第38話「悪役貴族、決意する」


「ふーん、アンタが帝国の間者で、王国を帝国の属国にするという筋書きだったりするのか?」

「はい」

「あっているようです」



 ぎゅっとレジネリスが両手を握りしめる。

 無理もない。



「他に間者はいないのか?」

「はい」

「嘘、ですね。いないようです」



 これに関しては疑問が残る。

 彼が把握してないだけで、第二第三の宰相がいるのかもしれない。案外その冠者も宰相のことは知らない可能性もある。

 あるいは、間者は大量にいたが取り締まられ、この男だけが生き残ったのか。

 いずれであっても意味はない。

 こいつは知らないのだろうから。



「属国にして、それからどうするつもりだったんだ?ひょっとして他の国にも間者がいるのか?」

「はい」

「そうらしいです」

「ふーむ」



 色々訊いてきたが、これ以上このあたりに探りを入れる意味はないだろう。

 他の間者に心当たりがないのであれば、もう他に敵を見つけるすべはないのだろうから。

 少なくとも今のところは。



「もう解除してもらっていいぞ?」

「わかりました」



 レジネリスが、質問にはいと答えさせる魔法を解除する。

 アルバルゴはかかんで、へたり込んだままの宰相と同じ目線に高さを合わせた。

 といっても、激痛と心労でもはや目は合わないのだが。

 大事なところを潰し、顔のパーツをそぎ、四肢を砕けば無理もないのだが。



「最後の質問なんだが、お前は何で俺を殺そうとしたんだ?クーデターを起こしたいならターゲットは王族だけでいいはずなんだが」

「そ、それは」

「戻せるぞ、俺の能力なら」

「え」



 アルバルゴは宰相に命の玉を見せつける。



「これを使えばどんな傷でもたちどころに治る。致命傷すら問題なく戻せる。だから、正直に言ってほしい」

「わ、わかった。答えよう」



 焦点が合い、正気が戻ってきた。

 これはありがたいとアルバルゴはほくそ笑む。



「貴様が無能だからだ」

「……すまない、意味がわからない」



 いや、無能であるのはわかる。

 誰もが魔法を使える世界で身体強化以外の魔法を満足に使えないのだから、それは無能扱いされても仕方がない。

 だが、なぜ無能だからクーデターのついでに狩られる必要があるのか。



「帝国としては、貴様のような無能はいらないのだ。だから、殺すんだよ、目障りだから」

「あー」



 要するに、帝国としての方針ではアルバルゴのようなまともに魔法の使えない無能は淘汰される。それは実力主義国家としての方針なのだろう。

 一週間前に王たちを殺して乗っ取りが成功したことにより、国としての在り方を「帝国式」に寄せようとした、ということか。



「帝国のルールにおいては、俺は生きる価値なし、か」


 なるほどなるほど、とアルバルゴは理解した。



「潰すか、帝国」



 ぼそりと、アルバルゴがつぶやいた。



「っ!」



 レジネリスは、真っ青になる。



「不可能だ」



 宰相は、否定する。

 出来るはずがないと。

 何百万を超える人が作り出した国を個人で潰すなどできるはずもない、と。



「できるんじゃないかな、多分だけど要人を二百人くらい殺せばいいんじゃないかと思ってるんだけどね」



 王族を十人程度殺されればあっさりと国を奪われかねないことは王国で実証済みだ。

 であれば、やってやれないことはないはずだ。



「もう一つ、教えてやろうか」

「な、何を?」

「お前のせいで、これから帝国が滅びる」



 にやりと、アルバルゴが笑う。

 国の方針として、アルバルゴを殺すことになったのならその責は国にある。

 ゆえに、帝国は滅ぼす。



「ついでに、お前の関係者がいたら全部殺しておいてやろう」

「な、なんでそんなことをする!人の心はないのか!」

「なぜ、か。しいて言うならそれが俺の生き方だからだ」



 敵は殺す。

 そうしなければ、彼は生きることができなかった。

 そして、彼の心もまた耐えることが出来なかったのだ。

 ゆえに、アルバルゴ・サトゥーゴは修羅の道を行く。



「敵は殺す、少しでも苦しむように、少しでも俺と俺の仲間が平和に普通に生きられるように」



 それこそが、彼の決意だった。


「ふ、ふざけるな、そんな理屈が通るわけがない!お前は異常者だ!」



 そんな、ある意味正論である宰相の言葉を聞きながら。



「お前の中ではそうなんだろうな、あくまでもお前の中では」



 罵倒されても、アルバルゴの視線と心は揺るがない。



「レジネリス」



 彼の目はもはや宰相ではなく、一人の少女を見ていた。



「お前は、どうしたい?」

「え?」



 アルバルゴはレジネリスに問うた。



「俺は、俺を殺そうとした宰相に対する報復としてこいつを傷めつけた。そして、これからこいつを殺す。そのことに対して迷いは一切ない。だが」

「俺と同様奪われて、傷つけられた子供でもあるお前にも復讐の権利はあるはずだ」

「な、何を」


 宰相が何か言いかけるが。



「ちょっと音を立てないでくれ」

「――――――――っ!」




 アルバルゴによって前歯を引き抜かれ、涙目でのたうち回る。

 不快そうな顔をして、アルバルゴは一瞥してからレジネリスに向き直った。



「あくまでも、強制しようとは思わない。だが、選んでくれ。俺と一緒にこいつを殺すか、あるいは俺一人に任せるか。どちらであっても、俺はお前の選択を尊重する」

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