第50話 ナット/救国の魔法使い(2)

 気を失ったままの魔女さんとモヤ王とイオくんを城に置き、私とアオくんと魔法使いさんで私の家に向かう。


 イオくんゴメン、介抱をよろしく。


 魔女さんとこの魔法使いには一体どんな因縁があるのかわからないが、卒倒するほどというのはよっぽどだ。

 

 今の私の実力では、『救国の魔法使い』さんの名前を知ってしまうとその力に負けてしまうから、今は知らないほうがいいらしい。今も魔女さんの名前を周りの皆さんが話しているようなのだけれど、聞き取れないのはその防御作用によるものらしい。


 それはそうとして、魔女さん本人は本当に自分の名前を忘れているけれど、その言葉が自分を呼ぶものだ、という認識はできるとのこと。


 しかしもってこの魔法使い、ここまでの短い付き合いでわかったことは、答えられないものは答えない、疑問をはぐらかしたり無視したりしないでちゃんと答えてくれるタイプ。そして物語か絵本から出てきたぐらいビジュアルが良い。

 

 実家につき、まじまじと私が戻る前の家の様子を観察してみると、確かに時間が止まっているようで、家の前にたててある風読みの旗すら固まっている。


「これは、本当に結構複雑だね…」


 魔法使いさんがスキャンするために魔力を走らせると、ちょうど私の家の分だけが、その魔力を拒否する。


「強固だねえ」


 そして、私が一歩敷地に入ると時間が動き出す。

 風がとおり、旗ははためく。

 心地よい風がふき、私のよく知る庭が歓迎してくれている気がする。


 ようこそ我が家へ。

 

 そこには大きな平屋住宅。家の前の屋根付き車庫には車が3台。車庫といっても都市部であれば一軒家と見紛う規模の駐車場だ。オートリモコンでシャッターが開く。車は田舎では一人一台はないと生活ができない必須アイテムだ。

 庭の中道を抜けていくと母屋があり、家の後ろに倉庫、農機用の車庫、チーズ工房、家庭菜園農場をはさんで牛舎がある。


 家庭菜園と牧草地を含めると本当に大規模だ。


「あとで牛舎も案内しますね。でもまず、家の中からにしましょう」


 チーズ工房はできたばかりでまだ何もないんですよ~と言いながら、家の鍵をあける。

 誰もいないこの家に、「ただいま~」と言い、入る。

 

 アオくんは新しい来訪者、師匠の因縁の相手と思われる相手に対して嬉しそうにニコニコ話しかける。先輩風を吹かせたいのか?もしかして。


「僕が案内しましょうか!僕チーズさんがこの国に来てすぐにて手伝いでちょっとだけいたことがあるですよ!」


「あ、チーズ工房でチーズ。好きなものの名前を名乗っているってことだね。『凍結魔法』は巻き込まれた時点で名を認識できなくなるからね。君たちは■■の名前を忘れていないみたいだけど、■■自身も忘れているし、認識阻害が本人にも周りの人間にもおきているから、そう言っていることは解るけど、そこまでだってことだね。正しく言っていても誰も認識できない。」


「ほんと強力だけど厄介な魔法だよ。」

 そう、魔法使いはつぶやく。

 

 そろってリビングに入ると、私が家に戻ったことにより時間が動き出したはずだというのに、違和感があった。


 なんだか、物の配置が変わってるというか、無かったはずの水の入ったコップが置いてある。しかも、読みかけの漫画雑誌も転がってる。これ、私の部屋にあったやつ。


 時間が止まっていたということで安心していたというのに、侵入者の気配を感じ、急に怖くなる。しかし、部屋に下足で入ったような足跡は見当たらない。


 体中から血の気がひき、真っ青になる。指先が冷える。怖い。


 こんな強烈な護衛がいるというのに、私のテリトリーが侵された可能性が高いことがここまで恐怖をうむとは。まだ家の中にいて、危害が及んだらどうしよう。私や、動物ちゃんたち、そして連れ立っているこの人たち。


 言葉もなく動けなくなった。

 

 そのタイミングで、風呂場方向で水音がしだす。

 本当に侵入者がいる?!

 

 いや、時間が止まっていたわけだしそんな、一体、何で?!

 体感時間がものすごくゆっくり感じる上に、引いた血の気のせいで体が寒い。


 その正体を確かめなくては。

 恐ろしいけれど、風呂場に向かうとお風呂のドアの向こうに人影。


 誰かいる。

 

 不審者を疑い、思い切りお風呂のドアをあけた。


「お前はだれだ!!!!」

  

「ウワアアアアアアええええええ おかえり?」


 そこにはよく知る人影。

 

「え、嘘。お兄ちゃん!!!!なんでいるの!!!」

「昨日帰国したばっかりだよ。サプライズ帰宅!」


 そこには、家を出て行って久しい、兄がシャワーを浴びていた。体に熱が戻ってくると同時にドアをばんっと閉める。


 別に兄の裸なんぞ見たくはない。

 

 異世界の君は、もう一人いた。

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