第37話「悪役貴族、宰相を蹂躙する」


「ひ、ひいっ」

「…………」



 宰相は、へたり込んだ。

 アルバルゴは、それを黙って冷めた目でみている。



「レジネリス」



 アルバルゴは、真っ青な顔をしているレジネリスに問いかけた。



「レジネリス、君はどうする?」

「え?」



 言われて、レジネリスは戸惑ったような顔をしながらアルバルゴの顔を見た。



「俺は、こいつに復讐するつもりだ。徹底的に苦しめてから惨殺する」

「き、貴様何を」

「あ、忘れてた忘れてた」



 アルバルゴはしゃがみこんで、枯れ枝でも折るかのように宰相の腕をへし折った。



「あ、え、ああああああああああああああああああ!」



 痛みより少しだけ早く、腕を捻じ曲げられた驚愕が来て。

 すぐに、痛みで宰相は絶叫することしかできなくなる。



「うーん、話の腰を折られたな。一旦、レジネリスの意思を確認するより先に、やるべきことを済ませちゃおうか」

「何、を?」

「なびぼ……」



 レジネリスも、宰相も、疑問の言葉をあげるが、アルバルゴは答えない。

 宰相に触れるか触れないかの距離まで接近すると、片足を大きく上げて。



「もう使わないだろ、これ」

「や、やめーー」



 ぱきゃりと、卵を割るような音とともに。アルバルゴは宰相の股間を蹴り潰した。



「あぶあぶあぶぶぶぶぶぶぶ」

「さてと、どうするかな」



 アルバルゴは泡を吹いて倒れている宰相を一瞥する。

 宰相を一撃で殺さなかったのにはいくつかの理由がある。

 宰相と、そしてレジネリスに訊きたいことがあったからだ。



「起きろ」



 そういって、アルバルゴは耳を掴んで引きちぎる。

 目と鼻と口から液体をまき散らしながら宰相は上体を起こした。

 戦闘経験が低いだけあって、痛みの耐性は低いらしい。

 まあ、魔法も戦闘向けではないようだったし、無理もないが。



「さて、お前にいくつか訊きたいことがある」

「…………」

「レジネリス、俺の質問にあわせて、はいと言わせる魔法を使ってくれ」

「は、はいわかりました。【羊よ、わが贄よ、我を称えよ】」



 これで、宰相は何を訊いても「はい」としか言わなくなった。

 つまるところ、「はい」と言って嘘を見抜く魔法に反応すれば嘘であり、反応しなければすべてが真実である。



「じゃあさっそく質問だ。お前、敵国の間者か?」

「はい」

「どうだ?」



 アルバルゴは、レジネリスを見た。

 彼女は何も言わない。

 なれど、愕然とした表情が、すべてを物語っていた。



「お前、どこの国の間者だ?」

「…………」

「ああ、この質問だと答えられないのか?それは悪かったな」



 つい苛立って、左耳と鼻を引きちぎってしまった。

 まあ、いいだろうとアルバルゴは耳と鼻を放り投げる。

 レジネリスが、顔をさらに青白くさせているが、無視をする。

 一つ一つ訊いていくか、とアルバルゴは考え直す。

 王国周辺にある国家を一つずつ聞いていく。



「公国の間者か?」

「はい」

「違う、みたいですね」

「わかった。じゃあ、教国か?」

「はい」

「違うみたいです」

「じゃあ連合国か?」

「はい」

「それでもないですね」

「とすると後は……帝国かな?」

「はい」



 アルバルゴは、レジネリスを見る。

 彼女は、顔尾を青くしながらも、首を縦に振って口を開いた。



「間違いありません、帝国です」

「帝国かあ」



 アルバルゴはうなずく。

 王国の北側に位置する、皇帝が納める国。

 王国と違うのは、実力主義の雰囲気が強いらしい。

 皇帝も、血のつながりではなく実力で決まるのだという。



「あの、聞いてもいいですか?」「

「何?」



 逃げようと身じろぎした宰相の足を踏み砕きながらアルバルゴは答える意思を見せる。

 くぐもったような悲鳴があたりに響く。



「いえ、どうしてこの男が間者だとわかったのですか?」

「いや、べつに分かったわけじゃないけど。もしかしたらと思っただけ」



 一人だけで何のバックアップもなしに、このような大規模なことができるはずもない。

 誰かの助けがあったはずで、それは王族の誰かだとアルバルゴは思い込んでいた。

 しかし、そうではないというのならそれには別の何かがかかわっていると考えるのが自然だった。

 むしろ、国外に何かがいる、宰相に手を貸していると考えてしまう方が無理がないと思えたのだ。



「なるほど、そういうことですか」



 レジネリスは、アルバルゴの補足を聞いて納得する。

 彼らの足もとでは両手足を砕かれて四肢が使えなくなった宰相がうめいていたが、二人とも無視していた。

 善人と悪人。

 正反対の価値観を持つ二人だったが、宰相に対する感情は似たようなものだった。



「ふーん、アンタが帝国の間者で、王国を帝国の属国にするという筋書きだったりするのか?」

「はい」

「あっているようです」



 ぎゅっとレジネリスが両手を握りしめる。

 無理もない。そんなことのために、彼女の家族は殺され、凌辱されたのだから。

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