第35話「悪役貴族、妨害される」
「私の得意魔法は、保存する魔法。肉に使えば腐らなくなるし、人の死体に使えば生前同様の姿を保ち続けることが出来る。死体を操る魔法と組み合わせることによって文字通りの傀儡政権ができていたというわけです」
以前、レジネリスに宰相はどのような魔法を使うのかと尋ねられた。魔法の適性は人によって異なる。
それを打ち明けるということは、自身に何ができるかを示すことでもあり、主従間ではある意味忠義の証でもあった。
だが、そこには偽りがあった。
嘘はなくても、悪意が確かにあったのだ。
「いつから、そんなことを」
「王様に実行したのはつい一週間前ですよ」
宰相は、裂けるような醜悪な笑みを浮かべる。
先ほどまでの枯れた好々爺の雰囲気はどこにもない。
レジネリスには、宰相が醜怪で老獪な怪物にしか見えなかった。
「といっても、もうずいぶんと色々やってきましたけどね」
「色々って……まさか」
「ええ、はいその通りです。私がここまで成り上がってきたのも全てはこの魔法のおかげですよ。周囲には食材などを保存する魔法だと誤認させていたのも含めて完璧でした。唯一の懸念はレジネリス様に追及されることでしたが、幸運にも聞かれることはありませんでした」
「…………」
宰相の魔法については、本人の口から聞いていた。けれど、それを徹底的に追及することまではしなかった。
それは間違いなく、彼女の落ち度で。
まさか、国のナンバーツーを長らく務めてきた彼が裏切っているとは思わなかったのである。
「ああまあ、それは単純ですよ。クーデターがほとんど成ったので、維持する必要がなくなったからです」
「成った?」
どういうことだろうか。
「まず、すでにこの王城は私の配下によって制圧されています。それこそ、一週間前にはね」
「……それがどうしたと」
「アナタは、ひょっとしたらこう考えたのではないですか?私が王子あるいは王女の誰かと結託して今回のことをしたのではないかと」
「違うの?」
「ええ、違います。今回の一件は、私一人でやったことです。そもそも、王には適当に殺した王子の死体でも使えばいいですし……もっと確実な方法もあります。すでにそちらを取りました」
「は、え?」
レジネリスは、思考が追いつかない。
今何を言われているのか。
自分をたばかったのではないかと思った弟たちは、レジネリスが疑ってしまった者達は全くの無実であり。
そして、既に殺されていると。
「ふ、ふざけるなあああああああああああ!絶対に許さない!」
「ほっほっほっ、話の腰を折らないでくださいよ。まだ話の後半が終わっていないというのに」
「私の死体を保存する魔法は二種類ありましてね、解除した後に死体が崩れるパターンと、そのままゆっくり自然に腐敗するパターン。しかし、これ変じゃないですかね?わざわざ自分で解除すればせっかく保存していたはずの死体が台無しです。そんなこと、誰しもわかりそうなものなのに。不思議ではありませんか?」
「何を言っているの?」
「そうそう、死体を保存し、かつてのように動かす魔法なんですがね?結局死体なんで耐久性にも限度というものがあるんですよ。つまり、あんまり動かしすぎると崩れちゃうっていうか。ぶふっ、さっきみたいにね?」
「何を……」
何を笑っているのかと言おうとして、言葉が続かない。
「王子や王女を増やせばいいと思いましてね」
「その手段を実行したからですよ」
「…………あ」
レジネリスは、馬鹿ではない。社交界にて、王位継承者としてさまざまな経験を積んできた猛者である。
ゆえに、彼の言葉の意味がわかった。
わかって、しまった。
「自分の子供と、王子や王女をくっつけるつもりだと思っていた」
しかし、そうする必要はない。
それ以外にももっとシンプルな方法がある。
王族の血を引き継いだものを血族に取り込む方法。
何より。
彼は、王子たちの死体と言った。
弟たちは殺されたのだろう。
アルバルゴの能力で蘇生できるのかもわからない。
だが、逆に言えば。妹たちは殺されていないということでもある。
そして、レジネリスもまだ殺されてない。
その意味とは、何であるか。
「いやあ、貴方の妹たち、誰もかれもみな気丈で、そんな彼女たちの果実をもぎ、心を折るのは楽しかったですなあ」
「あ」
口から声にならない音が漏れる。
「もう黙ってろよ」
拘束魔法を使っていた護衛二人の首が落ちる。
「き、貴様どうして――」
「死体を保存する魔法、だろ?」
アルバルゴは、死体を保存する魔法があると自分の死の間際に知った。
なおかつ、解除方法はわかっている。
一定以上の衝撃波を与えると壊れるのだ。
「まあ、結果的に保険が役立ったという話だ」
「ほ、保険?」
ぱくぱくと口を動かす宰相と、レジネリスの間に、アルバルゴは割って入った。
もう、宰相を守る盾はない。
「さて、色々と語ってくれたようだが――」
アルバルゴは、一歩ずつ宰相に歩み寄っていく。
「このまま生きて城を出れると思うなよ?」
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