第20話 王城の近況報告/王と魔女(2)
「魔女さん、そもそも労働をしたことのない人に労働の対価の賃金とか、そういうものを根付かせるって結構大変だから牛の飼育とか、生乳の加工とか、畑づくりとか提案できることはいろいろあるんですけど、そこからの職業訓練が結構大変だと思いますよ。そもそも働いたことがないんですから」
そう、こちらの世界に転写して3日目、チーズに言われてはっとした。ごまかしはしたものの、 場当たりで転写したようなものと思われても仕方がない。
「どうしたらよいじゃろうか」
「ハロワでも作ります?職業訓練施設。」
チーズをこの世界に転写したのは、異世界渡りをしていたときに目にした、地下資源に頼りすぎてなにもなくなったこの国に産業というものを根付かせ、発展させて再び賑わせるための最適解を占った結果なのであった。
チーズは元の世界の自分も家もそのまま、と聞くと安堵の表情をみせていたが、さみしくなったり、帰りたいとかいう表情もなく、ただただ楽しそうであって本当にありがたい。転写前の自分に戻りたい、とかもたまに考えたりしているのかもしれないが、とにかく愛犬くんが一緒にきてくれたおかげでそこも緩和されているのかと思う。
または、元の世界への淡白さは別の理由がある可能性さえあるけれど、推測の域を超えないため今は気にしないことにする。最終的に私がとれる責任は取ろうと思っている。
◇
「この姿になって少し経つが、こうなったときに、大切なものを忘れた気がするのだけれど、魔女よ、お前にそのものについて心当たりがあるか?」
「さて、どうじゃろな。お前さんのやさしさもそこそこ問題があるぞ。」
こう、論点をずらし、はぐらかす。
凍結大魔法は成功はしているものの、細かいところでほころびが出ている。
実のところ私の専門はどちらかというとほかに使う人をほぼ見たことがない空間魔法、転移魔法であるため、凍結の魔女とはいわれているが別に氷魔法が得意というわけでもない。今回の凍結も厳密にいうと別に氷魔法ではない。
今回の魔法に巻き込まれ、意識や姿を保てた者に出た問題はいろいろ襲ってくる。
名前がわからない
名前が置き換わる
存在があいまいになる
姿が消える
記憶が一部欠落する
記憶が置き換わる
記憶が消える
存在が消える
王は「存在があいまいになる」「記憶の欠落」を発症、自分の存在が不確かな人間には本当の大魔法は出力が足りなくて使えないことから、私も名の欠落により完全ではなくなったため、新たに大魔法は使えない。
ほころびから滅びるのが先か、復興して凍結解除となるのが先か。できる範囲で修復しているが、こう、後ろ向きなことを言っていても仕方がない。正直、何かしらの大きな事件さえなければ、まあこの先20年は持つだろう。そのためにチーズを転写したのだから。
ちなみに、チーズがこの国で本当におこっていることに気づくまでは、そのことについて黙っているつもりだ。
アオとイオに対しても重大な隠し事があるが、素振りからなんとなくわかっていそうであるし、人の頭の中までは覗けないし覗かないので、向こうから聞いてくるまでは黙っている。
私の見立てが成功して、チーズには本当に救世主になってほしいと切に願う。
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