第36話「悪役貴族、備える」
それは、アルバルゴがレジネリスに出会うほんの二、三日前のこと。
アルバルゴは執務室にピオナを呼び出し、二人きりで会議を行っていた。
もっとも、執務室にピオナ以外が入ることはあり得ないため、必然的に二人きりになることが多いのだが。
ピオナを自分の隣に座らせて。
アルバルゴは、ピオナにあるお願いをした。
「即死の呪い、ですか?」
「ああ、ピオナならできるんじゃないかって思ってね」
呪いの勉強を始めてわずかひと月だったが、ピオナの伸びはすさまじい。
探知の呪い、拘束の呪いなどをあっさりとマスターした。
「ええと、即死の呪いは、その、難しくて」
「そうなんだ」
「ひい、すみませんすみませんすみません。死んだほうがいいですよね、こんなゴミクズ」
「死ななくていい、というか死んでほしくないから、ひとまず落ち着いて」
アルバルゴは、ぽんぽんとピオナの頭をなでてなだめる。
わずか一か月の付き合いだが、ピオナの扱いには慣れつつあった。
自己肯定感の低い不憫属性のピオナはこうして精神的に不安定になることが多々あった。
それをなだめるのも、アルバルゴの役割だった。
「と、とにかくですね、呪いは効果が強ければ強い程コストやリスクが跳ね上がるんです……。なので、対象を殺す呪いというのは手順を踏む必要があったり、時間がかかったり、失敗したら術者が死ぬリスクがあったりと色々あるんです。あ、もちろんアルバルゴ様がお望みとあらば私が死ぬリスクを負った呪いを製作いたしますが」
「いや絶対ダメ。手順が複雑でもいいから、君にリスクが生じないようにして」
「は、はい、ありがとうございます。にへへ……」
ピオナは、とろけるような笑みを浮かべて、アルバルゴにもたれかかる。
そういうことをされると、とても落ち着かなくなるのでアルバルゴとしては勘弁してほしかった。
とりあえず、アルバルゴはピオナの体を起こすと、紅茶を淹れて飲ませた。
ふーふーと紅茶に息を吹きかけつつ、ピオナがふと問いかけた。
「そういえば、アルバルゴ様はどうして即死の呪いなどをお求めになるんですか?」
ピオナがそんな疑問を抱くのもわかる。
そもそも、アルバルゴは殺すと決めた相手は自分の手で殺すことにこだわる。
ピオナに譲ったこともあったが、あれとて完全にピオナに譲渡したわけでもなく、共同作業という形だった。
だから、拘束や探知のような支援ではなく、即死という直接的な呪いを求めるのがピオナの中では彼女の知るアルバルゴという人間と結びつかなかった。
「それはね、俺を殺してもらうためかな」
「え?」
ピオナは顔を真っ青にして、首を横にプルプルと振った。
「そ、そんなこと、私できません!」
「まあ待ってよピオナ、別に殺すといっても、本当に殺すわけじゃないよ。残機を減らしてもらうって話」
「どういうこと、ですか?」
「敵の中に拘束する相手がいた時に、対策をしたいんだよ」
不死身であるアルバルゴを、敵が見た時にどのような対策をしてくるか。
一つは、死ぬまで殺す。
実は一番効果的な対策である。
が、これは難しいと思っていた。
そもそもとしてそうなる前に相手を全員殺しきる自信が、アルバルゴにはあった。
だが、もう一つの可能性をアルバルゴは憂慮していた。
それは、拘束系の魔法で動きを封じられ続けること。
死なないのなら、殺さなければいい。
そういう対策をされてしまうと、アルバルゴにはどうしようもない。
そこで、ピオナの出番だ。
「わかりました、もしそういうことなら、拘束されたら自爆する呪いが欲しいってことですよね?たぶんできると思います」
「本当?」
「はい、条件を複雑にして、威力を抑えてしまえば問題ないかと」
「そっか……ありがとう、よろしくね」
「は、はい。私、アルバルゴ様の為ならばいくらでも頑張ります。にへへ……」
ピオナは、へらりと笑った。
この後、ピオナは呪いを数日で完成させた。
アルバルゴは、改めてピオナという人間の底知れなさを感じるのだった。
◇
「端的に言えば、自爆の呪いだな。俺の体を爆発させて、飛散させる」
発動に当たっての条件は単純。
アルバルゴが一定時間その場から動かないこと。
十分の間同じところにいれば、拘束されていると判断して、アルバルゴの体が勝手に爆発する。
もちろんそれだけでは寝ている間に爆発してしまうので、他にもデメリットがある。
この呪いは、ピオナから離れて三時間以上たつと効力を失う。
加えて、呪いをかけられた側が同意していないと発動しない。
これらの複雑な条件をクリアして初めて、アルバルゴの備えは活きる。
「さてと、言い忘れていたが、重要なことを言わせてもらうぞ」
アルバルゴは、宰相を睨む。
「お前は、俺達には勝てない」
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