第29話「悪役貴族、王女様と手を結ぶ」


 サトゥーゴ家の地下牢。

 それは、ただ一つの牢しかない、わけではない。

 法曹を司るサトゥーゴ家は、多くの剤人を収容できるように、多くの部屋を用意している。

 狙撃手の隣の部屋には、先客がいた。



「邪魔するぞ」


 アルバルゴは鍵を開けて、檻の中に入る。

 部屋の中にいる少女が、こちらを睨む。

 金糸のような髪と、翡翠色の瞳がランプ型の魔道具によって照らされる。

 レジネリスが、膝を抱えてうずくまっていた。



「聞いていたか、隣での会話は」

「壁が薄かったので」

「なるほど、確かにあまりそういう部分には気を配っていないな」



 一応崩れないように、あるいは壊されないように魔法で強度を上げているはずだが。

 逆に言えば壁を厚くする必要性が特にないということでもある。

 彼女の顔色はあまりよくない。それは、薄暗い牢屋の中に閉じ込めているからなのか、あるいは先ほどの会話を聞いてしまったからか。



「なぜ、あんな真似をしたんですか?」

「あいつらが俺を殺したからだ。報復しなくては、俺の気が収まらない」

「だからって、何もあそこまで……」


 レジネリスはぶるり、と身を震わせ一歩後ろに下がる。

 それは、彼を恐れ、軽蔑するが故。

 いくら殺されたとはいえ、あそこまでやれるものなのかと思ってしまう。

 彼女は隣の部屋の音を全て聞いていた。狙撃手を徐々に追い詰めていくやり取りも、生首を見せて心を折る様も。

 そして丹念に肉体を少しずつ削り取り、いたぶりながら殺すところでさえも。

 彼女は、全て聞いてしまっていた。



「なんで、笑っていたんですか?」



 彼女は睨む。彼は、狙撃手を殺すとき笑っていた。

 レジネリスには見えなかったが、アルバルゴの顔は歪な笑みを浮かべていた。



「楽しいから、なんだろうな」

「…………」


 命を奪うことを、楽しいと言い切る。その精神が、レジネリスにはわからず当惑するしかない。



「敵を殺す、傷つける、踏みにじる。そうしている瞬間だけ、何だかよくわからないんだが、すごく生きていると感じるんだ。うまく説明できないんだが……とにかくそうしたいし、そうしなければいけない気がするんだ」

「…………」

「それより、本題に入ろう」

「あの男の言葉に、嘘は一切なかった。それは、間違いないな?」

「ええ……」


 レジネリスは、形容しがたい表情を浮かべた。

 それは、悪戯がバレたような子供のようであり、苦悶する老人のようでもあった。要するに、あまり人に見られたくない、という顔だったわけだ。「つまり、真実というわけだ。俺を殺すように指示したのは宰相であり、お前の命を狙ってもいた」

「宰相閣下がなぜ……」

「別に、理由はいくらでもあるだろう。お前以外の王子や王女を王にしたいのか、あるいはやつが他の国と通じているのかもしれない」

「確かに、今理由を考えても仕方がないのかもしれません」

「ああ、まずはやつを殺すことが最優先だ」


 レジネリスはぎょっとした顔をアルバルゴの方に向けた。



「何を、言っているんですか?相手は宰相ですよ?この国のナンバーツーですよ?」「そうだな」


 さすがにそれくらいはアルバルゴも理解している。


「この国を、敵に回すおつもりですか?あなた一人で?」

「まあ、やるしかないだろうな。それにお前は一つだけ大きな勘違いをしている」「勘違い?」

「そもそも、俺は独りではない」

「あのピオナという執事――呪術師のことですか?それでも二人です。何ができるというのですか?」



 アルバルゴは、客人の出迎えもほとんどピオナと二人で行っていた。おそらく、信頼できる人間が彼女しかいないのだろう。

 それでは、万の兵を持つ王国に勝てはしない。


「いいや、もうひとりいるだろう」



 そういって、アルバルゴはまっすぐに指を指した。



「お前だ、レジネリス」

「は?」


 レジネリスは、一瞬固まった。そして意味を理解した瞬間、激発した。



「この私に、国家転覆の片棒をかつげと!」

「だが、そうでなければお前は死ぬぞ。放たれ続ける刺客に討たれるのは目に見えている」



 だから元凶を殺さねばならないと、アルバルゴは断言する。



「お、お父様――陛下に連絡を取れば」

「果たしてそうかな?」

「何を言って……いるんですか」

「本当に宰相の独断なのか?国王もお前を殺すことに賛成しているんじゃないのか?」

「あ、ありえません、父は私を愛して――」

「それを証明できるか?」

「は、話し合えばだれでもでき――」

「どうやって?」



 アルバルゴは、疑いを述べる。否、楽観論を否定する。

 無理もない。二人の父親に殺されてきたアルバルゴにとって、親の子殺しも子の親殺しも慣れ親しんだものでしかない。

 余人には、全く理解できないものだったとしてもアルバルゴの中で親子とは殺し合うものだ。



「国王がお前に対して殺意を向けていないとどうやって証明する?」

「そんなの、詭弁でしょう」

「ああ、そうかもしれない。だが、今王に接触しようとするのは危険すぎる。側にいるであろうと宰相に消されかねない」

「……それは、そうかもしれません」

「お前は、宰相を捕えて、無力化したいはずだ。そして、それだけはお前も同じ」「目的が同じだから組めると?」

「そうではないのかもしれない。だが、お前の力が俺には必要だ。お前抜きでは敵にたどり着くことすらできない」

「私の嘘を見抜く魔法を使いたいんですね。そうすれば、敵対者を判別できるから」


 レジネリスは理解する。

 アルバルゴは、否定や糾弾ではなく、本当に質問をしただけだったのだと。

 どうやって相手が敵でないことを証明するか。

 それは、レジネリスの魔法があれば可能である。

 どこからどこまでがアルバルゴとレジエネリスの暗殺未遂に関わっているのか。それを知る必要があるのだ。



「こちらは、俺を――武力を提供する。ギブアンドテイクでやろう。滅多なことでは負けないつもりだ」

「あなたを、人を楽しんで殺す人間を信用しろっていうんですか?」

「信用しろとは言わない。だが、お前に選択肢があるか?」



 レジナリスは逡巡し、顔を上げた。



「ひとつ、お願いがあります。無関係の人は、殺さないでください」

「……いいよ。俺も敵じゃない相手を害そうとは思ってない」



 アルバルゴは右手を差し出した。

 レジネリスは、その手を握った。

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