第39話「悪役貴族、宰相の殺し方を決める」
「…………」
レジネリスは、言葉が出なかった。
やはり、怖いと思った。
恐ろし気は彼の言葉が、百パーセントの善意と感謝から発せられているということだ。
本当に良かれと思って、「一緒に殺そう」という提案をしている。
人としてあり得ない。
(くくく、この馬鹿ガキが)
宰相は、激痛の中で自身の生存を未だに諦めていなかった。
何しろ、彼にはレジネリスが決して自分を殺さないという確信があった。
なぜならば、レジネリスは善人である。
徹底的に善人であるような教育を受けてきた。
結果として、自分に止まった虫すら殺せないような女になった。
どんな理由があろうと、人殺しだなんてするはずがない。
むしろ、宰相の助命をアルバルゴに乞う可能性すらある。
そうなれば彼女に心を許しているであろうアルバルゴも、自分を見逃す可能性がある。
宰相は、そう考えていた。
だが。
彼は二つ間違えている。
アルバルゴはレジネリスに説得されたとしても応じることはない。
人殺しを制止されたとしても、即敵と判定したりはしないが、だからといって仲間に説得されたとして彼が自分の信念を曲げることはあり得ない。
その程度で止まるなら、誰も彼の扱いに苦労などしない。
そもそも、もう一つ彼は勘違いしている。
レジネリスは。
「やります、私も」
「は、はあっ!」
宰相は言葉が出てこなかった。
なぜ、ありえない。
どうして、こんなことが起きている。
レジネリスが、庇ってくれるはずではないのか。
宰相はレジネリスを見ると、彼女は。
「私は、貴方を許せない」
「ひっ」
虫でも見るかのようにこちらを見ていた。
宰相は勘違いしている。
家族を殺し、犯し、国を内側から潰そうとした。
そんな人間は――善人であっても、否、善人だからこそ許せない。
そんなことにも、宰相は気づけなかったのである。
もっとも、それに気付けないからこその悪人であるとも言えるのだが。
「私は、宰相を殺す。それは、私に背負うべき責任があるから」
「それは、何に対しての責任だ」
「家族に、国に、そして民に」
「ノーブレスオブリージュってやつか?」
「そうですね。私は王族としての責務とともに生きてきました。国にあだなすこの男を、生き残った王族として、次の王として処断しなくてはなりません」
「なるほど」
責任感と使命感。
アルバルゴとはあまりにも違いすぎる動機だったが、彼には少しだけ彼女の心が理解できるような気がした。彼もまた、ある種の強迫観念にとらわれて殺人を続けているからだ。
「それに――」
「それに?」
「きっとわたしの父も、弟も、妹も、この男を憎んでいる。殺したいと思っている。だから……」
「その意をくんで、自分が殺すということか?」
「いえ、その逆です。みんなは私が殺すことを望まないでしょう。でもやらなきゃいけないんです。みんなの殺意も責任も、私が全部背負いたいから」
「なるほど」
つまりは、ただのわがままであるということだろう。
倫理的に正しいはずがなくて。
それでも己の道を貫くというのなら。
そのやり方はきっと、アルバルゴと変わらない。
「じゃあ、やろうか」
アルバルゴは、宰相を見下ろす。
彼の喉からひゅっという音が漏れた。
「や、やめてくれ。殺さないでくれ」
「無理にきまってるだろ。お前は敵だぞ?」
どうして敵に慈悲を乞うという発想が出てくるのかアルバルゴには心の底から理解できなかった。
敵であれば殺す。
相手が自分より強かったとしても関係ない。刺し違えてでも殺す。
それが、あるべき姿ではないのか。
少なくとも、時間稼ぎや不意打ちの布石以外で、命乞いに何の意味があるのか。
そんなことを考えながら、アルバルゴは宰相のズボンに手をかける。
そのまま、びりびりと引き裂いた。
パンツと、運動不足ゆえか枯れ枝のような生足が露出する。
「ひっ、ま、まさか貴様この私を犯すつもりか?」
「いや、そんなことをするわけがないだろう。というか心理的に不可能だ」
憎い敵に対して、どうやって劣情を催せというのか。
そんなことできるはずがない。
先日殺した後妻といい、どうしてその程度のことも理解できないのか。
「レジネリス、この剣を持ってくれるか?」
アルバルゴは刃の方を持った状態で、レジネリスに剣を渡す。
彼女は剣の柄を持ち。
「重いですね」
重すぎて持ちづらいらしく、剣の切っ先を床に突き刺した。
剣の刃がたまたま宰相の足を斬ってしまったが、二人ともそれは無視して話を進める。
「そうか……なら俺も一緒に持とう」
「きゃっ」
アルバルゴはレジネリスの背後に回ると彼女の両手の上から剣を持った。
身体強化魔法により、剣は軽々と持ち上がる。
「昔聞いたことがあるんだが、足の裏に塩をぬって山羊に足を舐めさせるという拷問があったらしい」
「それが拷問になるんですか?」
「ああ、山羊の下はざらざらしていてな。その状態で舐め続けるから足の皮が、肉がそがれていってそこをざらついた舌がずっと舐め続けるんだ」
「確かにそれは拷問ですね」
山羊に罪はない。
かれらはただ足に付着した、あるいは血液に含まれる塩分を求めているだけ。
日本人ならそんなことはないが、大半の動物は常に塩分不足で塩を欲している。
ただ、人間の体を食い物――あるいは飲み物にしているというだけの話でしかない。
「とはいえ、これは必ずしも塩や山羊が必要というわけでもないんだ。同じことは出来なくても、似たようなことは人間でもできる」
「そうなんですか?」
「ああ、時間はかかるが剣を使ってゆっくりと足の皮や肉をそいでいけばいい」
イメージとしてはケバブに近い。
やすりがあれば完璧だったのだが、なかったのでそこらにあった剣で代用するしかないのが辛いところだ。
まあ、さっきまで宰相の殺し方は考えていなかったので、仕方がない。
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