第19話「悪役貴族、ヒロインを雇用する」


「あ、あの、変じゃないですか?」

「何が?とてもかわいいよ」

「にへっにへへへ」



 アルバルゴは、部屋に入ってきたピオナを見て微笑んだ。

 ピオナも、褒められて顔をくしゃくしゃにして、燕尾服に包んだ体をくねらせた。



「でも本当に良かったのか?一応ピオナはもう自由の身なんだし、どこへなりとも行く権利はあるんだぞ?」アルバルゴは、サトゥーゴ家の私財を使ってピオナを買い取った。ピオナは借金奴隷であり、金銭を使って買い取ったものがそれを望めば解放することが出来る。これが犯罪奴隷の場合はそうはいかないのだが。さて問題は――問題というほどでもないが――ここからである。自由を得たピオナは、ここに残りたいと言いだした。ピオナから、仕事をしたいという申し出があったのである。アルバルゴは、少しの間悩んだ。


「そ、それはあの、私はアルバルゴ様のおそばにいたいなって、その、ご迷惑でなければ」


 そう言われて、ちょうど空席になった執事長の座にピオナを据えた。

 アルバルゴは、思いついてしまったのだ。

 そういえば、先日空いたポジションがあったな、と。



「良く似合ってるよ、燕尾服」

「あ、う、そ、そんな私なんかに勿体無い言葉ですよ。にへへ」


 今の彼女は、黒色の燕尾服と蝶ネクタイという格好である。

 彼女の紫の髪と瞳に、よく映えている。



「これからよろしくね、ピオナ執事長」

「は、はい!」



 執事長を粛清直後、アルバルゴは執事長が行方不明になったと他に使用人に伝えた。

 使用人たちは何も言わなかったが、明らかに不審がっていた。

 彼にとって、元々使用人たちは味方ではない。元々父親に仕えており、執事長のようにいつ離反してもおかしくない。

 給金は多少増やしているが、それで不満が完全に静まるわけでもないだろう。

 可能なら、信頼できるものを側に置いておきたかった。

 そこで、彼にとっては共犯者ともいえるピオナを執事長として迎え入れることにしたのだ。

 いきなり入ってきた新参者を迎え入れてくれるのだろうかとアルバルゴもピオナもかなり心配していたが、これについては杞憂に終わる。

 ピオナが、積極的にアルバルゴの世話をしているからだ。

 アルバルゴのしてきたことは、少なくとも彼の主観においては正当防衛の一環だ。   

だが、たとえ正当防衛だったとしても大量殺人者の側で働くのは怖い。

 アルバルゴは父親よりも少し給金を上げているが、それにしたってリスクが高すぎる。

 そんな中、突然入ってきた少女が執事長になり、なおかつ彼の世話をすべてやりたいと言いだしたら、どうなるか。

 アルバルゴの世話をするピオナと、屋敷などを管理するそれ以外の従者で役割が完全にわかれたのだ。

 ゆえに懸念されていた衝突は起こらなかったし、それどころか使用人は全員ピオナに感謝している。

 加えて、彼女のおどおどした態度も「謙虚」「丁寧」という風に評価される始末。  

サトゥーゴ家において、主であるアルバルゴはともかく、ピオナのことを悪く思っている人間は独りとして存在しない。



 かくして、新しい執事長は屋敷中のすべての人間に歓迎されたのである。

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