第33話「悪役貴族、王を見据える」
「おお、レジネリスか」
「…………」
執務室には、二人の人物がいた。一人は王冠を被り、紅いマントをまとった恰幅の言い壮年の男性。
椅子にどっかと座っている。その在り様は、確かに一国一城の主には相応しいふるまいである。
間違いなく、彼が国王なのだろう。ちなみに国王のビジュアルは知らない。立ち絵のないキャラクターも多く、王も宰相もその中の一人だったのだ。
ただ、知らずともわかることがある。何かがおかしいと、彼の勘は告げていた。
「お久しぶりですわ、陛下、宰相閣下」
「レジネリス様、今日はいかがされましたかな?」
アルバルゴの視線は、口を開いたもう一人の方に向いた。国王とは対照的な、背が高い痩身の男。
背が高いとわかったのは、王の前でソファに座ることもなく立っていたからだ。
さてどうしたものかと、アルバルゴは考える。執務室は広い。
一辺が二十メートルはある正方形を形づくっており、ちょうど扉をくぐったアルバルゴと国王の間の距離もちょうどそれくらい。
対して、宰相と国王の距離は一メートルもない。
圧倒的身体能力を有するアルバルゴであっても、宰相を殺すには一秒ほどかかる。 そしてその隙を見逃すほど宰相は甘くないだろう。
忍ばせているらしい刺客たちも同様だ。
部屋の中に最低でも五人いる。
殺されるなら最悪蘇生できるが、連れ去られる可能性だってある。
そういうことまで考えた結果、アルバルゴはひとまず動かないでおこうという選択をとった。
それに、会話しておきたいとも思っていた。
宰相がレジネリスを討とうとしたのはわかる。
さらなる権力を求めての暴走。
醜悪だが、人間の心理としては理解できる。
だが、アルバルゴを殺そうとした理由がわからない。
一応サトゥーゴ家も王家の血は引いているし、王位継承争いに無関係とは言わないが……アルバルゴを殺すならその前に王家を根絶やしにしていないと筋が通らない。
だから、殺す前に宰相の意図を訊いておきたかった。
「ええと、実は」
「私から説明しましょう」
だから、アルバルゴはレジネリスの話を遮る。説明を自分の口ですることによって 会話の主導権を握るために。
まず、言いたいこともあったから。
アルバルゴは、じっと国王を見つめて、ぽつりと言った。
「レジネリス」
「なんですの?」
「国王は、そこにいる彼は」
アルバルゴは、何を口にするか迷って。正直に。
「もう、死んでいる」
「……え?」
レジネリスは、困惑したような表情を浮かべた。
まるで何をいっているのだろうと言わんばかりの表情にも見えたし、受け入れ難い現実から目を逸らしているようにも見えた。
アルバルゴは決して天才ではない。
前世の彼も同じだ。
そんな彼の数少ない特技は、死体を見慣れていること。
前世でも今世でも人を殺してきた彼にとっては、死体は何度も見てきたものであり、だからこそそれと生きた人間を間違えるようなことはない。
「そ、そんな、そんなはずありません。何かの間違いです」
レジネリスは人が嘘をついていればわかる。
アルバルゴの言葉に嘘はない。
だから虚言ではなく誤謬を疑った。
そうして、アルバルゴの間違いを訂正するべく国王の体に触れて。
「ヘ?」
ボロボロと、彼の体が崩れ始めた。
まるで、灰のように。
あるいは、泥のように。
「え?あ?待って待ってヤダヤダヤダヤダ!」
子供みたいに腕をバタバタさせながらレジネリスは崩壊を止めようとする。
しかしながらそれは不可能でしかない。
その姿を維持していた魔法が解除されてしまった以上、失われるのは必然。
「ダメか……」
アルバルゴの「命の玉」でも蘇生は出来なかった。
どうやら死体が残っていないと蘇生できないらしい。
あるいは、アルバルゴ本人も一片も残さずに焼き尽くされたりすれば復活できなくなるのだろうか。
そもそもおかしいのだ。
王位継承権第一位のレジネリスを狙う。
それ自体はさまざまな理由があるだろうし、不思議ではない。だが犯人が宰相で、目的がクーデターだとすると順番が間違っている。
王位簒奪が目的である以上、レジネリスではなく国王を先に殺していなければ筋が通らない。
日本の歴史で言えば織田信長の嫡男である信忠が討たれたのも本能寺の変の後である。
つまり、レジネリスが襲われた時点でおそらくすでに国王は死んでいたのだ。そしてその死体を操る者がいた。
「物を保存する能力じゃない、死体を保存し、かつてのように動かす魔法だったわけだ」
「ああ、ああああああああああああああああああ!」
アルバルゴの種明かしを聞いて、レジネリスは絶叫した。
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