第227話 密室ノ会・祈(20)

 王は部屋から出てすぐ執務に戻り、何かあれば連絡を、と、コウコさんの連絡先を聞いた上で例の3冊を除いた本の複写をもらい帰路についた。今回僕が抽出基準としていたのは「解呪」。これはコウコさんには知られていたことではあったけれど、その「解呪」の抽出と、僕に必要となる本でまさか500冊もヒットするとは思わなかった。


 何より問題は例の禁書だ。救国の魔法使い、ノリさんに聞いたらなにかがわかるんだろうか。


「ただいま帰りました」

 もう戸締りしてあったので、裏にある玄関から入るとみんなリビングの定位置で寛いでいた。日中は特に意味もないけれど、各自の部屋に帰ることはほぼ無く、リビングで過ごすのが通例になっていた。読書をしても、勉強をしてもいい。

 勉強をしていた場合、何よりも優れたヘルプがいてくれるので、詰まったときにはありがたい。天くんとういは主に僕がいないときはあにさんを師匠として言語トレーニングを行っているようだ。ういの言語も天くんと匹敵するぐらいには育っている。実際犬の知能は3歳とあるけれど、すでに10歳はこえているような気もする。


「お帰り!今お茶いれるね~」

 このういを含めほぼ男しかいない空間にチーズさんがいてくれるとなんかほっとする。

「アオ、おかえりなさい」

 激突してくる天くんとうい。なかなかパワーがあがっている。

「アオ、お帰り。スポンジは役に立った?パフェの反応どうだった?」

「役に立ちました!そしてパフェはいつものごとく一瞬で消えました、食べ終わったあとグラスじっと見てましたよ」

「そっか…まあ!美味しかったならいいか!」

 聞いたこともないアップテンポな曲の鼻歌を歌いながらまた何か試作をしている様子。

 

 僕はソファ定位置に座り、おしりをくっつけてくるういを撫でながら、今日の報告を行う。

「今日はシラタマ図書館で僕に必要な本の検索をしてもらったんですけど、そこでちょっと事件がおきて。直接の関係はないとは思いますが、呪いのようなものを目にして考えたのですが、今すぐナット王にかけられた呪いに手を出すことは得策ではない気がしました。シラタマで蓄えた知識に加えて明日からノリさんと一緒にナットにいって来て、今後の方策を検討しようかと思いますがいいでしょうか?姉の命がかかっているので失敗、絶対できないので必要な知識を得たうえで最大限の対策をしたいので」

「お!私の力が必要かい?嬉しいね」

 

 そう言っているので切り出してみる。

 

紅鳶べにとびって名前に覚えはありますか?」

 

 その言葉を聞いたとたん『救国の魔法使い』の穏やかないつもの表情が消えた。本当に文字通り、消えた。あまりの変化のしように、あにさんもチーズさんも驚きすぎて凝視する。


「どこでそれを……あ、ここはシラタマ……。アイツ、100年も経ってまだなにかやらかしたの……いや、まだそう言う訳では……あ、アオくん、あとで私の部屋にきて、少し話しておかなければならないことが……」

「なーーんだノリ?親友の俺様にも言えないことか?」

「いや、巻き込みたくないだけ」

 

 そこまで聞くと兄さんはすっと真面目な顔をして、魔法使いの頭を軽くチョップする。

「水臭いこというな、恥ずかしいことだったり、尊厳にかかわることなら無理して言えとはいわない。だけどな、巻き込みたくないはその範囲外だね。出会ってそんなには経ってないが、俺はそれなりに俺の力をお前に見せてきただろう?もっと信用しろ?な?」

 

 一瞬言葉に詰まったうえで、ノリさんは覚悟を決めたような表情となる。そんなにヤバいのか紅鳶は。


「わかりました、概要を。紅鳶は私の通った魔術学校の後輩、まあ、私たちが通った頃から千年以上経っていますので後輩といっていいのかはわからないぐらいの後輩ですが、主に闇魔法を研究していたシラタマ出身の子です。たまたま私が学校近辺でしか生えていない野草を収穫に行ったときに見つかってしまい二つ名も見抜かれ、紅鳶のの魔力量と私の魔法との相性の都合で阻害魔法が効かなくて、魔力パターンを読まれ学校卒業とともに追いかけられてしまったんだ。家まで特定されて、どうやっても帰ってくれなかった。みんなが知っての通り、私には一生を賭しても愛する女性がいるからね、家に女性をいれたくなかったのさ。だから、隣に離れを建てて、言い訳がたつように「弟子」ということにして放置しておいたのさ」


「今、放置っていった」

「言いましたね」


 ここまで聞いただけでヤバイ空気しか感じなかった。

 

 ◆


 シラタマ図書館で禁書が新たに発見され、速やかに封印された。

 このことについて、王宮内で多かれ少なかれ噂となった。


 紅鳶の著だという噂もたった。

 一般的に公開された情報はそこまでだった。


 幾許かキレイになったコウコの部屋でまた行われている女子会。相変わらず炬燵に温度は入っていない。

 

「ミルクスタンドの菓子、食べたいなあ。もういっそ呼ぶか?シェフとやらを」

「権力振りかざしすぎはよくないと思うぞ、王」

「だってあれは料理人だぞ?依頼をしたら来てくれそうじゃないか」

「じゃあ、王の誕生日とかそういう時にして。王宮の料理人もいるんだから」

「……考えてみる。しかしあの禁書、封印したとたんにもとの絵本に戻ったのはなんだろうな。魔術が記されているのか、あるいは……」

 

 王はじっと虚空を見る。

 

「碧生の母親、思い当たらなくもない。でも名は聞かなかったな。コウコも思い浮かべてる人、いるんじゃないのか?」

「きっと、王と同じ人物かと。まさか亡くなっていたとは。生きてこの地を再び踏んでほしかった」

「碧生のこの部屋に来た時の反応が、懐かしいやら……いや、決まったわけでは……」

 

 過ぎし日を想い、2人ともに眼に涙が滲む。

 

「会いたいな」

「うん、会いたい」

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