第25話「悪役貴族、襲撃者を出迎える」

「ちょ、ちょっと待って!」

「何?」



 腰を抜かしたレジネリスが、アルバルゴを指さしてプルプル震えている。



「な、何で生きてるんですの?」

「生きてたらまずいの?」

「そ、そういうわけじゃないですけれど」



 レジネリスは、彼女自身の目がおかしくなったのかと思った。

 確かに、レジネリスは見たのだ。

 自分を庇ってアルバルゴが死ぬところを、残った下半身が、どちゃりと倒れこむのを。

 しかし、たちまち体が元に戻り、アルバルゴは五体満足で復活している。

 ちなみに、服だけは無事ではないため、アルバルゴは上半身露出することになった。

 もっとも、それを咎めるものはこの場にいない。

 レジネリスは動転していてそれどころではないし、アルバルゴは前世での家庭環境の酷さゆえに自分が服を着ていないことに違和感を覚えていない。

 そして、最後の一人は。



「……ここと、ここと、ここ、あと、ここだ」



 自分の果たすべき仕事で、それどころではなかった。

 アルバルゴは、ちらりとピオナを一瞥して声をかける。



「ピオナ、探知はできたか?」

「は、はいできました。東北東の方向三キロメートル先です」




 ピオナが習得した、探知の呪い――大切な人を殺した相手にマーキングし、加害者の位置を把握する呪い――によって相手の正確な場所が割れる。

 窓の向こうから魔術で狙撃してきた犯人。

 使用人の仲間か、あるいはもっと別の勢力か。



「オッケー、じゃあ俺はそっちの方に行くから。ピオナは他の使用人たちと一緒にいて。命大事に、な」



 誰よりも命を奪い、使い捨てるはずのアルバルゴがそれを言う矛盾。

 無論それを指摘するものは、この場には居ない。




「は、はい、わかりました。死ぬ気で生き残ります!」


 しかして、ピオナには必要な言葉だった。

 先ほどと違い、アルバルゴはピオナを守れないから。



「ま、待ちなさい!何をするつもりですの?」

「何って、そんなのわかり切ってるでしょ」



 アルバルゴは、何を訊かれているのかわからないという表情をしつつ、首をかしげる。



「殺すんだよ。俺の敵を、一人残らず」


 敵を殺さなければ、彼は生きることが出来ない。

 それは、物理的な話だけではなく、むしろ精神的な話だ。

 報復をしなかったら、それは彼にとって生きていることにはならない。

 何もせずに息をしていることを、生きているとアルバルゴは定義しない。



「ま」


 彼女自身も、何を言おうとしていたのかわからなかった。

 命を狙われた以上、それは正当防衛で。

 だから、止める筋合いなんてないはずで。

 ただ、悪意なき子供にしか見えない彼に、人殺しをしてほしくなくて。

 何を考えようと、意味はない。

 何を言っていようと、それを聞かずにアルバルゴは窓から飛び降りて出ていったのだから。



 「やっぱり便利だな、身体強化魔法」



 三階から飛び降りたというのに、傷一つない。

 着地の際に少々足がしびれたが、逆に言えばその程度で住んでいる。

 鍵を開ける時間が惜しいと言わんばかりに門を飛び越えて公爵邸の外に出る。



「地上を走っても多分無駄だな」



 公爵邸の外には他にも無数の住宅があり、それらが視界を遮る。

 三階にいる彼を遠距離から狙撃したのなら、相手もまた高所にいた可能性が高い。


「よっと」



 アルバルゴは双剣を抜く。

 サトゥーゴ家が秘蔵していた業物だ。

 それを、家の壁に突き立てる。



「ふんっ」



 双剣を使って建物の壁を上り、屋根の上に到達した。



「見えた」



 東北東の方へひたすら走っていると、屋根の上にいる怪しげな四人組が見えた。

 彼らは一様に黒いローブを身につけ、全員幽霊でも見たような顔をしている。

 無理もないか。殺したはずの人間が剣を持ったまま走ってきたら誰だってそうなるだろう。



「【雷槍よ、遥か彼方を刺し穿て】」


 一人の男が、先程と同じ魔法を打ってくる。どうやら彼が狙撃犯らしい。ほかは、スポッターか、あるいは支援魔法などを使うサポーターと言ったところだろうか。



「あ……」



 相手の手の内を考えながら、アルバルゴは倒れ、屋根の上にダイブした。

 雷撃によって頭部を破壊されたからである。



「やったか!」

「間違いありません。頭を打たれて死んでいます」「お前さっきもそれ言ってたよな?大丈夫か?」

「とりあえず、近くによって確認しよう。特殊な防御魔法や幻影魔法を使えるのかもしれない。各自攻撃魔法を発動できるようにしておけ」



 リーダーでもある狙撃手はゆっくりと歩いて近づいていく。

 その判断は、間違いではない。

 既に遠距離からの攻撃で二度仕留めそこなっている。

 ならば近づいて確実にというのは理にかなっている。

 ただ、アルバルゴには通じない。



「ぐぼあっ」



 拳をもろに受けて、一人が屋根の上をバウンドしながら転がっていき、動かなくなる。



「お、おい――」

「しばらく寝てて」


 

 一瞬で、男たちは意識を刈り取られた。

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