人、師匠のすべてを許容しかねない空気すら感じる。

 

「アオくん、本当に今回はありがとう。こんなご褒美が待ってると思わなかったよ」

「……良かったですね。僕もまさかこんなに積極的に師匠が出てくるとは思ってなかったのでびっくりです」

 

 ノリさんの超笑顔が眩しい。ご褒美なんだ、とも思った。しかし今回は師匠の事を置いておいても、僕とイオにとっては姉救出作戦でもあるので協力してもらえるものはどこまでも協力してもらいたい。


 ◇

 

「で、問題の部屋はここだね。あそこの女性が……」

「僕たちの姉です」


 王に隠し部屋に案内され、現状を把握したノリさんは顎に指をあて、思案しているようなポーズをする。

 

「結構これ、まずいな。凍結魔法の下支えだけであれば問題なかっただろうが、ぱっと見致死性の呪いの8割ぐらい受けてる、と思う。ちゃんと計測はしていないけれど。これに気づいていなかったなんて……あ、名前を失ったことによる一時的な能力の減退か」

「その減退を受けたとしても、私を出し抜けるヤツなんてお前以外にいると思ってなかったからな!今となってはチーズ兄もそれの内に入るが」

 

 師匠の微妙なやけっぱちっぷりよ。でもそんなことよりも、安全に姉を取り戻せる突破口、ヒントが欲しい。


「どうしたらこの呪い、解けますか?」

「オレたち姉を失いたくないので」

 

 その言葉に超真面目な顔をしてこちらを見る。じゃない、僕たちじゃない、この人王を見てる。

 

「え、そんなの愛のパワーしかないんじゃないの?ねえ、ナット王」

「はい?!」


 突然話をふられたモヤが少し動揺した動きをする。

 

「聞いたところによると、庭師を解放したいらしいじゃないか。その解放による分でこの女性の素性について王に記憶を取り戻させることはできるかな?」

「いや、私が名を思い出したぐらいだ。王も、もうきっかけがあれば思い出すぐらいの余裕はある。多分そのきっかけがないだけだ」

 

 あっけらかんと師匠が言う。なんだ、王次第なんだ。ってきっかけってなんだ?

 

「あ、もしかして王が受けた呪いと姉が受けた呪いは同一の呪いだから、姉により分割された呪いが再び一つ、同一となろうとするのを無意識に姉が阻害しようとしているから近づけないのかな」

「さすが我が弟子。ご名答」

「現状、君の姉さんから呪いが転じた瘴気を引きはがせるのは君しかいない。ただ、引きはがしたものを当人に返却するまでが君の出来ること、なんだよね?」

「……?なぜ知っているのですか?」

 

 あの時は師匠が駆けつけて、僕たちをつれて退避した。村人の記憶は切り離されて捨てられたと聞いている。

 なぜ知っているのか。救国の魔法使いは世界をのべて監視するのが趣味と師匠が言っていたようには思うけど、ここまで精度高く理解し、しかも記憶し続けるものなのだろうか。


 底知れなさに背筋が寒くなる。

 

「ああ、君たちが去ったあと、あの村に行ったのさ!そこで知っただけのことだよ」

 

 優しく話しかけてくれていても、正直怖さしかない。

 

「コイツの得意技さ。しかもコイツ口が堅い以前に話す相手もいないからな、外部にはほぼ漏れない」


 自信満々に師匠が解説するが、何なんですか一体それは。あと本当に師匠が全力で千年も逃げていた割には息ぴったりですね、って思ったけれど言ったら絶対怒られる。

 

「まあ、君たちが立ち去ったあと、あの場に残った記録が新鮮だったからね。残念ながら足取りまでは追えなかったけど、あそこで起きていたことは大体把握したよ。なかなかすごかった。あ、君が話さない限りは口外しないから安心しておくれ。ところで瘴気の第三者転移とか、封印とかはやったことはない、であってる?」

「あってます。そもそも引きはがしたものを僕の力でどうにか出来るかどうかさえ、よくわかりません」

「アオに引きずられてオレも暴走経験しましたけど、完全に無意識でやっていたように思うので、チャレンジすることはできるかもしれませんが、成功するかどうかもわまりませんね」

 

 あの時と比べて知識も経験もある。あるにはあるけれど、こればかりは姉の命、加えてモヤ王の命を賭した実証実験となってしまうだろうから、避けた方がいい。ところで一つ気になることがある。


「ところで、どうして『当人に戻す』ができないってわかるんですか?師匠を出し抜けるのは師匠たち以上の魔法使いか、命を賭してちからを強めた魔法、とはいっていましたけれど」

「だってわたしたち以上の魔法使い、故郷を含めてもこの世界にいないぞ?」 

「いないね。魔族でも、いない。となると、残るはそこそこの魔法使いの命を賭した魔法、となるわけさ。そうなると魔法の編纂者へんさんしゃはまず生きていない。しかも、魔法はね、偽装しながらも編纂者本人の癖が少しは出るものさ。魔術の侵入経路も気になるところではあるけれど、アオくんも犯人に気づいているんだろう?」


 ノリさんはもったいぶったように一息、そしてため息を吐き出すようにつぶやく。

 

「これ、わかりやすくも犯人は、私の弟子だね」

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