第27話「悪役貴族、尋問する」

 狙撃手は震えた。

 自分の体に死が突き付けられていることへの恐怖……ではない。

 既に弟三人が殺されているということ。

 そして、その三人の命が彼の手のひらの上にあること。

 それらが恐ろしい。

 そして、それと同等かそれ以上に、彼が恐ろしいと思うのは。

 あくまでも、彼が狂っているということ。

 命を弄んでおきながら、彼の声音には全くといっていいほど、罪悪感が存在していない。

 むしろ、彼は楽しんでいる。



「ははは、その顔がいいなあ。散々俺を殺してくれたアンタには、命を弄ぶことで報復としよう」



 彼は、笑う。嗤う。

 何が楽しいのか、敵を前にして笑っている。



「それで、どうする?何をしゃべる?」



 勝てない、と思った。

 今まであらゆる人間を相手に交渉し、欺き、殺してきたが。

 人の心すら持たない化け物の相手は、どうにもできないと、狙撃手は結論付けた。



「お、俺達を雇ったのはブートン宰相閣下だ」

「ブートン宰相が?それは、宰相が直接コンタクトを取ってきたのか?」



 ブートン宰相のことは、アルバルゴも知っている。

 王国の内政を取り仕切っており、エルゴ・サトゥーゴとも旧知の間柄だった。

 こちらを攻撃する動機については、いくつか考えられる。

 単純に怨恨、友人を殺されたことへの報復か。

 あるいは、それ意外の理由があるのか。



「なぜ、あんたを殺そうとしているのかの理由はわからない。ただ、人となりを探った感じ、個人的な恨みとかではないと思う」



 どうやら依頼人を探っていたらしい。



「じゃあ、なんでなんだろうな」

「おそらく、あんたを脅威だと感じたんだろう。王家にとって、あるいは国にとって」

「大げさだなあ」



 大げさじゃないだろう、と狙撃手は毒づく。

 不死身の能力と強靭な身体能力、そして圧倒的な狂気。

 それらが合わされば、王家をーーいや、国だって亡ぼせる。

 現に、もうアルバルゴは、次の方針を考えていた。



「滅ぼすか、この国」

「…………」



 やはりそうだと、狙撃手は嘆息する。彼の本質は狂戦士。敵を殺し尽くすことしか頭にない異常者だ。



 

「ところで、それだけか?」

「は?」

「本当にそれだけか?お前が俺に差し出せる情報は」

「い、いやまだあるぞ。ブートンは他にも刺客にコンタクトを取っているはずだ」「それ、具体的にどこの誰かはわからないのか?」

「いや、もちろん知っているとも。調べたからな」



 先を越されれば報酬は貰えない。

 まあ、言ってしまえばライバル関係にあったわけで。



「他の殺し屋が動かない理由は?」

「あいつらは俺たちのバックアップなんだよ。俺たちがやられた後に動き出す。この情報は役に立つはずだ」

「向こうもお前たちが失敗していることは気づいているんだろうな。そういうのを探るのも、その他の殺し屋の仕事だったりするのかもしれないない」

「ああ、多分そうだと思う」



 狙撃手は、その後殺し屋の容貌や名前、得意とする魔法などを教えてくれた。

 なるほど、確かにこれは有力な情報だ。

 逆にこちらから仕掛けることすら可能かもしれない。


「他には?」

「ほ、他?もうないぞ?」

「ああ、そうか。ではこちらとしても納得は出来ないな。蘇生は諦めてもらおうか」

「な、何って言われても……」



 狙撃手は冷静さを失いつつあった。

 もとより殺された直後ということもあるが、最大の要因は常にアルバルゴに会話の主導権を取られてしまっていることだろう。



「お前は、本当に俺を、俺だけを殺そうとしたのか?」

「いいや、王女も殺せと命令されていた」

「……宰相にか?」

「そうだな」

「なるほど」


 アルバルゴはうなずく。

 おかしいと思ったのだ、頭部をアルバルゴが狙撃された後も、何発か打ち込まれていた。

 そもそも、王女が一緒にいる個室で標的を狙撃させるなど正気の沙汰ではない。

 万に一つ、いや奥に一つでも王女に当たれば王家どころか国家に対する反逆である。

 それをあえて実行させたというのは、宰相の独断か。

 あるいは、王族の中にレジネリスを殺そうとしている者がいるのか。どちらであっても、レジネリス殺害を成功させるつもりはないが。



「なあ、おい」

「何だ?」

「いい加減にしてくれ、こっちはもう全部吐いただろ、いい加減にあんたの力で弟たちを戻してくれ、頼むよ!」


 狙撃手はあわててまくし立てながら、懇願する。

 すでに、最初にあった冷静さや余裕はなくなっていた。

 無理もない。

 これまで狙撃手がしてきた交渉とは根本的に異なる。

 既に弟たちが殺されていることへの動揺、生き返らせられるのがアルバルゴの気分次第という切望、何よりも人としての道を外れている人間が相手であること。

 それらすべての状況が、彼を大いに疲弊させていた。




「まあ、確かに色々話してくれたみたいだし、この命は返してやるとしようか」



 アルバルゴは、指の間に挟んだ三つの玉を握りこみ。



「ふっ」



 振りかぶって、なげつけた。



「は?」



 ただし、狙撃手に向かって。

「え?」

「まず二回目」



 アルバルゴは何をされたかわからず不意を突かれた狙撃手の頭部に剣を振り下ろし、叩き割る。血が、脳漿が飛び散り、命の花を散らす。しかして、それで終わらない。

 割れた頭が、ちぎれた腕が、即座に巻き戻しのように狙撃手の体に戻っていく。

 死後一分とかからず、狙撃手は復活した。



「な、何を」

「何をって?」

「俺の兄弟を復活させてくれるんじゃないのか?」

「そんなこと言った覚えはないぞ。この命を返すといっただけで、誰に返すとは言ってない。リーダーでもあるお前に返したっていいとは思わないか?」

「そ、そんなわけ」

「そもそもな」



 理解不能の狂人でしかない主張を首を振って否定しようとする狙撃手。

 だがしかし、アルバルゴは狙撃手の主張に取り合わない。



「お前正気か?どうして俺が自分の敵を助けなければならない?」

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