第16話「悪役貴族、執事長をなぶる」

 執事長にとって、先代公爵は恩人である。

 食い詰めて犯罪者になっていた彼を、公爵が取り立ててくれた。

 仕事の内容は、単純に言えば汚れ仕事だった。

 サトゥーゴ家は法曹を一手に担っている。

 しかしそれは、公平中立であることを意味しない。

 例えば、貴族が平民を強姦すれば、証拠を握りつぶして貴族から献金を受け取り。

 貴族同士で諍いがあれば、自分にすり寄ってきた貴族を守り、そうでない貴族を叩き潰す。

 さらには、敵対した貴族や商会を冤罪でハメたり。

 また同僚で不穏な動きをしているものがいれば、証拠を見つけて公爵に報告したり、彼自身が手を下したりもした。

 そんな生活を二十年以上続けて、気づけば執事長にまで成り上がった。

 そんなだから、実の息子を罠にかけて殺すと言われた時も、執事長は素直に従った。

 いつも通りの役目をこなすだけのこと。

 嘘の証拠をでっちあげ、奴をはめる。

 そして、アルバルゴは処刑されて、公爵の望みが果たされる。

 そうなるはずだったのに。

 どうして。



「お、があ」



 両腕をもがれた執事長がうめく。


「諦めろ、もう何もできないだろ?」



 多くの魔術は、喉と腕が中心となっている。

 喉で呪文を発音し、腕で対象をさすか触れるかして発動するものが大半だ。

 例外は、アルバルゴが頻繁に使っている身体強化魔術くらいのものだ。

 すなわち、両腕をもがれてしまえば基本的には何もできない。

 仮に身体強化魔術を使えても、両腕のない状態で五体満足のアルバルゴに勝てるはずがない。


「さて、じゃあ、仕上げをするか」



 アルバルゴは、落としたナイフを拾い上げ。



「何を」

「自分で確かめな」



 アルバルゴの声は、執事長の足元から聞こえて。

 刹那、執事長が崩れ落ちる。



「面倒な手を打って僕をはめようとしてくれたからね、こうやってじわじわとなぶらせてもらうよ」

「ああああああああああああああああああああああああ!」



 両足の腱を断たれて、歩くこともできなくなった喪失感で、執事長が絶叫する。

 両手を切り飛ばされて、脚の健も切られ、もはや勝てる見込みはない。死を待つだけだ。



「せっかくだから選択肢をあげようか」

「はあ?」

「俺に殺されるのと、俺に殺されないの、どっちがいい?」



そんな、あまりにも不可解な問いを述べた。



「殺されない方、だ」



 執事長は答える。

 もしかしたらこの理解できない殺人鬼が、気まぐれで自分を活かすかもしれないと期待して。



「なるほどねえ」



 それを聞いたアルバルゴは、そっとナイフを手渡した。ピオナへと。



「あの、これは?」

「ピオナ」



 アルバルゴは、薄く笑って彼女に告げる。



「君がこいつらを殺せ」

「「…………は?」」



 ピオナと執事長の困惑の声が、重なった。


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