第32話「悪役貴族、王城を歩む」
「さて、宰相のところに行くか。奴の執務室はどこかわかるかな?」
「それはわかりますわ」
「では、案内してくれ。さっさと終わらせる」
「父上――陛下の安全が最優先です」
「……ダメだ。事情が変わった。先に宰相を殺すべきだ」
アルバルゴとしても、まさか入って早々に奇襲を受けるとは思いもよらなかった。この状況で第二第三の死角が現れないと思えるほどアルバルゴは楽観的でも馬鹿でもない。
「先に敵を殺しておかないと、俺もお前も誰かを守りながら戦うのには向いていない。先に敵となりうるものを排除したうえで、救うべきお前の家族や味方を回収すればいい」
「……それは、そうですね」
アルバルゴは、自分が生き残ることと殺すことには秀でている。
その一方で、他者を守ることには適性がない。
命の玉も無尽蔵ではない。
何人いるかもわからない刺客への対処ではなく、暗殺者をけしかけてくる宰相を殺した方が速いということだ。
王族たちの保護や、王族の誰が裏切者であるのかは、あとでレジネリスが調べればわかること。
「宰相と結託してレジネリスを害そうとしたのか?」と質問すればいいだけなのだから。
「さて、宰相のいるところまで案内してくれ」
「わかりましたわ」
はっきり言えば、レジネリスはアルバルゴのすべてが気に入らない。
何しろ、倫理観を持たない怪物でしかないのだから。
「そもそも、宰相は別に一つのところにとどまっているわけではありませんわ。例えば、執務室にいることもあれば、会議や交渉のためにあちらこちらに出かけていることだって珍しくありません」
「なら、一つ一つ可能性を潰して回るべきだな。とりあえず、執務室とやらに行こう。本人が居なくても、暗殺計画の証拠があるかもしれない」
「なるほど」
レジネリスは納得して、執務室の方へと歩き出す。
「ちょっと待って」
がしりと、手を掴まれる。加減しているのか、手が痛むというようなことはない。
「な、何でしょうか」
だが、それはそれとしてレジネリスは自分の顔と声が引きつるのを抑えられなかった。
本能が、告げている。彼が怖いと。
その気になれば、彼は自分を一瞬で殺せる。いや、それ自体は怖くもなんともない。
戦闘に秀でた魔法を持っていないレジネリスを殺せる人間など星の数ほどいる。
それこそ、アルバルゴの部下であるピオナもそうだ。
だが、彼女達に対して恐怖心を抱いたりはしない。
「人を殺してはいけない」という心理的ハードルが普通の人間にはあるからだ。
アルバルゴにはそれが存在しない。
むしろ、人を殺してはいけない理由が理解できない。
だから怖いのだ。そのためらいのなさこそが、最も恐ろしい。
「…………」
そんなことを考えつつ、レジネリスは彼の様子をうかがう。
手を掴む、彼の意図を知りたいと思う。
「危ないから、俺が先行したほうがいい、と思うのだが」
「あ……そ、そうですね。ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
アルバルゴはそう言って、本当に気にした様子もなく歩き始めた。
「あの、そこは左じゃなくて右です、アルバルゴさん」
「え、ああ、そうなのか」
「やっぱり私も前を歩きます」
そういって、レジネリスはアルバルゴの隣まで走った。とりあえず、彼は自分を守ってくれた。
そして、彼は自分を殺そうとはしていない。だから、彼を信じてみようと思い直すのだった。
「ところで、ひとつ訊いてもいいかな?」
城の中を移動しながら――刺客に細心の注意を払いながら、アルバルゴは問いかける。
「なんでしょうか?」
「確か、君の魔法は嘘を見抜く魔法だったよな?」
「ええ、そうですけど。あと、強制的に『はい』と言わせる魔法もありますよ。基本的には交渉ごとに秀でた魔法ばかりですね」
「ああ、嘘を見抜く魔法と組み合わせるのか」
嘘を見抜く魔法に対しては沈黙することが一つの対策だったが、それを潰せる魔法をレジネリスは習得していたらしい。
まあ、それはいいとして。
「お前の兄弟姉妹の魔法については何か知っているか?」
「……それを知ってどうするのですか?」
「宰相が王族の誰かと組んでいたと仮定した場合、そいつともことを構える必要がある。相手の情報は多ければ多いほどいい。特に拘束魔法や精神操作魔法に長けているやつがいるかどうか」
「そうですね、弟たちは攻撃に秀でた魔法が多いですね。先ほどの暗殺者のような直接相手を傷つける魔法ばかりです」
「……なるほど。ちなみに、宰相の魔法は知っているか?」
「ああ、そちらは脅威になり得ませんよ。確か戦闘とは関係ない……ものが腐らないように保存する魔法とかだったと聞いていますので」
「そんな魔法もあるんだなあ」
身体強化魔法しか使えない彼にとっては、何であれ興味が尽きない。戦闘に秀でた魔法であれば、残機と身体強化で十分に対応できるし、問題ないだろう。
むしろ呪術のようなからめ手を使われる方がアルバルゴにとっては辛い。
彼の父がアルバルゴを処刑する際に呪術師を連れてきたのも万が一を恐れてのことなのだろう。
拘束、精神操作。いずれも可能なのが呪術師というものだ。
「少なくとも、俺一人なら対応できるだろうな」
とはいえ、警戒すべきは彼らのような権力者にとどまらない。
暗殺者はもちろん、状況次第では王城を守る衛兵だって敵に回りうる。
一人一人の戦力はさほど問題ではない。
むしろ、問題は数だ。己の身はもちろんのこと、レジネリスも守り切れるかどうか。
「命の玉」でさえも、結局は有限だ。
こちらの命が削り切られるのが先かあるいは敵を殺し尽くすのが先か。
誰が相手であろうと、刃を向けてくるのであれば無差別に殺す。
それだけは、アルバルゴにとって絶対のルールである。
「ここは……?」
「父上――陛下の執務室です。宰相閣下ともよくここで会議をしているので、ここにいる可能性は高いのかと」
「確かに」
いざとなれば、王を人質にとることも容易い。
実際には、アルバルゴに対して人質は機能しないのだけれど。
抱えた肉壁ごと斬って捨てるだけだ。
どうしても生かしたければ、「命の玉」を埋め込めばいい。
「開けるよ」
ノックの手間すらも惜しんで、アルバルゴはドアを開けた。
◇◇◇
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