第21話「悪役貴族、ヒロインと混浴する」

「あ、あのお背中を流しに来ました」



 ピオナがバスタオル一枚のみを巻いて、浴室に入ってきた。

 体を洗うためのタオルと石鹸を手に持っている。

 どこか所在なげに体を丸めている様子は愛らしいが、問題でもある。


「いや、全然一人で入れるけど」


 貴族としてのアルバルゴ・サトゥーゴならまだしも今の彼は前世の記憶がある。

 少なくとも入浴に誰かの手を借りるつもりはない。   

 それに入浴中というのは無防備になりがちだ。

 アルバルゴが前世で父親を殺したのも風呂場でだったし。

 だからこそ一人で入るべきだと思うのだが。「ご、ごめんなさい。私みたいな汚い女がアルバルゴ様のお背中を流すなんて不遜な発言をしてごめんなさい」


 ピオナは何を勘違いしたのか顔を真っ青にしてぶるぶる震え始めた。

 何を言っているのかわからないが、まずいのはわかる。身分制度がある国ではこういう考え方が普通なのかもしれない。いずれにしても誤解は解かなくては。


 「ピオナ、ちょっと聞いてくれ。俺は決して」 

「いえ、私なんかが差し出がましい申し出をして申し訳ありません今すぐ死んだ方がいいんです。死にます!」

「待って待って」

「ひゃっ」


 何か変な真似をしないように身体強化魔法を起動して爆速でピオナの背後に周り、彼女の両腕に手を置いた。

 剥き出しになった彼女の肌はとても綺麗で、温かかった。

「あー、背中を流してもらえるか?ピオナ」「は、はい!お任せください!ピカピカになるまで磨き上げます!」

「ほどほどにな?」


 この子のことだから皮がズル向けになりそうでちょっと怖い。

 何につけても一生懸命なのがピオナのいいところなんだが。



「アルバルゴ様、気持ちいいですか?」

「ああ、気持ちいいよ」


 石鹸を泡立てたタオルで背中を擦る。

 言葉にしてみればそれだけのことなのにどうしてここまで心安らぐのだろうか。

 ピオナの力加減も絶妙で、全く痛くない。「最近はどうだ?何かピオナは困ってることはないか?」

「いえ、とんでもありません!アルバルゴ様は優しいですし、皆さんもとても良くしてくださってます!」


 この様子だと嘘は言っていないだろう。彼女は感情が表にはっきり出るタイプだ。


「皆さん、涙ぐんで『かわいそうに』とか『いつも申し訳ない』とか言ってくれて、執事としてのお仕事も丁寧に教えてくださります」

「ああうん、そういうことね」


 使用人連中にしてみればアルバルゴはピオナを無理やりそばに置いている悪党であり、彼女はその被害者というわけだ。

 おまけにピオナがアルバルゴの身の回りの世話をしてくれるおかげで、彼らはアルバルゴという危険人物とは直接関わらなくて済む。

 別に敵対行動さえしなければ首を刎ねたりしないんだけどな。

「そうか、でも仕事は大変だったりしないか?」

 「いえっ、大丈夫ですよ。私の仕事はアルバルゴ様の身の回りのことだけなので」  

 むしろ勉強している時間のほうが長いくらいです、とピオナは言い添えた。


「私、今本当に幸せなんです。大好きな人のもとで働けて、身に余るくらい優しくしてもらって」



 とんっ、と背中に何かが押し当てられる。それが、彼女の額であると気づくのに数秒かかった。触れたところから熱が、そして何より想いが伝わってくる。



「よかった……」



 自分に似た誰かを救えた。

 それが嬉しかったのだ。

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