第31話「悪役貴族、王城にて刺客と対峙する」
「やったか?」
「ああ、間違いない」
「他愛もない相手でしたね。さっさとずらかりましょうか」
暗殺者たちは、床が抜けて階下に落ちたアルバルゴとレジネリスの死体を確認する。
アルバルゴは首と胴体を切り離されており、首は二階――暗殺者がいる廊下に転がっており、胴体が一階にある。
そして、レジネリスは心臓を潰されてアルバルゴの胴体の側に転がっている。
「妙だな……」
「何が、ですか?」
「報告によれば、フォース兄弟はアルバルゴ・サトゥーゴを殺し、レジネリス殿下を仕留めそこなったんだよな?なんでここにアルバルゴがいるんだ?」
「さあ……。報告に誤りか虚偽があったのでは?」
「まあどっちでもいいじゃん。殺したんだし、それ以外は俺たちの領分じゃないでしょ」
「だな」
そう言って、彼らは会話をやめた。
確かに、彼らの言葉は正しい。
彼らの仕事は暗殺であり、それが達成できたのであればそれ以上のことは考えるべきではない。
だが、それは。
「ふっ」
「え?」
暗殺者のうち、一人の男の首が吹き飛んだ。
先程、アルバルゴの首があった場所にアルバルゴがいた。
ちぎれた暗殺者の頭部をがっちりとつかんでいる。
何が起こったのか理解せずに死んでしまったはずのアルバルゴを見て、彼らは理解する。
二階にある首と、一階にあった胴体。
それらがくっついて蘇生したのだと。
ありえないことだ。治癒魔法を使っても、死者の蘇生はできないのだから。
もう一つ、理解できることがある。
彼はベルトを振り回し、バックルを鈍器として使用したのだと。
「【竜巻よ、押し流せ】」
リーダーは、風の魔術を行使してアルバルゴを突き飛ばす。
それにより、間合いは再び遠距離へと戻る。
「ぶげっ」
今度は、もう一人の男の胴体がはじけ飛んだ。
リーダーは、アルバルゴの体勢を見て、理解する。
何かを投げ終えたような姿勢を。
「あいつの頭を投げたのか……」
アルバルゴは、更に常識を超越していく。
「これ以上は、やらせない!【阻め土壁】」
リーダー格は、床を変形させて壁を作った。
魔術によって作られた壁だ。
いくら強化されていようと物理的な力で突破できるものではない。
簡単な話だ。壁を超えられないのであれば、迂回すればいいだけのこと。窓を割って外に脱出し、またリーダーのすぐの場の窓ガラスを割って入り直せばいい。
常人であればできないが……身体強化魔法で怪物並みの筋力を発揮するアルバルゴには可能である。
これで少なくとも、やつはもう何もできない。
そうリーダーは考えたが、まるで実態は逆である。
これでは、もう勝ち目がない。
「ま、待ってくれ、降伏させてくれ、取引を」
何事かリーダー格の男は言おうとして。
アルバルゴは止まらない。
あるいは彼の言葉が、持っている情報が価値あるものだったとしても意に介さない。
ただ敵は殺す。
それだけが彼の行動理由である以上止まることはできない。
「待ってください!」
その声に、拳が止まる。
レジネリスが起き上がると、すでに暗殺者の二人は死んでいた。いや、穴の中からはっきりと見える。
アルバルゴが、二人を殺したのだ。
もっとも、レジネリスの凡庸な動体視力では何もみえない。
ただ、結果だけが見えていた。
魔法で足場を構築し、二階に移動する。
そして、そのままアルバルゴを静止した。
「なぜ止める。レジネリス」
「もう、戦う意思がありません。その人が降伏しようといったのは嘘ではありません。完全に戦意喪失しています」
「なるほど、そういう考え方か。納得した」
アルバルゴは、振り上げた腕をおろす。
滝のように汗を流していたリーダー格の男の顔が安堵に包まれて。
「ごぎゅ」
次の瞬間、砕けて弾けて消滅した。
「なんて、ことを」
レジネリスには、何が起こったのか見えなかった。
しかし見えずとも、結果から察することは出来る。
コマ落としのように、アルバルゴの右足が高く上がっている。
アルバルゴはリーダー格の男の首を蹴り飛ばし、砕いたのだ。
「何でこんなことをするんです!戦う意思もない相手に!」
「他にどんな方法があったというのだ?」
「魔法で拘束すればよかったのです!」
「馬鹿が、いつまた動くかもわからないだろう。なら殺すのが確実だ」
そもそも、とアルバルゴはさらに言葉を重ねる。
「やつは、俺を殺そうとした。だから、殺されて当然の話だ。いや、俺達を殺したの方が正確か」
「う……」
レジネリスも、覚えている。自分とアルバルゴは確かに死んだはず。にもかかわらず生きている理由など一つしかない。
「蘇生、してくれたんですね。ありがとうございます」
レジネリスは頭を下げる。
さきほど、空中で手を握られた時に命の玉を渡された。
そして、一度目の死を乗り越えたというわけだ。
彼が居なくては、間違いなくレジネリスの命はあそこで終わっていた。血流が止まり、意識が薄れ、自分というものが消えていく感覚。
そうそう味わいたいものではない。
「気にするな。ここに巻きこんだ時点でお前の命を奪うつもりもなかった。味方の内は、な」
アルバルゴは、ちらりとリーダー格の胴体を見る。
血が噴き出していたが、それも止まっている。
そんな彼を見て、レジネリスはふと気づいた。そして嘔吐した。
「大丈夫か?」
「触らないでくださいっ!」
「……ああ、すまない」
アルバルゴは、レジネリスの言葉を聞いて一度手を止めた。しかし、結局のところはアルバルゴは暗殺者を三人とも殺した。
自分を殺そうとした相手はすべて敵であり、敵はすべて殺す。そういうロジックの元に動いている彼がレジネリスの説得を受け付けるわけがない。
彼は、最初から殺すつもりなのだ。暗殺者も、その背後にいる宰相も。
であれば、どうして一度手を止めたのか。
「あなたは、気持ち悪いですよ」
アルバルゴは、暗殺者ではなく、レジネリスを殺すか殺さないのかの判断材料として、レジネリスの言葉を利用していたのだ。
暗殺者に肩入れするのではなく、戦意喪失していることを理由に休戦を要求したから。
敵ではないと判断したから、見逃された。
敵ではないと判断された。レジネリスは理解する。
彼は、救い主などではない。
常に相手が敵かそうでないかを冷静に冷酷に判断し、計算し、敵と認定すれば即座に殺す異常者だ。
彼の脳内は十割が「敵か否か」ということだけで締められている。
まるで、門をくぐろうとした敵を皆殺しにする
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