第230話 密室ノ会・祈(23)
救国の魔法使いの眠りは思いのほか深かった。僕たちがいかにどうしようと、微動だにせず爆睡。
そろそろシンさんがご飯をもらいに西の離れまで散歩を開始する時間、タイムリミットが近い。
そう思った時だった。
「起きろ、今、お前の力が必要だ」
そう、寝てる大きな男の耳元にささやきかけるよく知る影。面白すぎる状況に僕とイオは表情筋を平常に保つ努力に忙しかった。
師匠だ。
さすがにナット国内で起きていることは把握しているんだ、って思う。
逆にノリさんはナット国内では限られた範囲でしか魔法を行使しなかった。完全安定稼働には一歩足りない凍結魔法の維持に必要な指示を阻害する可能性があるから、とあとから言っていた。
そして件の魔法使い、僕たちの起こし方が完全徒労に終わったことが嘘みたいに飛び起き「これは夢だ、こんな幸せな夢ってあるんだろうか」と言いながら師匠に思い切り、抱き着く。「こんなに近くで声聞いたのって千年ぶり?いや、この夢醒めたらどうしよう。現実に戻ったとき絶望しそうだ。どうしよう。ああ、あたたかい、よく知る匂い。もう起きたくない……」
明らかに師匠を抱く力が強くなっている。そして、師匠の表情がどんどん死んでいく。お前ら助けろ、という表情まで送ってくる。しかしこの魔法使い、これが現実だとわかったときどんなことになるんだろうか。
『いっそ面白いな』
『ほんとにね』
『でもそろそろ姉さんのところにいかないとだめだから助けるか?』
『そうだね…助けるか…』
イオと双子通信で無言で相談、タイムリミットが近いということで助太刀に及ぶこととした。
◇
現実に帰ってきたノリさんは、師匠の手を握り、離さなかった。師匠も前ほど拒絶してないのはもしかして、記憶をまた少し戻した、ということなんだろうか。 千年前にそもそもこうなるきっかけとなった逃亡にしたって、師匠の性格からして「告白されて恥ずかしかったから全力で記憶を捨てて逃げた」レベルの気がしてならないんだけど。そっから千年も逃げているのもどうかしているが。
「じゃあ、謁見の間にいくぞ、お前たち。今はノリと呼ばれてるんだったか?ノリもいいな?」
「よくない、本名で呼んで」
師匠はつくづくもめんどくさそうな顔をして「めんどくさっ」と言い放つ。
「はいはい、そのうちな。偽名ならまだしもわたしもお前も認識阻害をかけずに、呼びあうに適した名前じゃないだろ」
「いいえ、そんなことあるもんか!名前に適する、適しないなんてないでしょう」
「じゃあ聞くぞ、『異世界の君』、あの子はなぜ今の名前になった…」
そんなのあたりまえ、という表情でノリさんはこたえる。
「君の凍結魔法の弊害だろ?凍結により名前の一部も凍結。記憶の欠落はほぼないが、名前が不確かであるために力がフルパワーで出せない」
「よくわかってるじゃないか。失ってパワーダウンする本名なんてものはウイークポイントに他ならない、そうだろう?」
「うわっ久しぶり!この感じ!」
この上から目線のビジュアル美少女。最高とか、ご褒美としか思っていないぞこの幼馴染。
「ああ、ずっとこうしていたい…」
手を繋ぎっぱなしのこの状況、見た目が兄妹か、下手すれば親子に見える。
「はいはい、わかったから行くぞ謁見の間に」
「あっそうだった」
「なあ、オレたち視界に入ってないよな」
「まあ、いいんじゃない?なんか師匠卒倒もしてないし、わざわざ来たんだから何か思う所あるんじゃない?」
「そうかもしれないけどさ」
そこから師匠は転移魔法を使い、謁見の間横の控室に直接飛んだ。
◆
「王、今から昼食をとってきますので少しお待ちくださいね。宮廷料理人の復活が待たれますね」
「シン、お前はほっとくと運動もしないでずっと学んでるんだから、日に何回かの散歩はちょうどいい運動だと私はおもってるんだけどね」
前にチーズさんが渡した保冷バッグを携えて、シンさんは出発の準備をする。
「間違っても王の今の御姿を臣民に見せるわけにもいきませんし、職員に料理の配達を頼むわけにもいかないですしね。王も姿を取り戻されましたら、配達をお願いするか、一緒に散歩、しましょうね。その頃には宮廷料理人いるかもしれませんが。では行ってきます!」
そう言いシンが立ち去るのを目視してから、揃って謁見の間へ戻る。その姿を見た王が軽く言葉をかける。
「お、魔女。復縁したのか?」
王の言葉、軽すぎだ。そもそも復縁もなにも師匠たちって付き合ってはいなかったのでは?とはおもったけれど、突っ込むことはやめた。
「この魔法使い、私では細かく検知できない範囲までも検知分析できますからね、そもそもがわたしの手落ちで二次災害が起きていたことが判明したのですから、借りれる力は全部借りてでも解明します」
「あいかわらずひどいなあ。いや、でも、私も王が呪われているのは気づいていたけど、なんか君の魔法のパターンに酷似しているなあって…」
そこで師匠は当たり前のように怒った。
「私がそんな変なことをすると思われていたなら心外だ!さあさあ、お前と手もきれば縁も何でも切ってやる!!!」
「だから似てるって思っただけだって!心外だなあ!」
「二人とも、王の御前ですよ?」
あまりの痴態に突っ込まざるを得なかった。
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